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地下カジノの更に地下

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地下カジノの更に地下

リアクション


COUNTING

 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は神経を集中していた。
 共に地下への入り口を探すべく警備員として潜入しているレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)とテレパシー交信を試みているのだが、カジノの雑音に埋もれ、詳細まで聞き取れない様子だ。
(これは厄介だ。思った以上にうるさい……。突入のタイミングを上手く合わせられるだろうか)
「ここはスタンドすべきですよ、グラキエス」
 眉間に皺を寄せているグラキエスに構うことなくベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)は腰に手を回した。
「お、おい……」
「どうしました? 我が愛しの弟よ」
「カジノとはこのように遊ぶものなのか?」
「そうですよ。愛するもの同士体を寄せ合い愛を囁き合いながら、ギャンブルと言う名のゆりかごに身を委ねるのです」
「し、しかし皆の奇異の目を感じるぞ」
「それは下賎な者たちの目でしょう。私はこれでも名の知れたディーヴァ。こんな私が立ち振る舞いを誤るとでもお思いか? 疑うと言うなら証拠を見せてみせましょう。そこのボーイ、こちらへ」
 ベルテハイトの手招きに緊張した様子でウェイターが駆け寄る。
「このカジノの支配人に会いたいのであるが」
「は、はい。あの……でも……約束がなければ面会は……」
「ええいまどろっこしい。私が直接伺う。君は案内してくれればいい」
「か、かしこまりました!」
 グラキエスはその一部始終を眺め、ベルテハイトの知名度の高さを見せ付けられたわけではあるが、
「そこは尻だぞ?!」
 濃密なベルテハイトのボディータッチには耐えられないようだった。
(く……。なぜこのような辱めを受けないといけないんだ……。確かにVIPルームに侵入することが出来れば情報をつかめるだろうが……。そうだ。レリウス、そっちはどうだ……)
 グラキエスは地下にいるであろうレリウスにテレパシーを送ったのだった。
「俺は警邏を終了する。後は頼んだぞ。手加減はするな。鼠に容赦すると痛い目に遭うからな。窮鼠猫をかむ。自棄になられると怪我をするぞ」
「は、お疲れさまでした」
 一方、レリウスは巡回を交代し、地下牢の警備員詰所に入った。
 無骨なコンクリート敷きの部屋に数多のモニタ、バインダーが積まれている。
「今から調査に入りますよ。グラキエスはもうしばらく時間を稼いでください」
 詰所の鍵をかけるとレリウスは含み笑いをする。
「助かりました。まさか傭兵時代をしっている人がいたとは……。おかげで信頼感を得るのも早かったですが、少し複雑な気持ちです」
 黒服に銀髪が輝きひどく似合っていた。只者ならぬ雰囲気をより一層かもし出す。
 サングラスを外すと美しい瞳を瞼で覆い、数秒、天井を仰ぐ。
「さて、気を抜くのはこれまでです。任務開始だ」
 まずは机に積まれたバインダーをめくる。
 中から出てくるのは顔写真とそのプロフィールだ。
「ほぉ、出入り禁止者の一覧か。このカジノにもそんなものがあるんだな。おそらく疚しい意味での出入り禁止だろうがな……」
 すると扉がノックされた。
 レリウスはサングラスをかけなおし、鍵を開ける。
「どうした? 鼠が湧いたか?」
「オレだよ」
「遅かったな。入れ」
 姿を見せたのはハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)だった。
 レリウス同様スーツとサングラスを着用している。
「さっさと探すぞ。時間はないんだ」
「お、傭兵モードに入ってるのか」
「それがどうした」
「いや、いいってことよ。それよりなんでこんな面倒なことしようと思ったんだよ。グラキエスもこっち側に呼べばよかったんじゃねぇか?」
「いや、彼は体が弱い。無理をさせることは出来ない」
「無理……ねぇ。ははっ、残酷冷徹なレリウス様が今じゃ形無しだな。すっかり人の心配できるようになってんじゃねぇか」
「無駄口を叩くな。任務を遂行するぞ」
「あいよ」
 レリウスとハイラルは棚に収納されている書類をすべて床にぶちまけた。
 その中から必要なものをピックアップしていく。
「なかなか豪快で楽しいじゃねぇか」
「これは……」
 レリウスは一枚の紙を摘み上げる。
「目的のブツだな」
「ああ。しかしさすがに地上との出入り口は記載されていないか。まあいい。グラキエスに連絡するぞ」
「了解」

