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黒の商人と徒花の呪い

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黒の商人と徒花の呪い

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 リカインが部屋を出て行ったのとほぼ入れ替わりで部屋を訪れたのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)と、その二人のパートナー、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)夏侯 淵(かこう・えん)だ。
「お取り込み中かな? 捜査協力をお願いします」
 ぴょこんと顔を出したルカルカの言葉に、ジェシカの周囲に居た契約者達はああ、と軽く返事をする。
 ルカルカ、ダリル、淵の三人がぞろぞろと部屋に入ってきた。
 先頭のルカルカがジェシカの方に視線を遣っているのを見て、アマンダは立ち上がる。
「捜査のお邪魔になりそうだから、私はそろそろおいとまするわ」
「あ、お気遣い無く。でもありがと」
 立ち上がったアマンダにお礼を言って、ルカルカは今し方アマンダが座っていた所に入れ替わりで座った。
 そのまま部屋を出て行くアマンダを、そっとダリルが追うが、ルカルカと淵はそちらは気に留めず、自分たちの捜査を続ける。
「ジェシカから何か聞けるかなって思ったんだけど……」
 ジェシカを労るようにそっとそのかさかさに乾いた手を取り、優しく撫でながら、しかしルカルカは残念そうに肩を落とした。
「サイコメトリ、よろしくね」
「ああ、分かっている」
 そっちが頼りだから、というルカルカに、淵は自身たっぷりに答える。
 先ほどから、淵はジェシカの私物と思われるものに、サイコメトリを試して居た。
 直接何かを聞きだす事が出来なかった場合に備えての保険だったが、予想以上に役に立ったことになる。
 一通り、触れられそうなものに触れてみた淵が、ふぅとため息を吐く。
「どう?」
 病人の真横で捜査の話をするのは躊躇われるのだろう、ルカルカは立ち上がり、淵の元まで歩み寄る。
「特に手がかりになりそうな情報はないぜ。強いて言うなら、ジェシカとアルフレドが超ラブラブだ……ってくらいか」
 部屋中、どの品物を手にしても、淵の意識に流れ込んでくるのは幸せなジェシカの意識ばかりだ。
 それから、アルフレドへ向ける純粋な愛情。
 正直その甘くてめろめろなオーラに当てられ気味の淵だ。
「ま、アルフレドの方の気持ちはわかんねぇけど、少なくともジェシカの方はベタ惚れだな」
「アルフレドだって、薬草を採るために無謀と分かっていても飛び出してっちゃう位なんだから、ジェシカの事は溺愛してるんじゃないかしら」
「……待て、それは本当か」
 そこで口を挟んできたのは、レン・オズワルドだ。
 その情報が本当だとすれば、ふたつの食い違いが生まれる。
 ひとつ、二人は政略結婚だというアマンダの証言との食い違い。
 ふたつ、ジェシカが結婚を厭って一連の事件を起こしたというレンの推理との食い違い。
「間違いないぜ」
 淵の言葉を受けて、レンも同じようにジェシカの私物に触れてみる。
 サイコメトリの能力を持つレンの脳裏には、先ほど淵が感じたものと同じ、アルフレドに向けたジェシカの暖かな思いが流れ込んでくる。
 おかしい、とレンが呟いた。
「どういうこと?」
「アマンダは、あの二人は政略結婚じゃないか、と言っていた。付き合っている様子はなかったとも」
 レンは先ほどアマンダの口から聞いた情報をルカルカに伝える。
 それを聞いたルカルカは、怪しいわね、と唸る。

 その頃。
 アマンダが屋敷の外に出たところで、ダリルが呼び止めた。
「……まだ何かご用かしら?」
「ああ。あなたの様子が気になってな」
 ダリルは極力、優しい声を出すように努める。元々そういう性格ではないのだが、今は聞き込みに必要だ。
「私の?」
「どこか辛そうだ。俺でよければ、話を聞こう」
「……ありがとう、でも、大丈夫よ。ジェシカとアルフレドが心配な所為で、そう見えるんだわ」
 アマンダは何とか、気丈な笑みを浮かべてみせる。
 しかしダリルは、そのよそよそしさに何かがあると感じていた。
「……捜査はかなり進んでいる。事件はじき、解決するだろう」
 す、と目を細めてアマンダを見つめる。
 アマンダの肩がぴくりと震えた。
「……そう。どうか早く、ジェシカを助けて上げてね」
 俯いたままでそう言うと、アマンダはくるりと踵を返して掛けだした。
 これは間違いないだろうと判断したダリルは、すかさずベルフラマントをかぶると、気配を絶ってその後を追う。
 ルカルカへその情報を送信するのも忘れない。


