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幼児と僕と九ツ頭

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幼児と僕と九ツ頭
幼児と僕と九ツ頭 幼児と僕と九ツ頭

リアクション

 このようにして、一部の契約者たちが全力で頑張ってくれているため、チームの大半は余計な体力と気力を使わずに探索を進めることができた。頑張りすぎて力尽きてしまうのが難点といえば難点だったが、状況が楽になったことには変わりは無い。
 それが理由なのか、シャンバラ国軍所属のレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)の2人の間に流れる空気は、探索によって生み出される緊張とは無縁のものだった。
「ああチクショウ! ちっせえレリウスめっちゃかわいい! 何度も言ってるけどもうまるきり女の子じゃねえか! うわ、やわらけえ、体ちっせ〜!」
 この状況を説明すると、要するに瘴気によって体を小さくさせられたレリウスを、ハイラルが抱き上げて可愛がっているというわけである。ただし抱き上げられている方は非常に嫌そうな表情で逃げ出そうとしていたが。
「やめて下さい、というかなぜそうも抱きつくんですか! だから、な、撫でないで下さい!」
「銀髪銀目の白い女の子ってなんか人形みてえだな。あ、男だった。まあいいやかわいいし」
「よくありませんよ! というかこの姿はこれは幼児期の俺というわけではありません! 大体にして傷もないし、痩せてもいない、髪も短くないし……、ただの若返りとは思え――」
「でかくなったら美形でちいせえ時はかわいいとか、得な奴め、こうしてやる! ぐりぐりぐり」
「ええい、頬ずりしてる場合ですかハイラル!」
「ぐはっ!」
 合宿所を出てからずっとこの調子だった。さすがに我慢の限界に来たのか、レリウスは頭を撫でてくるハイラルのみぞおちに光を纏った拳を叩き込んだ。
「こ、この威力……! 普段のレリウスと大差ねえ、てかみぞおち狙うなよ」
「こうでもしなければ離さないでしょうが!」
 回転の乗った右フックを決められ、ハイラルはその場にうずくまった。
 幼少時、紛争地帯に生まれ育ち少年兵として従事していたという経歴のあるレリウスは、軍服を着た姿こそショートヘアの美形といった出で立ちだが、その服の下には銃創等が刻まれていた。今の彼は幼児化しているために、刻まれた傷は無く、当時は栄養失調だったために痩せ気味で、短く切ったはずの髪が伸びていた。子供でもそれなりに美形でしかもロングヘアーとなれば、ハイラルでなくとも女と間違えるだろう。もちろんレリウスとしては不本意極まりない話であったが。
「それにしても、目が覚めたら幼児になっているとは……、本当に驚きです。ヒュドラの瘴気が原因とのことですが、何かしら魔法的なものでも持ってるんでしょうかね。このまま進んでヒュドラを倒せば元に戻れるんでしょうが……」
 体は小さいが精神は元のままのレリウスは、うずくまるハイラルを放っておいて1人思考の海に意識を漂わせる。
「え〜、別に戻らなくていいじゃねえか。そのままの方が断然かわいいって」
「…………」
「あ、はい。真面目にやります。オレが悪かったからその弓をしまってくださいお願いします」
 余計なことを口にしたハイラルにラスターボウをつきつけ、そのよく動く口を閉ざす。その様子を認めたレリウスはしぶしぶながら弓をしまい込んだ。
「まったく……。しかし、武器の大きさは前と変わらないというのはいささか厳しいですが、スキルがいつもと同じように使えるのはありがたいですね」
「幼児化した連中みんながそんな感じだな。体は小さくなるわ、場合によっては頭まで子供になるわと散々だけど、やろうと思えば戦闘だってできるんだしな」
 先ほどまで大暴れしていた集団を思い出し、ハイラルは苦笑する。
