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リアクション
第八章
昼時になると、ランド内のレストランはどこも大賑わいをみせる。
その中でも、ショーレストラン「846シアター」はちょうどランチタイムにショーが行われるということで、長蛇の列ができていた。
伊藤 若冲(いとう・じゃくちゅう)が「男性も女性も楽しめる」というコンセプトを基にデザインしたその装飾は、外装も内装も洋風がベースになっている。
レオン・カシミール(れおん・かしみーる)は最高のシアターを演出するため、数日前から徹底した機材選びとタイミングのシミュレーションを重ねてきた。
「それにしても混雑しておりますな。あなたもいてくれて助かりましたぞ」
「ドジの多いハルさんだけには任せておけませんからね」
「うむ。頼もしいですぞ」
「……」
ウェイターである蘭堂 希鈴(らんどう・きりん)とハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)の執事の装いが若冲のデザインとマッチし、独特の雰囲気を作り上げていた。
希鈴とハルのほうをちらちらと見ながら、こそこそと何かを話し合う女性客のテーブルも多い。
希鈴はウェイターとして効率よくテーブルを捌きながら、手持ち無沙汰な子供を見かけると、どこからかトランプを取り出しパフォーマンスをして回る。
「わあ、すごいですわ!!」
ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が驚きの声を上げた。
「ええ、お見事でございます」
アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)もその手さばきに見入っていた。
その隣では非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)とイグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)が食事を取りながら午後の動き方を相談していた。
「あたし、もう一度あの海賊船に乗ってみたいですわ」
「アルティアはパレードが気になっております」
ユーリカとアルティアはそう言うと、内装をもっとじっくり見ようとシアター内を動き回るのだった。
「朝あれだけ走り回ったのに……元気ですね」
「それだけ楽しんでいるのであろう」
「来てよかったですね」
料理がテーブルに戻ると二人を呼び戻し、食事を始める。
午前中に乗ったアトラクションについて感想を言い合うなど非常に賑やかなテーブルになった。
「楽しそうですね。あの、モデルになってくれませんか?」
通りがかった若冲がイグナに声をかける。
「いや、我は皆と来ているのでな」
「あら? パスをつけてますわね。こちらの方ですの?」
「シアターらしい、可愛らしいデザインのパスでございますね」
イグナが断る横で若冲のスタッフ章に目を付けた二人が声をかける。
「あ、ええ。ここのデザインをちょっとやらせていただいたんです」
「そうなんですか……」
静かに様子をみていた近遠も驚いたように顔を上げた。
「素晴らしいですわ! 外からは立派なお城のように見えましたけど、中に入ってもちゃんとその雰囲気が保たれていますもの!」
「先ほど色々拝見した際も、細かな仕掛けがございましたし」
ユーリカとアルティアに他に何か隠れた仕掛けなどがないのか質問攻めにされた若冲は一通り話せる範囲での仕掛けや工夫を教えるのだった。
「最後に写真撮影もありますから。楽しんでいってください」
「ああ」
イグナがそう返すと、若冲は他のテーブルに向かって歩いていった。
ポットにスプリューネの水を使用した紅茶を準備したハルは、注文した女性のテーブルへ向かうと一礼して思い出のティーカップに注ぐ。紅茶の香りも、注ぐ姿も申し分のないクオリティだ。
「あ、あの……」
何かを言おうとする女性客の声に、ハルは目線を合わせた。
「あ。お客さん、オレのモデルになってくれませんかー?」
と、二人の間にひょっこりとスケッチブックを抱えた若冲が顔を出した。
「どうせだったらこの後何かアトラクション行きませんか? アトラクションを楽しんでいるお客さんの姿をモデルにですね……あ、ダメですか」
軽いが決してしつこくはない明るい若冲のノリに、女性客は楽しそうに笑いながらも断る。
「じゃあ、また機会があったら考えてくださいね! 846シアター楽しんでいってください」
そういうと、若冲はまた次のモデルを探してシアターをうろつきはじめた。
「ふむ……流石ですね。『黙っていれば』貴方は一流の腕をお持ちのようですね」
ハルの洗練されたサーブを見て、すれ違いざまににっこり笑って希鈴が言う。
「いやいや、まだまだ修行が足りませんな。ツンデレーションの知名度を上げるためにも、頑張らねば」
