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幼児と僕と九ツ頭

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幼児と僕と九ツ頭
幼児と僕と九ツ頭 幼児と僕と九ツ頭

リアクション


第5章 もう全部あいつらでいいんじゃないかな

 九龍郷の秘境、そのジャングルは確かに木が生い茂る舞台であり、常駐している俳優は主に巨大化した蜘蛛や蛇といったものばかりで、観客としてはそこに楽しみを欠片も見出すことはできなかった。何しろ本日の観客は「子連れ」が多く、そちらの世話をしなければならないのである。もっとも、子供の方は「まとも」なのもいくらかいたため、保護者である大人は狼になることもできなくはなかったのだが。
 秘境探索に乗り出したメンバーは非常に個性派揃いだった。真面目に探索しようとする者、あるいはピクニック気分で適当に歩き回る者、そしてそういったメンバーを傍観する、あるいは単にイタズラをするだけに終わる者……。
 特に閃崎 静麻(せんざき・しずま)一行は、その最後2つに該当するメンバーだったかもしれない。
「わははははー! そこらへんで蛇を捕まえてきたぜー!」
「こ、こらー! 何してるんですかあなたはー!」
 静麻とそのパートナーたちの中で、幼児化したのは2人。その2人は身も心も低年齢化していた。
 まずその1人、獅子神 刹那(ししがみ・せつな)は「イタズラ小僧」といった具合だった。ジャングルのあちこちに生えているツタを引きちぎり、それを蛇だと言って他の契約者につきつける、あるいは歩いている他人の足を引っ掛けて転ばしたり、地面に落ちていた枯れ葉を服の中に放り込んでパニックを起こさせるなどやりたい放題だった。もちろん謝るなどという選択肢は存在しない。
 もう1人レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)は対照的に、普段の生真面目優等生の気質が表れ、列から離れようとする契約者を列に戻そうとしたり、あるいはイタズラ三昧の刹那に注意しにいったりとかなり動き回っていた。もちろん刹那以外の契約者にも同じことを、しかも心身ともに幼児化しているはずなのにきっちりと理論立てて説教するのだ。
 ちなみに刹那とレイナの2人は、静麻によって子供用の浴衣を着せられていた。非常にどうでもよさそうな情報だが、静麻にとってはこれが今後重要な意味を持つようになるのだ。
「しっかしレイナの奴、本当に精神まで幼児化してるのか?」
 そんな2人の姿を、持っていたデジタルビデオカメラに収めながら、静麻は苦笑いを浮かべた。その隣には物言わぬ機晶姫であるクァイトス・サンダーボルト(くぁいとす・さんだーぼると)が、静かにたたずんでいた。その両手には幼児化した女2人の着替えが入った袋が握られている。
「まあ、どっちにしても、こいつはいいネタになりそうだ。浴衣姿で大暴れする女2人。そんでもって元に戻ったら、さてどうなるか……」
 何時間後になるかはわからないが、この事件が解決する頃に起きるであろうハプニングを想像して、静麻は含み笑いをこらえた。
「おっと、2人もいいが他の契約者も撮らないとな。さて、樹月とか宇都宮とかはどこだ……?」
 ビデオカメラを片手に、静麻は行軍から離れないようについていく。
 彼がこのようなことをするのは、ひとえに「奇行を起こすであろう契約者の姿を撮影したい」という思いからだった。合宿所にて幼児化契約者の相手をするのもよかったが、探索チームに参加した方が面白そうな映像が撮れると思ったのである。もちろん撮影ができなければ意味が無いので、モンスターが現れれば片手間程度に戦闘に参加するつもりではいたが。
「まあカメラが壊れても、データはこうして転送してるから大丈夫だったりするんだけどな」
 そう言う静麻のビデオカメラからは1本の細いケーブルが延びており、腕に取り付けられた籠手型ハンドヘルドコンピュータにそれが接続されていた。優先接続によるリアルタイム転写である。
「面白そうな絵があれば撮影するのが今回の俺の仕事。というわけで、いろいろ見て回るとしますか」
