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【賢者の石】ヒイロドリの住まう山

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【賢者の石】ヒイロドリの住まう山

リアクション

 
 
 
 ■ ヒイロドリの受難 ■
 
 
 
 ヒイロドリの背後に回り込んだアゾートたちは、息を詰めて尾羽抜きのタイミングをはかっていた。
 急にばたばたし始めた時はどうしようかと思ったが、今はヒイロドリの意識は前方の生徒たちに注がれている。注意が集中すればするほど、ヒイロドリの背中は無防備になってゆく。
「なんてきれいな羽なのかしら」
 後ろから見たヒイロドリの姿も美しい。炎のゆらめきに包まれたヒイロドリに雪住 六花(ゆきすみ・ろっか)はうっとりと魅入っている。
「見とれている場合ではありませんよ」
 ウィラル・ランカスター(うぃらる・らんかすたー)に釘をさされ、六花ははっと気を引き締めた。
 確かに綺麗な鳥だけれど、近づけば本物の炎の如くに熱いというヒイロドリ。火傷を負うことはなくとも、熱いと感じること自体が脅威だ。
「近くにいるだけで熱いです……」
 春の陽気にプラスしてヒイロドリ。山の外の季節が冬だけに、温度差もあってノルンは熱さにぼうっとしている。
 早く尾羽を抜いて、涼しいところに行きたい。
「普通の炎とは違うので、どのくらい効果があるかは不明ですが……」
 ウィラルは尾羽を抜くために集まっている女性にファイアプロテクトをかけた。
「あ、俺も頼む」
 光学迷彩やブラックコートを駆使して隠れていた風祭隼人が姿を現して頼むと、ウィラルは知りません、と微笑する。
「申し訳ありませんね。男性なら自分の身は自分で守って当然でしょう」
「え、俺だけ無しかよ」
「ボクがかけてあげるよ」
 思わず聞き返した隼人に、カレンは笑いながらファイアプロテクトをかけてやった。
「……そろそろ行こうか」
 アゾートの呟きに緊張が走る。
 尾羽を抜こうというのは、アゾート、カレン、ノルンの3人。
 ノルンには明日香が付き添い、隼人はアゾートが尾羽をゲットする為の補助。六花は尾羽を抜くときにヒールをかける役割で、ウィラルは六花を最優先に他の女性も含めて守るつもりだ。上空にはルカルカとダリルがヒイロドリの逃走を妨げる為に待機している。
「尾羽を抜くタイミングでヒールをかけてみるけど、3人となるとかなりシビアなタイミングになると思うの。私も合わせるようにするけど、出来るだけタイミングを合わせて抜くようにしてもらえるかしら」
 複数回ヒールをかけることは出来るけれど、間髪を入れずには無理だ。タイミングがずれれば、抜いた瞬間にヒールをかけてヒイロドリに尾羽の抜ける痛みを感じさせないようにする、という六花の作戦は成功しない。
「難しいだろうけど心がけてみる。――行くよ!」
 アゾートはヒイロドリとの距離を一気に駆けた。
「今のうちに……うお! アツい!」
 アゾートより一足先に到達した隼人がヒイロドリを押さえ込み、その熱さに思わず叫ぶ。ファイアプロテクトがどのくらい効いているのか分からないが、炎の中に手を突っ込んでいるかのような熱さと痛みだ。
 押さえつけられたヒイロドリは、振り払おうと身体を激しく振る。が、その動きはしびれ粉が効いているため緩慢だ。
 アゾートが尾羽を追いかけて掴み、その熱さにぐっと息を詰めた。火傷しないと知ってはいても、だからといって熱さが和らぐ訳ではない。
「しゃれにならないくらい熱いよっ!」
「ひろろどり……あついれす……」
 カレンとノルンもヒイロドリの尾羽に手をかけて、1、2の3で引き抜いた。
 ぶちぶちぶち、と尾羽が抜ける音がする。
 同時に六花がヒイロドリにヒールをかけた。
 尾羽を抜いた者たちは、再び元の位置に駆け戻る。抱えた尾羽は熱いけれど、そんな悠長なことは言っていられない。
「きゅう……」
「ノルンちゃん!」
 朦朧としてぽてっと転んだノルンを明日香が慌てて抱きかかえ、そのまま離脱にかかる。
「六花、アゾート、早くこちらへ」
「ありがとう、ウィラル」
 微笑む六花と尾羽を抱えたアゾートを、ウィラルは誘導した。
「やっぱり男は無視かよ!」
 放置された隼人も、ヒイロドリから逃げ出した。
 ヒイロドリが逃げてゆく不届き者をキッとばかりに振り返り、方向転換して追いかけようとした、その途端。
「今だ!」
 背を向けたヒイロドリに、これは騎乗するチャンスだと、尋人が飛び上がりヒイロドリに跨る。
「もふもふー! さぁヒイロドリ、私にモフらせるのよ!」
 尾羽を抜いたからにはもふりの時間だと、葛葉明がヒイロドリに抱きつく。
「ぎゃー! 熱いー! もふもふが無いー!」
 そして上空から急降下したルカルカが頭に、ダリルが首から翼ね付け根を狙って後方上部から抱きついた。
 次の瞬間。
 べしょっ。
 そんな情けない有様でヒイロドリは潰れた――。
 