「武具に関してはさすがに厳しそうですけどね……」
「大きさだけに目をつぶれば、一応使えるけどな」
「……その大きさが一番の問題なんですよね」
 レリウスがこう言うのも、小型飛空挺ヘリファルテが使えなかったことに落胆していたからだった。
 幼児化した分、影響の出なかったハイラルと共に歩くとなればどうしても「歩幅」の差で歩行速度に差が出てしまう。ハイラルが遅めに歩くか、レリウスが速く動くかしない限り、並んで行動するのは不可能といえた――それを考慮してか、全体的な進行速度は遅めになっていたが。
 そこでレリウスはハイラルが使っているヘリファルテに乗って行動しようと思ったのだが、小型飛空挺ヘリファルテは1人乗りであり、いくら片方が小さくなっているとはいえ操縦に支障が出てしまうのだ。さらにハイラルが何としてでもレリウスを愛でようとするため、事故を起こしかねないとして結局断念せざるを得なかったのである。そのためここに来るまでハイラルがレリウスを抱き上げて動くことになった。レリウスはもちろん嫌がったが……。
「まあそれはともかくとして、情報が集まらないのはちょっと痛いですね……」
「ん? 何かやろうと思ってたのか?」
 軽く頭を抱えるレリウスをハイラルは目を丸くして見下ろす。
「……『人の心、草の心』のやり方を忘れてしまったんです」
「……ああ、そりゃ痛いわ」
 そこに生息する植物と意思疎通を図り、会話することによって情報を得るための花妖精の特技「人の心、草の心」があれば、ジャングルの木々から何かしらの情報を集めることができるとレリウスは思っていたのだが、肝心の特技の使い方を忘れてしまっては意味がなかった。
「まあそこは仕方ありません。この際はゆっくり進んで、地道に探索するとしましょう」
「ま、それがいいわな。ところでレリウス――」
 急に真面目な表情を作り、ハイラルは周囲を見回す。
「どうかしましたか?」
「いや、さっきから妙に気になっててよ……」
「何が?」
 レリウスに問われ、ハイラルは驚きの事実を告げた。
「オレたち探索チームって、さっきまでにいくらかモンスターに襲われただろ。ところが、だ。……今は、やたら静か過ぎやしないか?」
「……そう言われれば」
 ハイラルの言葉を聞いてレリウスも周囲に気を配る。ハイラルよりも殺気を感知する技術に長けたレリウスならば、襲い来るであろうモンスターの存在を知ることができるのだが、そんな彼をして何の気配も感じることができなかったのである。
「……確かに、変ですね。そろそろまた別のモンスターに襲われてもいいはずなのに」
 この静かな状況に疑問を抱いた2人は、すぐさま先頭を歩く佐保の元へと走った。
 2人から話を聞いた佐保もまた、この空気に奇妙なものを感じ取っていた。
「お2人の言う通りでござる。確かにこれはあまりにも静か過ぎる」
「そこで佐保さんに提案なんですが、まず俺たちが先行して様子を見てきます。その間皆さんはここで待っていてください。大体の状況が確認できたら報告しますので」
 レリウスの提案に、佐保は最初はいい顔をしなかった。いくら精神が元のままでスキルも扱えるとはいえ、幼児化したレリウスに斥候を頼むのは気が引けた。
「う〜ん……、あまり認めたくないでござるが……」
「オレからも頼むわ。何か危険なものがあったらすぐに戻るからよ」
 パートナーであるハイラルからも頼まれ、佐保は許可を出すことにした。
「とりあえず、何かあったらすぐに戻るでござるよ」
「わかりました」
「まあ任せとけって」
 佐保たちの足を止めておき、レリウスとハイラルの2人は木々の間を抜け、先の様子を調査する。数分歩き続けるが、やはりこれといった生物の気配が感じられない。
 さらに足を進めてみる。するとしばらく歩いた先に何かが倒れているのが見えた。「何か」というのはそれが人の形をしていなかったからである。