 カメラを手に、静麻はクァイトスと共に時には後ろから、時には前に出て契約者の撮影に乗り出した。まさかこの後、似たようなセリフを何回も言う破目になるとは思いもせずに……。

 それはあまりにも唐突な展開だった。
 5歳程度に幼児化してしまったことによる精神的ショックのため、パートナーを守れないと憤慨する真田 幸村(さなだ・ゆきむら)は、その肝心のパートナーとはぐれて1人で秘境を歩いていた。
「うむぅ……このような姿では氷藍殿をお守りできませぬ!」
 実際は身体能力に変化は無いため、体が小さかろうと他人を守ろうと思えば守れたのだが、幸村はそこまで頭が回らなかったらしく、ひたすら憤慨と落胆を繰り返していた。
 そうして歩くこと数分。いつの間にか先頭集団の範囲に入っていた幸村は、そのさらに先頭にいる真田佐保の姿を見つけた。
 佐保にとって幸村はいわば先祖であるのだが、その最初の出会いは2月中旬に行われた雪合戦での出来事である。佐保自身はこの幸村とは別の「英霊・真田幸村」に対して何かしら思うところがあるらしいのだが、今この場にいる幸村に対してはかなりフレンドリーだった。
 佐保の姿を認めた幸村は、周囲の様子を確認しないまま佐保に近づいていった。
「佐保殿! お久しゅうございま、……え?」
 それがいけなかった。幸村は突然何かに体を掴まれ、そのまま頭から「丸呑み」にされてしまった。ちなみに声をかけられた方である佐保は、幸村の声に全く気づくことは無かった……。
 一方、その幸村とパートナー契約を結ぶ柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)もまた憤慨と落胆を繰り返していた。
「まさか俺の嫁がちんちくりんになってしまうとはなぁ……。精神はまともだったみたいだから秘境に連れていっても大丈夫とは思ってたが――」
 まさか探索中にはぐれてしまうとは思いもよらなかった。幸村を探しながら、氷藍は隣にいる真田 大助(さなだ・たいすけ)――とある事情により完全に「女性化」した氷藍と幸村との間にできた子供、という説のある「マホロバ人」を見やる。どちらかといえば、外見的には「子供」であるはずの大助は今、鬼神力を発動させることによって自らの体を青年に変えていた。
「まあそれにしても、鬼神力といい、ちぎのたくらみといい、結構便利なものだな」
「そうですね。これならば子供になってしまった父上と見分けがつきますし!」
 子供バージョンの幸村は通常モードの大助と外見がほとんど似ていた。そのため2人が並ぶとパートナーである氷藍でさえも区別がつきにくく、その辺りの判断には困っていた。だが大助が鬼の力を解放すれば、少なくともその分、幸村と区別をつけることができる。なかなかの機転だ。
「それにしても、父上、大丈夫でしょうか……」
「母」の隣で大助は心配そうにため息をつく。
「あの姿では、さすがに戦いにくいでしょうし……」
「そんなことよりも俺は別のところで腹が立つ」
 氷藍が憤慨しながら地面を踏みしめた。
「未来の夫を放っておいてどこに行ったんだ! こんな時にまさかの迷子! まったく、武将の風上にもおけん奴だ!」
 要するに自分を放っておいてどこかへ行ってしまったという事実に腹を立てているのである。戦闘力や忠義など問題ではない。自分から離れないことの方が大事だろうが……。
 そう思っていた矢先だった。
「って、そう思ってるそばから何ですかあれは!?」
「で、デカい植物がもぞもぞ動いてる、っていうか、その植物から幸村の足が生えてる!?」
 氷藍と大助は、先ほど捕まった幸村を発見するが、当の幸村はかなり悲惨な状況だった。
 幸村を捕まえたのは、ジャングルに自生する巨大なウツボカズラだった。近くを歩く契約者を餌と認識したのか、この食虫ならぬ食人植物はこっそりと幸村を捕らえ、自らの体の中に押し込んだのである。そのような目に遭っても幸村は意識は残っているのか、必死で足をばたつかせており、脱出を試みていたが、一向にうまくいかなかった。
「おいこらそこの間男……じゃない間植物野郎。さっさと幸村を吐き出さんか! 早くしないと潰すぞ、弓矢でぶち抜くぞおい!」
 ウツボカズラに蹴りを叩き込んで捕まっている幸村を助け出そうとする氷藍だったが、悲劇はまだ続いた。
 その氷藍までもが、別の食人植物に捕まったのである。
