空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

太古の昔に埋没した魔列車…御神楽環菜&アゾート 後編

リアクション公開中!

太古の昔に埋没した魔列車…御神楽環菜&アゾート 後編
太古の昔に埋没した魔列車…御神楽環菜&アゾート 後編 太古の昔に埋没した魔列車…御神楽環菜&アゾート 後編

リアクション

 アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)は、電脳空間でヒパティアのそばについて、彼女の可能性に頭を悩ませていた。
 アレーティアの目の前に駅舎を組み上がってくるりと回転し、彼女はそれをひとしきり眺めて首を振った。
「そのデザインは一つ一つは確かに美しいが、ゴシックの隣にバロックを持ち込むのは如何であろう…」
 ヒパティアに、駅舎のデザインをしてみてはどうかという話が来たのはいい、彼女もやる気を出していたし、ネットを通してデータベースを探れば、いくらでも資料は見つかった。
 だがそれだけだった、それを参照して新しいものを作ろうとはしているが、今ひとつ情緒的な部分が未成熟であるようだ。
 ヴァイシャリーの景観に見合ったものをと気負うのもいい、デザインの特徴に近似値が見出せる中世ヨーロッパを重点的にクロールしている狙いはわかるが、出来上がって来たものはなんというか…
「デザインのキメラ…じゃな…」
「すみません…」
「…あー…そっかあ…」
 となりでフューラーがなんとなく天を仰いでぬるく絶望した。
 芸術的な観点に関しては、フューラー達は今まであまり考えてはこなかったらしい、兄妹二人して途方に暮れて、すぐに答えを出すことができない不毛な議論を展開している。現在の議題は『創発』について。つまりヒパティアには、オリジナリティという要素が弱いのだ。
 そこで電脳に降りていたフューラーを、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が呼び戻しにきた。
「おーい、おまえに用事だそうだ、なんかシステムのほうを手伝ってとか」
「はーい。すみませんが少し妹をお願いしますね」
「任されよ」
 慌ただしくログアウトした兄の方を見送り、まだ残っていた真司が二人を伺った。
「どうだ、大丈夫そうか?」
「………」
「…そりゃ、どっちなんだよ」
 答えのないものに答えを要求されても返せない、それだけのことだが、一筋縄では行きそうにないことだけはよく伝わった。
「まあいい、他にもデザインを考えているものがおるようだからな」
 ヒパティアにずっとひっきりなしに応答接続が来ているのは、彼女の力を借りて他に何人かが駅舎の3Dモデルを作っている最中だからである。駅舎予定地の基礎を固め終わる前にコンペをする予定なのだ。
「コンペにエントリーしなくともよい、気にせず一度よい経験だと思ってやってみるが良かろう」
「そうですね…」
 今まで、どこからか引き写してきたものや、誰かの考えをトレースしたものをほとんどそのまま投影してきていた。イマジネーションに傾向はあっても、明確な解答は存在しない。
「とりあえず、宇都宮祥子殿にどう伺っておったのじゃ?」
「レンガ造りの欧州風駅舎は湖の街に合うだろう、ヴァイシャリー風の建築様式を取り入れれば、地元の方々にも親しみやすいだろうと」
「なるほど…、ああこれのことを言われておったのだな」
 アレーティアが呼び出したのは、アムステルダム中央駅の写真だった。レンガ造りの駅舎は言われたイメージに合うだろう。
 現在宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)はイコンを駆って駅舎の建設準備に取りかかっている最中だ。是非とも期待にお応えしたいが、できるだろうか。
 ヴァイシャリー近郊の湖畔が騒がしくなりはじめてしばらく、今度は陸地の方で賑やかさが増してきた。
 土地の一角が区切られて、イコンが機材をその周りに積み重ねて行く。そこには駅舎が建てられることになるのだ。
 ここからヒラニプラに向けてレールが延び、既存の線路と接続して、シャンバラ・レールウェイズははじまりを見せることになるだろう。
「ヒパティアさんはどんな駅がいいと思う?」
「私は皆さんの考えが聞きたいです。他の人と、何かを作る…という経験もありませんから。一緒に考えてもいいですか?」
 実際に触れられる物を、大勢の人と造ったことがないからと遠慮がちに聞く。
「うん、滅多にないことだし。皆の意見を取り入れながら、まとめようか」
 駅を建築する前にコンペを行おうと、設計担当者たちはヴァイシャリーの別邸に集まることにした。






