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【S@MP】地方巡業

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【S@MP】地方巡業

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【三 歌いびと達の園】

 オープニングナンバーは歓喜の歌・ロックアレンジ。
 学帽に長ランのバンカラスタイルに身を包んだ姫宮 和希(ひめみや・かずき)が、愛用のギターを携えてステージ中央に躍り出ると、ピンクを基調とした派手な衣装のフレイの隣でピックを振るう。
 和希の爪弾くギターの調べに乗せて、フレイがバリトンボイスを張り上げて高らかに歌い上げれば、中性的なメイクが映え、却って妖艶な美女と化したKAORIが、フレイに続いて輪唱するかの如く、透明なソプラノを響かせた。
 男の娘と中性的な美女というコラボレーションは、見た目だけでもタシガンのひとびとに随分と斬新な印象を与えたのだが、単純に外見だけでは終わらず、それぞれが持ち味を活かして互いの良さを更に引き立て合い、全く新しいひとつのジャンルを生み出そうとしていた。
 観客席から観覧スタンドに亘って響く先鋭的なサウンドが、ひとびとの熱狂を誘った。
 やがて、和希のストリングが歓喜の歌を余韻たっぷりに締めくくり、拍手と歓声の渦が月の宮殿を渦潮のように押し包んだ。
 ここで、海音シャナこと佐那が、ショルダーキーボードを抱えたまま大きく手を振り、一歩進み出た。
 大歓声は僅かに退き、喧騒のようなざわめきの中で、佐那が底抜けの明るさで呼びかける。
『みなさーん! こーんにーちはー! S@MPキーボードの海音シャナでーす! 今日は目一杯、楽しんでいってくーださーいねー!』
 直後、ステージ下を埋め尽くしたタシガンのひとびとから、更に津波のようなうねりをあげて、より一層の大歓声が押し寄せてきた。
『続いてお待ちかね! みんなのアイドル、ミレリアの登場だ!』
 ヘッドセットマイクで和希が高らかに宣言すると、ステージの左右からスモークが噴き上がった。すると、ステージ後方からいつものアイドル衣装に身を包んだミレリアが、滑るように躍り出てくる。
 そのミレリアをエスコートするのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。
 歓喜の歌・ロックアレンジに続くセカンドナンバーは、このルカルカとミレリア、そしてフレイの三人による賛美歌メタルアレンジである。
 ルカルカが、既にステージ中央から僅かに右寄りに位置しているキーボード前へ流れるような所作で移動すると、Angels,From the Realms of Glory(御空を馳せ行く)のイントロへと入る。
 直後、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が操縦する可変イコンヨクの機影がステージ上空を横切り、オイルノズルから噴き出る演出用スモークでS@MPの文字が大空に躍った。
『御空を馳せ行く 御使いたちよ』
『お暗き世界に あまねく示せ』
 ルカルカがリードし、ミレリアとフレイが美声で追う。彼女達の調和に、寸分の乱れも無い。
『来たりて拝せよ 救いの君を』
 KAORIのバックコーラスが茉莉のパイプオルガンを伴い、幻想的な響きでひとびとの鼓膜を打った。
 観客席と観覧スタンドを埋め尽くす全てのひとびとが、ほとんど瞬くのも忘れたかのように、彼女達の歌声にじっと聞き入っていた。

