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秋の夜長のパジャマ&コリマパーティー

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秋の夜長のパジャマ&コリマパーティー
秋の夜長のパジャマ&コリマパーティー 秋の夜長のパジャマ&コリマパーティー

リアクション

「……ところで、何故我はここにいるのだ?」
 突然のモーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)の問い掛けに、北都とクナイは思わず顔を見合わせた。
 既にすっかり漁に興じ、『アイスプロテクト』まで掛けて散々蟹を獲った後である。テーブルに向かい合って腰を下ろし、いざ蟹料理を食べようという段階でようやく発されたそれに、北都もクナイもすぐには返す言葉が無かった。
「こうして蟹を食べるため、だよぉ」
 ややあって北都の発した答えに、モーベットは重々しく頷いて見せる。「そうか」と納得したように返答を零すと、どこからともなくナイフとフォークを取り出し、捌かれた蟹を上品に食べ始めた。
「茹で蟹を食べる時関節部を折る人が居るけど、正しくは関節の手前部分を折るとキレイに身が引き出せるんだよ。……ほら、ね?」
 気を取り直して蟹の脚を手に取った北都は、クナイへ向けて実演して見せた。驚くクナイへ、折った脚を差し出す。
「はい、食べていいよ」
「北都、折角ですから……」
 しかし、クナイの手が伸ばされる事は無い。代わりに悪戯な笑みを浮かべたクナイはそっと周囲を見回し、視線の無い事を確認すると、緩く首を傾げて見せた。
「……分かった」
 暫しの沈黙の後、目元を真っ赤に染めた北都は、俯き加減に蟹の脚、その身の側をクナイの口元へ向けて差し出す。
 嬉しそうに微笑んだクナイはそっと身を乗り出すと、脚を持つ北都の指先へ一度口付けた。それから身を歯先に咥え、引き抜いたそれを咀嚼する。
「本当に、何も付けないままでも美味しいですね」
「素材のままが一番美味しいんだよ」
 気恥ずかしそうにしながらも答える北都へ、クナイは緩く首を横に振って見せる。
「北都に食べさせてもらったお陰、でしょう」
 今度は耳朶まで薄く色付かせた北都は、返答を投げ出して蟹の身へと齧り付いた。
 間近で繰り広げられるそんな光景を気にも留めず、湯気によって曇る眼鏡すら気に掛けず黙々と蟹を食べていたモーベットは、視界が白一色に埋め尽くされた所でようやく食器を休めると、眼鏡を外して拭き始めた。
 そこへ、すっかり食べる専門になっていた山葉 聡(やまは・さとし)が「いっただきー」と彼の皿から綺麗に切り分けられた蟹の身の一つを奪い去っていく。暫しその後ろ姿を眺めていたモーベットは、椅子を蹴るようにして立ち上がった。
「貴様、我の蟹を奪うとは……万死に値する!」」
 カットラスを引き抜き駆けて行くモーベットと、「げっ」と声を上げ逃走を始める聡を、北都とクナイは呆然と眺めていた。


 漁師スタイルで一人黙々と蟹を獲っていくデーモン 圭介(でいもん・けいすけ)。その傍では、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が意気揚々と一匹の蟹を抱えていた。彼の両手に収まるのは、直径十五センチ程もあるフジツボを体に付けた酷く硬い蟹だった。
「このフジツボが美味しいって料理ネットワークで聞いたんだ。……おっさん、どうしたの?」
 弥十郎の一歩後ろには、ソフトシェルクラブを抱え黙々と歩く熊谷 直実(くまがや・なおざね)の姿があった。アヒル口をしてむっすりとむくれた彼の様子に、弥十郎は怪訝と問い掛ける。
 しかし、直実の返事は無かった。思えば蟹を獲っている最中の彼が嫌に荒々しかった事を、弥十郎は思い出す。
「とりあえずおっさんは先にお酒でも飲んでてよ、すぐに料理して持って行くからさぁ」
 持ち前ののんびりとした口調で提案し、テーブルへ向かっていく直実を見送って、弥十郎は船室へと入る。
 そして弥十郎はフジツボを引き剥がして塩茹でにし始めると共に、他の蟹を焼き蟹、唐揚げ、酒蒸しと様々な手法で調理し始めた。広がる香りに惹かれ近付く生徒達も多数見受けられる。
 スダチ、生姜、醤油、御酢から作った蟹酢を酒蒸しに添え、弥十郎は一先ずそれぞれの料理を直実の元へと運んだ。既に随分杯を開けたらしい、酔いの回り始めている様子の直実は、蟹を摘まみつつ弥十郎を呼び止める。
「修行はなかなか良かった。蟹は美味い。が、何で海なんだ」
「え、気に入らなかった?」
 大量の蟹料理を新鮮な蟹で作る事にすっかり満足している弥十郎は、きょとんと疑問気に問い返す。
 直実は、それに答える事なく手を止めた。空へ掲げられた瞳は、ここではない、過去へと向けられているように遠い色を浮かべていた。
 暫しの沈黙の後、溜息交じりに直実は切り出す。
「お前と言う奴は、料理のことになると本当に周りが見えん」
 結局曖昧な説教のみを口にするに留めた直実は、感傷を払うように酒を呷る。
 空になった杯へ酒を注ぎながら曖昧に笑った弥十郎は「あはは……そうだねぇ」と否定することもなく頷くと、「それより、蟹は体を冷やす効果があるからちゃんと蟹酢に付けて食べるようにね」と周囲の生徒を含めた忠告を始めた。
「まったく……」
 それを見詰める直実はまた、呆れたように肩を竦めるのだった。

