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●総合格闘技トーナメント大会(2)

 総勢八名が参加するこのトーナメント、第一回戦第二試合は、マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)花柳 雛(はなやぎ・ひな)が対決する

「ルドルフさんは結局、参加しなかったよね。身体を動かす機会って最近ないでしょ? やればよかったのに」
 貴賓席、と書かれたリング脇のテーブルで、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)は薔薇の学舎校長ルドルフ・メンデルスゾーンに話しかけた。ルドルフは野点を半ばで切り上げ、観戦のためこの場所を訪れていたのである。実は、ルドルフが出場するのなら、ヴィナはセコンドとして心身共に彼を支えたく思っていたのだ。少し、当てが外れた。
 されどルドルフは人差し指で軽く唇に触れつつ、軽く首をすくめた。
「そう責めないでくれ。今日は校長として野点に参加するのがメインでね。こちらの大会が先に終われば、また戻るつもりでいるよ。まさか野点に、殴られて顔を腫らした状態で出席するわけにもいかないだろう?」
「おや、ルドルフさん、それって、大会に出場していれば、ルドルフさんほどの者でも顔に打撃を受ける可能性があるってこと?」
 このとき仮面の奥のルドルフの目が一瞬光った……ように見えた。
「そんなことはない……と言いたいところではあるけれど、そこまで自信過剰にはなれないものでね。さっきの試合だってとてもレベルが高かったじゃないか。それにこの試合もなかなか興味深い」
 ルドルフはマリカを目で示した。
「ご覧、マリカ君は、一見大人しそうだけど内に秘めた『怖さ』みたいなのを感じるね。セコンドの彼女が、マリカ君の鎖を解き放つような存在かもしれない」
 さらに彼は目を転じて、
「花柳雛君というのは、手元の資料によると蒼空学園の一年生だね。セコンドの彼女ともどもフレッシュな出で立ちだけど、ものすごいポテンシャルを感じるよ」
「ポテンシャル……というと?」
「データ上は経験が上回るマリカ君有利だろうけど、何が飛び出すかわからない、ってことかな」
「なるほど、目が離せない試合になりそうだね」
「そういうこと。死力を尽くし戦う人と人というのは美しいものだ。さあ、見守ろう」