「少なくとも人ではない何かが倒れている……。それも1つだけではなく、いくつか見えますね」
「ああ……」
 倒れているものの正体を探るべく、2人は武器を構え慎重に近づいてみる。
 そこに転がっていたのは、彼らも幾度となく姿を見てきた蜘蛛や蛇の変わり果てた姿であった。その向こう側に視線を向けると、やはり大型の生物が多数、死骸となって伏せっているのがわかった。
 近くの蜘蛛の体を調べてみると、このモンスターたちが死んでいる理由がすぐにわかった。誰が見てもわかるような刃傷がつけられていたのである。
「刃傷……。剣や刀で斬られたんですね」
「こっちの奴には刺されたような跡があるぞ。ナイフか何かだな」
 今まで出遭ってきた様々なモンスターの中には、巨大なリスのように非常に大人しいだけのものはいた。だがその中で、剣や刀といった鋭利な刃物を持つような存在は知らない。
 この時点で彼らはすぐに気がついた。このジャングルには、自分たち以外に武器を持った何者かが潜んでいるのだと。
「敵、でしょうか」
「いや、敵なら殺されているのは蜘蛛とか蛇じゃなくオレらの方だ。仮にオレらに対する見せしめとして殺してみたとかなら、こんな所に放置せずに、見えるような場所に磔にでもするだろうぜ」
「ですね……。ここは一旦戻るべきでしょうか」
「ああ、見えない存在を相手に警戒してもらうか」
「いや、その必要は無いぞ」
 突然彼らの進行方向から別の声が聞こえてきた。レリウスが声の方に意識を集中させ、殺気があるかどうかを感じ取ろうとするが、声のした方からは敵意も殺気も感じなかった。
 数瞬の後に、2人の前に声の主が姿を見せる。
「……子供?」
「いや、他にもいるぜ。子供と……鎧女?」
 レリウスとハイラルの前に現れたのは、どう見ても子供としか思えない人間だった。小学校低学年、いや幼稚園児くらいの年恰好で、袖や裾の大きい中華風の服を着ている。
 その中華風少女に連れられる形で、12歳くらいの少年と、硬い表情を浮かべ頑丈そうな鎧に身を包んだ緋色の髪の女も姿を見せる。
「驚かしてしまったかの?」
「……いろんな意味で」
 目の前の少女――辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)と名乗るその人間の口から飛び出すのは、子供とは思えない、老人のような話し方だった。
 先ほどの言葉の意味を問うべく、レリウスが緊張の色を隠しながら近づく。
「ところで、先ほどの『警戒する必要は無い』というのは、どういう意味ですか?」
「ああ、それは簡単な話じゃ。ここにおる蜘蛛や蛇を切り倒したのはわらわだからじゃ」
「な……っ!?」
 いともあっさりと理由を口にする刹那に、レリウスもハイラルも驚きを隠せなかった。
 刹那の話ではこうだ。裏家業に関わる彼女は、別件での仕事の帰りにたまたまこの九龍郷に立ち寄ったところ、パートナーのアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)共々瘴気の影響を受けて幼児化してしまったという。
 一連の話は合宿所でこっそり聞き、幼児化していて戦力が落ちているだろうと判断した彼女は、アルミナを合宿所に残し、自らは勝手に秘境へと乗り出し、現れるモンスターを適当に切り伏せていたらしい。刃傷は彼女の持つヤタガンによるもので、刺された跡はリターニングダガーによるものだ。
「まあわらわは元々7歳じゃから、幼児化したところで大したことにはなっておらんがのぅ」
 実際、彼女は5歳程度に体が落ち込んだというが、思考部分は大丈夫だったため、こうして「露払い」に励んでいたのだそうだ。
「まあ1つ気がかりなところがあるとすれば、合宿所に残してきたアルミナが大丈夫かどうかなんじゃが……」
 思考も肉体も5歳程度になってしまったアルミナは、そもそもがかなりの臆病である。幼児化したせいでそれがさらに顕著に現れてしまい、出かけようとする刹那を必死で止めようとしたほどなのだ。