「わかった、この部分にこのメソッドを噛ませばいいんだな」
 パートナーからメールで送られた変更点を受けて、裏椿 理王(うらつばき・りおう)は一旦モニターから顔を上げた。
 感謝を受けてもなお黙々と桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)はモニターを見つめたままだ。
「こんちわー、システム組んでると聞いてお呼ばれに伺いましたー」
 ちわーすミカワヤでーす、といわんばかりの能天気さで、フューラーが姿を表した。得意分野のほうなので飛びついたのだった。
「現在真っ最中だよ、あんたが来てくれたならヒパティアにも協力を頼めるな」
 軽くこめかみに敬礼崩れの手を当てて、逆の手でデータの保存をコマンドする。
 彼らのモニターにヒパティアが現れて挨拶するが、彼女にもフューラーのモバイルにも、屍鬼乃からのメールが到着した、こんにちわ、とだけ書かれている。
「こ、こんにちわ、よろしくお願いしますね…」
 因みに彼らの位置関係は実に真横同士、その位置からメールでやり取りする意味が不明だったが、どういうわけかここしばらく、屍鬼乃は拗ねたように口をきかないのだ。
「とりあえず、何をすればいいか教えてください」
「上司の指示で、最先端の運行制御システムを導入したいんだ」

「最初は本数自体は少ないだろうから頻繁な信号切り替えはないかもしれないけど、途中の線路上に異常があった場合の情報の伝達や乗客へのアナウンス、各方面への救助要請とか、基本になる部分だけでも組んでおけるといいよね」
 ヒパティアが打ち合わせした概念検討のキーワードをピックアップして、必要な機能を列車とレールの3Dモデルに当てはめていく。考える頭が増えれば切り口が変わり、最初組んでいたモデルケーからだいぶ変わってしまったが、やりがいはある。
「あとはチケットの発券システムとか…」
「あ、これNaracaに対応してくれって言われてました、こっちのデータ共有システムは外とつなげないとダメですね」
 桜月 綾乃(さくらづき・あやの)からの要望なのだが、ラズィーヤには後で説明するらしい。
「それはうちの上司を通してヒラニプラに掛け合おう」
 モデルに線路とは違う通信ラインがつながり、評価が更新されて要求されるセキュリティレベルがはねあがる。
 いくつかのシステムが大まかに組みあがったころ、フューラーが一旦見直しのためのテストを提案した。
「じゃあ、テロに備えてクラッキング対策をシミュレートしましょうか」
「頼む、防御システムの見直しをするから少し待っていてくれ。屍鬼乃いくぞ」
 相変わらず黙ったまま彼は理王について立ち上がる、二人で攻撃を想定して防壁を組んでいく、今まで良くやってきたことだから、お互いに信用していた。

「…ちょっと待て!そのやり口はないだろ!?」
「ぼくは攻撃する、と言っただけで、具体的に何をするかとは言ってませんよー。それにわざわざやることを宣言するテロリストもいませんし」
 勝ちは勝ちとそらっとぼけたフューラーは、クラッキングのシミュレートで、システムを保全するホストコンピューターの電源ごと落としてみせた。正確にいうと、システムに攻撃を加えたのではなく、列車事業のために増設された発電施設を攻撃したのだ。
 クラックを警戒して、内部のセキュリティを固めていた理王たちは、何一つできずにひとたまりもなく沈黙した。
 二人はNarakaのシステムを乗っ取って集まった料金をどうにかするのか、ダイヤを混乱させるのか、列車自体を外部から操作して乗客に危害を加えるか、そういったことを想定して防御を組んでいた。
 列車の動力以外は、すべて電力をたのみにするシステムだ。想定した攻撃のほとんどを、フューラーに電源スイッチのひとつでやすやすとクリアされてしまったのだ。
「油断大敵、ずっとやってると、視野が狭くなっちゃうことがありますもんねえ」
「私も、兄さまのねらいがどこにあるのかがうまく予測できた試しがありません」
 ヒパティアが兄のログを彼らに渡した、フューラーが使ったクラッキングシステムにスパイダーをつけておいたので、録画を見るようにトレースできた。
「くそ、こうきたか…」
「………」
 屍鬼乃はふと隣をみた、ログを眺めてぶつぶつつぶやく理王が悔しそうではあるが、どこか楽しそうでいつになく生き生きしている。
 できれば彼の喜びに添いたい、手を貸して、似たもの同士である自分たちの、それでも存在する差異を確認したい。
 でも、それができなくなってきた。
 (ヒトって、めんどくさいよ。のろまで、複雑で、答えをいくつも出してはそれに振り回されるんだ)
 屍鬼乃も、ヒパティアに聞いてみたいことがある。
 ―君ひとりなら、この世のすべてを計算し尽くせるだろうに、なぜヒトといようとするのだろう。わざわざ重石をほしがるのだろう?
「……私も置いていこうかな、理王を…」
 しかし、置いて行かれているのは自分のほうなのかもしれない心細さを、どうしても振り捨てることができなかった。

「今のクラック実験で、有りうるトラブルのリストを更新できました、お役立てくださいな」
 しかし試運転にまさるシミュレートはない、はやく完成を見たいものだ。
「屍鬼乃は、クラック対策をメインに動いてくれ、次は勝つぞ」
 またも目の前の理王にメールで返答し、屍鬼乃は与えられた作業に没頭し始めた。