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勇気をくれる花

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勇気をくれる花

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「友だちの子がほしいって言うから、仕方なく代わりに取りに来てあげてるだけですわ」
 と、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は言い張った。
 それが嘘であることは彼女の様子から明らかだったが、誰も突っ込むようなことはしない。
「そういうわけですから、一緒に行きましょう」
 と、穏やかに微笑むティー・ティー(てぃー・てぃー)
 チェリッシュを連れた歌菜たちはうなずいた。
「もちろんだよ。さっきだって危ないところだったしね」
 歌菜の視線の先には『ワイルドペガサス』のレガートがいた。誤って魔物の住処へ侵入してしまったところ、レガートを連れたティーたちに助けられたのだ。レガートの登場に魔物がひるんだだけとも言う。
「話がまとまったのなら、早く行きますわよっ」
 と、イコナはレガートを撫でているチェリッシュを睨んだ。しかしチェリッシュはまったく動じる様子がない。
「危ないから、小さい子はペガサスに乗せた方がいいんじゃないか?」
 ふと羽純が提案をすると、イコナは一人でさっさと歩き出してしまう。
「わたくしは大丈夫ですから、心配ご無用なのですわ」
「イコナちゃんったら……」
 心配そうに彼女の背中を見つめるティー。
 強気なイコナとは裏腹に、チェリッシュは羽純の手を借りてレガートの背中に乗せてもらっていた。
「おぉー」
 きらきらと目を輝かせ、満足げな様子だ。
「レガートさん、チェリッシュちゃんを振り落とさないでくださいね」
 と、ティーは言いつけてからイコナを追って歩き出す。
 森の奥深く、冬であることすら忘れてしまいそうなほど緑はたくさん茂っている。
 一人、先に道を行っていたイコナは、ふと足の裏に違和感を覚えた。何か踏んだようだ。
「……」
 そーっと足を持ち上げてみると、そこには細長く伸びたしなやかな肢体の先端が。
「!! ま、魔物ですわーっ!」
 大きな声で叫び、イコナは集中力が欠けていたことを今さら恥じた。
 間もなくして追いついたティーたちは戦闘準備に入り、にょろにょろと動く大蛇を見据えた。イコナに踏まれた尻尾をかばうようにして、大蛇も戦闘体制をとる。
「イコナちゃん、危ないから下がってて」
「う、分かりましたわっ」
 ティーの後ろへ回り、イコナはずっと自分を睨んでいる大蛇から顔を背けた。悪いのは自分だが、とてもじゃないが恐ろしくて耐えきれない。
 そして三人が大蛇との戦闘を開始すると、チェリッシュはレガートの頭をぺちっと叩いた。
「レガートさん、あっちあっち」
 と、脇に見える細い道を指差す。レガートは嫌そうな顔をしたが、チェリッシュがまた頭を叩くので仕方なく従うことにした。
 はらはらと戦闘を見守るイコナがそのことに気づいたのは、大蛇がダウンしてからだった。

 森の奥へ来ても八雲は上の空だった。
「ああもう、兄さんっ!?」
 弥十郎は彼へ襲い掛かってくる魔物を『ヒプノシス』で眠らせ、難を逃れる。
 しかし、敵はそれだけではない。
「ネオも何とかしてよぉ!」
「いやだ、めんどくさいから」
 と、ネオフィニティアは八雲の後ろに隠れながら言った。
 ついてきて正解だったと思う弥十郎だが、それにしても戦闘をすべて任せられるのはきつかった。

「やっと半分ってところかしら」
 董蓮華(ただす・れんげ)は足を止めると、周囲の音に耳を澄ませた。
「小川か、水の音がするな」
 と、スティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)は蓮華のそばに立って音のする方向を確かめる。
 その時、目の前をワイルドペガサスに乗った少女が駆け抜けていった。
「……あら?」
 首をかしげ、蓮華は少女の消えた方向をじっと見つめる。
「危ない気がするんだけど、あの子……」
「ああ、危ねぇだろうな」
 いくらワイルドペガサスに乗っているとはいえ、少女が一人で森の奥深くへ進むのは危険だ。
 蓮華とスティンガーはすぐに少女を追いかけた。
「おろして、レガートさん」
 と、チェリッシュは言ったがペガサスは無視した。気づけばティーたちから遠く離れたところまで来てしまったのだ。どうにかなるだろうとは思うが、チェリッシュを地面へ降ろすことは出来ないと判断していた。
「むー、いじわるなレガートさんっ」
「……」
 勝手に言ってろ、とばかりにレガートは目の前を流れる小川を見つめていた。
「ねぇ、そこのあなた」
 と、追いついてきた蓮華がチェリッシュに声をかけてくる。
「こんなところに一人で来ちゃ危ないわよ」
「チェリッシュ、ひとりじゃないもん」
「え、そうなの?」
「うん。みんなね、まいごになっちゃったの」
 堂々と言うチェリッシュに蓮華は少し怖気づいてしまう。他に保護者がいるのなら安心だが、それにしてもおかしな少女だ。
「もしかして、花を探しに来たの?」
「うん、そうだよ。ヴュレーヴの花をみつけてね、お兄ちゃんにこくはくするの」
「告白……」
 蓮華は思わず自分の胸に手を当てた。告白するなんて夢のまた夢だが、相手を恋い慕う気持ちは確かにある。
 スティンガーは押し黙ってしまったパートナーを横目に見つつ、心の中で応援していた。
「とりあえず休まねぇか? せっかく小川があるんだからよ」
 と、雰囲気を変えるためにスティンガーは言う。
 はっと我に返った蓮華はうなずき、チェリッシュへにこっと微笑んだ。
「私たちもね、花を探しに来たの。よければここで一緒に少し休んで、それから探しに行きましょう」
「……レガートさん、つかれた?」
 と、チェリッシュは下を見下ろす。するとレガートはその場にゆっくりと腰を下ろした。
「よし、やすもう!」
 チェリッシュはぱっと顔を輝かせると、地面へ降りた。
 無邪気な少女の様子に微笑ましくなりつつ、蓮華は鞄からピーチキャンディを取り出す。
「チェリッシュちゃん、どうぞ」
「あー、キャンディだ! ありがとう!!」
 嬉しそうに笑って、チェリッシュは蓮華からキャンディを受け取った。

