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古代の悪遺

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 6:Loss of control 



 scene1:Emergency staircase  




 一方、同時刻、中央制御室。
 丁度理王達がパネルをこじ開けようとしているのと同じ頃合のことだ。


(ああん、真剣な男の横顔って見惚れるわ〜……なんて言ってる場合じゃないのよねぇ)
 修理やデータ解析に当たる、調査団や契約者たちの横顔をうっとりと眺めながら、心中でそう呟いたのはニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)だ。勿論ただ見惚れているだけではなく、現在の状況についても、他のメンバーたちが忙しなく交換しあっている情報を逐一捕らえては、頭の中で分析を続けている。
 時間も人手も潤沢にあるわけではないのだ。要点に絞って行動しなければ、それだけ無駄を生んでしまう。
「ハッチを開かないようにするか、台座を壊してしまえば、少なくとも空京が攻撃を受ける事はないでしょうけど」
 思考を纏めるために、制御室から吹き抜けの天井を見上げて、ニキータは一人、確認するように声に出す。
「その代わり、エネルギーが充填されてしまった状態じゃあ、この遺跡自体が跡形も無く吹っ飛んじゃうわね」
 結局、制御するか止めるしかないのよねぇ、と呟いたその言葉を拾って、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)が「だが」と口を開いた。
「手をこまねいているおくわけにもいかない。制御以外にも、方法は模索するべきだ」
「そうだな」
 同意したのは煉のパートナーのエヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)
「制御が駄目な場合、エネルギーを止めるだけでも意味があるだろ」
「わかってるわよ」
 別に行きたくないわけじゃないわ、とニキータも肩を竦める。

 言葉を交わしているのは、動力室へ向かう面々だ。
 手持ち無沙汰に会話を繰り返してはいるものの、彼らもぼんやりしているわけではない。
 殆どのシステムが動かすことが出来ないため、詳細データの判っていない動力室に向かうために、その警備状態を確認しに、窓を割って地下へ降りていったルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)の二人が報告してくるのを待っているのだ。
「そちらはどうでありますか?」
 とは言え、他の面々が忙しなく制御装置と戦っている中で、ただ待っているのが落ち着かなかったのか、ヒルダのパートナーの大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)が声をかける。だが、声より先に通信機から飛び込んできたのは、マシンガンを思わせる連続する銃声だった。
「ヒルダ!?」
「大丈夫、大丈夫よ」
 慌てた丈二の耳に、直ぐにヒルダの声は返って来たので、一同は一旦息を吐き出した。
「窓から出るのは止めた方が良さそうよ。天井に銃が設置されてるわ」
「まあ、当然でしょうね」
 口径は小さいから、床までは届かないけどれど、と説明するヒルダの言葉に、軽く頷いたのはニキータだ。
「入口にあんなセキュリティがあるのに、動力室周りに一切セキュリティが無い筈は無いものねぇ」
 もっともな話に、刀真も同意するように頷く。
「空中じゃいい的だ。面倒でも階段を使った方が良さそうだ」
「そうね」
「ヒルダ、階段側のルートの防衛システムを調べてほしいであります」
「わかったわ」
 交信の間に、煉達は制御室の奥にある、非常階段のドア前まで移動する。その時だ。ドアの向こう、距離はややあるが、明らかに階段の付近で、銃声が響いた。
「防衛システムの作動を確認」
 丈二の通信機に、緊迫したヒルダの声が入った。
「敵影12。体長は約50センチ、形状は守護者に類似。正面にアイセンサーとマシンガン装備」
 報告しながら、思い出したように「あ、それから」とヒルダは続ける。守護者のようにレーザー持ちか、と皆が緊張を孕んだ瞬間。
「スパイーダ、って言ってたけど、スパイダーの間違いじゃないかしら?」
「……」
 思わず顔を見合わせた、一同の気持ちは推して知るべし、である。

