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太古の昔に埋没した魔列車…御神楽環菜&アゾート 後編

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太古の昔に埋没した魔列車…御神楽環菜&アゾート 後編
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 鼻歌を歌いながら月詠 司(つくよみ・つかさ)は決定したレール予定地の草を切り払っていた。先達がファイヤーストームで焼き払ってあるルートを、確実に掃討していく。
 季節は最盛期を過ぎたとはいえ、まだまだ植物が繁茂するには十分な気候である、種をつけてしまうまえに刈り払ってしまわなければならない。根まで確実に切り払いながら確実に進んでいく。
「草さんは仕方ありませんが、虫さんたち、どいてくださいねー」
 レールなんて広大なシャンバラのほんの一部のはずだから、パラミタの未来のためにも勘弁してもらおう。
 たとえば一面の花畑を進む列車とか。実りに頭を垂れる畑の間を進む列車とか…。
「…あぁ〜、やはり列車の旅はそういった風情を楽しむのが醍醐味ですよねぇ〜…」
 レール予定地の草を刈りながら、彼の脳裏には既にレールが完成して列車が走っているらしい。
アイリス・ラピス・フィロシアン(あいりす・らぴすふぃろしあん)は、横でそれを眺めて首を振った。
 司が草刈に使用しているものは、光条兵器なのである、それを草刈に利用するとは何かが、何かが!間違っている、そう思って止まないのである。
「…多分、違う…」
 じっと見つめてくるアイリスの眼差しを、自分の高揚と同意の意味と捉えた司がまた笑う。
「えへへ、楽しみですねえ…」
「…ツカサ、要注意…」
 彼の巻き込まれ体質は折紙つきだ、気を抜かなくても、今平和なように見えても絶対なにかあるだろう。
 彼女のおとうさんにかれを見張っていろと厳命されている、何かあれば『それ見たことか』とツカサはパシリの運命に転がされることになるだろう。
 アイリスは心配してあげたのに、当のツカサはまた妄想に踏み込んで鼻歌の続きを再開する。
「駅の外観や内装は、…そうですね〜…。やはり『ヴィシャリーのソレに合わせる』で良いのでは?
 折角、魔列車がSL的な外観なのですから、ヘタに近代的な駅よりはそちらの方が風情がありますよねぇ」
 まったく聞いてない、ちゃんと五体無事でおとうさん達のところに行けるのかという不安がつのる。
「アイ、どうしました〜?」
「…なんでもない…」
 全くもってその顔はしまりがない、彼の未来に幸あらんことを祈りながら、アイリスは司にぺたぺたとついて行く。

 高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)は顔をしかめた、雑草を焼き払おうとしたレール予定地に、大きな石が転がっている。アルマイン・M・エインセルに待機させているティアン・メイ(てぃあん・めい)に石をどけてもらおうと声をかけたが反応がなかった。
「ティア? どうしました?」
 イコンは起動テストをかねて出してきたとはいえ、操作ができないなんてことはない筈だ、さらに重ねて呼びかけると、ティアンのかすかに震えた声が返ってくる。
「…ねえ、この前の話の続き…なんだけど」
「…なんですか?」
 この前の話とはすぐに予想はつく。しかし玄秀としては、もう終わった話のつもりだったが、かすかな苛立ちを押し隠して次を促した。ティアンは良くも悪くも真面目だ、一応相手をしておかないと、作業が進まない。
「なんで、そんな普通にしていられるの? 本当は魔列車にも人助けにも興味ないんでしょ? どうして…」
 魔列車の敷設に参加する玄秀のその姿は勤勉だ、ティアンにとって目のくらむような衝撃的な告白からは、あまりにかけ離れた姿で、時折自分が誰を相手しているのかがわからなくなる。
「別に。僕もまだこちらに来て半年くらいですから。経験を積みたいのと、世界の姿を知っておきたい。それだけです」
 あからさまにはぐらかされた。他人が聞けばきっと彼に親しみを覚えるだろう、だが体面をごく自然にとりつくろうような言葉が、ティアンに彼との隔たりを突きつける。
―この子の歪んだ心を治すにはどうすればいいんだろう…私には何ができるんだろう…。それ以前に、私は何を望んでいるんだろう…?
 ティアンが内面の問いをせめぎあわせ、かみ合わない会話にいっそ虚脱を覚えそうになっている頃、玄秀もまたかみ合わないことを考えていた。ただティアンの疑問と違って、玄秀にはその自覚がしっかりとあった。
―…真なる賢者の石がなんなのか気になりますしね。手に入れる為には完成に協力しなければなりません。と、はっきり伝える必要はいまの所ないでしょうし…。
 ぎこちなくエインセルが石の塊をどけていく、それを徒歩でゆっくりと追いかけながら、どけた石の下から這い出てきた虫を踏み潰した。
 ティアンはさすがに石の下の生き物達には気づかなかったようで、彼の足元のことなど知らずに作業をすすめている。
―たかだか邪魔な虫を踏みつけただけで、ティアは悲しむのか。
 あれから、彼女は自分の一挙手一投足に神経をささくれ立たせるようになった、君の知っている『高月玄秀』は幻影だと突きつけたはずなのに、まだ彼女は自分を探すのだ。
 それは何故か、と踏み込んで考えてみたことは、多分はじめてだった。

