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【黒史病】記憶螺旋の巫女たち

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【黒史病】記憶螺旋の巫女たち

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 もはや門の出口の前に立っていたのは、神無月秋子(五月葉 終夏(さつきば・おりが))だけだった。
 対する相手は10人。彼らを前に、秋子は死を覚悟した。
 その一人一人はかつて頼もしく見え、恐ろしく見え、そして──。
(おかしいな、恐怖も感じない。感じさせてくれない、のか)
 彼らの名は、王国の者として知っていた。
 一人は圧倒的な破壊力と暴力を体現した、梟雄と呼ばれた両手剣の達人朝霧 垂(あさぎり・しづり))。処刑時に暴れ出し、混乱を起こしたことによって、仲間を逃がした人物でもある。巫女王の軍にあっては、他の者を寄せ付けぬ速度で戦場を駆け抜け、その攻撃は数百の軍勢をも瞬時に壊滅させた聞いている。
 一人は処刑された精霊使いの未沙朝野 未沙(あさの・みさ))。元が人間であったとは思えぬほどに、既に異形化は侵攻し、全身が竜の分厚い鱗で覆われていた。側に従えるのは数人の従者と三人の精霊──いや、元は聖霊であった魔物を従えていた。
 『再生の炎』グレン・ヴォルテール(ぐれん・う゛ぉるてーる))は炎と生命を操る存在で、彼女の身体と周囲には絶えず炎がちろちろと舌を揺らめかせていた。気まぐれに指を振っては、周囲の紙ごみや木屑を燃やしていた。
 『混沌の闇』ナイル・ナイフィード(ないる・ないふぃーど))は闇と死を操る。彼女の周りには8体もの白骨がカタカタと揺れていた。
 『破滅の風』ウェルテクス・ウィンドリィ(うぇるてくす・うぃんどりぃ))風と破壊を操る存在で、呼び出した風は未沙を守護するように絶え間なく取り巻いている。
 一人は隠密軽戦士月刀(ゲットー)紫月 唯斗(しづき・ゆいと))。垂の起こした混乱によって処刑場から逃げ出し、命を長らえた。刃を握る代わりに、肘から先が刃に変わった右腕はアンバランスに太く分厚い皮膚に覆われ、鼻より上を見れば、鬼のような険のある切れ上がった目に、三角錐の角が突き出ていた。
 一人は狩人月島 悠(つきしま・ゆう))。既に人ではなく、その全身は暗がりの闇に同化している。
 彼女の側には、こちらは見覚えのない三人がいた。
 三人のうち、まだ十代前半の少女に見える──魔神翼麻上 翼(まがみ・つばさ))は悠の耳に何事か囁いていた。
 彼女たちの後ろには、巨漢の男張 飛(ちょう・ひ))がいる。そして今実体のない、悠を覆うその黒い闇の一部であり、彼女と融合したマクシミリアンマクシミリアン・フリューテッド(まくしみりあん・ふりゅーてっど))。
(分が悪いどころじゃない──)
 一時撤退するか、そんなことを秋子は考えた。が、今は仮殿では、巫女王復活の準備が整えられているところだ。逃げるわけにはいかない。
 彼女が考える間にも、『再生の炎』は抱いていたぬいぐるみを片手で持つと、もう一方の手で火をともした。それを秋子に投げつける。
 秋子は飛び退ってそれを回避する。めまぐるしく頭の中を思考が駆け巡った。
(考えろ、考えろ──)
「みんな、転生してたのね!」
(新手かっ!?)
 新しい声がした。秋子はこちらも聞き覚えのある声に息を呑んだが、その声の調子は戦場には全く似つかわしくなかった。
 それは、鋼鉄の戦女神レイアルカルカ・ルー(るかるか・るー))と、電脳の狩人マイトダリル・ガイザック(だりる・がいざっく))と呼ばれた二人の英雄の姿だった。
「良かった、皆ここにいたのね!」
 セーラー服によく似た戦闘服を着て駆けてくるレイアの声は、緊迫する戦場とは打って変わった、喜びの声だった。
 秋子も彼女のことは知っている。
 使用者の魔力を増大させるマジックアイテム『精霊の涙』を体内に守護した英雄。垂たちの仲間だ。彼女もまた異形化し、無数の翼を全身のあちこちから生やしていた。
 処刑からは逃げ延びたものの、自殺した、という。
 正確には、マイトに殺されたのだ。
 彼女は神に仕える者として自殺はできず、さりとて愛する国を恨み敵対することもできず、絶望に囚われていた。
 マイトは、レイアの魂で創られた人型兵器だった。レイアの死への内なる願望を感じ、彼女を解放しようと刺し貫いた。同時に自分の生も尽きるのを承知で。
 二人はレイアの秘宝によって輪廻転生の輪に入り、今この時代に生を受けたのだ。
「──今度こそ、あんな思いをしなくて済むよね。私たちの使命は、王国の英雄としてユーフォルビアを探索し、彼女か王国の誰かに秘宝を渡して、本当の敵と戦う事……」
 レイアは仲間たちの復讐に燃える胸の裡を知らず、そう言った。或いは説得しようとしたのだろう。けれど、
「俺たちを裏切った王国を許せ、だと?」
 月刀の両眼が紅く輝いた。周囲に仲間がいることにも躊躇わず、彼を中心として斬撃の風が巻き起こる。
「それは、<全てを斬り刻む憤怒の風刃(キルゼムオール)> ! ちょっと待って、本気なの!?」
 思わず飛び退き、風から体を庇いながらレイアが問うが、それに対する答えは否だった。
「奴らは残らず狩り尽くす獲物。たとえ前世の仲間でも、邪魔するならば、斬るのみ!」
 月刀は彼女を敵と認識した。レイアはそれを知り、他の仲間の顔を、ひとりひとりの意思を確認するように見て行った。
「他の皆は?」
「残念だが、膝を折ることはできない」
「……愚問よ」
 その答えに、拳に力を込めたレイアを見て、マイトが問う。
「レイア、戦うのか?」
「うん。だって、真の敵は別にいるよ。それにもう──もう、誰も一人にしない!」
 彼女は、敵になった仲間ではなく、別の何かを見ているようだった。彼らを止めて、その力で癒し、真の敵と戦う。
 レイアは全身の気を集め、俊敏さを高めた。
 月刀の<尽きぬ怨嗟の絶縁剣(アブソリュートブレイク)>──全てを呪い拒絶する不可視の刃が、あらゆる物を斬る魔技──が一直線にレイアに向かう。
 それを彼女は受けたかに見えたが──残像だった。
 月刀の顔面に角に両腕に腹に腰に脚に、七つの拳が撃ち込まれる。彼の体が傾いてどうと地面に倒れた。
 と、同時同時にレイアは跳躍していた。再び拳が、今度は垂に襲い掛かる。
 垂は剣を握りしめた。彼女の得意とするのは、相手の動き・軌道を読み、神速で撃ち込むこと。相手がかつての仲間であればなおのことその動きには予想が付く。
 剣と拳が交わり、互いにぎりぎりと圧をぶつけ合う──面が、ぱきりと音を立てて割れた。
「……おまえまで裏切るのか。その身を削り、命懸けで王国の為に戦って戦って……戦い抜いた結果がこれかぁ!」
「違うよ、裏切りなんかじゃない。今度こそ皆で本当の敵を倒すの! その先に、仲間の存在が一つになるのよ!」
 垂を助けようと、未沙が従者と精霊を差し向ける。
「さあ、行け! あの裏切り者を捕えなさい!」
 恭しく頭を垂れた鱗の従者たちが、レイアへと殺到した。
 しかしレイア一人が敵ではなかった。マイトが両手を掲げる。両腕に装着した武器は指先に伸び、銃口から放たれた光が、従者たちと、『混沌の闇』が差し向けた骨を瞬時に粉砕した。
 そしてそのまま、マイトは未沙の方へと走った。魔物と化した精霊達には今、殆ど意思がない。であれば彼女たちを使役する者を倒すのが先だ。
 動きに気付いた『混沌の闇』の重力がマイトの四肢を縛り地面を縫いつけようとするも、遠距離からの射撃は止まらない。銃口が未沙に向いた。
「あたしを動かすなんて……」
 未沙は滅多なことでは自ら動かない。その彼女が銃口を避けるために動いた。同時に、マイトへと距離を詰める。
「──<断罪の炎>!!」
 それは、炎の嵐。接敵されていても、彼女自身をも巻き込む故に避けようがない。そして竜鱗で守られている未沙にはダメージはない。
 彼女に併せ、『再生の炎』が腕に纏った炎を放つ。
「……だがそれは現世の炎」
 マイトは、自身の焼けるのも厭わず、目の前にいる未沙たち──のいる空間に静かに狙いを定めた。
 半瞬後、轟音。強い反動にマイトの上半身がしなった。
 一瞬後、爆音。未沙を守るの風も、空気も、いや何もかもが破られ、炎に晒された。
 両腕の“オーラシューター”を一斉に、連続して掃射する<トリプルアルファ>は、空間ごと原子の炎で焼き尽くす──。