 時刻はすでに正午を回っていた。
 一度二手に分かれた仲間たちと合流し、リネンたちも連れて森の奥へ入った叶月たちは、チェリッシュを探しているティーたちに出くわした。
「あの、チェリッシュちゃんならレガートさんと一緒にどこかへ行ってしまって」
 申し訳なさそうな口調で言うティーに、叶月は呆れてしまう。
「でも大丈夫だよっ。チェリッシュちゃんには銃型HCを持たせたから、居場所は分かるはず」
 と、歌菜は自分の銃型HCを取り出いた。
 一同が彼女に注目する中、叶月はぼーっと空を見上げた。すぐに済むと思っていた用事は、チェリッシュのおてんばによってどんどん長引いている。この調子だと、ツァンダへ戻るまでさらに時間がかかりそうだ。
 そう思うと叶月はそわそわせずにいられなくなってきた。遅刻をとがめてくるような相手ではないが、気分を悪くされては大変だ。責任を感じずにはいられなくなるだろう。
「何そわそわしてるの?」
 と、ヘイリーがふと声をかけてきて、叶月は苦い顔をした。
「ああ、いや……パートナーと、一緒に夕食する約束があって」
 事情を知る数名がぴくりと聞き耳を立てる。
「え、用事があったの? もう、そういうことは早く言いなさい!」
 と、呆れまじりにヘイリーは言って、叶月は無意識に肩をすくめてしまう。
 すると歌菜が声を上げた。
「あ、見つけた! けど、ずいぶん遠くにいるみたい」
 ヘイリーはそれを聞いて叶月を横目に見る。
「夕方までに帰れるか、怪しいわね」
「……だよな。ちょっと、連絡してみる」
 と、叶月は素直に携帯電話を取り出した。しかし、そこに表示されるのは『圏外』の文字。……連絡を取ろうにも取れない、緊急事態だ。
「くそ、何でこんな時に限って……!」
 悲痛に叫ぶ叶月に呆れと同情を覚え、ヘイリーは近くにいた空賊団員を呼んだ。
「ちょっとあんた、ひとっ走り頼まれてくれない? 彼のパートナーの……えーっと、誰だっけ?」
「松田ヤチェル」
「そう、そのヤチェルって子のところに言って、帰り遅くなるけど心配するなって」

 休憩を終えて歩き出したチェリッシュと蓮華たちは、間もなくして熊型の魔物に襲われていた。
 レガートは背に乗ったチェリッシュを守るように距離を取り、蓮華とスティンガーが前線へ出る。
 そして戦闘開始数秒後、何者かが魔物の足に弾丸を当てた!
「加勢するよ!」
 ライフルを構えた笹奈紅鵡(ささな・こうむ)だ。
 三対一になったところで、チェリッシュは再びレガートの頭を叩いた。
「あっちあっち」
「……」
 動じないレガート。どれほど頭を叩かれても、蹴られても、また仲間たちとはぐれるのだけはごめんだ。それはチェリッシュのためでもあるのだが、好奇心旺盛な少女にはそれを理解することができないらしい。
 レガートがため息をつきたい気分になると、横から何かが飛び出してきた。
「危ないっ!」
 いつの間にか、レガートの目の前に魔物がいた。それを間一髪、飛び出してきた酒杜陽一(さかもり・よういち)によって助けられる。
 魔物は仲間を呼んだらしく、周囲はすっかり殺気だらけだ。
「小さな子は安全なところに逃げてください」
 陽一の言葉に、レガートはしぶしぶその場を離れることにした。チェリッシュを振り落とさないよう、気を遣いつつ魔物の気配から遠ざかる。
 残された蓮華、スティンガー、紅鵡、陽一らは守るべきものの安全を信じ、よりいっそう戦闘へ集中し始めた。

「きゃああああー!」
 チェリッシュは叫んだ。自分に向けられている敵意をひしひしと感じ取っていたからだ。
 ヴュレーヴの花がどこにあるかは知らないが、目的の場所さえ見つければどうにかなるだろう、と、レガートは思った。