 草を焼き払われむき出しになった地面に、リベットガンが鋲を打ち、杭を叩きこむ音が、ヴァイシャリー湖畔の平野に規則正しく響いている。
 天城 一輝(あまぎ・いっき)が次のアンカーを装填し、測量地図と照らし合わせ、施工管理技士のフラワシに細かな指示を受けながら位置決めをして目標を狙い定めている。
 レール方式はいわゆるスラブ軌道と呼ばれているもので、コンクリートの路盤の上にレールを敷く構造が採用されている。幅の長い枕木と一体型のレールと考えれば分かりやすいだろうか。こちらならば保守の手間も抑えられ、軌道の狂いも起こりにくいのだ。
 ただし、方式的に対となるバラスト軌道と比べると騒音は大きくなる、構造的に可塑性がなく、音を吸収する余地がなくなるのだ。
 しかしこの点はさほど問題にはされていない、主に通過するのは集落から離れる位置で、うるさくなるだろう区間でも、遠くから列車の存在が喧伝できて、列車本体への接触などの危険を減らせるというメリットを見込まれていた。
 現在一輝達はコンクリート路盤を設置する前のガイドの杭を打ち込んでいるところだ。杭はレールを乗せる路盤同士を動かないようにつっかえる役目をはたす。実際に路盤が置かれるときには、さらに杭と路盤の間に緩衝ゴムが挟まれて衝撃やゆがみを吸収し、恒常的な運用をなす。杭以降の段階は他の契約者達にまかせて、杭が終われば順次後進を手伝う心積もりだ。
「次の杭をくれないか」
「はい、よそ見しながら受け取らないでください」
 のどかな昼下がり、まだ厳しさを残す日差しはみなぎるやる気の妨げにはならない、3トン半・一杯の荷台からローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)が杭を手渡し、リベットガンを打ち込んだ場所をガイドにして深く楔を打ち込んだ。リベットを穿ち、杭を深く打ち込み、ある程度進んだらローザは目印のザイルを張っていく。杭だけだと後続が見落としてしまいかねないのだ。
 ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)が聖騎士の駿馬にまたがって作業範囲を遠巻きに調べ、ルート沿いに杭を打ち込めているかをチェックして戻ってきた。銃型HCの機能で簡単な測量をこなして確認する。
「現時点では誤差はないのである」
「今どれくらいの距離を打ち込めていますの?」
「まだ半日だ、急かずともよいだろう。ふむこれ位と言った所か」
 ローザに銃形HCのモニターを見せ、今日中でどれ程進められるかを考える。
 作業進度からみて、3トン半の荷台に杭を満載していても、積載量から考えて一日で進む量に尽きるだろう、どの道資材を取りに戻るか、運んでもらうほかはなさそうだ。
「じゃあ、先にリベットガンで進めるだけ進めておくか、資材を持ってきてもらえるか連絡を入れておいてくれ」
「どこかで落ち合うかして受け取りに行くほうがいいですね、これから何度も往復するでしょうから」
 今はまだヴァイシャリーを遠目に伺うことができる、敷設距離を伸ばせば往復だけで時間がとられる。
 ローザはレール敷設班の連絡網を使用して、すぐに動けそうなものに連絡をとる。
 すぐにレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)と連絡がとれた。
『すぐにいくよ、ラーン・バディに荷物を積んでくるから、どれくらい要りそうかな』
 レキの横で読み上げる数値を書きとめたミア・マハ(みあ・まは)が、ヴァイシャリーの資材コンテナから品目をチェックして収支を出した。
『これは、大体何日分の試算になるのかえ?』
 それを聞いた一輝がローザの代わりにトラックの荷台を覗き込み、目算する。
「現時点でリベットと杭の消費からして、これくらいだな」
「先ほど頼んだ資材量で、おおよそ一日分に相当するはずですわ」
『ボクのイコンは重量級だから荷物は積めるけど、そっちは運べそうかな?』
「少しオーバーするが問題ありません、消費しながら進むので大した問題にはならないでしょう」
『ああそうだ、日没後に作業はするでないぞ。引き上げるかそこでキャンプをするか決めるのじゃ。食料は持っていってやろう』
 要求された資材量は、それでも全体からすると多くを占めているわけではない。おおよその進行を消費量で計算してデータベースに入力しておく。
 場所はレール予定地を辿れば大丈夫だ、何時頃着くか確認して、現地への通信を切る。
 ミアはすでに荷物の積み込みに動き出したレキを追いかけて腰を上げた。

「プッロ、こういうの公共工事ってやつに昔の血が騒がないか?」
「ああ、もちろんだ。我らの仕事はローマを守ることだったが、生活を守るという意味で公共工事は欠かせんものだったからな」
 軍人は剣をもって栄光を、鋤や鍬をもって平和を得る生き物だ。
 プッロはかつて槍の栄誉を得た勇猛な英霊だが、ものを作る穏やかさも嫌いではなかった。
「さあリベットを打て、杭を立てよ。この後はコンクリートを敷く輩が追いかけておるのだろう、追いつかれてしまっては示しがつかぬ」
 楽しそうに地図を広げてリベット位置を確認するプッロと、再び地面に取り付く二人が着実に作業を進めていく。
 線路を伸ばそう、地平線のかなたまで、すべての道が、いつかここに届くまで。