「せっちゃん、行っちゃやだー!」
「ああ、これこれアルミナ、そうくっつかれては仕事ができんじゃろうて」
「やだー!」
 刹那が合宿所を出られたのは、他の見知らぬ契約者がアルミナの相手をしてくれたからである。しばらく泣きじゃくる彼女を慰めるように、数人の契約者が構ってくれたおかげで、しばらくは1人でも笑顔で過ごしてくれるようになった。
「しかし、そんなことをする理由が思い浮かばないんですが……」
「単なる善意ならありがたく受け取っておくけどな」
 真面目な表情を崩さないレリウスと、対照的に気楽に話をしようとするハイラル。そんな2人に刹那は堂々と言ってのけた。
「このわらわが善意の第3者として行動するわけがないじゃろう。そもそも報酬で動くのがわらわじゃぞ? 見返りを求めんでどうする」
「見返りって……、その辺りの約束とかハイナ校長先生と交わしたんですか?」
「いや、急ぎの話のようじゃったから事後承諾でどうにかするつもりじゃった」
「どうせならそのまま善意で動いてくれると楽なんだけどな」
 額に汗を浮かべるレリウス、苦笑を見せるハイラルの2人だが、刹那は悪びれもせず笑みを浮かべた。
「悪く思うなよ、こちらも仕事なのでのぉ」

 こうした一連の事情を報告するべく、2人は刹那を連れて佐保の元へと帰還した。刹那自身もある程度モンスターを片付けたら責任者に報告するつもりだったらしく、大人しくついてきた。
 この事態に佐保は驚きはしたものの、決して嫌な顔を見せることは無かった。せっかくの援軍なのだ、来てくれるだけでもありがたいというものである。
「そういう事情であれば、拙者の方からハイナ様に取り次がせてもらうでござるよ」
「ほぉ、それはわらわとしてもありがたい話じゃが、本当にいいのか?」
「働いてくれた分の報酬ということであれば、ハイナ様も喜んでお支払いになるでござる」
「断言するのか……。まあ、そういうことなら、期待していようかの」
 報酬の支払いの約束を取り付けると、刹那はすぐさまきびすを返し、ジャングルの奥へと向かっていった。再び露払いを行うためである。
 また刹那と共にいた少年と女――ジャングルをさまよっていた東園寺雄軒とバルト・ロドリクスの2人も、この瞬間から探索メンバーの一員として数えられることとなった。
「いや、独自にヒュドラの湖を目指していたんですけど、あまりにもジャングルが広いので道に迷ってしまいましてね……」
 道中の巨大生物との戦闘はバルトが全て引き受けてくれたらしく、雄軒に目立った負傷は見当たらなかった。バルトの方も相手が単なる蜘蛛や蛇だったからか、特にダメージらしいダメージを受けてはいないという。
 雄軒の本意としては、佐保たちと合流せずにひたすらヒュドラの湖を目指したかったのだが、刹那に見つかってしまった以上、この状況を甘んじて受け止めるしかなかった。とはいえ、結果的に雄軒は数多くの契約者による守りを得て、安全を確保した状態のままヒュドラの所へと行けるようになったわけなのだが。

 知り合いを探してたまたま前の方に足を進めていた静麻は、その光景と会話内容から思わずこの言葉を口にしていた。
「もう全部辿楼院刹那1人でいいんじゃないかな、いい加減……」

 佐保たちよりも前に出て、ちまちまと巨大生物を倒し、ある程度戦果があがれば報告に戻る。そうした刹那の働きにより、探索チームの面々はこれまで以上に楽にヒュドラの湖を目指すことができた。
 その恩恵にあずかるメンバーは多数いる。犬養 進一(いぬかい・しんいち)トゥトゥ・アンクアメン(とぅとぅ・あんくあめん)宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)――愛称静香もまた、比較的のんびりと探索を行えたメンバーであった。
「ああ〜、それにしてもカワイイオトコのコたちがたくさん……。この合宿に参加して、よかった……ホント……」
