First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
獅子神ささら(ししがみ・ささら)は小谷友美(こたに・ともみ)を寝巻きに着替えさせると、息をついた。
彼らも目賀家のお茶会に参加していたところ、今回の事態に巻き込まれていた。
そっと友美をベッドに寝かせ、毛布をかけてやる。
「……」
相変わらず友美は可愛らしい。寝顔となると、さらに可愛らしく思えてしまうから不思議だ。
静かに椅子を引いてきて、ベッド脇に置いた。
そこへ腰を下ろし、彼女を見つめる。
ささらは紳士だった。普通の男なら眠っているのをいいことに、手を出してしまうかもしれないが、ささらはそんなことしようとも思わない。そんなことをしたら、紳士ではない。
他の客室もすべて被害者たちに貸し出されており、廊下からはひっきりなしに足音が聞こえてきている。それは主に、目賀家の使用人たちのものだ。蒼空学園を騒がせた詫びとして開かれた今回のお茶会で、再び異常事態が起きてしまい、使用人たちは混乱していた。
「起きるのを待ちますか」
と、友美が自然と目を覚ますのを待つことにするささら。
ふと思い立って椅子を立つと、彼は廊下へ出て行った。
ミシェール・イズファは動きを止めた。ふよふよと停止したまま、前方に立つその人を見据える。
「ミシェル? ずいぶんと楽しそうですね」
と、坂上来栖(さかがみ・くるす)は言った。
「楽しいわよ、もちろん。それで? まさか、あたしを止めようって言うんじゃないわよね?」
強気な口調で言い返すミシェールに、来栖は意外そうな顔をした。
「止める? 何で? まったく、近頃のカップルは……季節もあるんでしょうが、ところ構わずイチャイチャと……」
相手の意図が読めず、ミシェールは慎重になる。
「別に死ぬわけじゃないんですから、これで大人しくなってくれればいいんです」
「あなた……こっち側の人間?」
「まぁ、そうなりますね」
大した効果はないでしょうけど……と、ぼそり呟いて来栖はミシェールへ近づいた。
「だから、手伝ってあげますよ。あなた一人じゃ荷が重いでしょう?」
「むむむ……それは、確かに。でも、手伝ってもらうほどミシェール・イズファ様は弱くないわ!」
と、気分を害したミシェールが来栖に向けて『火術』を放つ。すると来栖は『行動予測』と『ゴッドスピード』によりそれを避けてみせた。
「プライドがあるのは結構ですが、相手を選ばないといけませんよ」
と、一瞬のうちにミシェールの背後へ回る。
「私は魔女狩りも仕事の聖職者で高位の化け物、吸血鬼なんですよ?」
「っ……!」
びくっとして怯えるミシェール。来栖は真剣な表情を緩め、先ほどまでの殺気を消した。
「小娘の魔女にどうこうされるほど甘くないんです」
「うー……分かったわよぅ。それで何が望みなの?」
「喋る前と後にはサーをつけなさい!」
「っ……さ、サー! それであたしはどうしたらいいのですか、サー!」
すっかり来栖の手中に収められたミシェール。
「手伝うと言ったでしょう? あなたはそれを続ければいいのです」
そして来栖は、自分たちのやりとりを眺めていたスキピオ・アフリカヌス(すきぴお・あふりかぬす)へ言った。
「追っ手の取りそうな行動を読んで逃走ルートを考えてください」
「えぇー! な、こんなことのために僕を連れてきたのであるか!?」
あからさまに嫌そうな反応をしたスキピオに近寄って、その頬を無言でつねる来栖。
「痛い、痛いである! やるから、やりますからほっぺたつねるの、やめるのであるっ」
「よろしい。では行きましょうか、ミシェル」
「ミシェールよっ」
「喋る前と後にはサーをつけろと――」
「っ、サー!」
* * *
「……あのね、カナ君と会ったあの日、お兄ちゃんは交通事故に遭ったの」
と、話し始める松田ヤチェル(まつだ・やちぇる)。その瞳はどこか遠くを見ていた。
「あたしのお母さんがどんな人だか、カナ君も知ってるでしょう? だからね、お兄ちゃんに会いに行けなかった。生きてるか死んでるかも分からなくて……」
静かに息をつくヤチェル。この前のことを思い出し、兄の言葉を脳内でリピートする。
「だけど、生きてた。あたしの前にカナ君が現われたように、お兄ちゃんの前にもパートナーが現われたのね」
