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取り憑かれしモノを救え―救済の章―

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取り憑かれしモノを救え―救済の章―

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●介抱と解放

 辺りに響き渡るミシミシという音を耳にしながら、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は自身のパートナーであり、最愛のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を介抱していた。
 魅入られセレンフィリティを襲いそれを退けた後だ。
 後味の悪さと、緊急事態とは言えパートナーに手を出してしまった後ろめたさから、セレンフィリティはセレアナの頭を膝の上にのせ、そのショートウェーブの黒髪を優しく手櫛で梳いている。
 時に肩から腕にかけて撫で、時に抱きしめる。
 今のセレンフィリティには、いつものような跳ねっ返りの強さは無く、ただただパートナーを、最愛の人を優しく気遣っていた。
 しかし、そんな緩やかな時間も終わりが訪れる。
 薄らぼんやりとセレアナがセレンフィリティを見上げていた。
 セレンフィリティはそんなセレアナに微笑みかける。
「よかった……」
 しかし、セレアナはセレンフィリティの首を絞めた。
「……何をしている。敵に情けか?」
 虚を突かれ回避に移る間もなくセレンフィリティの気管を、頚動脈を的確に絞めてくる。
 気絶させればどうにかなるのではないのか、そう思っていた。
 でも、違った。
 目の前にいて自分の首を絞めているパートナーが、最愛の恋人が、そうではない別の何かに見え出してきた。
 怖かった。これまで積み上げてきたお互いの信頼関係が、音を立てて崩れていくのをまざまざと見せ付けられて。
 逃げたい。
 それはセレンフィリティの本能だった。
 どうしたら良いのかわからない。何が最善で、何が最悪で。
 意識が薄れる。酸素が、血液の循環がセレンフィリティから考える力を奪う。
「や……め……」
 抵抗する。自身の首を絞めるセレアナの手首を握り、思い切り力を込めた。
 徐々に絞める力が弱まるのを感じたセレンフィリティは、力を振り絞りセレアナを振りほどく。
 そして、脱兎のごとく逃げ出した。
 息が上がるのもお構い無しにセレンフィリティは結界の外へ逃げようとする。
 セレアナから離れたい、ただその一心で。
 耳をつんざくような轟音が響き、地が揺れる。
 足を取られ、転びそうになるのも構わず、逃げた。
 そしてついたのは結界の終点。触れて気付いたが、そこから抜け出すことは不可能だった。
 出ようとする力を内へと押し返す。
 後ろからは迫るセレアナの姿。
 セレンフィリティは覚悟を決めた。
 いつの間に泣いていたのだろうか。溢れる涙を拭う。
 拭っても拭っても次々に溢れる雫は頬を伝う。
「覚悟は決まったか?」
 そのセレアナの問いかけに、セレンフィリティはうんと頷いた。
 そして浮かべたのは、淡い微笑。
 洟をずっとすすり、
「あたしを……殺したいなら、いい、わ……。好きにして……」
 溢れる雫と、浮かぶ微笑。そして、足取りはゆっくりで。
 槍を構えるセレアナへ一歩一歩近づく。
「でも、ね? そのときは……セレアナ、あなたも一緒に、あたしと……」
 しゃくりあげながらも手には破壊工作を行うための爆弾を手にする。
 そんな敵意の見えないセレンフィリティの態度にセレアナの動きが止まる。
 まるで操り人形の糸が切れたかのように、その場で立ちすくむ。
 自然体なまでの動作でセレンフィリティはセレアナを抱きしめるように覆いかぶさると、耳元で囁く。
「あたしと、いっしょに、いこう……」
 辺りに響く、ガラスが割れるような音にかき消されながらその声は確かにセレアナの耳朶を打ったと思いたかった。
 死なばもろとも、しかしセレアナは暴れる。なぜ、どうして自分がここで死なねばならないのかと、暴れるその力が物語っていた。
「やめなさい!」
 何度と無く聞いたセレアナの制止の声がセレンフィリティの耳朶を心地よく打つ。
 ああ、これも今日で終わりだ、と。でも、セレアナと一緒ならいいかなー、なんて思いながらセレンフィリティは爆弾に手をかけた。
「目を……覚ましなさい!」
 パァンという乾いた音が鳴った。
 そう、セレンフィリティは頬を叩かれたのだった。
「えっ……」
 困惑するセレンフィリティをよそに、セレアナは、
「ダメよ。命を粗末にしちゃ……。私も悪かったわ。簡単に魅入られたりなんかして……」
 正気に戻ったセレアナがふわりとセレンフィリティを抱きしめた。
 そんな暖かさに、安堵からかボロボロと大粒の雫が瞳から零れ落ちる。
 そしてお互いがお互いを慰めあい、ひとつの戦いは終結した。