(エンド……。ベルテハイトは相変わらずエンドにまとわり付いています。エンドはベルテハイトだけの契約者ではないのに……、おっといけません)
 グラキエスとベルテハイトに付き添う形でロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)はレリウスからの報告を受け取った。
(警備ルートと見取り図の受け取り完了。さすがレリウス。確かな腕を持っていますね。さて……コンピュータルームはどこでしょうか)
 ゆっくりと自然な振る舞いで歩みを外していくロア。
 見取り図を頼りにコンピュータルームに入り込む。
「……ラッキーですね。誰もいません。コンピュータ制御されたトラップはこれで解除できます」
 しかしロアは首を傾げる。
「しかし、あまりにも骨が無さ過ぎます……。もしや罠では……? いいえ、そんなはずはありませんよね。とりあえず全員に警備ルートと見取り図を送信しましょう」
 コンピュータのディスプレイを眺めたままロアは自らを納得させるように何度も頷いた。

「強気なお客サン、キライじゃないネ。どんどん賭けてってヨ」
「ほうほう。このピンコロ無敗の私にいい度胸じゃ」
 和風賭場にて、ディーラーのディンス・マーケット(でぃんす・まーけっと)織田 信長(おだ・のぶなが)は卓越しに睨みあっていた。
 ピンコロは単純明快なゲームである。
 使用するのはサイコロ1個だけ。交互に5回振り、先に一の目を出したほうが勝ち。
 ルールは以上だ。
「心配するでない。私がここで時間を稼ぐ。その間におまえは地下への入り口を探るのじゃ」
 信長は注意深く辺りを見回す桜葉 忍(さくらば・しのぶ)にたしなめるように耳打ちをする。
「わかっているさ。何のためにおまえを連れてきたと思ってるんだ。このカジノにピンコロがあることを知らなければわざわざつれてきていない」
「いいから早く行くのじゃ。私がイカサマしてるんじゃないかと怪しまれるじゃろう」
「悪いな。後は頼んだぜ」
 手を払い振り忍を追い払った信長は、改めてディンスに向き直る。
 すると、何がおかしいのかディンスは笑い出した。
「何がおかしいのじゃ?」
 鋭い眼光がディンスを刺すが、掌をひらひら振りながら言った。
「信長サン、ダヨネ? もしかして最近大切な人を誘拐されたクチ?」
「じゃとしたら、どうした?」
「そう、それなら……」
 信長は身構える。
 ディンスが手練であるならば、格闘も辞さない覚悟であった。
「さ、席に着くネ。ピンコロ勝負といくヨ」
「は……?」
「早くするネ」
 呆気に取られた信長を横目に、ディンスはサイコロを取り出す。
 何の変哲もないサイコロだ。
「ピンコロで無敗なんダヨネ。それならどーんと大金賭けちゃってヨ」
「どういう腹づもりじゃ?」
「気にしなくてイイネ。私はちょーっとお金持ちに『弱い』だけダヨ。特に誰かを『攫われた』人にはネ」
「なにか知っているのか?!」
「それは私の口からは言えないネ」
 強いバラの香水が信長の鼻をつく。
 勝負の行方はディンスの言うとおりだった。
 信長の所持金が50倍に膨らんだところで、スーツを着た男にディンスは連れ去られてしまった。
「一体あやつは何者だったのじゃ……」
 その疑問だけが場に残された。

 忍はフロアを歩き回りながら思考をめぐらせていた。
(地下への入り口は外部の人間に知られてはならない。いや……それどころか内部の人間でも一部しか把握していないんじゃないか? しかしだからといって無警戒というわけにもいかないだろう……)
 ぐるぐると脳の毛細血管を血が音を立てて流れる。
 すべてはパートナー、いや、愛しき恋人の東峰院 香奈(とうほういん・かな)を救うため。
(ポイントは警備の配置がおかしい箇所。もしくは無駄に警戒が厚いところだと考えていいんじゃないか? そいつらの向こう側に地下への進入路がある)
 とはいえ、一人でどうにかなる人数ではないことは明白だ。
(何とか隙を突いて手当たり次第……。おや、警備員が動いたぞ?)
 数人の黒服の男が和風賭場の方へ歩みを向けていた。
 信長がピンコロで大勝した結果だ。
(よし、チャンスだ……)
 忍は警備員の立っていた白木造のドアを押し開けた。
(これは……?)
 扉の向こうには1畳ほどの空間が待ち構えており、壁面にはダストシュートが設置されていた。
(もしや……)
 ダストシュートの蓋を開けると、はしごが下まで続いている。
「当たり……か?」
 そう呟いたが、忍はいぶかる間も惜しかったのかはしごを降りた。
 暗く狭い空間を。

