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【賢者の石】ヒイロドリの住まう山

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【賢者の石】ヒイロドリの住まう山

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 ■ 尾羽入手相談 ■
 
 
 
 暖かい山でピクニック。
 それも楽しいことだけれど、アゾートの目的はもちろんヒイロドリの尾羽の方だ。
 お弁当を食べる間もしきりに空を見上げているアゾートの視線を、エリセルもおどおどと辿った。アゾートとピクニックをしたいが為に出掛けては来たけれど、エリセルは実は鳥が苦手なのだ。
 アゾートのことを思えばヒイロドリに出てきて欲しいけれど、出てきたら怖い。複雑な心境だ。
「ヒイロドリの尾羽、絶対に手に入れたいねっ」
 カレンはアゾート同様、賢者の石の材料として尾羽を手に入れようとはりきっている。
 そして神代 明日香(かみしろ・あすか)は、賢者の石とはまた別の目的で尾羽を手に入れようとしていた。
「ヒイロドリの尾羽を手に入れたら、暖かい防寒具が出来そうですよねぇ」
「防寒具?」
「そうですよぉ。火の守りを持つ伝説のヒイロドリの尾羽なら、本来の特性には遠く及ばないにしても、材料にして工夫すればぽかぽかの防寒具を作ることができるんじゃないかと思うんです」
 近づくことも難しいほどの熱さ。なのに何物も焦がすことのない炎。
 それは火傷する恐れのない暖かな防寒具となる可能性を大いに秘めている。
 明日香の答えにアゾートはなるほどと感心した。
「ボクは賢者の石のことしか考えてなかったけど、確かに他の使い道もあるかも知れないね」
「稀少なものなので大物を作るのは無理かも知れませんけど、マフラーや手袋、腹巻き、それから……」
 周囲の男性の耳をはばかるように明日香はアゾートの耳に口を寄せ、
「毛糸のパンツなどはどうでしょうか」
 と囁いた。
「ヒイロドリの手袋があったら、雪遊びする時助かります」
 ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)はそう言って、小さな手の指先を示す。
「遊んでいるときは動き回っていて身体はそんなに寒くないのですが、指先が冷たくなるんです。雪合戦に雪だるまに雪ウサギにカマクラに……」
 雪遊びを数えあげかけて、『運命の書』ノルンははっと気づいて言い直した。
「あ……! 雪遊びじゃなくて雪かきです。雪遊びなんて子供のすることしてません!」
 言い間違えただけなのだと、ノルンは主張した。外見は5歳だけれど、実際は5000歳を超えている大人。子供っぽいだなんて思われたくない。
「雪遊びはしないの?」
「するとしても、明日香さんが遊びたいと言ったときだけです」
 ノルンに言われ、明日香は一瞬えっとなった後、慌てて頷く。
「そ、そうですね〜。ノルンちゃんに遊んでもらってますぅ」
 そう? とアゾートは明日香とノルンを見比べたが、それに関しては追及しないことにした。
「雪遊びでも雪かきでもいいけど、防寒具は冬には嬉しいよね」
「そうです。首筋とかに雪が入ると冷たいじゃないですか。だから暖かい防寒具があると便利なんです」
 ヒイロドリの力の為に山全体がここまで暖かくなるのなら、その尾羽にこもった力でもかなりの効果があるのではないかとノルンは期待する。
 尾羽を手に入れる話をしている皆を見ていた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、
「ねえ、アゾートちゃん」
 と気がかりそうにアゾートに話しかけた。
「こうして冬の山でも遊べてるのは、ヒイロドリのおかげかもしれないんだよね」
「はっきりとは言えないけど、たぶんそうだと思うよ」
 ヒイロドリが本当にこの山にいるのならば、暖かさの元はその為だと考えるのが順当だろうとアゾートは答えた。
「だったら、いじめたり怒らせたりしちゃダメだよね。気性も荒くないみたいだし、仲良くなれないかな?」
「仲良くなれるかどうかはどうなんだろう……」
 首を傾げるアゾートに、アキラも言う。
「俺もヒイロドリを傷つけることには反対だ。その気になれば焼き尽くすこともできるだろうに、そうしない炎と優しい赤い瞳。そんな穏やかな気性の尾羽を抜くなんて、人間で言えば髪の毛を無理矢理引っこ抜くようなものだ。自分たちの一方的な都合で、何も悪くない動物を傷つけるなんてこたぁ出来ることなら避けたい」
 そこで、とアキラは連れてきたアヒル園長を前に出した。
「園長、ヒイロドリの説得をお願いします! 俺たちはヒイロドリの尾羽がどうしても必要なんだ。だから1本分けてくれるように頼んでもらいたいんだけど……俺の言ってること、分かるか?」
 アキラはアヒル園長に頼んでみたけれど、ヒイロドリに伝える以前に、アヒルにそのことを伝えることが難しい。
「……ごめん。アヒルとの漫才は別のところでしてくれるかな」
「いや、アヒル園長がダメなら俺が説得してみる。だからヒイロドリを傷つけるのはやめてくれ」
 心ある言葉は分からなくとも伝わるものだとアキラは力説した。
「ワタシも試してみたいワ。やってみないと結果は分からないものヨ」
 アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が言えば、実は自分もヒイロドリとの意思の疎通を考えていたと、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)が連れてきていたパラミタペンギンを見せる。
「火傷をしなくて暖かいのなら、小さな子がいる家庭での暖房に使えるかと思うので私も尾羽を1本いただければと……」
 小さな子がいると、冬の暖房期間は目を離せない。その点、ヒイロドリの尾羽は優秀な暖房器具となりうる可能性を秘めている。
「とすると、尾羽が欲しいのはカレンと明日香とコトノハとボク、で4人? 交渉するにしても、そんなに抜かせてくれるかなぁ……」
 アゾートはどうしようかと考えた。