 試合開始の合図たる銅鑼が鳴った。
 雛のセコンド、真蛹 縁(まさなぎ・ゆかり)が身を乗り出して彼女に声をかける。
「雛、トーナメント方式だから、この試合に勝てば次はあのイングリットとの対戦ですわ! 勝っていただきますわよ!」
「うん、がんばる……って、セコンドなんだからそんな前に出ちゃダメだって! 試合場に入ったら、あたし反則負けになっちゃうよ!」
「なんですって……! そういう大事なことは早くおっしゃいなさい! っていうか、リングに上がれなかったら、わたくし、どうやって画面に映ればいいんですの!?」
「画面、って、テレビ中継とかされてないから!」
「いいえ! されてるんです! むしろそう考えるんです! 常にカメラを意識することが、人の上に立つべきものの義務なのですわよ!」
 などと言いながら縁は、高く結い上げた髪を両手ですくい上げるようにして胸を強調、さらには右足を左の脛に持ちあげ、くねりと猫のように艶冶な姿勢を取った。
「さあ、わたくしのこの美しい姿を存分に全世界同時中継なさい! そして崇めなさい!!」
「だからテレビカメラなんてないんだってば! もう……とにかく行ってくるからねっ!」
 縁が果たしてどこまでセコンドとして頼りになるのか、大層不安になりつつ雛はリング中央に進み出た。
「蒼空学園一年、花柳雛と申します。お手合わせ、願います」
 ぺこりと対戦相手、マリカに一礼した。
「おやまあ、なんとも初々しいお二人ですわね」
 マリカ側のコーナーには崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)がおり、黒い髪をなびかせてくすくすと笑っている。縁も色っぽいが亜璃珠にも一日の長がある。白い肌に黒目がちな瞳、亜璃珠はあえてポーズを取ったりしないが、立っているだけでフェロモンが漂うようななまめかしさであった。
「マリカ、あの娘(こ)はまだ未知数のところが多いわ。様子を探りながら戦っていきましょう」
「はい。亜璃珠様……それでは雛様、始めましょう」
 マリカは幸薄そうな表情で、すっと両手を前に出して構えた。脇をしぼり、頭部をガードしつつ膝に余裕を持たせたファイティングポーズだ。キックボクシングの構えに近い。
 これを見て、
(「うう……強そう……」)
 見様見真似で同様の姿勢をとり、震えを隠すべく雛は奥歯を噛みしめた。
 雛は魔法使い。つまり接近戦は苦手なのである。
(「魔術師が近接に弱いのは、どこの世界でもお馴染み……よね……」)
 なのに試合に出てしまった。後悔はしていない。(多分)
 でもきっと、ボロ負けにされそうな不安があった。(これは、まず間違いなく)
「痛ーい!」
 さっそく不安は的中、マリカの小手調べ的なローキックがいい音を立てて雛の足首を直撃したのである。木製のバットでブン殴られたような衝撃と痛みだ。
「ひゃ! ああっ!」
 しかもそこから転ばされる。
「痛い痛いっ、痛いって!! やあんっ!」
 這って逃げようとしたところを追い打ち数回、しかも最後のは膝が入った。一瞬呼吸ができなくなるほどの打撃だ。
「ううう……イングリットさんまで行けないよぅ……」
 涙目で縁のいるコーナーまで逃げると、ぜいぜい息を切らせて雛は立ち上がった。
 レフェリーのヴァーナーが駆け寄って告げた。
「むむむ〜、いたいですか? もうギブアップしてくれても大丈夫ですよ〜。怪我はすぐになおしますですよ〜」
「そ、そうしようかなー……」
「なにその意気地がないのは!! しっかりしなさい!!」
 縁が噛み付くような勢いで雛をけしかけた。
「でも……」
 と、雛はマリカを見た。
 マリカは攻めあぐねたのか、急にしかけることなくじわじわと近づいてくる。
 このとき雛の頭上に、ピン、と電球が灯ったような天啓があった。
(「い、今こそ最大のチャンス! 逆転を狙って光条兵器を出せば……!!」)
 さっと雛は懐に手を入れ携帯電話を取り出す。
出でよ光条兵器!!
 その声に応じたか、そこからにょきにょき、なにやら輝くものが出てきたではないか。
「……あれ? あ、あ、先が出てきた!? えっと、なんか柄っぽいものが……両手剣……?」
 そう、それは一抱えほどもある最終兵器、縁の存在がもたらした奇蹟。
「こ、これはっ!!!」
 完成した兵器に雛は声を上げた。
「え、ええと………巨大な……歯ブラシ……?
 青ざめて雛は歯ブラシを携帯電話に押し込んだ。
「見なかった。私は何も見なかった」
 などと言うのだが縁は見ていた。思わず縁が続きを叫んでしまう。
「通称、歯ブラシ剣!! 某テレビ番組でやっていたとされるあの伝説の!! きーーーーっ! 私より目立つなんて許さないですわよー!!」
 ここで我慢できなくなったか、縁は魚雷のように飛びだすとリングに乱入して雛を押しのける。
 なんというヒップアタック、雛はよろめいてリングから転がり出てしまった。
「ちょ、だ、ダメ!! 縁さん私のトラウマを掘り起こさないで!!」
 と抗議する雛の声は届かない。縁は思いっきりアニメ風の作り声で宣言した。
「雛、貴方はこの言葉を言わなければいけないわ☆」
「せ、セリフゥッ!?」
歯を磨こうの旗のもと、歯ブラシけーん♪ そう、やってみなさい!!」
 決まった、と感慨に浸る間もなく、
雛ちゃん滅殺☆著作権エルボー!!!!
 怒りの武力制裁、雛は空爆、高くジャンプしてエルボーを相方の脳天に見舞ったのである。
 ごすっ、と鈍い音がした。
「ぐふっ」
 縁はマットに沈んだ。
「全ての著作権は、私が守る!!」
 と勝利宣言する雛の腕を、ヴァーナーが力強く掴んで持ちあげた。
「面白かったで賞は花柳雛ちゃん!! でも、武器使用・リングアウト・セコンド乱入でトリプル失格負け!!
 ごーん、と重々しく銅鑼が轟いた。
「そして勝者は、マリカ・メリュジーヌおねえちゃん!」
 思いっきり負けたが、雛は満足であった。