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スリーピングホリデー

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スリーピングホリデー

リアクション

 リンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)はおろおろしていた。
 敦賀紫焔(つるが・しえん)と一緒に空京へ出かけていたのだが、突然彼が眠ってしまった。
「あ、あの……紫焔さん、起きて下さい」
 ゆすってみたが反応はなく、リンゼイは仕方なく助けを求めることにした。携帯電話を取りだして、紫焔をよく知る人物へ電話をかける。
 すると、左斜め後方から携帯電話の着信音が鳴り響き、はっとするリンゼイ。
「あ……や、やっほー、リンちゃん。偶然だね」
 と、誤魔化し笑いをする氷雨と、その隣にセルマ。
「あの……何故、二人は一緒に?」
 と、当然の疑問をぶつけられて、二人は苦笑するしかなかった。
「それより、紫焔はどうしちゃったのさ? またいつもの眠り癖かな?」
 と、氷雨は倒れている彼に近づいて身体を揺すってみた。反応はない。
「そういえば何か、ここに来るまでに魔女に眠らされただの、ヒントの眠り姫が、とかって聞こえた気がするけど……」
 横からセルマが口を挟むと、氷雨は「ああ」と、思い当たった。
「魔女が掲示板で言ってたアレね」
 氷雨はそれを知っている様子だ。リンゼイは二人の方を見て聞き返した。
「眠り姫がヒントなんですか?」
「うん、そうみたいだよ」
「ということは、起こしたかったらキスしろってこと?」
 氷雨がぼそりと「王子と姫が逆な気がするけど」と、呟いた。
 リンゼイは紫焔を見つめた。キスをしなければ彼は目を覚まさない……それならば。
 覚悟を決めたリンゼイを後押しするように、セルマが肩を軽く叩く。
 緊張しつつ、紫焔へ顔を近づけていくリンゼイ。触るだけの優しいキスをすると、彼の目が開いた。
「紫焔さん……っ」
 安心したように覗き込んでいるリンゼイの少し後ろに、紫焔は見慣れた顔を二つ見つけた。
 上半身を起こして、紫焔はすぐに問いかける。
「……何で、氷雨ちゃんとセルちゃんが居るの?」
「まぁ、ボクとセルマ君は置いといて……それより、ちゃんとリンちゃんにお礼言うんだよ?」
「お礼?」
 状況を理解していない紫焔に氷雨は簡単な説明をしてあげた。だんだんと理解してきた紫焔は、赤くなった顔を手で隠しながら頷いた。
「お姫様にそこまでやってもらえる意味、ちゃんと考えないと、気づかないうちに失くしちゃうぞー」
 と、氷雨に耳元へ囁かれて、紫焔は溜め息をついてしまう。
「氷雨ちゃんに言われるの、心外なんだけど……っていうか、言われなくても気づいてるよ」
 と、小声で返してから改めてリンゼイに向き合う紫焔。
「じゃ、ボクたちはこの辺でー」
 と、氷雨がセルマとともに去っていくと、紫焔は彼女へ言った。
「本当はもっと早く言いたかったし、今回は逆になったけどさ……せっかくだから、眠り姫に肖らせてもらうおうかな」
「え……?」
「リンちゃん。僕を、君の王子様にしてくれないかな?」
 ダメかな? と、こちらを覗き込んで尋ねる彼に、リンゼイは顔を赤くさせながら答えた。
「王子……って、えっと……は、はいっ!」
 にっこりと安心した笑みを浮かべる紫焔。リンゼイもまた、胸にわき上がる幸福な気持ちを感じていた。

 腕を組んで歩いていたら、突然彼女が眠るように倒れてきた。
「零?」
 はっと神崎優(かんざき・ゆう)は彼女を抱きとめる。
「おい、どうしたんだ? 零?」
 名前を呼ぶが返事はない。神崎零(かんざき・れい)は眠りに落ちていた。
 そう気づくや否や、優は彼女をお姫様抱っこにし、屋内で休める場所を探しに歩き出した。
 零は眠っているだけで、他に異常は見当たらなかった。しかし、そのせいで何が原因でこうなったのかが分からない。
 インターネットに情報を求めてみることにした優。
「……魔法を解くヒントが『眠り姫』か」
 すぐにミシェールの書き込んでいる掲示板を見つけ、優は愛しい人を振り返る。
 相手は魔女だ。普通にキスをして目覚める確証などなく、何かしら条件があるかもしれない。
「だとすると……」
 と、優はベッドに寝かされている零へ顔を近づけた。
 これまでのこと、これからのこと、どれだけ零が好きで、愛しているか……そんなことを頭に思い浮かべながら、優しく触れるだけのキスをする。
 顔を離すと、零の両目がゆっくりと開いた。
「零……!」
 寝ぼけ眼の彼女に構わず、思いっきり抱きしめてしまう優。
「あ、あら……?」
「良かった、目が覚めて」
 ぎゅうと抱きしめられ、零は少し恥ずかしくなる。何があったかはよく覚えていないが、優から伝わる想いは普段にも増して温かかった。
 そんな彼に応えるように、零はぎゅっと抱きしめ返した。

 ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)は途方に暮れていた。
 目の前では恋人である黒崎竜斗(くろさき・りゅうと)がすやすやと眠っている。
 今日は二人で買い物へ来ていたのだが、その途中で彼が眠ってしまっていた。周囲にも同じ事態に陥っているカップルたちが見られ、魔法を解くヒントもその内に分かってきた。
「……竜斗さん」
 しかし、それの意味するところが分かっても、ユリナは行動に移せなかった。
 場所は空京ショッピングモール。彼の名前を何度呼んでも、目覚める気配はない。
 ユリナは乱暴にならない程度に彼の身体を揺すってみる。
「りゅ、竜斗さん、起きて下さいっ」
 やっぱり彼は眠ったままだ。
「竜斗さん、お願いですから目を覚まして……」
 しかし、結果は同じ。
 ふと見回すと、カップルたちは次々に相手へキスを送っていた。人目があるのに、誰もが堂々としているように見えて、ユリナは溜め息をついてしまった。
「やはり、そうするしか……」
 彼とのキスに抵抗はない。人目さえなければ、迷わずに起こすことが出来ただろう。
 ユリナはじっと彼の寝顔を見つめた後、ぐっと決意を固めた。――もしこのまま竜斗さんが目覚めなかったら、そっちの方が嫌ですっ。
 身体をかがめて、そっと彼の唇にキスをする。
「……ん」
 ドキドキしながら唇を離し、ユリナは彼の様子をうかがった。そしてぴくりとまぶたが動いたのを見て、ほっと胸をなでおろす。
「竜斗さん……!」
 名前を呼ばれたのに気づき、竜斗はぱちっと目を開けた。
 心なし涙ぐんでいるユリナを見つめ、不思議に思う竜斗。
「ユリナ? どうしたんだよ」
「いいえ……良かったです、本当に」

「もう、何でトリィとイゾルデもついてくるのよ!? 信じられない!」
 と、カノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)は叫ぶと同時に、光条兵器を手にした。
「レギオンのバカー!!」
「っ……何だ、何がそんなに不服なんだ?」
 と、慣れた様子でカノンの攻撃をいなすレギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)
 相変わらず喧嘩ばかりの二人を見て、トリィ・スタン(とりぃ・すたん)は息をついた。
「まさか、カノンに誘われてきていたとはな……」
「カノンさんが怒るのも当然ですね」
 と、イゾルデ・ブロンドヘアー(いぞるで・ぶろんどへあー)も納得したように頷く。
 元々レギオンはカノンに買い物へ誘われていた。それをどう勘違いしたのか、レギオンはトリィとイゾルデまで連れてきてしまったため、カノンを怒らせてしまったのだ。
「喧嘩が治まるまで、待つしか――……」
 と、トリィは急に眠気を覚えてその場に倒れ込んだ。
「あら? どうしたんです、あなた?」
 と、イゾルデはその場にしゃがみ込んで夫の顔を覗き込む。トリィは眠っていた。
「レギオン!?」
 ぱたりとその場に倒れた彼を見て、カノンは声をあげた。
「どうしちゃったの? ねぇ、ちょっと」
 イゾルデと目を合わせたカノンは、その向こうにも似たように倒れている人たちがいることに気がついた。
「何か変だわ……」
「ええ、どうやら魔女のいたずらだとか」
 と、周囲の話し声に耳を傾けるイゾルデ。
「魔法で眠らされたみたいですね。解くヒントは『眠り姫』……ですか」
「……ま、まさかっ! 無理無理、絶対無理!」
 と、カノンは頬を紅潮させた。
 イゾルデも少し恥ずかしかったが、トリィを目覚めさせるためなら……と、人目を気にせずにキスをする。
 すぐにトリィは目を覚ました。
「何が起きたのだ?」
「魔法で眠らされてしまったのです。それをキスで解いたのですけれど……」
 と、イゾルデは一人で葛藤しているカノンに視線をやった。
「うぅ……どうしても、それしか方法はないのかしら? そ、それなら……覚悟、決めなきゃ……」
 しかしレギオンは起きていた。眠り耐性のおかげで魔法が効くことはないはずだったが、消耗していたせいか、身体だけ眠りについてしまったのだ。いわゆる金縛り状態である。
「ああ、もう……レギオンのバカー!」
 と、カノンが叫ぶ声もレギオンには聞こえている。そしてこのままだとキスをされてしまうことも予想できていた。
 だからこそ、彼は抵抗する。動け、俺の身体――っ!
 二人がそれぞれに唸っている光景を、トリィとイゾルデはただ見守っていた。とても簡単で分かりやすい解法だが、当人たちにはとてつもなく難しい問題だ。
 レギオンがいまだ魔法を解けずにいると、カノンが両膝を地面へついた。
「……っ」
 小刻みに肩を震わせながら、両目を閉じて顔を近づけるカノン。
 レギオンが声にならない叫びを上げた時、身体がぴくりと動いた。しかし、カノンの唇はレギオンのそれに触れていた。
「!!」
 ぱっと唇を離したカノンと、レギオンの目が合う。
「……」
「……お、起きた?」
 まさかレギオンが頭だけ覚醒状態にあったとは知らず、赤らめた顔で尋ねてくるカノン。
 レギオンは彼女にどう答えたらいいか分からず、無意識に視線をそらしてしまった。普段通りに冷静な対応をしたいが、身体はまた金縛り状態にあったように動けない。
 そうして沈黙する二人を、トリィとイゾルデはどこか微笑ましく見つめていた。