「むごー!」
「あああああ母上まで!? っていうかなんてベタな展開ですか!?」
 自分の「親」が捕まったと同時にパニックを起こしかける大助だったが、寸前で踏みとどまり周囲を確認することに務めた。
「え、えと……こんな時こそ僕がしっかりしなければ! ああでも佐保さんはもう先に行っちゃったし、だ、誰か、どうかお力添えを――」
「波ーーーーー!!」
 誰かに援護を頼もうとした瞬間、その願いが届いたのか大助の後方から強烈な魔力の波動が飛び込んできた。魔法の塊はそのまま直進し、幸村を捕らえている植物を軽く粉砕してしまう。
「ぐほおっ!?」
 さらに飛び込んできた1人の女性が、氷藍を飲み込まんとしている植物に肉薄し、通り抜け様に鞘から刀を抜き放ち、斬りつけていった。
「ぐふうっ!?」
 かなり手荒な方法で助けられた2人は、全身を粘液で塗りたくった状態で地面に落とされた。
「父上! 母上!」
「ん、おお大助か。助けてくれたのだな、礼を言うぞ」
「なかなかやるではないか、大助」
 2人は、大助が助けてくれたのだと思い礼の言葉を述べるが、当の大助は困惑するばかりだった。
「いえ、実際に助けてくれたのは僕ではなくて……」
 言いながら後ろを振り向こうとするが、その前にその「助けてくれた人たち」は大助たちを追い越して先へと進んでいってしまった。
 その助けてくれた人たちとは伏見明子、九條静佳、鬼一法眼著六韜、レヴィ・アガリアレプトのカルテット、プラス、明子が呼び出したサンダーバード、ウェンディゴ、フェニックスのトリオだった。最初の魔力による砲撃は明子のものであり、抜刀術で氷藍を助けたのは静佳である。
「くもさんへびさんいっぱいだー! でもみなをいじめるならわたしがあいてになっちゃうぞー! 波ーーー!!」
 再び明子の鍛えられた魔力砲弾が近くの食人植物を薙ぎ払っていく。さらに呼び出されたサンダーバードが全身から電撃を放射し、ウェンディゴが通り抜けざまに植物にラリアットをぶちかましていき、さらにフェニックスが火事にならない程度の炎を吐き出すと、進路に立ち塞がっていたモンスターが次々と撃破されていく。
「らいちょうさんはきれいだなー♪ ふぇにっくすはかっこいいぞー! ゆきおとこさんはもふもふだぞー!」
 モンスターをなぎ倒していく明子は、自らのテンションをどんどん上げていき、それに比例するかのように彼女のパートナーたちは心労が絶えなかった。
「あ〜、こりゃ俺の出番はさすがに無さそうだなぁ。っつーか、攻撃力かなり高くね? 九條の旦那もいるし、盾役いらなくね?」
「うにゃー、確かにこれは前衛の攻撃力だけで十分なのですよ。こっちも後方からの射撃で援護しようかと思ってましたけど、これじゃあ出番はいらないですよ」
 特に、最も攻撃力の高い明子の暴走を止めたいと思っていたレヴィと六韜だったが、それを行う前に明子が飛び出しては意味が無い。静佳も抜刀術や培われた経験による武術を駆使して明子より先にモンスターを倒していくが、佐保たち先頭集団から少し離れたこの位置は食人植物が集中しているのか、どうしても明子の攻撃を許してしまうこととなった。
「旦那は『怪我したマスターが暴れたら』とか言ってたけど、そもそもこれ怪我の心配いらねぇよな?」
「……さすがに不要なのです。マスターが疲れきったところで完全に止めるのが精一杯ですよ」
 そのような会話を繰り広げながら、レヴィと六韜、及び先頭の静佳と明子は重機のように進軍していった。

 そしてこの光景を後方から偶然カメラに収めた静麻はこう呟いた。
「もう全部伏見明子たちでいいんじゃないかな」

 だがそう思ったのもつかの間。この進軍で精神力を使い果たした4人は、途中の木にもたれかかるようにしてダウンしていた。特に明子と静佳の疲労は尋常ではなく、この後の戦闘に参加するのは不可能のようだった。明子自身は非常に晴れやかな顔をしていたが……。

「道が無いようで、探してみればそれっぽいのが確かにあるね……。ただし、超感覚で引っかかるものは今のところ無し、か」
 パートナーである原田 左之助(はらだ・さのすけ)の背におぶさりながら、体だけ小さくなった椎名 真(しいな・まこと)がジャングルを見渡す。現時点で彼の視界内には、それらしい異常は見受けられなかった。