 先の閃崎静麻同様に、静香はデジタル一眼レフカメラの「POSSIBLE」を構えながら、探検隊として参加した契約者――特に幼児化した男性を中心に写真を撮りまくっていた。本当なら合宿所に残って同じことをする予定だったのだが、心身ともに幼児化したパートナーの祥子が秘境探検に乗り出すと聞いてはさすがについていかざるを得なかった。だが幸運なことに、静香のストライクゾーン――男の娘だの美少年だのといった存在が探索メンバーの中にも存在していたため精神的に事なきを得たのだった。
 静香のカメラに収まった契約者は大勢いる。最後方の集団から先頭まで、あちこちを歩き回りターゲットを物色、そしてその姿をデータに取り込む。これを繰り返し、現在は進一とトゥトゥが物色対象となっていた。
「う〜ん、それにしてもなかなかいい絵面ですわ。パートナーに甘える姿とか記念になりますわね」
 カメラのファインダー越しに見える2人の姿は、どちらかといえば「片方がもう片方に甘える」というものとは違っていたが、2人から少々離れた静香の目には少なくともそう映っていた。
「それにしてもなんで余がシンイチをおんぶしなきゃいけないんだろうか……」
「仕方がないだろう。モンスターとかに襲われたり、地面のいろんなものに躓いたりするのだから……」
 この状況を端的に言えば、体だけ幼児化してしまった進一をトゥトゥがおんぶして運んでいる、というものだった。
 こうなってしまったのにはもちろん理由がある。
 2人、特に進一が幼児化しているということに気がついたのは、ジャングルの入り口でのことだった。「若返り伝説」をネタに論文が書けると喜ぶ進一、珍しい動物がいるかと期待に胸を躍らせるトゥトゥ、2人がいざジャングルに突入しようとした瞬間だった。
「珍しい動物とかいるかなー、とか思ってたらいつの間にかシンイチとはぐれたー!?」
 隣を歩いていたはずの進一の姿が見えなくなり、現代によみがえったツタンカーメンの英霊はパニックを起こした。自分が家来と思っているあの知識狂いがいないというのは、今回の探索においてはやはり損失になってしまう。パートナーの姿を探して周囲を見回すと、ふとすぐ近くで聞き覚えの無い声が聞こえてきた。
「ん? ……トゥトゥ? お前なんだか背が伸びてないか?」
「ん?」
 自らの名を呼ばれ、声のする方に目を向ける。するとそこには、妙に小難しそうな顔をして眼鏡をかけた子供が立っていた。
「あれ、この子は……? なんだかシンイチっぽく見えるが……」
「って、言いながら人の頬をむにむにするな!」
 思わずトゥトゥはその子供の頬を軽くつねったり掌でこね回してしまう。ひとしきり頬の感触を楽しんだ彼は、ようやくその子供が幼児化した進一であると理解した。
「トゥトゥが大きくなったのではなく俺が縮んだ、というわけか……。つまりこれが噂に聞く若返りの伝説というやつだな」
「あー、なるほどこういうことか。伝説は本当だったんだー」
「これが嘘なら『BUSTED(伝説は嘘)』って言うところだったんだがな」
「そんな『伝説検証人』じゃあるまいし」
 だがいずれにせよ、進一の体験によってヒュドラの伝説が単なる昔話ではないということが証明されたのには違いない。それを確認した2人は、いざ秘境の奥へと1歩を踏み出そうとした。
 だが、突然小さくなった体では、いくら身体能力やスキルの性能は変わらないといってもやはり感覚的な部分で違いが生じる。ジャングルの入り口にて伸びていた細い根に足を引っ掛け、進一はそのまま地面にヘディングシュートを叩き込んだ。
「ぐっ!?」
 幸いにして大きな怪我にはならず、多少額を殴打した程度に終わったが、彼の精神には著しいダメージを与えたらしく、かすかに震えながらゆっくりと起き上がった。
(くっ、体が幼児化しているせいか小さなものにも躓いてしまう。まずいぞ……、このままでは調査がままならんばかりか、モンスターに襲われてしまう! 幸い魔法は使えるようだが、それもうまく扱えればの話だ)