 
「うわぁー、トリ、トリ……潰れてるよーっ!」
 灯世子が両手を振り回して叫んだ。
 逃げかけていた六花がヒイロドリの異常に気づいて足を止め、大急ぎでヒールをかける。
 ダリルは翼の動きを抑えたまま清浄化をかけ、ルカルカは後ろから抱きついたままヒイロドリの頭を撫で、回復魔法をかけた。
「脅かして御免ね」
「とりさんいたいいたいー!」
 柚木郁は自分が痛いかのように顔をしかめて、ヒイロドリを癒す。
「いたいのいたいのとんでけー」
 一度はべちゃっと地面に伏していたヒイロドリだが、重ねてかけられる癒しの力ですぐに復活を果たした。
 傷は癒えたとはいえ、ヒイロドリの驚きはかなりなものだ。パニックをおこしてしばらくばたばた無闇に翼を地面に打ち付けた後、這々の体で逃げ出した。もはや、尾羽を抜いた者を追いかけようという気など霧散している。
「ごめんね……本当にごめん……」
 熱いのを覚悟して伸ばした久世沙幸の手を、ヒイロドリの炎がかすめる。
 飛び立ったヒイロドリはバランスを崩して脇の樹にぶつかった後、大空へと逃れていった。
 
「……つっ……」
 ヒイロドリから放り出されたはずみに地面に打ち付けられた尋人は、尻をさすりながら立ち上がった。すぐに潰れてしまった為に、騎乗できたのはほんの一瞬だったけれど、その感覚はまだしっかりと身体に残っている。
「痛そうだね。撫でてあげようか?」
 黒崎天音に言われ、場所が場所だけに尋人は赤くなる。そんな尋人の反応に悪戯っぽく微笑むと、天音はヒールをかけた。
「みんな大丈夫だった?」
 やっと驚きからさめたアゾートが、周囲にいる人々を見回す。
「怪我をした人はいませんか?」
 六花は今の騒ぎで怪我をした人を集め、神の力を生命力として皆の傷を回復させた。
 騒ぎに慌てて転んだ人がいる程度で、大きな怪我をした人はいない。それを確認すると、アゾートは大きくひとつ息を吐いた。
 
 
 
 ヒイロドリから抜いた尾羽をしまおうと、アゾートは持参してきていた容器を取り出した。
「しまう前にちょっとだけ記念撮影させてね」
 アルメリアが尾羽とアゾート、そして尾羽抜きに協力した皆を撮影する。
「抜いた瞬間もばっちりカメラに収めたわよ。うっかり潰れた瞬間も撮っちゃったけど」
 反射的にシャッターを切ってしまうのよねと、アルメリアはデジタル一眼ARMERIAを示してみせた。
「これ、どうやって持って帰ろう?」
 まだ炎をまとっている尾羽をカレンは持て余す。さすがに帰るまでずっとこの熱さを耐えるのは辛い。
「ずっと持ってるには熱すぎますよねぇ」
 少し考えた後、紐をつけて引っ張っていきましょうか、と明日香は案を出した。
 
 
 手に入れた尾羽を持って、皆は春の山に別れを告げる。
 ヒイロドリは今頃巣に戻って、あれは何だったのかとおののいているだろうか。それともそんなことはすぐに忘れ、普段通りの山の巡回に戻っているのだろうか。
 アゾートは尾羽を入れた容器を抱え、じっとそれに目を落としたまま歩いていた。
 七瀬歩は何かを言いかけて止め、山を振り返る。
 山に春の暖かさをもたらす幻の鳥。
 赤い目をした炎の鳥に届けとばかりに歩は挨拶をおくった。
「さよならー。また会えるといいねー」
 
 
 

担当マスターより

▼担当マスター

桜月うさぎ

▼マスターコメント

 
 大変遅くなってしまい申し訳ありません。
 ヒイロドリの住まう山、リアクションをお届け致します。
 
 最後に重い思いをしてしまいましたけれど、その感じさせる熱さの為、他の生き物とほとんど触れ合うことのないヒイロドリにとっては、皆様と過ごしたこの時間、この経験は貴重なものとなったことでしょう。
 山の巡回をしつつ、そういえばここでこんなことがあったと思い出すこともあるかもしれません。
 
 現実にはまだまだ寒い日が続きます。
 私が言うのも何ですが……ちゃんと食べてちゃんと寝て、どうか元気にこの冬を乗り切って下さいね〜。