 ピンコロの傍では同じくサイコロを使った賭けが行われていた。
 チンチロリン、と言われる伝統あるゲームだ。
「これがわしの掛け金じゃ、10万ゴルダ!」
 清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)が畳敷きの床に『闇のスーツケース』を叩きつける。賭場に響く重低音に、他の客も思わず青白磁の方を振り返る。
「おんしら、全員わしと勝負せぇ! 全員うち負かしちゃる!」
 本物のヤクザ顔負けの因縁の切り様だ。
 その胸の内たるや、
(パートナーは所持金がゼロじゃけん、念願だったのう……)
 というしみじみとした感動だったのであるが。
(さすが青白磁だね。風貌はそのものだもんね)
 青白磁の背後でこういった感想を抱いた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、戦いぶりを見届けるために、どっかと座った青白磁の隣に正座する。
「ほれ、チンチロリンじゃろ? 阿呆でも出来る児戯じゃ。さっさとかかってこんかい!」
「ええ度胸やなワレ」
 一番手にスキンヘッドの男が名乗りを上げた。
 男はサイコロを3つ手に取った。
「でりゃあ!」
 1回目は2、2、4。
 2回目に1、4、5。
 3回目で3、3、6。
「いまいちやな」
「まったくじゃ……。わしの番じゃ」
 青白磁はサイコロを振る。
 からんからんと、瀬戸物らしい甲高い音が鳴る。
「4、4、3。わしの勝ちじゃ。一発じゃったのう」
「く、くそったれ!」
 それからも破竹の勢いで青白磁は勝ち続ける。
 次から次へと現れる挑戦者たちの有り金をすべて巻き上げかねないほどだ。
「どや! 四五六(しごろ)や! ようやくにいちゃんのほえ面拝めるわ!」
 しかしツキのいい者は概しているものである。
 連勝の行方に暗雲が立ち込める。
 しかし青白磁はその曇天を打ち払うかのように大声を上げた。
「ふん、まだ負けは決まっちょらん!」
 青白磁の手からサイコロが放たれる。
 ――――チンチロリン
 飛び跳ねお互い体をぶつけ合ったサイコロが長い間を以って静止する。
「……ピンゾロ!」
「な、なんやと?!」
「すごい……。本当に勝ちまくっちゃってる……」
 詩穂の感嘆は、熱狂にかき消されていく。
 ピンゾロと言えば、ポーカーで言うロイヤルストレートフラッシュ。
 何の役であろうと勝るものはない。
 その頃、ポーカー場では高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)がカードをシャッフルしていた。
「それで、そんなことを俺に聞くんだ? 俺は単なるディーラーだぜ?」
「お願いします……。あなたしかまともに話を取り合ってくれませんの……。もう頼みはあなただけなんですの……」
 アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は縋るような目をしている。
 この様子では実直に地下へ入る方法を問い続けていたに違いない。彼女は献身的な性格だと見て取れるし。悠司はそう思った。
「実際、一箇所だけ偶然見つけたんだよな。勝負で俺に勝ったら教えてやるぜ」
 アデリーヌの手元にカードが配られる。
「ポーカー、でございますよね。よし……それならわたくしにも勝ちの目はありますわ。手加減いたしません」
 アデリーヌは5枚のカードをめくった。
 その瞬間、顔が笑顔に満ち満ちた。
「カードの変更はしませんわ。このままで勝負です」
「俺もだ」
 悠司は不敵な笑みを浮かべたが、アデリーヌは自信に溢れていた。
「や、やりましたわ! ロイヤルストレートフラッシュ! 生まれて初めて出しましたわ!」
「俺はフルハウス。こりゃ参ったな、勝てる自信はあったんだが。しょうがない、このカジノの秘密を教えてやるよ」
 悠司はアデリーヌに耳打ちをする。アデリーヌはしきりに礼を言い、そそくさと立ち去った。
 そのとき、
「調子乗んなやワレ!」
 和風賭場から怒号が飛んできた。
 青白磁の脇で見ていただけの詩穂が、
「お金はいいから地下への入り口を教えなさい!」
 と歩み出たのが男たちにとって気に食わなかったらしい。
「あまり騒ぎ立てるなよ……。地下への突入作戦が取れなくなるだろ?」
 悠司は一言、
「俺が入り口を教えてやるから、矛を収めてくれよな」
 そういい残しポーカー場から離れた。