「こっちだよ、スクィードパピー」
 ペットのスクィードパピーに声を掛けながら、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は海中へ網を放り込んだ。三匹のスクィードパピーがコハクの意に従って蟹を網へと誘導し、乗ったタイミングを見計らってコハクが網を引き上げる。
 この方法で、コハクは既にたくさんの蟹を確保していた。その蟹は、パートナーの小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が船室で調理を行っていた。円やかな胡麻豆乳鍋の中では、蟹の身と一緒に豊富な野菜が茹でられている。
 そんな彼女の傍には、困惑顔の辻永 翔(つじなが・しょう)が立っていた。後頭部を掻く翔へ、美羽はツインテールを揺らして詰め寄る。
「ほらほら、早く白状しないとカニ鍋が冷めちゃうよ!」
「……何故、俺だけなんだ?」
 困ったように眉を下げた翔の箸は、美羽の用意した鍋へ届かない。その間にも、別の生徒達は何人も鍋をつついていく。
「翔くんが答えないからだよ! 最近理知ちゃんとはどうなの?」
「どうなの、と言われてもな……可もなく不可もなく、と言ったところだ」
 辛うじてそれだけ答えた翔は、「もう良いだろう」と鍋へ手を伸ばす。今度は邪魔することなく、美羽はそれを許した。
 彼女はくるりと他の生徒を向き、「温かいよ、好きなだけ食べてね!」と天使のような笑顔を向ける。
 そこへ、蟹を手に船室へ入ってくる女性の姿があった。噂の桐生 理知(きりゅう・りち)その人である。
「あ、翔くん」
 翔の姿を見付けた理知は、照れたように目尻を赤らめた。それから「ちょっと待っていて」と慌てた様子で少し離れた調理場を陣取りに向かっていく。彼女から少し遅れて、北月 智緒(きげつ・ちお)もまたコハクと共に船室へと戻ってきた。
「コハクのお陰でたくさん蟹が獲れたよ、ありがとう」
「大きな蟹を倒せたのは智緒が手伝ってくれたからだよ」
 合流した二人はスクィードパピーで誘いだした大柄な蟹を協力して討伐していたのだった。蟹を前に和気藹藹と三人が会話していると、調理を終えたらしい理知が大皿を手に戻ってくる。
「と、とりあえず焼き蟹を作ってきたよ!」
 取り急ぎ綺麗な焼き色の付いた蟹の身を綺麗に並べられた皿が置かれると、一同はわっと歓声を上げた。
「ありがとう、俺も頂こうかな」
 そう言って手を伸ばす翔を、智緒とアイコンタクトを交わした美羽が制止する。
 その隙に智緒は理知の耳元へ口を寄せると、口元に笑みを浮かべつつ囁いた。
「食べさせてあげるともっと甘くなるよ、理知」
「え、ほ、本当っ?」
 目元を赤く色付かせた理知は、蟹と翔を数度見比べる。
 怪訝とした翔が口を開くよりも早く箸の先で蟹の身を取り上げると、「こ、これ!」と彼の口元に寄せた。
 きょとんと目を瞬かせた翔は、一拍遅れていくらか柔和な笑みを浮かべると、差し出された焼き蟹を歯先で受け取る。
「……ん。美味いな」
 そうして満足げに零された感想に、理知は嬉しげに面持ちを綻ばせた。