「しっかし、ヒュドラなんてこうちまちま探してないで、呼べばすぐ解決できるんじゃね?」
「呼んで話が通じるならね……。それにヒュドラがどの程度の大きさなのか、あるいは何匹いるのかもイマイチはっきりしてないし」
 パートナーを背負いつつ、今にも突撃しそうな左之助を何とか制止する。
 真のパートナーたちも瘴気の影響を受けてしまい、左之助は外見28歳程度が心身ともに17歳――本人曰く「かっとなって切った。今は反省している」年頃なのだとか――にまで下がってしまい、同じくついてきている魔道書お料理メモ 『四季の旬・仁の味』(おりょうりめも・しきのしゅんじんのみ)――愛称四季も外見28歳程度が体だけ17歳にまで落ちこんでしまっていた。ただし四季の方はあえて思考まで下がったと真に思わせていたのだが。
 そして同行者は他にも2人いた。
「それはいいとして、本当にこのまま進んでていいんですか? さっきから同じ風景しか見えないんですけど?」
「大丈夫だ、問題無い!」
「……クラウン、あなたには聞いてないんですけど」
 その同行者とは体だけがかなり小さくなった百合園女学院在籍のお嬢様イリス・クェイン(いりす・くぇいん)と、そのパートナーである道化師のような外見をしたクラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす)である。クラウンの方は幼児化していないのだが、仮に幼児化していたとしても、その道化のようなキャラクターは変わっていなかっただろう……。
「うん、多分大丈夫だと思うよ」
 苛立ちを隠せずにいるイリスに、真は穏やかな口調で宥めにかかる。
「他の人が言ってたのをちょっと聞いてたんだけど、このジャングルって、よく見たら実は道っぽいのがあるんだ」
「他の人?」
「佐保さんとか先頭集団の人たち。いろんな推理が聞こえてきたけど、どれもこれもいい線行ってるんじゃないかな」
 真の言葉を聞いてイリスは先頭集団に意識を向ける。佐保の近くに集まっている契約者たちは、確かに何事か話し込んでいるらしく、その言葉の端々がかすかに聞こえてきた。
「……なるほど。確かに大丈夫そうですね」
「だから言ったじゃない、問題無いって!」
「気分屋さんが何を言いますか」
 話を交ぜ返すクラウンにイリスは冷ややかな目を向けた。
(まったく、私が本調子ならこんな姿をさらすことも、ましてクラウンにいちいちからかわれてイライラすることも無かったはずなのに……!)
 イリスという少女は元々は良家の子女であり、そのせいか非常にプライドが高かった。そんな彼女にしてみれば、ヒュドラの瘴気を受けたこの状態は非常に我慢のならないものだった。
(大体にして、合宿にきただけのはずなのにいつの間にか体が小さくなるなんて信じられないわ! ああもう、格好が悪くてしょうがない! 早くヒュドラを倒して元に戻らないと! いつまでも他人にこんな姿をさらすわけにはいかないわ!)
 小さくなってしまった体を他人にさらけ出すというのは「お嬢様」という人間にとってどのような屈辱となろうか。できることならば他人と接触せず、パートナーと2人でさっさとヒュドラのいる所まで向かい、さっさと倒して自分の肉体を取り戻したいのだが、幼児化したショックなのか彼女は思うように魔法使いとしての力を振るえずにいたため、どうしても他人を頼りにしなければならなかった。もっとも、これはイリス自身が幼児化して魔力が落ちたと「思い込んでいた」ために起きている現象であったため、彼女が自信を持ってファイアストームを放てばいつも通りの威力が発揮できていたのだが……。
 一方でクラウンはイリスの行動にあまり乗り気ではなかった。
(せっかくイリスが可愛らしくなっちゃってるのにもったいない。僕はこのままでも一向に構わないんだけど……)
 利己的で、弱いものいじめが好きで、負けず嫌いで、気まぐれで、欲望に忠実な16歳の彼女もいいのだが、クラウンとしては幼稚園年長くらいになってしまったイリスの姿をもっと愛でていたいと思っていた。だが当のパートナーがあまりにも元の体を欲しているため、しぶしぶついてきているといった具合なのだ。もちろんイリス自身のことが心配であるため、何かしら危険に見舞われそうならばきっちり助けるつもりではいたが。
