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リアクション
―茶屋にて―
葦原島の茶屋。
まだ朝も早い時間。店内にはセルマ・アリス(せるま・ありす)と、中国古典『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)――シャオ以外の姿は見かけない。
「来たわね」
セルマが座るなり向かい側に既に座っていたシャオが言った。
シャオになにやら話があると言われ、出向いては見たものの。話の内容がさっぱり見当もつかない。
セルマは手早く注文を済ませ、シャオが話を切り出してくるのを待つ。
お茶をすすりながら、妙な沈黙が漂う。
セルマが呼ばれた理由を考えていると、
「さて……、セルマ?」
「なに?」
シャオに呼ばれ、セルマはハッと顔を上げた。
「最近大丈夫?」
「何がだろう。俺は大丈夫だけど」
大丈夫と言ったセルマにシャオは首を振って違うといった。
では、なんだろうと考えた。
「最近ね、セルマ、あなたが沈んでいるように見えたから、精神的に大丈夫? と聞いてるのよ」
そんな見た目に分かるほど、ここ暫く暗かったのかとセルマは大きく肩を落とした。
もしそういうことなら、もっと早く言って欲しかったとセルマは思った。
「なんか、心配かけてたなら、ごめん……」
「分かってないわね……」
シャオがセルマを軽く小突いた。
ふうっと大きくため息をついて口を開く。
「わざわざ自分を恨んでる妹を側に置いて、それが贖罪の一環だったら私は何も言わないわ」
でも、とシャオは話を続ける。
「セルマ、人に自分が落ち込んでいると気取らせたらダメよ」
「え……?」
「今のセルマは傍から見ても沈んでいるのが丸分かりなの」
そうなのか、とセルマは落胆した。
普段どおりすごしていたのに、傍から――特にパートナーであるシャオから見たら丸分かりだったという事実を突きつけられて、セルマは驚く。
「注意しないとな。リンのことはおれ自身がどうにかしなきゃいけないことだから……」
本気で落ち込んでいる様子でセルマは呟いた。
しかし、シャオはまたふうっとため息をつく。
「本当にね。贖罪を貫く覚悟があるなら徹底的にやりなさい」
「徹底的に? 分かった。他のみんなに心配はかけられないからな。頑張るよ」
セルマは何か吹っ切れた様子でシャオを見た。
やるなら徹底的に。正面から贖罪と向き合って、リンと和解する。
――そのために、俺はリンを側に置いているんだ。
少しだけど光明が見えた気がする。
これはセルマの感覚の問題なのだろうが、周囲が普段よりも明るく見えた。そんな気がした。
しかし、シャオには決意をしたセルマにまだ危なっかしさがあるように見えた。
「セルマ」
「なに?」
「……ううん、やっぱりなんでもないわ」
シャオは言葉に出そうとして首を振った。
――辛いなら止めなさい。辛そうに頑張るセルマの姿を見ていると自分も辛くなるから。
その言葉は飲み込んだ。
苦労性のセルマことだから、言えば絶対縛ってしまう。後に引けなくなってしまうかもしれない。
まだそこまで合理的に物事を考えられるような年齢でもない。
だからシャオは言葉を飲み込んだ。
結局のところ、これは本人が自覚しなきゃ意味の無いことだから。
その代わり、
「よし、頑張るのね! それならエールとこれまで良く頑張りたの意を込めて、頭をなでなでしてあげるわー♪」
シャオは身を乗り出して、セルマの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「ちょ、シャオ! 頭撫でるなって!」
そんなことを言いつつも、セルマはシャオの手を跳ね除けようとはしない。
――何か……昔もこんな感じのことあった気がするな……
それはセルマの中で『昔』に分類される記憶の片隅にあったものだろう。
セルマの頭を撫でるのはシャオでは無かった。それすらも怪しいが、たぶんそうだ、と言い切れる。
――ちょっとだけ、ほんのちょっとだけのうろ覚えだけど、嫌じゃなかった。
――ま、最後はどう転ぼうが私はセルマを見守るからね。
葦原島の茶屋。笑みを浮かべて頭を撫でるシャオと、嫌そうにしながらもそれを跳ね除けないセルマのほほえましい姿があった。