「……そういうことか」
と、由良叶月(ゆら・かなづき)は溜め息をついた。それまで自分の存在していた立場が霞んで消えていくのが分かる。
空京の街は今日も静かで、見上げた空はどこまでも澄んでいた。今年はあと数日で終わってしまうが、その先にどんな未来が待っているのか想像も出来なかった。
「ねぇ、カナ君」
ふとヤチェルが名前を呼んだ。
「何だ」
「あたし……ううん、あなたは今までもこれからも、あたしの大切なパートナーよ」
そう言って、ヤチェルは叶月を見つめる。真っ黒な瞳の奥に隠された何かを、叶月は直視できなかった。
「だから、はっきりさせなきゃいけないことがあると思うの」
ドキッとする叶月だが、ヤチェルは視線を外そうとしない。
「な、何だよ……さっさと言えよ、ちゃんと聞いてや――」
すると、言い終わらぬ内に彼は意識を失い、その場に倒れてしまった。
「え、カナ君!?」
はっとして倒れた彼のそばに膝をつくヤチェル。
「どうしちゃったの? ねぇ、カナ君ったら」
ゆさゆさと身体をゆすってみるが、叶月は目を開けなかった。どうやら眠ってしまっているようだ。
ヤチェルはその場で呆然とした。これから大切な話をしなくてはならないというのに、まったくの予想外の出来事に遭遇してしまった。
ふと、近くの茂みががさがさと揺れ、ヤチェルはそちらを注視した。すると、見慣れた二人組みが顔を出す。
「ふむ……せっかくの決定的瞬間というのに遭遇したのに、気絶するとは……」
「ぬぅ、何事かは分からないが、これではスタンバっておった意味が――」
ヤチェルの視線に気づき、はっとする鬼崎朔(きざき・さく)と尼崎里也(あまがさき・りや)。
「ヤチェル、これは決してデバガメとかでは……」
と、言い訳しようとする朔にヤチェルは言った。
「いいわよ、もう。二人のやろうとしてることは分かってるもの」
「う、ゴメンナサイ……」
しゅんと肩をすぼめる朔と裏腹に、里也はこちらへ出てきて地面に倒れている叶月を見下ろした。
そしてカメラを構える里也。
「ヤチェル、欲しかったら後で言っておくれ」
と、彼の寝顔を撮る。
改めてヤチェルは叶月の顔を見た。静かに眠っているため、見慣れたはずの整った顔立ちもいつもより綺麗に見える。
遅れてそばへ来た朔は、叶月を見下ろして言った。
「それで、このヘタレはどうしましょう?」
このまま放置するわけにはいかなかったが、それにしても対処に困る。
「とりあえず、温かいところに寝かせましょう」
と、ヤチェルが彼を抱き起こそうとしたところで、朔が何かに気がついた。
はっとそちらを見ると、妹の花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)がこちらへ来るのが見えた。
「お姉ちゃーん」
「花琳、また露出高い服を着せに!? お、お姉ちゃんはもうそんなの着ないからね!」
と、とっさに身を守りつつ、いくらかあとずさる朔。
「さすがにこの寒い日にそんなことはしないよ。まぁ、やる時はやるけど」
にこっと笑ってから、花琳はしゃがみこんでいる二人と倒れている一名に気がついた。
「どうしたの、その人」
「それが、急に眠っちゃったみたいなの」
と、朔の動揺に構うことなく返すヤチェル。
すると花琳はひらめいた。つい先ほど、それと関連した情報をネットで仕入れたばかりだ。
「それってもしかして、魔女の仕業じゃない? ぱらみったーでも話題になってたよ」
三人の視線を集めた花琳は言う。
「空京のあちこちでカップルを眠らせてるらしいんだけど、ヒントは『眠り姫』だって」
「眠り姫……って、あの有名なおとぎ話、よね?」
「ああ、なるほど。つまり……『恋人たちのキス』で目覚めると」
朔がそう言ってしまうと、ヤチェルは顔を真っ赤にさせた。
「こ、ここ、恋人って……そ、そんなものじゃ、ないしっ、何でそんな――」
分かりやすく動揺するヤチェルの肩を、無言でぽんと叩く里也。はっと平静を取り戻したヤチェルに、朔は言う。
「まぁ、判断はヤチェルに任せるよ。そばで見届けてやるから」
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last