「あら、だったらどうしてまことんは先頭の方に行かなかったの?」
 話を聞いていた四季が会話に入ってくる。
「……まあ、混ざってもよかったけどさ。こっちにサポート人員がいないのも心配じゃない?」
「あら、私たちの心配をしてくれてるの?」
「まあ、ね……」
「きゃ〜、嬉しい事言ってくれるじゃない〜」
 外見が17歳になり、本人曰く「ぴっちぴちのセブンティーン♪」を演じている四季は頬に手を当ててこれ見よがしに喜んでみせた。
 だが、真がこの場を離れないのには別の理由があった。
(そりゃ離れられないに決まってるでしょ。兄さんや四季さんだけで行かせるなんて不安しか無いじゃないか。本当ならこの体何だから合宿所で待機した方がいいと思ってるくらいなのに……)
 要するに、暴走気味のパートナーたちのブレーキ役にならざるを得ないと判断したのだ。もちろん口に出しはしないが。
 そうこうしている内に、真のゴールデンレトリバーの耳と尻尾に反応が現れた。彼らの横合いから大型のモンスターが集団で現れたのだ。このジャングルにおいてほぼ定番の存在となっている蜘蛛と蛇である。
「おっとまた出やがったな。さっきから本当に馬鹿みたいにでかいのばっかり来るよな、おい」
 この探索中、彼らだけでなく他のメンバーも戦ってきた巨大生物の姿に左之助が舌打ちを鳴らす。
 一方で四季は進んで前に出て、「メラうさちゃん」と名付けた自身の炎のフラワシを呼び出す。
「まあいいじゃない。私とさのっちは言ってみれば一番肉体が充実した姿なんだから、多少連戦になったって問題無いわよ」
「ああ、年寄りの太陽光使いがフラワシ攻撃食らって若返ったあれってわけね。……っていうか四季さん、そのさのっちってのやめてくんねぇ?」
「何年前のネタですかそれは」
「多分、23年前のネタだね……」
 四季と左之助の暢気な会話に思わずイリスと真が口を挟んでしまう。
「まあまあ、ここは僕らに任せて、イリスは後ろに下がっててよ」
「おう真、お前も下がってろ。今から暴れるからな」
 幼児化したパートナーを護衛するようにクラウンと左之助が進み出る。
「まことん、指示はお願いね!」
「OK、サポートはきっちりとする……ん?」
 戦闘態勢に入る真たちだったが、ここで唐突に後方から何かがやってくるような気配を感じた。地響きを立てて何かが走ってきているらしく、他にも後ろを歩いていた契約者の間から悲鳴があがっていた。
「ま、まさか後ろから新手のモンスターが!?」
 思わず幼児化した状態で真が戦う構えを取る。だがそれは次のイリスの言葉で解除されることとなった。
「い、いえ、違います! あれは契約者です!」
 叫ぶ彼女が指差す方向には、確かに契約者らしき人物が4人いた。物凄い勢いで突進してくるその一行はそれぞれ十田島 つぐむ(とだじま・つぐむ)ミゼ・モセダロァ(みぜ・もせだろぁ)ガラン・ドゥロスト(がらん・どぅろすと)竹野夜 真珠(たけのや・しんじゅ)といった。
 正確には、どうやら瘴気の影響を受けたらしく、普段の外見からは程遠い古臭いデザイン――体中には大量のリベット、関節部分は蛇腹状――をしたガランが先頭を走り、そのすぐ後ろから身も心も幼児化したつぐむが、幼児化はしなかったミゼの引っ張る人力車に乗って突き進み、そこから遅れて後ろから、これまた幼児化したらしい真珠が魔砲ステッキを手に追いかけている、といった具合である。
 そしてその4人は前方にいる真たちに気づいているのかいないのか、進撃のスピードを落とさずにそのまま突撃してきた。
「どわ〜! ノーブレーキいいいいい!?」
「みぎゃあああああ!?」
「うおわっ、何なんだいきなり!?」
「ひええええええっ!?」
「きゃ〜! 潰される〜!?」
 すんでのところで5人はその突進を回避する。そして回避された方は何事も無かったかのように、真正面にいるモンスターの群れにぶつかっていった。主に先頭のガランが、であるが。
「跳ね飛ばせー!」
「ま゛っ!」
 つぐむが持っていたおもちゃのリモコンの操作音と、彼からの指令に反応してか、ガランは力強い発言、そしてやたらカクカクした動きと共に、目の前にいる巨大蜘蛛と巨大蛇に、握り締めていたトライアンフによる迅雷斬を叩き込む。いきなり現れて、いきなり攻撃してくる機晶姫の勢いに勝てる巨大生物はおらず、蜘蛛と蛇の集団はあっさりと半数近くが倒された。
