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忘れられた英雄たち

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 二十一章 薔薇の細剣士 後編


 エヴァの話を聞いて、エリスは全てを思い出した。
 フローラと共に過ごした時間。彼女は自分にとって年の離れた姉のような存在だったこと。
 そして、剣の手ほどきをしてくれた人物であったことも。

「……フローラ、さん」

 エリスは細剣を振り回し、戦いを続けるフローラを見た。
 あの頃と変わらぬ姿、あの頃と同じ太刀筋。違うのは、狂気に支配された悲しい姿だけだった。

「フローラさん……!」

 今すぐ飛び出したい気持ちを必死に抑えた。
 話したいことはたくさんある。聞きたいことも一杯ある。
 けれど、今は――。

「……私の実力では彼女には立ち向かえません」

 エリスは自らの光条兵器『プリベント』を煉に差し出した。

「煉さん、この剣で私の変わりに彼女を弔ってあげてください」
「分かった。……彼女の最後の願いである最高の戦い、俺が必ず叶えさせてやる」

 煉は無銘を鞘に収めて、プリベントを受け取った。
 煉は胸に手を当て覚悟を決める。そこには修羅の闘気を纏った姿があった。

 ――――――――――

 唯一の屋内はヴェルデが罠を仕掛けることが出来なかった場所。
 そのため、硬直化した戦況は変わらず、続いていたが――。

「真司、そろそろあれやっちゃう〜?」

 魔鎧状態のリーラが真司に話しかけた。
 真司はこくりと頷き、ナインブレードの長剣二本を掴んだ。

「ああ、切札を切らせてもらう……!」

 そう気合を入れて、真司は突っ込んだ。
 無謀なまで愚直に、フローラに真っ直ぐ。

「甘いな、その様な捨て身は……!」

 フローラは細剣を振りかぶりソニックブレードの構えを取った。
 しかし、真司は止まらない。ゴッドスピードで速度を上げフローラの間合いに入る。

 音速を超える速度で振るわれた刀身が真司の腹部目掛けて奔る!

「リーラ!」
「はいよ〜!」

 掛け声と共に龍鱗化を行い、腹部に食い込んだ細剣を捕獲した。

「な……ッ!?」
「ぐっ……うぉぉおお!」

 真司は雄たけびを上げ、ありったけの力を込めて双剣を振るう。

 轟雷閃。
 爆炎波。
 勇士の剣技。
 破滅の刃。
 アルティマ・トゥーレ。

 全ての剣技を至近距離で叩き込む。
 その連撃はフロオーラの鎧を破損させ、砕け散らせた。

「くっ……あぁぁああッ!」

 フローラが咆哮を上げ耐え切り、力尽くで細剣を引き抜いた。
 そして、真司に止めを刺そうと刀身から雷を放電させて振り下ろす。

 ――瞬間、フローラの動きが鈍った。
 ザカコの奈落の鉄鎖が利いたからだった。

 ザカコが庇うように身体を入れ、カタールに轟雷を放たせ受け切った。

「――魔剣士として、属性で負ける訳にはいきません!」

 同じ属性を合わせ打ち消す、相殺という技術。
 二つの雷が弾け、消え去った。

「ならば、こうするまで……!」

 続いてソニックブレードが飛んでくる。
 音速を超える一撃。ザカコはそれを待っていた。

「肉を切らせて骨を断つ……」

 絶妙のタイミングでバーストダッシュを使い、距離を詰める。
 一方のカタールで細剣の柄を受け止め威力を抑える。
 同時にお互いの速度を利用した、加速させた疾風突きを放つ。

「疾風一閃!」

 カタールはフローラの肩に深く突き刺さり、鮮血を散らせる。
 
「今が攻め時です。セルファ、行きますよ!」

 御凪 真人(みなぎ・まこと)は魔法を詠唱し始める。
 天のいかづち、天の炎、サンダーブラストと火力重視の魔法を一気に放つつもりだ。

「頼みましたよ、セルファ!」
「任せて!」

 乱撃で飛んでくるソニックブレードを槍で受け流しながら、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)はバーストダッシュで間合いを詰める。

「はぁぁああ!」

 素早い剣閃を歴戦の武術で対処し、ザカコのように轟雷閃はライトニングランスで相殺。
 真人に攻撃が行かないよう、盾として獅子奮迅の活躍を見せる。

「ここが勝負処ですね。逃がしませんよ!」

 屋内のぼろい天井を破壊し、フローラにいくつもの雷と巨大な火柱が天から降り注ぐ。
 フローラの身体に直撃したそれは、フローラの動きを制限するのには十分だった。

「これが俺の全力最大火力。とくと味わって下さい!」

 真人は全身が火に包まれた鳥を召喚した。
 フェニックスと呼ばれるその鳥はフローラに向けて突撃した。
 爆炎がフローラを包み、そのまま壁へと押し切った。轟音、建物が揺れる。

「ここが勝負所、無茶を通すわよ!」

 セルファはファイアプロテクトで炎に対する耐性を向上させ、槍を構えて突進する。
 全力のランスバレスト。


 セルファの槍は建物ごとフローラを突き刺した。


 瞬間、建物が崩れ始めた。

「うわわっ!?」

 元より古びた建物のせいか、激しい戦闘に耐え切れなかったのだろう。
 天井に亀裂が走り、残骸が次々と落ちてくる。

「セルファ、君達。早くここから避難しましょう……!」

 真人が動けない真司を担ぎ、全員に勧告した。


 全員が逃げていく中、力なく膝を尽くフローラと光条兵器を構える煉だけが残っていた。

「あぁ、俺はやらなくちゃいけないことが残ってるから」
「何を言って……! 早く、君も逃げないと巻き込まれ――!?」

 真人の言葉が目に飛び込んできた光景により止まった。

 視線の先にはフローラが大量の血を流しながら立ち上る。
 そして細剣を構える。不死身なのか、と真人が戦慄を覚えた。

「ほら早く行けって。ここで、この英雄さんを足止めする奴も必要だろ?」
「……ッ! 絶対、無事でいてくださいよ」

 煉は片手を上げひらひらとさせて応えた。
 真人は踵を返して出口へと向かう。

 煉は光条兵器の切っ先をフローラに向けた。

「さぁ、ここから先は二人だけの戦いだ。成仏できるまで付き合ってやるよ」

 煉の右目が赤く変色した。
 それは、思考が切り替わりかつての戦場で戦っていた人格が蘇った証。

 フローラが音もなく、駆けた。
 細剣を携え、ツインスラッシュを放つ。

 煉はブレイドガードでこれを弾き返した。
 続けざまに、フローラはソニックブレードの構え。

 歴戦の戦いにより得た武術で煉はこれを弾き返す。
 生まれた隙は一瞬。しかし、百戦錬磨の勘が勝負を決めるのは今だ、と叫んでいた。

 グレイシャルハザードによる一刀両断。

 切り口は徐々に凍り始め、やがて腹部を覆い尽くすほどの塊になる。

「……見事な剣閃だ」

 フローラがそう呟くと、力なく前のめりに倒れた。