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リアクション
■□■終
休日が終わる頃――T・F・Sの空京にある店舗のシャッターを閉めながらロイ・ウィナー(ろい・うぃなー)が、ふと思い立って、店内へと振り返った。本日も大盛況の花屋での事である。
「そういえば、どうして一部の客にだけ、花を一輪渡していたんだ?」
ロイの声に、植木鉢の整理をしていたリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)が顔を上げる。
「――ああ、小さなフロイラインへのサービスの事ですか」
納得しながらリュースは、鉢をおく。
シャッターへとかけた手をそのままに、ロイは言葉の続きを待つ。
「花を好きになって欲しいですからね――花には人を笑顔にする魔法がかかってますから」
穏やかにはにかんだリュースに対して、ロイが笑み混じりに吐息した。
「花には魔法がある、か――お前らしい発想だ。俺にそんな魔法は使えると思えないが……それでも今度、女子供がねだったら、一輪くらい差し出してやろう。嗚呼もっとも……上手く笑えんな」
ロイが笑みを浮かべようとして、失敗した様子で、呟いた。
その声に、リュースが肩をすくめる。
「今度、ですか。今日はもう閉店ですから――次回も店に立ってくれると言うことでしょうか」
「いや、それは――……」
言葉のあやに、ロイが息を飲む。
その時、まだかろうじて半分ほどあいていたシャッターの隙間から、クロス・クロノス(くろす・くろのす)が顔を出した。
「あ、お花屋さん」
彼女がそういってかけた声に、リュースもろいもそろって視線を向ける。
その時クロスの隣から、伏見 九藍(ふしみ・くらん)が顔を出した。
二人は、自宅のある空京に帰ってきた所なのである。
「これ、おみやげです」
クロスはそう告げると、シャッター前にいたロイに、二人分の焼き魚やキノコ、花類、栗や密閉状態の調理品の数々を手渡す。
「これは――……」
驚いたように瞠目するロイの心中を察して、九藍が苦笑する。
「ジャタの森で、この花屋を知る者に会ったんじゃ。おそらく出がけに聴いた者や、後はここで一緒に話をした者じゃ――ここは、本当に親しまれ、愛される花屋なんじゃな」
「――……」
ロイが返す言葉を探していると、リュースが歩み寄ってくる。
「そうか、みなさん芋煮会を……今日も様々なお話を聞きましたが、楽しんでこられたんですね」
「はい。次は是非一緒に。あとでアレンジメントをしてもらいたいって方もいらっしゃいましたよ」
クロスが微笑すると、リュースが頷き返した。
「そうですね――沢山、キノコなどは採れましたか?」
「はい、いっぱい取れましたね。空京から距離があるので頻繁にはこれませんが、またいきたいです。今度は皆で来ましょうね!」
クロスがそういうと、隣で九藍が頷く。
それから二人が帰るのを見送った後、ロイが静かに店舗のシャッターへと再度手をかける。
「楽しそうだったな。リュースも行きたかったか?」
「オレは、元々ここで花を売りたいと考えていたから満足ですよ――それに」
リュースは、椅子に腰掛けながら、クロス達が土産と称して持ってきた品を机に置き一別する。
「おみやげをこうして持ってきていただけるほど、覚えていてもらい、そして親しんでもらえるこの場所で、花とともに在れる事が幸せだ。花の魔法と同じくらい、皆で囲む鍋の、人を温かくする魔法も素敵だとオレは思いますけどね」
そうして彼は目を伏せる。
すると視界はまぶたの裏の暗闇に覆われた。
話を聞いていたロイはといえば、そういうものかと頷いて、シャッターを下ろしたのだった。暗くなり、外界の空は、闇夜と近づいていく。
シャッター音が辺りに残響する。
秋の休日は、こうして幕を下ろしたのだった。
誰しもに訪れる事があるだろう穏やかな時間を、切り取った一齣のお話はこれで終わりだ。