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必ず生きて待っていろ

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幕間その三

 工場上空を飛び去って行こうとする漆黒の機体。その背に背後から無線越しに声がかかる。
「失礼、ちょっといいかしら?」
 急に入った通信に怪訝な顔をしながら、来里人は機体をホバリングさせて空中に停止する。漆黒の機体が振り返った先にいたのは、彩羽のイコンだ。
「どうやら、貴方が話題のテロリストね?」
 その問いかけに来里人は淡々とした声音で答える。
「だとしたら、どうする?」
 すると彩羽は何か含みのある笑い声を無線越しに響かせると、どこか挑発的な口調で問いかける。
「生憎、貴方を直接助けてあげる事は出来ないけれど、何か届けて欲しいものでもあれば届けてあげてもいいわよ。教導団様の工場にあったデータ、ウィザード級ハッカーの私は既に頂いちゃってるもの」
 すると淡々としていた来里人の声音に微かな笑いが混じる。
「見え透いたフェイクはやめておくことだ。いかにウィザード級ハッカーとはいえ、教導団の重要施設に施されたプロテクトを衆人環視の中で突破することなど不可能だ。この状況では、直接端末に触れるという方法も使えないだろうしな」
 その指摘に対し、彩羽はさも驚いた風に、わざとらしい声をあげる。
「あら、まさか見抜かれているとは思わなかったわ。流石は鏖殺寺院の工作員さんね」
 だが、彩羽の挑発に乗ることもなく、来里人は再び淡々とした口調に戻ると、今度は彼から問いかけた。
「何が目的だ?」
 すると、彩羽はまたも挑発的な、あるいは、どこか人を食ったような口調で答える。
「色々あって放校中の身だから、傭兵や技術屋的に仕事が欲しいのよ。それに、今後の為にも貴方たちブラッディ・ディバインに繋ぎを取っておきたいしね。ちなみに、私もシャンバラ上層部を良く思っていないのよ。だって、学生を戦争に投入する非道な連中じゃない? だから私たち、気が合うと思うの。どうかしら?」
 しばらく間を置いた後、来里人は相変わらずの淡々とした声音でその問いに答えた。
「お前がどう思おうと勝手だ。だが、俺やブラッディ・ディバインと取り引きをする以上、お前にも相応のリスクを負ってもらう」
「リスク?」
「この無線通信は俺の機体を通じて、既に緊急通信帯域に流されている」
 その言葉の意図を察し、さすがの彩羽もたじろいだ。
「あら、教導団様をはじめ、それに協力して集まった連中にも全部筒抜けってわけね。そこまでされたら、なおさら貴方たちに繋ぎを取らないといけなくなったじゃない。だってもう、後には引けないもの」
「いいだろう。どんな手を使ってもいい……今からお前が俺の機体に一撃でも入れることができたら、同志に加えてやる――」
 そう言葉を返した後、来里人はコクピットのコンソールを操作して自機の状態を確かめながら、淡々と呟く。
「この程度の相手、“ユーバツィア”なしでも問題ない」
 その呟きが聞こえなかったのか、あるいは、聞こえていても意に介さなかったのか、彩羽はいきなり搭載火器のトリガーを引いた。彼女の機体に装備されたツインレーザーライフルから発射された光条が漆黒の機体を穿たんと迫る。
 しかし、次の瞬間に展開された光景に彩羽は絶句を禁じえなかった。なんと、まるで不可視の壁があるかのように、ツインレーザーライフルの光条は、漆黒の機体に炸裂する寸前で何も無い筈の空間に阻まれ、消え去ったのだ。
 一見しただけでは、何も無い空間にレーザーが命中して消えたようにしか見えない。だが、彩羽は直感的に理解していた。これは間違いなく、レーザーが防がれたのだということを。
「それがカスタム機の性能というわけね。面白いわッ!」
 すぐさま二射目、次いで三射目のレーザーを放つ綾羽。だが、やはりレーザーは不可視の壁に阻まれる。それでもなお撃ち続けた彩羽の耳を、コクピット内で響き渡る警告音が震わせる。
 はっとなってモニターを見た彩羽は愕然とした。見境なく撃ち続けたせいで、エネルギーが切れるよりも先に、ツインレーザーライフルが焼けついてしまったのだ。しかしそれにも関わらず、漆黒の機体には傷一つ無い。
 オーバーヒートの警告音に続き、今度は別の警告音――接近警報が鳴り響いたのに気付かされ、すぐさまコンソールから顔を上げた彩羽が見たのは、至近距離からコクピットブロックに銃口を突き付ける漆黒の機体の姿だった。
 イコン用の大型拳銃と思しき火器を両手にそれぞれ一挺ずつ――二挺拳銃のスタイルで構える漆黒の機体は、一方の銃口をコクピットに、そしてもう一方の銃口をコアユニットに突きつけていた。
 だが、彩羽が死を覚悟した瞬間、漆黒の機体は二挺の拳銃を腰部後方のハードポイント――人間で言えばヒップホルスターに当たる部分に格納すると、背を向けて飛び去っていく。
 去っていく背に向けて、彩羽は思わず語りかけていた。
「せめて本当の名前くらい教えなさいよ。どうせ、結城来里人っていうのも本名じゃないんでしょ?」
 すると、ほんの数秒のラグをおいて無線越しに言葉が返ってくる。
「俺にとって日常で必要な名前などもう無い。だから、どうとでも好きに呼べばいい」
 すげないその答えに対し、彩羽はなおも食い下がった。
「それじゃ困るから聞いてるんでしょ。答えなさい」
 するとややあってまた新たに答えが返ってくる。
「なら、この機体の名前……“グリューヴルムヒェン(蛍)”――とでも呼べばいい」
 そう答えると、今度こそ本当に漆黒の機体はいずこかへと飛び去って行った。