「とんでもない大役だぜ。地下に突入するきっかけづくりなんてよ」
 首を鳴らしながら閃崎 静麻(せんざき・しずま)はフロアを歩いていた。
 ロアから知らされた警備員の巡回ルートと実際の警備員の動き。そしてとあるポーカーのディーラーから垂れ込まれたという地下への入り口であるバーカウンターの脇の扉の場所を照らし合わせながら突入のタイミングを計る。
 静麻の双肩に思い重圧がのしかかる。
「なんかいいきっかけってのが転がってないものか……。そういえば、刹那のやつはどうなったんだ?」
 静麻はパートナーである獅子神 刹那(ししがみ・せつな)の様子が気になったのか、ルーレット場へ立ち戻った。
「おい……負けに負けてるじゃないか……」
「ぐ……ぐぐ……」
 大穴狙いの一点張り。
 それも多額のチップを一度に賭けるという無茶な勝負に出ていたのだ。
 持分をすべてすってしまった今、刹那は如何しがたい悔しさと憤りに塗れている。
「あたいの金返せぇぇぇぇ! イカサマやろぉぉぉぉ!」
「どうせ刹那がバカな賭け方しただけだろ。って、鬼化しやがった……」
 刹那の体は2倍に膨れ上がり、服は敗れ去る。
「こんなものおおおお!」
 大の大人が数人がかりでなければ持ち上げることすらできないルーレット台をいとも容易く担ぎ上げ、ディーラー目がけて投げつける。
 とっさのところでディーラーは避けたものの、めこ、という鈍い音を立ててルーレット台は床に逆立ちした。
「おおおおおおおおお!」
「やめろ! 刹那!」
 静麻の必死の声も届かない。
 刹那はルーレット台を持ち上げては投げ、投げては持ち上げ、次々と破壊行為を行っていった。
「おい! 誰かやつを止めろ!」
「し、しかし……」
「殺してもいい! 早く行け!」
 慌しくなる警備員たちを眺め、静麻は「しめた」と思った。
「バーのカウンターの周りから敵は離れたぞ! 突入は今だ!」
 それを合図に今まで客に紛れていた契約者たちがそぞろバーの周りに結集した。
 その壮観に警備員たちは口を開き呆然としている。
「これから、地下突入を行うのだ!」
 セレスティアーナの号令に、
「ハツネが一番乗りなの!」
「僕もお供します!」
 飛び込んで行ったのは斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)だった。
「ククク……人質なんて興味ないの。ハツネが一番になれば誰にも横取りされずにいっぱい『壊せる』の!」
「そうです! 人身売買を取り仕切る連中なんて滅びてしまえばいいんです!」
「そのためには壊し尽くすの!」
「はい! 全員ぶっ殺してやります!」
 血に飢えた獣と化した二人は目にも留まらぬ俊敏さで階段を駆け下りて行った。
 しかし、下りきったところで、ぴたと動きが止まる。
 ハツネの目には狂気が、葛葉の目には恐怖が映った。
「お久しぶりです……。ハツネさん、葛葉さん」
「ククク……」
 狭い通路を覆い隠すようにエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)が立ちふさがっていた。
 ネームレスが弩砲を構え、まがまがしい空気を纏ったエッツェルは悠然と立っている。
「壊してやるの!」
 先に静寂を破ったのはハツネだ。
「おっと、せっかくの再会なのですからもっと交友を育みあいましょう」
「うるさいの!」
 ハツネの光の閃刃がエッツェル目がけて飛ぶ。
「まったく、相変わらずですね」
 エッツェルはアンデッドを3体召還する。
 光の閃刃はアンデッドたちを切り刻むが、ネームレスまでは届かない。
「我……そなたらを……殺す……」
 アンデッドが床に崩れ去り視界が開けた瞬間、ネームレスの弩砲が空気を切り裂く。
「危ない!」
 思わず葛葉は叫ぶ。
「ちょろいの」
 ところが意に介した様子も無く、易々と攻撃を撃ち払うハツネ。舌なめずりをしたかと思えば、ネームレスの懐目がけ突進していく。
 ネームレスは砲弾の充填をしている。
 隙は十分だ。
「そんな甘いわけないじゃないですか。なんのために私がいると思ったのです?」
 エッツェルの外套の下から触手が伸びた。
 単なる触手ではない。
 先端が刃になっている。
「小ざかしいの!」
「ここを通すわけにはいきませんからね。結構な金額を貰っているわけですし」
「火遁の術!」
 そのとき、炎が通路を飲み込んだ。
「くっ……」
 エッツェルとネームレスが顔を手で覆い隠す。
 炎が収束したときには、
「してやられましたね。強行突破ですか」
「なかなか……やるでは……ないか……」
 ハツネと葛葉の姿は消えていた。
「突破されてしまったら、給料はどうなるんでしょうか」
「ククク……不安か……主公……」
「ええ、とても」

 伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)はセレスティアーナらの思惑とは全く無関係なところにいた。
 ただ単にカジノというものが気に食わない。
 だから破壊してしまえばいい。
 すべては破壊神ジャガンナートの教えの下に。
「地下への入り口を知るのに下忍を随分『潰して』しまいました。特別に二階級特進を認めてやってもかまいません」
 ダストシュートのはしごを降りてから、もう数時間が経っていた。
「そういえばポーカーの彼は私の情報を有用活用してくれたでしょうか。とはいえ、とっておきは教えていないのですけどね」
 慎重に曲がり角を曲がる。
「あら、こんなところにも下忍の残骸が……」
 しかし藤乃は重大なミスを犯した。
 気をとられたのは一瞬だった。
 背後から現れた警備員に気付くのがわずかに遅れてしまったのだ。
「お前! そこで何をやっている!」
「ちっ、見つかりましたか」
 藤乃は腰からぶら下がっていた紐を力強く引いた。
「ぐお!」
 瞬く閃光、遅れて熱線。そして爆風。
 警備員の目には何が起こったか把握できなかった。
 自爆だ。
 しかし警備員は倒れている藤乃を見て顔をしかめる。
 藤乃の右肩から先は無残に吹き飛んでいた。
 折れた上腕骨は脱臼した肩の関節の隙間に突き刺さり、焼け焦げ火薬のにおいが染み付いた赤黒い筋肉が空気にさらされている。
 飛ばされていった腕は指が全て欠落し、掌は三つ折にたたまれていた。
 ただ、切断面が焼かれているためか、出血はほとんど見られない。
「く、間近で見るとグロテスクだな……」
 警備員は痰を吐き捨て、その場を離れていった。
 『仮死状態』の藤乃を残して。

「突入は上手くいかなかったみたいね。代王は無事なのかしら?」
「ええ。その場にいた他の人たちも上手く散ったみたい」
「それならよかったわ。私が持ってきた情報が使い物にならなかったら抱かれ損よ、まったく」
 バニースーツ姿のセレンフィリティとセレアナは女子更衣室で会話を交わしている。
 セレンフィリティがVIPルームに招かれたのは、いわゆるハニートラップが功を奏した他ならない。
 カジノの中心により近い人物。
 できればカジノを牛耳っているマフィアの幹部以上の人間をターゲットとしていた。
「セレアナ、みんなに伝えてちょうだい。まだ諦めるのは早いって」
 窮屈なレザーのバニースーツを脱ぎ捨てると、セレンフィリティはいつもの装備に着替え、セレアナもそれに倣う。
「VIPルーム。幹部や要人のために用意された部屋ね。なんとそこにも地下へのエレベーターがあったわ。思えば当たり前よね。人身売買の客は富裕層。VIPルームから地下へ出入り出来なければ自分の目で良し悪しを判断することもできないわ」
「……セレンフィリティ」
「なに? 猶予はないのよ?」
「今はそんなことはどうでもいいわ!」
「そんなことってねえ……」
「お願いだから……もうこんなことはやめて……。私だけを、見ていて……」
 セレアナはセレンフィリティに抱きつく。
 それに応えるようにセレンフィリティも優しく抱擁を仕返す。
「ありがとう。考えてみるわ」
「お願いよ……」