 爆音を聞きながら、垂は苦々しい思いが心の中を満たしていくのを、禁じ得なかった。
(これは本来魔王と、魔王軍を討つ為に編み出された必殺技だが、まさか攻撃対象が変わることになるとは。それも、かつての仲間に、な……)
 ただそれも、もしかしたら起こることを予想していたのかもしれない。復讐を誓った時、剣技の名を変えたのはほかならぬ垂だったから。
<闇に堕ちし呪われし剣 インフェニティ・ダークネス・ブレイド>
 剣を正面に構え、大壇上に振り下ろす斬撃。それを断つように、レイアが横に拳を払う。
<ヘルワルキューレ>!」
 魂ごと意識を刈るという、急所への狙い澄ました一撃が、狼狽する暇も与えず瞬時に垂を吹き飛ばした。地面をバウンドしながら転がる彼女に、レイアは着地ざま、髪に挿した三日月型の“月光のティアラ”を投げつける。
<ムーンティアラアタック>!」
 ティアラは垂に吸い込まれるように軌跡を描き、着弾と共に発行した。彼女の全身から、異形を浄化する光が放たれる。
(もうすぐ戦いも終わるわ……)
 レイアは手から光を呼び出すと、その光は、彼女の全身を包み込んだ。胸元のブローチが輝き、瞬時にセーラー服を模した戦闘服が純白の布地に変わっていく。
 光が消えた時、彼女は花嫁の姿になっており──ウェディングドレスを纏っていた。