「希鈴、お前のその口の悪さはどうにかならんのか……? ハル……お前も気付け……」
音響の特殊操作のためにシアター内の最終調整に回っていたレオンは二人の横を通り抜けざまやれやれと言った面持で言った。
運よくショータイムに間に合ったゲストが食事を楽しむ中、客電が落ち、様々な色の照明が動き回る。
「イッツショータイム!」
茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)の声に合わせ、レオンが卓を操作すると、シアター内に可愛らしい音楽が鳴り響く。子供たちの喜ぶ声がいたるところで上がった。
人形を操りながら衿栖が登場すると、子供たちは食べるのも忘れて衿栖と人形に夢中になる。
ユーリカとアルティアも伸び上ってステージを見つめる。
近遠も食べる手は止めずになんとなくステージを見ていた。そんな3人を見守るイグナ。
衿栖は4体の人形を器用に操りながら、ステージ上を所狭しと動き回る。
複数体を操作しているとは思えない自然な動きに、大人たちも楽しそうだ。
衿栖はふわりとステージから飛び降りると、人形のリーズとブリストルがステージ横のテーブルからお菓子を持ち上げた。
「さあ、どうぞ」
クローリーとエディンバラはジュースのビンを持つと、子供たちのいるテーブルを周りお菓子を手渡したり、ジュースを注いであげたりする。
子供たちは大興奮で貰ったお菓子をしばらく眺めると、大事そうにポケットにしまうのだった。
「いただきますわ」
「ありがとうございます」
ユーリカとアルティアは、オレンジジュースを入れてくれたクローリーとエディンバラの頭をなでる。
にっこりと笑って衿栖は人形たちと挨拶しながらステージへ戻っていく。
続いて若松 未散(わかまつ・みちる)がステージに上がった。
と、始まった落語に子供たちは少し不思議そうな顔をする。
落語は「ジェットコースター怖い」という創作落語だった。
「ふむ。なかなか面白いではないか」
「シュールかと思いましたが、子供にも分かりやすいですね」
意外なことにイグナに刺さったようだ。
華やかなステージで語られる落語は、テーマがテーマだったこともあってかやたらウケた。
話がオチると、未散はステージから下り、メイド向け高級ティーセットで紅茶を注いで回る。先ほど衿栖が回っていないテーブルを中心に回っていった。
このアイドルと触れ合えるサービスは、ディナータイムには二人でのキャンドルサービスを予定していた。
未散が袖にハケると、レオンはステージ上を照明と音響の演出で期待感をあおる。
と、着替えた衿栖と未散が再びステージ上に現れ、「ツンデレーション」のライブが始まる。
1曲目が始まったとたん、客席が総立ちになる。レストランとは思えない光景が展開された。
曲に合わせて身体を揺らしたり、合いの手を入れたりとそれぞれの方法でライブを楽しんでいるゲストたちの姿に、ツンデレーションの二人のライブもますます盛り上がりを見せる。
近遠たちもいったん食事の手を止め、楽しむのだった。
Bメロが終わりBサビに入ろうという瞬間、二人のダンスは少し激しいものになる。
と、突然未散のスカートの端がパチンと外れ、ダンスに合わせてスカートがズレてしまった。
「あっ未散さんのスカートのホック直しとくの忘れました!」
思わぬアイドルのパンチラにざわっとした客席で、若冲はぽんと手を打った。
「未散くん、耐えるのですぞ。ステージのことだけを考えるのです」
「ハルさん……貴方はアホでいらっしゃいますか?」
少し離れたカウンターの前でステージをしっかり見つめながら応援するハルの横を通りながら、料理を持った希鈴がにっこりと言い捨てながら通り過ぎた。
ステージ上ではダンスの動きに合わせ、未散がスカートをうまく折り込み、パンチラを隠す。
「さすがプロですね」
若冲は静かに拍手を送る。
「ありがとうございましたー!」
ライブが終わり二人が袖にはけてもしばらく、拍手は鳴りやまなかった。
二人が再びステージに現れると、楽しげな音楽が流れ始める。
そして入口から三鬼と三二一が登場した。
ステージを下りた二人と合流すると、各テーブルを回り記念撮影が行われる。
「今日は来て下さってありがとうございます! ハイチーズっ!」
ツンデレーションや三鬼たちとの写真撮影は子供たちはもちろん、大人も嬉しそうにそれぞれのポーズを決めて盛り上がるのだった。
「またのご来場、お待ちしておりますー!」
入れ替えの時間になると二人は入口に並び見送りを行った。
「今日はありがとな……ま、また来てくれたら嬉しい……かも」
キラキラした笑顔で声をかける衿栖と、少し目を伏せながら握手をしつつぶっきらぼうに告げる未散の姿にゲストは楽しそうにまたアトラクションへ戻っていくのだった。
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