「相変わらず、良い声してるなぁ」
 月の宮殿のメインエンジン脇にて、ホバリングで高度を維持しながら待機しているナグルファルの操縦席内で、斎賀 昌毅(さいが・まさき)はスピーカーの音量を僅かに上げて、溜息混じりに呟いた。
 特にフレイの美声を聞くにつれ、本当に同性なのかと耳を疑う程の秀麗な響きに、思わず瞼を閉じて聞入ってしまっていた。
「ほらほら……駄目ですよ、お仕事サボっちゃ」
 副操縦席から、マイア・コロチナ(まいあ・ころちな)が苦笑いを浮かべながら横槍を入れてきた。
 これには昌毅も流石に、幾分ばつの悪そうな表情で頭を掻くばかりである。
「いや、別にサボっちゃいねぇさ。ただ、何ていうかなぁ……ちょっと気分転換ってのも必要だよな」
「まぁちょっとぐらいなら構いませんけど、でも、変に聞き入ってしまわないように、しっかり気をつけてくださいね」
 煩いなぁ、と思いつつも、昌毅は適当に相槌を打って了解の意を示す。対するマイアは、昌毅が話半分で聞き流していることに気づいてはいたが、敢えてそれ以上は追及してこなかった。
 いっても無駄だ、という思いが多少なりともあったのだろう。
 そこへ、艦底下からぐるりと回り込む格好で、純白のイコンアクア・スノーがゆっくりとエンジンを吹かしつつ、ナグルファルの傍らへと機体を寄せてきた。
 コクピットハッチは開放されており、パイロットシートに座したまま手を振る火村 加夜(ひむら・かや)の姿が見えた。
「ご苦労様です! 異常はありませんか!?」
 上昇気流と観客席から響いてくる大歓声の為、声を張り上げないと昌毅の耳にまで言葉が届かない。無線を使えば良い話なのだが、折角相手の生の表情が見えるのだから、加夜は敢えて、肉声で話しかけようと考えたのである。
 そんな加夜の笑顔に、昌毅もどういう訳か無線を使う気になれず、こちらも大声で応答を返した。
「うんにゃ、全く平和なもんさ! 平和過ぎて、このままライブを覗きに行こうかって思ってたぐらいだ!」
「本当はボク達、最初からそのつもりだったんだけどねぇ〜!」
 アクア・スノーのサブパイロットシートから、ノア・サフィルス(のあ・さふぃるす)が形の良い唇を苦笑の形に歪めて、加夜と同じく声を張り上げた。
 ノアがいうように、元々加夜とノアは一般の観客としてライブを見に訪れたのだが、足に使っていたアクア・スノーの戦闘力を見込まれ、アポロンにあれやこれやといいくるめられた挙句、月の宮殿の守衛部隊として配置されてしまったのだ。
 要するに、完全に巻き込まれた結果での守備力への参加だったのだが、気持ちの切り替えの早い加夜は、結局アポロンの要請を快諾してしまったのである。
 こうなると、本当の巻き込まれ役はノアだということになるのだが、ノアはノアですっかりその気になっており、月の宮殿を守り切るぞと、大いに張り切っていた。
「このまま、何も無ければ良いのですけど!」
 加夜のこのひとことに対しては、昌毅はむっつりと黙り込んでしまった。彼もまた、ジーハ空賊団保釈の情報を既に聞き知っており、少なからず嫌な予感を抱いていたのである。
 本当に、この護衛任務がただの杞憂で終われば良いのだが――昌毅は珍しく祈るような気分で、頭上に広がる冷たい艦底をじっと見上げるばかりであった。

 再び、ライブ会場に視点を戻す。
 ステージ上では丁度、鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)によるドラムのソロパートが始まろうとしているところであった。
 ジャズなどでは各パートがそれぞれ持ち時間を与えられてソロ演奏を展開するのはお馴染みの光景だが、これまでS@MPはイコン戦闘と並行しての歌唱や演奏がメインだった為、こうして改めて各パートがステージ上でソロ演奏を任せられるというのは、あまり記憶に無い。
 正直なところ、真一郎はドラム担当という性質上、あまり前面には出ずに、ステージ上の縁の下の力持ちに徹する腹積もりだったのだが、フレイの発案で各ソロパートを担当しようという結論で話がついてしまい、幾分戸惑いがちではあった。
 しかしそこは、教導団の鋼の精神を叩き込まれている真一郎である。
 決してうろたえたり動揺する姿も見せず、堂々とソロでのドラム演奏をやり切ってみせた。
(よし……こんなもんで、どうですかな)
 幾分呼吸を乱しながらも、真一郎は内心で密かに、ドヤ顔を浮かべるような気分に浸る。
 ドラムでのソロ演奏というものを、これまでほとんど見たことが無かった観客席のタシガン民達は、激しくも情熱的なドラムパートの心躍るビートに、どっと割れるような大歓声を贈ってきた。
 いや、観衆のみならず、キーボード前のルカルカも同じく、両手を高く挙げて、大はしゃぎしながら満面の笑みで拍手を贈った。
 これには流石の真一郎も、いささか照れた様子で頭を掻いた。
 真一郎がトリを務めたソロパートの次は、ルカルカと佐那のキーボード、真一郎のドラム、ルースのベース、和希のギターで軽快なイントロを紡ぐ。
 そこに、赤城 花音(あかぎ・かのん)が絶賛売込み中の『花言葉』を、透き通るような美声で歌い上げた。
 『蒼空のフロンティア』プロジェクトにも組み込まれる予定となっているこの楽曲は、花音が持てる力の全てを注ぎ込んだ集大成でもある。
 想いを届けたい、言葉を伝えたい――そんな切々とした少女の気持ちを、可憐な花になぞらえて語りかける秀逸な調べ。
 花音の想いを乗せた歌声は、月の宮殿の観客席や観覧スタンドのみならず、守衛部隊として展開するイコンパイロット達の心にも、強烈な旋律を響かせたことだろう。
『解りあおう……消えない願い 諦めないで』
『胸に宿る暖かい想い この場所がメモリアル』
『風に乗る小さな声 素直な答えを聞かせてね』
 最後は、フレイ、ミレリア、和希、ルカルカ、そしてKAORIといった面々が花音の歌声に自分達の得意な音域に声を乗せてのコラボレーションを完成させた。
 観客席が大いに沸き立ったのは、態々説明するまでもなかろう。