「と、兎も角」

 気を取り直して、丈二が切り出した。
「自分が先頭につくであります」
「なら、あたしは殿を勤めるわね」
 頷き、全員が即興の隊列を作ると、銃剣銃を構えた丈二が、警戒と共にドアを上げて一歩を踏み出した。
 途端。
 ビイイイイ! と、ロビーのものとは違う高い警戒音が鳴り響き、アナウンスがそれに続いた。
『銃器ノ所有を確認、強制排除シマス。スパイーダ起動』
 どうやら、武装を認識して攻撃するパターンのセキュリティらしい。認識方法と手段が一階部分と違っているのは、強固なセキュリティに守られた中央制御室に繋がった階段部分だからだろうか。
 兎も角、その警告音に呼び出されるようにして、ぞろぞろと地下から階段を器用に上がってくるのは、黒い球状の体に四本の足を持った、守護者のミニチュア版、といった見た目の機晶ロボットだった。ヒルダが報告したとおりのそれ――アナウンスによれば”スパイーダ”と、守護者とのサイズ以外の違いは、アイセンサーが正面にひとつだけであるということと、装備がマシンガンのみ、というところだろうか。
 先頭にいたスパイーダは、階段を上りきると、その赤いアイセンサーで侵入者を認識して、照準を合わせようとした。だが、の銃口が火を噴くより早く、丈二の銃が、スパイーダのセンサーを打ち抜いていた。
 バヂィ、と内部が破壊される音と共に、スパイーダは沈黙する。
「球体なのは厄介ですが、守護者より大分脆いようでありますね」
 的は小さいが、センサーを撃てば破壊できるようだとわかって、丈二が僅かに息を吐いた。一体の脅威は低い。問題は数だ。ガシャガシャと関節の動く音が鳴り響き、階段を上ってくるスパイーダの群れは、その見た目も相まってどこかのパニック映画のようである。
「またこういうのでありますか……?」
 心なしかげっそり、とした声色で呟きながらも、丈二は近づいたものからスパイーダのセンサーを次々と狙い撃っていく。幸いにも速度もそう速くないが、このままでは埒が明かないのも確かだ。
(馬鹿正直に、真正面から相手する必要も無い、か)
 地下は一階しかないが、その深さは地下三階分ほどはある。そのため、階段も途中で何回か折り返しになっているようだ。つまり、その部分は吹き抜けに等しい状態である。
「ショートカットするでありますッ、総員、着地に注意するであります!」
 声を上げると同時、クロスファイアで一気に最前列のスパイーダを沈黙させて、一時的なバリケードを作ると同時、階下へも掃射して着地点を確保すると、階段から身を躍らせた。
「――ッ、着地、成功、次!」
 じいん、と足の裏が痺れる感覚があったが、それに立ち止まっている時間も無い。全員の着地地点を確保するために、掃射し、弾幕援護で飛び降りてくるメンバーに攻撃が当たらないように気を配るのも忘れない。
 数秒後、殿のニキータの着地を確認すると「ヒルダ!」とパートナーの名を呼んだ。
「こっちよ!」
 応えて、ヒルダとルークの二人が、地下側の非常階段のドアを開けて手招きしている。両面からの攻撃で道を開いて、強引に突っ切ったが、その後ろではまだガシャガシャと接近する音が聞こえてくる。この様子では、ドアを閉めても追いかけて来そうだ。
「し、しつこいでありますね……」
 いったい何体いるというのか、と丈二が構える銃の残弾を意識した時だ。するり、とニキータが前へ出た。
「殿はあたしが勤めるって言ったでしょ」
 甘いトーンで言って、ぱちっと片目をつぶる仕草に「わっ」と思わずといった調子で丈二が一歩下がった。
「ちょっとっ、その反応は失礼じゃない!?」
 ニキータが吼えたが、そんな場合でもない。すぐに噛み付くのはやめて、逃げ腰の丈二から再び守護者に向き直ると、さて、と声一つ。
「いらっしゃい、小熊のミーシャ」
 降霊に応えて現れた、巨大テディベアの形をした、透明な粘体のフラワシが、どろりと形を崩したかと思うと、ニキータの周りに広がっていく。そのぶにゅりとした体が、スパイーダが撃ち込むマシンガンの威力を殺し、防壁の役目を果たす傍ら、その低く響く声が、加勢するべきかどうかで躊躇う丈二達の耳を打った。
「さ、少年たちはこの先で、他にやることがあるでしょ?」
 ここは任せなさい、と言外の意思に頷いて、丈二達は動力室の中へと駆け出していく。
 ちらり、とその背中を満足げに見送ると、ぞろぞろと集まってくるスパイーダたちの前に立ち塞がりながら、恐れ気もなくその口元が笑う。
「ここから先は通行止めよ。強引に通るつもりなら……」
 対物ライフルを構えるニキータの細まった青い目が、物騒な色を宿して輝いた。 

「通行料はちょっぴりお高くつくと思ってよね」