リアクション
02.教導団 美術室 甲冑が輝くほど磨きたい 墨一色の書と画、東洋風の意匠を凝らした鎧が壁面を彩る――教導団美術室。 そこにに太い声が響いた。 「まずは室内の動かせるものを全て、外に運び出すがよかろう」 普段から美術室管理をしている関羽・雲長(かんう・うんちょう)だ。 大掃除仕様なのか、いつもの装束の上に白いエプロンをつけ、手には青龍偃月刀ではく柄の長いはたきがある。 「全部!?」 集まった生徒から驚愕の声があがる。 「――そうだ。展示品も一度、全て運ぶか。この機に埃を払い、虫干しするとしよう」 「えぇ!?」 壁面に設えられた展示ケースにずらりと並ぶ美術品の数に今度は間違いなく悲鳴があがった。 「…りょ、了解いたしました…」 そんな中、小さな声が一つだけ関羽に応じる。レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)だ。 制服の上から手袋・三角巾・エプロンと定番お掃除スタイルを身につけたレージヌは自然集まる視線にビクリと首を竦める。 よく見れば、耳元から首筋の辺りがほんのり赤い。注目されたことが恥ずかしいのだ。 その態度に関羽は自慢の美髭を撫でながら、目を細めた。 「――書や画は水気を嫌う。取扱いには気をつけよ」 「…は、はいっ…」 「うむ。よい。良い返事だ。――他の者はどうした?」 復唱せよとばかりにハタキが孤を描けば、慌てたような返事が上がった。 * * * 徐 晃(じょ・こう)と数人の女生徒たちと書画骨董の類を先に動かしていたレジーヌは困ったように視線を動かした。 「どうしたでござる?」 「……あ。その、ワタシたちも机運びを……手伝った方が……」 見れば、重量感溢れる机は数ミリも動く気配がない。 「どーすんだ? 机、全部外に出すのか?」 「やらねーと後が怖いだろ」 「でも、結構手間だし……前に寄せるだけでいーんじゃね?」 実にタイミングのよいことに関羽は席を外している。 「その方が早いよなー。……もうそれでいいんじゃね? ほら、鬼の居ぬ間のなんとやらで――」 大掃除の意義もわかるし、美術室担当の関羽も怖い。が、楽はしたい、ということらしい。女生徒達も見て見ぬふりだ。 ――そんなことでは駄目だ。 そう心に決めて、もてる最大限の勇気を振り絞り、レージヌは男子生徒たちに声をかけた。 「……あ、あの……」 「――な、なんだよ?」 「……あ、あの……ワタシ……そ、その……」 元々、他人に何かを強いることを良しとしない上に、机の周りにいるのは苦手とする男子ばかりときている。 振り絞ったはずの声は我知らず小さくなってゆく。 「――だから、何だよ?」 いつもは学帽がある。それを目深に被ることで視線を避け、なんとか会話をしているのに。今日はそれがない。 だからか。見下ろす男子生徒の視線から逃げるように顔を伏せる。 けれども、相手を見ずに意見を伝えることに意味はないような気がして。 「……そ、掃除は大変で、い、嫌な作業です。……で、でも…皆で掃除すれば……早く終わると思います……。 ……も、もしお嫌なら、わ、ワタシと……徐 晃さんで……します、から……」 レジーヌは僅かに視線を上げて男子生徒たちをくるりと見回す。 が、恥ずかしいのか。頬を赤らめるとすぐにその場を離れた。 だから、その直後――キュンという音が数箇所であがったことをレジーヌは知らない。 重鎧と槍を操る聖騎士と三国時代の英雄。 二人がかりでも美術室の机は重く、すんなり運び出せるわけもない。休み休み進む。 「……仕方ないわねぇ……」 「ちょっと、男子! ぼさっとしてないで」 まず女生徒たちが手を貸した。 続いて――渋々、男子生徒が動き出す。 その中の何人かの頬は赤く、我先にとレージヌの近くを陣取ろうとして、除 晃や先ほどの音に気付いた女性とに阻止されていた。 「……み、みなさん……」 自分の言葉が届いたことが嬉しくて、感極まったレジーヌの顔に微かな笑みが浮かぶ。 どこかで、トストスと何かが刺さるような音とキュンと何かが跳ね上がるような音がした。 「……ち、力を合わせれば……すぐに……終わります……除 晃さん」 全員が机の周りに集まるの確認すると、パートナーに促され徐 晃は口を開いた。 「確かに重くはあるがこれだけの人数で協力すればすぐ。とは言え、バラバラで駄目でござる。 役割分担とそして、導線が寛容。手前から運び出し、廊下の奥から。戻す時はその逆にするのがよいかと」 なるほど。 確かに一人や数人で移動させ、掃除をするを繰り返すよりは一気に全てを片付けた方が手間が省ける。 理に適った説明に納得が行ったのか。先が見えたのか。それとも、何か別の理由があるのか。 関羽が戻ってきた時には重たい机は全て外に運び出されていた。 * * * ――キュ、キュ はーと息を吹きかけ、薄い鉄板が照明を受けてキラキラと輝く。 「……これはいつの時代のものでしょうか。……見事です」 レジーヌはうっとりとした表情で磨き終えた鎧を見つめた。 廊下に並べた鎧を専用の洗剤と柔らかい布で丹念に磨き上げているのだ。 その周囲には、そんなレージヌをちらちらと盗み見る数人の男子生徒の姿もある。 彼らは鎧磨きや埃掃いは二の次で、なんとか会話の切欠を掴もうと必死だ。 「さあ……今度は……こちらも、素敵な意匠……」 だが、対する少女の目にはずらりと並ぶ鎧しか映っていなかった。 「「…………」」 普段の大斧を柄長のモップに持ち替えた徐 晃はその姿に思わず苦笑する。 気付けば関羽もハタキをかける手を止めてレジーヌを見ていた。 「……変わった娘御だ」 「鎧が好きなのでござる」 ふむと納得したように頷き、関羽は笑みを浮かべた。 「――見所のある娘を契約者としたな。徐 晃」 「それは貴公もでござろう? 関羽」 互いに違いないと笑いあう。 共に三国時代に英傑として名を馳せた二人だ。面識もあり、交誼もあった。 だが、違う人間を主として仰いだ。同じ道を歩むことはなかった。 そんな自分達が今、同じ場所にいる。友として腕を競い合うことも、肩を並べて戦う機会すら望める。 それは、まるで夢のような事実だと思えた。 「……死んだ先にこのような道があろうとは思わなかったでござる」 「そうか?」 「貴公は驚かなかったのでござるか?」 「――どうであったか。いや、それよりは――貴公が私の首に恩賞をかけた時の方が驚いたわ」 「……また、懐かしい話を――拙者、あの時、断りを申し上げたでござろうに」 意地悪く笑う関羽に徐 晃は少し困ったように肩を竦めて見せた。 |
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