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伝説の教師の伝説

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伝説の教師の伝説

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序章: ヒャァッハァァーッ!


 シャンバラ大荒野の西の外れ、ツァンダとの境界付近に波羅密多実業高等学校極西分校はあった。目の前には、草木一本生えていない乾ききった茶色い大地が広がっており、みずみずしさのかけらもなさそうな場所だ。
 学校の壁はところどころ崩れ落ち、コンクリート打ちっぱなしの校舎はまるで廃墟のように朽ち果てていた。壁一面に大きく描かれたカラフルでポップなスプレーの落書きが、この分校の生徒たちのアート魂をアピールしているように見えなくもない。
 三千人いるといわれている生徒たちがどこから流れ着いてこの分校にやってきたのか、それを語るものは誰もいなかった。出生も経歴もこの分校では役に立たない。必要なのは、血に飢えた欲望と他者を圧倒する暴力、そして獣のような自由な心だ。
 彼らは、解き放たれた若き狼たちだった。
「ヒャッハーーッ!」
 今日も今日とて、彼らは野蛮な猛り声を上げ、砂埃の彼方から姿を現す。見るからに恐ろしげな武器を携え、筋肉をさらけ出した派手な衣装に身を包み、安寧を脅かしにやってくる。
 ドコドコと耳障りな爆音をまき散らすマウンテンバイクに跨った者、毒々しいペイントを施されたシャコタン馬車を操る者、鍛え上げた自脚で駆けてくる者、様態はそれぞれだが、彼らの目的は決まっている。気の赴くままに暴れ騒ぎ破壊すること。群れで狩りをし奪い尽くすこと。
 縛る物は何もなかった。制止する者もいない。