 そこで彼が取った方法は、トゥトゥに背負ってもらうことだった。瘴気の影響を受けなかったトゥトゥに運んでもらえば、少なくとも自分の行動で探索に支障がでる、という事態は避けられると判断したのだ。
 それがこの状況というわけである。
 そしてそのような事情など全く知らない静香は、何も気にせず2人の姿をファインダーに収めていた。
「……よし、こんなものですわね。っと、そういえば母様は?」
 その辺りでふと自らのパートナーの姿を探す。幼児化したせいで暴走気味の祥子のことである。おそらくどこかで暴れているのかもしれないと少し心配になる。
「お守りとしてウェンディゴをあててますし、それに『ケンタローさん』もいることですから、まあ大丈夫とは思いますけれど……。あ、いた」
 静香の視線の先には、賢狼の「ケンタロー」の背に乗ってはしゃぎ回る祥子の姿があった。その近くには静香が召喚したウェンディゴの姿もある。
「わーい、ケンタローさんはやーい!」
 祥子を背に乗せた賢狼は、行進に合わせてある程度進むと、その場でぐるぐると旋回し、常に幸子を喜ばせようと務めていた。彼女の気を引いていなければ、いつどこでレプリカ・ビックディッパーを振り回すやらわからないのだ。
 だが無情にもそのチャンスは訪れてしまう。露払いを行う辿楼院刹那が討ち漏らしてしまったモンスターが数体、静香たちのいる地点に飛び出してきたのである。
「……これはまずいですわね」
 純白の杖を構え、静香はモンスターを迎撃しようとする。祥子をモンスターから守るのもそうだが、祥子が大暴れする方がより危ないのだ。何しろ祥子はこの探検に際して「悪いヒュドラを探し出してやっつける」という目的の元に行動しているのだから――そして予想通り、現れた巨大蜘蛛を前にして祥子も戦おうと準備していた。
 危機を覚えたのは彼女だけではない。トゥトゥと進一もまた防衛のために身構えた。
「参ったな、こんな時にモンスターに襲われることになるとは……!」
「シンイチ、この状態で魔法は使える?」
 パートナーを背負った状態でトゥトゥが戦闘能力の確認を行う。進一は本人が言う通り、体の動かし方に慣れていないため、ここで単独行動をさせれば満足に戦えない。そのため戦闘時もトゥトゥが背負っていなければならないのだ。つまりその状態で魔法攻撃ができるかどうかという確認である。
「俺自身、本来は肉体派だったりするんだが……、やってやれなくはない。移動は任せるぞ」
「りょーかい!」
 そうして4人が蜘蛛を相手に戦闘を開始しようとするその時だった。本日3度目となる「後方からの強襲者」が現れたのである。
「それそれそれそれー! シーアルジストのお通りよー!」
「そこの契約者、頼むからそこをどいてくれー!」
 やってきたその強襲者2人――専ら前を「飛ぶ」女の子は、現れるモンスターを相手に片っ端から高レベル魔法を叩き込んでいく。近くの蜘蛛はブリザードで完全に凍結させ、飛び掛らんとする蛇には「神の審判」で吹き飛ばし、1箇所にモンスターが集まっているのを見れば、天から炎を呼び出しその一帯を焦土にしてしまう。
「あっはっは、弱い弱い! 凍てつけ砕けろ蒸発しろ光になれえええぇぇぇぇ!」
 しかもその人物はどうやら「ゴッドスピード」を発動しているらしく、目にも留まらぬ速さで快進撃を続けていた。前にいた4人がその動きについていけるはずがなく、跳ね飛ばされはしなかったものの、通り抜ける際に発生する風圧には思わず身をすくめるしかなかった。
「きゃーーーーー!」
「うひゃああああっ!?」
「うわっ、こら揺らすなああっ!?」
「ああっ、わたくしのカメラがっ!?」
 突撃を回避した4人は、そのまま通り過ぎていくコンビの背中を呆然と眺めていた。
 この時、特に被害を受けそうになったのは静香のデジタルカメラだったが、そこは彼女の根性でどうにか守り通し、しかも静香は襲撃者2人の内、特に攻撃を行っていない男の子の方の撮影に成功した。