「すぶたごーごー!」
「ああんつぐむ様、もっと全力でぶっ叩いて〜♪」
 叫びながらつぐむは手に持った龍使いの鞭でミゼを引っぱたく。いわゆるマゾヒストに分類される彼女はその行動によりさらにテンションを上げ、モンスターの群れに突撃する。
 残っていた動物たちは、そんな子供と変態女のコンビの勢いに恐怖を覚え、散り散りに逃げていった。
「な、何だったんだ今のは……?」
「ご、ごめんね。つぐむちゃんたちが迷惑かけちゃって……」
 呆然とする真たちに気がついた真珠は、立ち止まって謝罪すると、すぐさま走っていったつぐむたちを追いかけた。
 つぐむたちがこのような行動に出た理由を説明するためには、少々時間をさかのぼらなければならない。
 瘴気の影響で身も心も若返ってしまったつぐむは記憶まで過去のものに戻ってしまい、近くにいる自分のパートナーのことを覚えていなかった。ミゼに対しては「面白くて綺麗なお姉さん」、ガランに対しては「自分の言うことを聞くリモコンロボット」という認識しか持たなかったのである――ちなみに真珠はつぐむの幼少時からの幼馴染であったため、彼女に関する記憶は残っていた。
 この状態で、真珠はつぐむに秘境探索に誘ったのである。これがそもそもの始まりだった。つぐむ自身はあまり乗り気ではなかったが、真珠に押し切られる形で、4人の秘境探索が始まった。
 探検に出るとなれば彼らの行動は早い。
 まず瘴気の影響で外見の一部が変わり、さらにこれまでの記憶とある程度の思考能力を失ったガランは、つぐむが持っていたおもちゃのリモコンに目をつけた。要するに、つぐむの持つリモコンは自分の操縦桿であり、彼が命令と共にリモコンを操作することで、自分が動くのだと解釈してしまったのである。ガランのことをパートナーだと認識していないつぐむは、リモコン操作でガランを勝手に操縦し、探検のお供とした。
 一方変化が無かったミゼは、つぐむが幼児化したのをこれ幸いと「あること」を思いついた。自分が持っていた人力車に普段から自分の首につけている鎖を接続する。これで人力車と自分は簡単には離れなくなる。次につぐむに龍使いの鞭――なぜか東アジアやインドで使われた特殊鞭「キャット・オブ・ナイン・テイル(先端が9本に分かれている鞭)」の形をしていたそれを持たせ、いわゆる「お馬さんごっこ」の形にする――ミゼはこれを「ボニープレイ」などと呼んだが……。
 さらにミゼはつぐむにこう頼み込んだ。
「つぐむ様、これからしばらくワタシのことを『雌豚』と呼んでいただけますか?」
 息を荒くして懇願するミゼに、状況を理解できないつぐむはそれに応じた。ただし、雌豚という単語が理解できなかったので、頭の「め」だけが抜けた状態だったが、ミゼにとってはそれでも十分だった。
 こうした準備を経て、つぐむたちは秘境探索に乗り出した。だが結論から言えばそれは探索などという可愛げのある物ではなかった。彼らはひたすら全速力で「直進」したのである――出発自体がかなり遅かったため、今頃になってようやく先のメンバーに追いついたというわけだ。

 そんな彼らに危うく轢かれそうになった静麻は思わずこう呟いた。
「もう全部十田島つぐむたちだけでいいんじゃないかな」

 だが先の伏見明子と同様、彼らも全てを終わらせることはできなかった。ジャングルのモンスターのみならず、進路に立ち塞がる木にまでダメージを与え続けたガランと、全力で人力車を走らせていたミゼが途中で力尽きてしまい、それ以上の「直進」が不可能になったのである。
 そんな3人にようやく追いついた形の真珠は息も絶え絶えにつぐむに説教を開始した。ガランとミゼの進行速度は、真珠の走行速度をはるかに上回っていたため、彼らが止まるまでに追いつけなかったのだ。
「つ、つぐむちゃん……、お願いだから、森の中を全速力で走るのは、やめなさい、ね……。それから……、モンスターは、いいけど、木を倒すのは……禁止……」
「あう……、ごめんなさい……」
 実際のところ、つぐむ自身は何もしていない。やったことといえば「酢豚」と連呼しながらミゼを叩き続けたくらいである。
 申し訳無さそうに謝るつぐむの姿に感化されたのか、真珠はその場でつぐむを抱きしめて愛で始めた……。