「それよりも手早く事を済ませてしまう方が、ヒイロドリへの負担は少なくて済みます」
 高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)が提案したのは、畳みかけるようにヒイロドリの尾羽を手に入れる方法だった。
「まずは天のいかずちでヒイロドリの頭を抑え、雷を避けて着地するように仕向けます。それを結界で動きを封じつつ、登山用ザイルでヒイロドリを絡め取り、力ずくで動きを止めます。それをサターンブレスレットで精神を弱め、ヒプノシスで眠りに落として完全に無力化した上で、尾羽を抜いてしまえばすぐに終わります」
 賢者の石を完成させる為にも、こんな採取はさっさと終わらせたい。
 もっと手っ取り早い方法もあるけれど、ピクニックという状況がらを考え、玄秀なりにできるだけ殺伐としない方法を主眼に選択した手段だ。
 けれど歩は顔を曇らせる。
「それじゃあ、最初からヒイロドリの敵になっちゃうよね」
「身体の一部を奪おうと言うのですから、もとより敵のようなものです。鳥なのか幻獣なのか分かりませんが、野性のものがそう簡単に人に心を許しはしないでしょうし」
「いや、相手が野性でも怯えさせないようにすれば心通わせられる可能性はあると思います」
 ヒイロドリと触れ合いたいという願望をもって山に来ているルイも、相談の中に加わった。
「とりあえず餌は持ってきてみたのですが……」
 ルイが持ってきたのはイワシ等の魚類だった。
「私も鳥が食べていそうなものを持ってきてみたよ」
 久世 沙幸(くぜ・さゆき)が用意してきたのは、豆やナッツ類。
「もしかしたらお腹をすかせてるかもしれないし、餌付けっていうわけじゃないけど、おいしいものを食べればヒイロドリも心を開いてくれるかもしれないじゃない?」
 何を食べるかは不明だが、見た目が鳥なのだから鳥の食べるものを好むのではないかという予想だ。
「ヒイロドリ……漢字にすると、緋色鳥……それとも火色鳥? さすがに火を食べたりはしないでしょうか。それとも辛いものが好きだったり、とか……」
 名前にヒントがないかと考える未憂の袖を、プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)が引いた。
「……灯……」
 指先で書いてみせてから、灯世子に視線を移す。
「灯色鳥? 灯世子さんとお揃いっぽいですね」
 未憂がその意を汲み取って言うと、灯世子はあたしの字? と笑った。
「この名前はね、世の中に灯をともすような子になって欲しい、ってお父さんとお母さんがつけてくれたんだよっ」
 嬉しそうに言うところからみて、灯世子自身、自分の名前を気に入っているようだ。
「みゆうのお菓子もあるし、辛いリュウノツメもあるし、ひよちゃんのおむすびもまだ残ってるから、どれかはヒイロドリも食べてくれるんじゃないかなー?」
 ちょっとそれ残しておいてね、とリンはお菓子やおむすびを取り分けた。
「これも使えるかな?」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が取り出したのは、餌玉だった。何を食べるかが不明だった為、虫玉、野菜玉、練餌玉をそれぞれ幾つも作ってきた。そのうち1つずつをアゾートと灯世子に渡し、残りは誘導に使えるように自分で持っておく。
「リュート兄さんの話では、鳥は目が良いそうだよ。それで、色を識別することで食べ物を選ぶ特徴があるんだって」
 赤城 花音(あかぎ・かのん)リュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)から教えてもらった鳥知識を披露する。
「目が良いの? 鳥目っていうくらいだから視覚はいまいちなのかと思ってたー」
「それは暗いところでは、の話だよ。空を飛びながら餌をちゃんと探せるんだから、目はとても良いの」
 だよね? と花音はリュートに確認する。
 リュートは一瞬、え、と不意をつかれたような顔をしてから、気を取り直して頷いた。
「ええ。結構グルメらしいです。ただ、人間の食材に含まれる調味料は鳥の身体に毒ですから、やめておいた方が良いでしょうね。それからチョコレートや葱類もよくありません。ごはんやパンもそのう炎の原因となります」
「じゃあおむすびはやめておいた方がいいのかな。普通の鳥と同じかどうかわかんないけど、ヒイロドリが病気になったりしたら悪いもんねー」
 残り1つ食べちゃおう、と灯世子は真っ黒おむすびにかぶりついた。
「それでね、リュート兄さんと手分けして、イルミンスールの森で色々と果物や花の種を集めてきたんだ。柿の実とか、ヒイロドリの大きさにあわせて、ちょっと大きめのを選んできたよ」
「お弁当のデザートにしちゃいたいくらい、おいしそうな果物だねっ。これならヒイロドリも食べてくれるかなー」
 花音がリュックいっぱいに詰めてきた果物や種を、灯世子はのぞき込んだ。
「餌付けを考えてる人は多いんだね……」
 ヒイロドリと分かり合いたい、触れ合いたいと望む人。
 そうしている間にヒイロドリに警戒されたり逃げられたりしたら元も子もないと危ぶむ人。
 双方の話を聞いて考えた後、アゾートは口を開いた。
「ボクはどうしてもヒイロドリの尾羽が欲しい。けど、必要以上に傷つけたくもないから、説得とか試してみるのはいいと思うよ」
 相手がどういう生き物なのか、そもそも生き物なのかどうかもはっきりしない。普通の鳥と同じようなものだったら、羽根を抜かせてくれなんて言っても伝わらないか嫌がられるかがせいぜいだろうが、そうでない存在なら言葉が通じたり、交渉をする余地があるかも知れない。
「先に敵対行動をしてしまうと説得や交渉したい人が出来無くなっちゃうから、拘束や攻撃ははじめのうちはやめておいてもらえるかな。説得が出来なければ拘束、ヒイロドリが怒ってこちらを攻撃してきたら、身を守る為には反撃もやむを得ないだろうけど」
 それでいいかな、とアゾートはヒイロドリの元へ向かおうという皆の顔を見渡した。
 ティアン・メイ(てぃあん・めい)は玄秀がどう反応するかとはらはらしていたが、当の玄秀は涼しい顔で分かりましたと頷いた。
 