■■■


 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の二人は、独自に街中を捜査していた。
 事情を聞いた段階から、アマンダが怪しいとは踏んでいた。
 今はその証拠を固めるべく、聞き込みに回っていたのだが――
「……ねえセレン、あれ……」
 セレアナが指差した先にちらりと見えたのは、アマンダの後ろ姿。
 良いところのお嬢様が、髪をたなびかせて石畳を駆けている。
 何かある。咄嗟にそう判断した二人は、目配せを交わしてその後ろ姿を追った。
「アマンダ!」
 契約者と非契約者、その身体能力の差は歴然だったし、仮にそうで無くてもワンピースにハイヒールのお嬢様と、教導団の軍人では結果はわかりきっている。
 あっさりアマンダの背中を捕まえて、セレンフィリティはその名を呼んだ。
「何の用かしら?」
 先ほどまでの、お嬢様らしい、余裕のある物言いはすっかりなりを潜めている。
 切羽詰まったような、青い顔で、語気も強い。
「そんなに走って、どうしたの?」
「どうでも良いでしょう。急いでいるの、失礼するわ」
 セレンフィリティ達を払いのけて進もうとするアマンダを、二人は押しとどめる。
「ねえアマンダ……アルフレドの事、好きなんじゃないの? だとしたら……」
 私にも似たような経験があるわ、と聡そうとしたセレンフィリティの手を、アマンダはぱしんと音を立てて振り払う。
「だとしたら、どうだっていうの!」
 頬を、瞳を、真っ赤に染めて、もうそれが肯定の返事であるとも気づかずに、アマンダはセレアナを力一杯突き飛ばして走っていく。
 火事場の馬鹿力という奴だろうか、予想以上の力で突き飛ばされたセレアナは、思わずバランスを崩してしまった。
 その所為で、咄嗟に追うことが出来ない。
「……もう、セレンったら……止める間もなくそんなダイレクトに……」
 だからガサツだって言うのよ、と渋い顔をしながら、セレアナはアマンダの背中を見送る。
「でも、あの方向に何かがあるのは間違いなさそうね……」

 走り出したアマンダは、街の外れにある廃屋へ駆け込もうとしていた。
 その時。
「おい、アマンダ」
 突然死角から声を掛けられて、アマンダはひゃ、と女性らしい悲鳴を上げて足を止めた。
 走ってきた勢いもあって、バランスを崩してたたらを踏む。
 その間にアマンダの前に立ったのは、ドクター・バベル(どくたー・ばべる)だ。
「もう、何なのよ!」
 ついには苛立ちを抑えようともせず、アマンダが叫ぶ。
 しかしドクターは全く気にする様子はない。
「話はいろいろ聞いてるぜ。例えば、貴様がアルフレドを好きだ、とかな?」
 ドクターの率直な言葉に、アマンダの顔色が変わる。
 実際のところ、彼女が他の契約者と密に連絡を取っていたかと言えばそうではないのだが、時折届くメールの情報を総合すれば、その推理は自然な結論だった。
「そうよ……好きよ、それが、どうかしたの?!」
「まあまあ、話は最後まで聞け。アルフレドが好きで、そんで、ジェシカが嫌いなんだろ?」
 ズバリと言い放つドクターの言葉に、アマンダは言葉に詰まった。
 急に、表情から毒気が抜けていく。
「そんな……き……嫌い、だなんて……」
 きらい、という言葉を口にするとき、その声が震える。
「私はジェシカの友達よ。アルフレドとのことも、祝福……して……」
「貴様、もしや自分がジェシカを嫌っているということを認めたくないんじゃないか?」
 その言葉に、アマンダはハッとした表情で顔を上げる。
「あー、あくまで客観的に、状況を自分に当てはめて、セルフモニタリングした結果だけどな、たぶん、その感情は自然だ。貴様がジェシカに対して、憎しみや、恨みや、怒りを感じるのは、当然のことだろう。無理に押さえつけるから、変なことになるんだ」
 ドクターの言葉に、アマンダの目から突然、ぽろぽろと涙がこぼれ始める。
「……ありがとう……」
 そして、涙に濡れる声でそう言うと、その場でわっと泣き伏した。
「ちっ、違う、感謝とかするな! ただあくまでそういう状況下における男女の機微という論文を今書いていてだな別にお前の」
「ずっと……誰かに、そう言って貰いたかったのよ」
 ツンデレ全開で顔を赤くするドクターの言葉は聞いているのか居ないのか。アマンダはぐず、とすすり泣きながら言葉を紡ぐ。
「だって、私達はずっと素敵な友達だったんだもの。確かに私はアルフレドの事が好きだった。でも、ジェシカのことだって同じくらい好きだったはずなのよ。ふたりが幸せなのは、良いことのはずじゃない。それが憎らしいだなんて、思っちゃいけないんだって、ずっと……ずっと……」
 感情が昂ぶってしまったアマンダは、そこで一度言葉を切った。
 暫く、喉が引きつるような声を上げて、泣く。
「憎らしいって思っても、良いのね……私はジェシカに、怒って良かったのね……」
「と、当然だろ! 好きな相手横取りされて、お幸せになんて普通の神経じゃ言えねえだろ!」
 その言葉を聞いたアマンダは、さらにわぁわぁと声を上げて泣き出した。
 ああもう、と困り果てたドクターは、それでもポケットからハンカチを出して差し出してやる。
 そして、ようやくその涙が落ち着いてきた頃、ぽん、とアマンダの肩を叩いた。
「正面からぶつかってやれよ、ジェシカに。友達ならな」
「……でも、私はジェシカに本当に酷いことをしてしまったわ……アルフレドまで巻き込んで……もし、もしこのまま二人が助からなかったら、私……」
「商人に、ジェシカの排除を依頼したんだな?」
「ええ、そうよ……あの男は、まるで悪魔みたいに笑って――願いを叶えてくれると言ったのよ。私は……ジェシカが居なくなれば良いのにと、願ってしまった……」
「その代償が、アルフレドだったということだな」
「まさか、そんなことになるだなんて思わなかったのだもの……」
「奴らは人の執着につけいるのが上手い。おそらく、すべて分かった上での行動だろうな」
 ああ、とまた泣き崩れそうになるアマンダの、携帯がその時、鳴った。
 慌ててアマンダはポケットからそれを取り出す。
「はい…………アルフレドが……? 薬草を……?!」
 それはジェシカの母親からの知らせだった。

 アルフレドが、無事に薬草を持ち帰った、と。