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炭鉱のビッグベア

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炭鉱のビッグベア

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第3章 熊と狼 1

「やあやあ、すまんのぉ」
 坑道を先に進むリーズ一行の中で、愉快げに笑うのはいかにも偉そうな一人の地祇だった。赤銅色の髪を揺らしながら、張るほどの身長も胸もない体を張っている。
「こんなに食料もらえるなんてわし、いと嬉し。やはり地祇たる者、奉納されてなんぼじゃのう。もっと敬ってもよいぞ?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 もぐもぐとリーズからもらったおにぎりを食べながら、お礼のひとつも言わない地祇に代わって、人の良さそうな黒髪の少女は何度も頭をさげた。こんなパートナーを持ってすみませんといった、家族の恥ずかしい部分を見られた羞恥と申し訳なさで、顔が真っ赤になっている。
「別に気にしないで。ほら、こうして手伝ってくれてるって話なんだから、遠慮は無用よ」
「うむ、ではおかわり」
「ヒラニィちゃん!」
 本当に遠慮なく手を差し出す南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)に、琳 鳳明(りん・ほうめい)は厳しい声を張り上げた。
「なんじゃい、ケチー」
「っていうか、ヒラニィちゃん私の分までご飯食べてるじゃない!?」
「鳳明がいつまで経っても食べんのでな。代わりに食べてやったのじゃ。どうじゃ、偉いじゃろ?」
 いつまで経ってもと言うが、時間にして数分しか経っていない。なんて食い意地の張った地祇だという非難の目を向けながら、鳳明はぼそりと言った。
「……太るよ?」
「ぁ――」
 地祇とはいえ体重と体型は気にしているらしく、ピシッと石像のように固まった彼女を放っておいて、鳳明は深い溜息をついた。苦笑するリーズに何度も謝罪して、この失礼は必ず戦いで返そうと改めて決意する。
 ふと、リーズの背中に背負う大剣が彼女の視界に入ったのはそのときだった。
「あの……その背中の剣……」
「あ、こ、これ?」
「大切な物なんだね。かなり使い込んでるようだけど、凄くよく手入れされてる。誰かからの贈り物?」
「……亡くなった、お祖父ちゃんのなんだ」
 一瞬だけ答えようか迷ったように、獣人の娘は乾いた笑みで答えた。訊いてはいけないことを訊いたかもしれないといった罪悪感を鳳明は感じるが、慌ててリーズはパタパタと手を振った。
「い、いや、気にしないで! もうとっくの昔に亡くなってるの! だからそんなに哀しいものじゃないんだよ! ほんとだよ!」
 そう言いながらフォローするリーズの表情は、本当にさほど気にしているものでもなかった。きっともう、吹っ切れているのだろう。鳳明はそれでも反省せざる得なかったが、代わりに、自分の祖父について話すことにした。
「私は……赤ちゃんの時お爺ちゃんに拾われてね。この武術も、生き方もお爺ちゃんから学んだんだ……あ、まだ元気なんだけどね? 前に里帰りした時は、おねだりして貰った槍をまだ大切に持ってるって言ったら、『わしがお前にくれてやった物は、技と伝統と想いだ。
そんなカビの生えた槍などとっとと捨てろ』とか言われたっけ」
 苦笑するそれは、もしかしたらリーズの大剣と槍を重ねているのかもしれない。獣人の娘にもそのことはどことなく理解できて、彼女は無意識に自分の剣の柄をぎゅっと握っていた。
「そうだ、リーズさんのお爺ちゃんの事も聞かせてよ!」
「わ、わたしの……?」
「そうそう! いろいろ教えて!」
「うーん……そうだなあ……」
 祖父は英雄だった――そのことから始まったリーズの昔話は、まるでおとぎ話のひとつのようでもあって、鳳明を飽きさせないには十分なものだった。


 ビッグベアの群れに遭遇したとき、リーズは祖父の大剣ではなく腰の長剣を抜き放った。なにも戒めとして大剣を使わないと決めているわけではないが、それを使うには自分の力が及んでいないような気がしていた。
「リーズ! 来るぞ!」
「了解。エース、メシエたちとバックアップをお願いね! 司、突貫するわよ!」
「ったく、めんどくせえな…………まあいい、その代わり、じっくり楽しませてくれよ!」
 背後から注意を喚起したエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に支援を願い、獣人の娘は気だるげに立つ眼鏡の若者と一緒に地を蹴った。
 ビッグベアたちが叩きこむ一撃は、地をえぐって突風のような力の余波を起こす。それに吹き飛ばされないように気をつけながら、獣人娘は若者の様子をいぶかしげに見やった。
「それにしても……司の様子が変ね?」
「ああ、あれはツカサ限定の麻疹みたいなモノだから気にしなくていいわよ」
 首を傾げるリーズに答えたのは、愉快げな笑みを張りつけたシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)だった。彼女は己が契約者である月詠 司(つくよみ・つかさ)を玩具でも見る目で見つめながら、終始クスクスと笑っている。
「いざって時は浄化の札を貼れば大丈夫♪ ……多分ね」
 わざとらしい甘やかな声音をあげつつ、彼女は浄化の札を見せる。最後に付け加えられた言葉は不吉なものだったが、リーズはそれを気にする間もなく、次のビッグベアの攻撃を間一髪で避けた。
 その間に背後から聞こえてきたのは、これもまた司のパートナーである天寺 御守(あまでら・みもり)の声だった。
「まぁまぁ、なんと! この炭鉱の奥に『想像した物を具現化する機晶石』が沢山在るんですのっ!?」
「ええ、そうなのよー。早くしないと、誰かに奪われちゃうかも♪」
「そ、それは急いで手に入れなくては!」
 むろん、そんなものはあるはずもないのだが、幽霊扱いされている精霊娘はピッケルを担ぐと急いで坑道の奥に駆け込んでいった。どうやらシオンに騙されているようだが、それを知らせる間もなくピューッと彼女は坑道の闇へ消えていった。
 その後の御守の処理など考えていないシオンは、とりあえずは騙せたことを楽しんでいるようでクスクスと笑う。性根が腐っていると言えばそれまでだが、妖艶な吸血鬼は仲間たちを玩具にして楽しんでいるようだった。