 ヒイロドリの元へと向かう人々が弁当の後片づけをしているのを横目に、ティアンは思い切って玄秀に聞いてみた。
「……シュウ、まさかアゾートさんに敵対なんて……しないよね?」
「嫌だなぁ。ティアったら何を言っているのさ」
 その不安を玄秀は一笑に付した。
「僕は純粋にアゾートさんの手伝いに来ているだけだよ? 賢者の石なんて大きな目標に取り組もうとしてる彼女のことを、手伝ってあげたいと思うのは当然のことだろう? ティアもよろしく頼むよ。君が前衛、僕が後衛。ヒイロドリが暴れたりしないとも限らないから、油断しないでしっかりね」
 曇り無いその笑みを信じたい気持ちと信じられない気持ち、両方が心の中に湧き上がってきたが、ティアンは前者にすがり、後者を心の奥底に押し込めた。
 そこに蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)の声がかけられる。
「ティアンお姉ちゃん、どうしたの? 様子がヘンだよ」
「何でもないの。ちょっと……そう、ヒイロドリにどう対応しようかと考えていただけ」
 言い繕うティアンを夜魅はじっと見つめていたが、不意にぎゅっと抱きしめてきた。
「あたしにはよく分かんないけど、きっと大丈夫だよ」
 そして、あ、と声を上げる。
「今日は入れて無いんだ」
「えっ、あ……っ!」
 胸パッドのことを言われている、と気づいたティアンが慌てると夜魅は笑う。
「ティアンお姉ちゃんは、そういう顔してた方がいいよ」
 じゃあね、と夜魅はティアンに手を振ると、コトノハのいる方へと走っていった。