 この2人の正体は、共に体が6歳程度に落ち込んだルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だった。ただしルカルカの方は性格部分も6歳児になってしまったらしく、普段から多少――多少という言葉が妥当なのかどうかは疑問だが――暴れん坊なところが輪をかけて酷くなったようだ。
「ああ、まったくルカのやつは……。あれほど大人しくしておけと言ったというのに……!」
 毒づきながら、「空飛ぶ魔法↑↑」で宙を浮くルカルカに追いつくためにか、ダリル自身も氷雪比翼を装備してゴッドスピードで追いかける。
 元々2人は今回の異変を解決するためにこの探索チームに参加していた。特にダリルは基本的には頭脳労働派であるため、手持ちのノートパソコンと自らの知識を生かして、事態の原因の究明を行うつもりでいた。探索に出る直前にルカルカと交わした会話が少々問題だったが。
「九頭の竜……、九頭竜……、くとぅりゅー……、クトゥルー。こ、これはまさかクトゥルフの神の所業!?」
「……違うと思うぞ」
「まあその辺はどっちでもいいけどね。とにかくルカも探検隊に参加するよ! 記憶だってちゃんと残ってるし、魔法も普段と同じ感じで使えるしね!」
(いや、だからこそ『危険』だと思うのだが……)
 ルカルカの明らかに的外れな推理と無謀ともいえる発言――契約者としての経験の高さを考えれば、あながち無謀とはいえなかったが――は、ダリルを呆れさせるだけに終わった。
 そして真の問題はルカルカ自身にあった。肉体派で戦闘重視の彼女はそれだけでも非常に脅威になるというのに、幼児化した影響でそれを抑えることができなくなっていた。そのためダリルは適宜ルカルカに「暴れないように」と注意していたのだが、元々の好奇心旺盛な部分が邪魔をして、その注意事項はすぐに頭から抜け落ちた。
 ダリルが苦心してルカルカの中に作り上げた制止のダムは、そうした影響も手伝って、モンスターの登場をきっかけに完全崩壊した。注意されればしばらくは大人しくなる彼女だが、元気溌剌な彼女が常に大人しくいられるわけがなく、1度ブレーキが故障してしまえば後は覚えたスキルと鍛えられた身体能力をいかんなく発揮するだけである。しかもその攻撃力は先の伏見明子やガラン・ドゥロスト、ミゼ・モセダロァ、そして辿楼院刹那をはるかに上回っており、出会うモンスターはほぼ全て彼女の攻撃で灰燼に帰した。
 よくもまあ他の契約者に流れ弾が飛ばなかったことである。その辺りの常識はどうやらまだ残っていたらしい。

 ようやく知り合いである祥子の姿を見つけた静麻は、本日4度目となる言葉を呟いた。
「……もう、全部ルカルカ1人でいいんじゃないかな。……とか言ったら、多分どこかで力尽きてるんだろうなぁ。まああいつのことだから、もしかしたらヒュドラの所まで行ってくれるような気はするけど」

 だが静麻の予言は的中してしまった。道行く先に現れるモンスターを相手にスキル全開で大暴れ――しかも召喚獣3体を同時に呼び出して暴れつくした結果、なんとヒュドラの湖に辿り着く前にダウンしてしまったのである。持っていたチョコレート味の「SPタブレット」も食べつくしてしまったらしく、体力よりも先に精神力が尽きてしまったようだ。
「まったく、だから言ったではないか。お前はすぐに暴れまわるからやめておけと何度も」
「なによう、異変を解決するためには戦闘だって必要じゃないのよ」
「肝心のボス戦の前にゲームオーバーになってどうする。これだから子供は……」
「ダリルだって今は子供のクセにー」
 途中で立っていた木にもたれ、2人は静かに休憩を取っていた。モンスターの気配はほとんどと言っていいほどに無い。ジャングルにいる大半のモンスターを、ルカルカと彼女の召喚獣――サンダーバード、ウェンディゴ、フェニックスのトリオが片付けてしまったからである。特に害意を感じない一部の穏健な巨大生物は、彼女の暴走に巻き込まれないようにと遠くへ逃げてしまった。