 極西分校には、今、教師がいないのだ――。

「ゲハハハハッッ! 野郎ども、全て奪い取れ! この町のものは俺たちのものだぁ!」
「ヒャッハー!」
 ジャガーの毛皮を頭からかぶったスキンヘッドの男は、子分たちを率いて、極西分校近くの小さな町を襲っていた。
 髑髏のエンブレムを装飾に施された真っ黒なマウンテンバイクにまたがった彼は、身長二メートルはあろうか。凶悪な人相と粗暴な物腰はまるっきり山賊そのものだが、これでも高校生なのであった。
 ほぼ世紀末状態と化した極西分校の生徒たちの一味である。彼の周りにいるのは、同じように動物の毛皮をかぶった二十人ほどの不良たち。いや、不良というより蛮族といったほうが似合っているかもしれないが。
 彼らは、“ジャガー”の言葉どおり、露天の小さな店を叩き壊し、店主を殴り飛ばして商品をまるごとかっさらっていく。邪魔する者は、片っ端からぶちのめし強制的に退場してもらうだけだ。町の多くの人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「や、やめてくだされ……。この店は長年貯めたお金でようやく出した……」
「うるせえぞ、オッサン! ぶっ殺されてえかぁ!」
 “ジャガー”はバイクにまたがったまま店主をさらにぼっこぼこに蹴りつけてそこいらに放り捨てた。ううう……、とうめいて動かなくなる店主。
「どうだぁ! 俺たちに逆らうやつらは皆殺しだぁ、グゲハハハッ! ……ん?」
 ひとしきり笑ったものの、彼は配下の声が聞こえなくなっていることに訝しがって振り返った。
「……?」
 その目の前に、一人の少女が立っているのがわかった。彼女の足元には、つい今しがたまで子分だった不良たちが死屍累々と横たわっている。
「ここまでわかりやすい悪党見るの久しぶりなんだけど。とりあえず殴っていいわよね?」
 彼女は、波羅密多実業高等学校の風紀委員、伏見 明子(ふしみ・めいこ)だった。さっきまでヒャッハー言っていた子分たちをあっさり蹴散らして、明子はゆっくりと近づいてくる。
「な、なんだてめぇ! この俺とやろうってのか!」
「……」
 問答無用とばかりに、明子は“ジャガー”が返事するより先に殴り飛ばした。
「ぐああああっっ!」
 道の反対側まで吹っ飛んで建物にめり込んだ“ジャガー”に、明子はポキポキと指を鳴らす。基本的に温和な性格の彼女だが、この手の連中を見逃すつもりはない。
「あんたね。万引きや喫煙程度ならまだしも、集団で暴走、略奪、暴行、弱いものイジメって、なんなの? シャレにならないんだけど。それがパラ実生のやること?」
「てめぇ、この俺を怒らせるとはいい度胸だ。切り刻んでやるぜぇ」
 “ジャガー”は不敵な笑みを浮かべながら立ち上がった。どこから取り出したのか、ガチャリと手に武器を装着する。カギ爪のついた手甲、いわゆる鉄の爪だ。
 そのまま、彼は間髪入れずに襲いかかってくる。
「俺の必殺技、ジャガークロウを食らって昇天しやがれ、ヒャッハー!」
「……」
 明子は眉すら動かさなかった。勢いよく振り下ろされる鉄の爪を軽く受け止めて首をかしげる。
「これじゃネコパンチじゃないの?」
「ぐ、ぐぬぬぬ! やるじゃねえか。だが、これは俺のパワーのほんの30%ほどで……」
「……」
 明子はもう一度、無言で“ジャガー”を殴り飛ばした。彼は、華麗なフォームで宙を舞い、蛙がつぶれたような悲鳴を上げて地面に叩きつけられる。
 じっと見ていると、彼はよろよろと立ち上がろうとしていた。まだ抵抗するつもりらしい。
 真っ先に明子に叩きのめされた子分たちも意識を取り戻した。猛獣のような唸り声を上げながら、敵意をむきだしににらみつけてくる。
 ギロリ、と彼女がにらみ返すと、子分たちはあわてて目をそらせた。
 動物的にどちらが上位の存在なのか本能で悟ったのだ。
 やれやれと腰に手を当てて、明子は“ジャガー”たちを見やった。
「その気力は買っていいけど。あなたたち、力の発揮しどころが間違ってるんじゃないの?」
「て、てめえ、誰なんだ?」
「風紀委員の伏見 明子よ。あなた、私が誰か知らずに喧嘩を売ろうとしていたわけ?」
「……そうか、噂の臨時教員ってやつか。だが、もう遅せぇ。極西分校は荒れ放題だぜ、ヒャッハー」
「はいはい。わかったから、全員その場で土下座。私にじゃなくて、困らせた町の人たちによ」
 明子は“ジャガー”の表皮(?)をわしづかみにして地面に這いつくばらせる。
 “ジャガー”は何とかその手から逃れようとじたばたもがいていたが、力で敵わないと知ると、不承不承口を開く。
「……チーッス」
「挨拶してどうするの。なめてるの?」
「チッ……、ハンセーしてま〜す」
「もう一回空飛んでみようか。それともヒモなしバンジージャンプに挑戦してみる?」
「すいませんでした。もうしませんので勘弁してください」
「よろしい」
 明子は手を離した。
 子分たちも彼女の迫力に押されて土下座したままだ。
「じゃあ、お詫びに町の人たちの奉仕活動でも始めましょうか」
 明子は周囲に視線をやりながら言った。
 暴れ者の極西分校を避けて隠れていた町の人たちも、顔を出し始めた。
「店主の方は大丈夫でしたよ。診療所へ運んでおきますね」
九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が治療を終えてこちらにやってくる。
「あなたたちもかなり怪我してますね。そんな無茶しなければいいのに」
 まるで自分の身体を心配するように、九条は丁寧に“ジャガー”たちの怪我を直す。
「あんまり甘やかしちゃだめよ。こいつらすぐつけあがるんだから」
 明子は言って。
「まずは、あなたたちが壊した建物の修繕と町の美化清掃ね。心を込めて取り組みなさい」
「ウーッス!」
 全員が声を合わせて返事した。
 明子に命じられて、不良たちは意外にもキビキビと動き始める。
 一転して素直になった“ジャガー”一味を見ながら、九条はぽつりと呟いた。
「そうか。彼らは指導者がほしかったんだよね。本当の意味での先生が……」
 前任の教員たちはどうなったのだろう? 少し気になったが、今は目の前の問題を片付けるのが先決だった。
 きっと、ほかの教員たちが寄りよい方向に導いてくれるだろう――。