 一時的な平穏が確約されたその場所にてダリルはノートパソコンを広げていた。ようやく彼本来の仕事ができるようになったのである。
「しかし……、このジャングルにはあまり人が入らなかったのか、ほとんどと言ってもいいほどに情報が手に入らないな……」
 パソコンのキーボードを小さくなった手で苦心しながら叩く。その合間にダリルは近くの木にサイコメトリを行うが、巨大なモンスターが適当にうろつき回る姿しか手に入らなかった。
「これはさすがに、ヒュドラの湖に着いてからが勝負だな」
 事件の記録をとるためのデジタルビデオカメラを取り出し、ダリルは再びパソコンの画面に向き直った。
「じゃ、着いたらまた大暴れだね!」
「……いや、もういいだろう、それは」
「えー!? 召喚獣を呼び出して怪獣大決戦できるじゃない!」
「……それを言う前に、まずはこの状況を見たらどうだ? これだけ大暴れしておいてまだ足らんか?」
「…………」
 不満げに唇を尖らせるルカルカだったが、確かにダリルの言う通りだった。暴れに暴れた結果、モンスターはいなくなったものの、その代わりにジャングルのいくらかが焦土と化していたのである。ジャングル自体は非常に大きいため、これでも被害は軽い方なのだが、自然破壊であることには変わりはなかった。もちろんルカルカにそのような意思は無かったのだが……。
「ここまで暴れたんだ。ボス戦は他の奴にとっておいてやれ」
「ぶー」
 やはり暴れ足りないのか、ルカルカは頬を膨らませた。
「……そういえば、さっき魔石に何かを入れたよな」
 ふと気になったことをダリルは口にする。実はルカルカは大暴れのついでに、何か「面白そうなもの」を持っていた「封印の魔石」に封入していたのだ。攻撃の方が多かったことと、気に入ったものがほとんど無かったために、封入できたのはモンスターが1体だけだったが。
「参考までに聞くが、一体何を封印した?」
「リス」
「は?」
「だから、でっかいリスよ。可愛かったからゲットしちゃった♪」
「…………」
 おそらく合宿所にて解放されるであろうその巨大リスに、ダリルは人知れず同情した。
「それにしても……」
 画面に向かいながらダリルは唸った。
「それにしても、手が小さくて運指速度が落ちてる。こんなところに小型化の弊害があるとは……。俺の性能ガタ落ちじゃないか!」
 誰でもいいから早く原因を解決してくれ。小さくなった男は切に願った。

 またこのルカルカの大暴れに巻き込まれてしまったのがいた。モンスターを地道に倒していた刹那である。
「ま、まさかあんな大掛かりな攻撃を乱発するのがいようとは、このわらわの目をもってしても見抜けなんだ……!」
 強力な魔法攻撃の巻き添えとなった彼女は、行動を共にすることはできたが、その後の戦闘に参加することができなくなってしまった。
 だが先頭にいた佐保はこの事態をあまり悲観してはいなかった。確かに明子、ガラン、ミゼ、ルカルカ、そして刹那という強力どころが次々と使い物にならなくなったのは痛いが、彼女たちの頑張りのおかげで大半の契約者が体力と精神力を温存させたまま探索を続行できたのである。それどころか大半のモンスターを掃討した結果、ここから長時間はモンスターに襲われる心配が無くなり、あるいはヒュドラとの対峙に際して、十分な備えができるようになったのだ。
「この状況を作ってくれた彼女たちには感謝こそすれ、決して大暴れしたことを非難してはならないでござるよ!」
 探索に参加した契約者たちに佐保は素早く注意を促した。勢い余った何者かが暴れたメンバーを非難して、場の空気が悪くなるのを未然に食い止めたのである。

 こうして探索メンバーはさらに奥へと進む。モンスターの脅威が無くなった今、後は突き進むのみとなった。