 セレアナが発信した情報は即座に全員の耳に入ることとなった。
 だが、場所が場所だ。
 VIPルームに入るにはそれこそ一筋縄ではいかない。
「ここのカジノはなかなか気前がいいな。ルーレットをやってもポーカーをやっても勝ちまくりだぜ」
「それはよかったのう。して、作戦じゃが……」
「俺ここのカジノで一生分稼いでやるぜ!」
「ウォーレン……」
 冷静沈着なルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)と正反対に喜色満面なウォーレン・シュトロン(うぉーれん・しゅとろん)
 頭をつき合わせて意見交換を行いたいのだが、いかんせん議論にまで達しない。
「どうすれば確実にVIPルームを陥落させられると思う?」
「しかしルファン。それなら小暮少尉あたりが考えているんじゃねぇか? 俺らはそれに従うだけだろ」
「いや、小暮殿も策を考えあぐねているようじゃ」
「そうか」
 ウォーレンは頭をぼりぼりと掻く。
 何かいい案はないか? と問われても、それはルファンの方が得意じゃないか、と考えてしまう。
「例えば陽動作戦に出るとするじゃろ? カジノで重要人物を人質に警備員を一手に引き受ける、のはどうじゃ?」
「うーん。危険すぎないか? ここは地下カジノだぜ? 人殺しも厭わない。囮役の命の保証は全くないじゃねぇか」
「ごもっともじゃ」
「それに騒ぎがあれば通常VIPの元にSPは寄ってくる。VIPルームの警備をますます分厚くするだけになりそうだぜ」
「そうじゃな……」
 そう言うとルファンは黙りこくってしまった。
 散々頭を悩ませてきたのだ。行き詰まりの感は否めない。
 ウォーレンは頭の上に手を組む。
 そして口笛を吹きながら、口を尖らせて冗談半分に言った。
「俺の雷術でブレーカー落としちまうか、なんつって……」
「それじゃ!」
「お?」
 しかし、ルファンの琴線に触れたようだ。
 ルファンは興奮した様子で作戦を語る。
 まずVIPルームにVIPに扮した者を潜入させる。
 同時にルファンが警備員に火災発生との偽報を流布し、目を背ける。
 その隙にウォーレンが配電制御室に侵入し、雷術を以って機器を破壊。
 照明が落ち暗闇と化したと同時にVIPルームの占拠および地下への突入を実行。ただし、別電源で照明が復帰するまでの勝負である。
「見取り図は持っているじゃろ?」
「ああ」
「わしは小暮少尉に上申する。採用されるといいのじゃが」
「大丈夫だぜ。きっと上手くいく」
 かくして、セレスティアーナ以下全員に承認された突入作戦は実行されることとなった。

「えー? あたしのこと知らないの?! 遅れてるよ! 流行から乗り遅れすぎだよ! 今をときめく湯島 茜(ゆしま・あかね)とはあたしのことだよ。見て分からないかな? この体中からあふれ出るげーのーじんオーラが!」
「そして僕は茜ちゃんの友達の高峰 雫澄(たかみね・なすみ)でございます。こちらはシェスティン・ベルン(しぇすてぃん・べるん)様」
「……ふん」
 VIPルームの扉の前、茜、雫澄、シェスティンの3人が黒服の男に詰め寄る。
 格好はいかにもセレブリティなドレスとタキシード。
 黒服の男は怪訝な顔をしながら応対しているが、3人の勢いは止まらない。
「ねえ、お願い。あたし聞いたんだよ? VIPルームっていうのがあるんでしょ? あたし入ってみたい!」
「お名前を明かす事は出来ませんが……此方のお方は、とある高貴な血筋の獣人なのです」
「……何を言っておるのだ」
 雫澄に指し示されたシェスティンは不機嫌そうな表情をしている。
 結い上げの髪の毛に真紅のドレスが動きづらく不満なようだ。
「しっ、静かに」
 雫澄はシェスティンをたしなめ、そっと耳打ちをする。
「僕たちのやらないといけないことはわかってるよねぇ」
「もちろんだ。貴族らしい振る舞いをするのであろう?」
「そう。シェスティンは普段どおり尊大に振舞ってくれればいいんだよ」
「な、なんだと? 我を尊大と申すか!」
「しーっ。いいからよろしくねぇ」
 すると、シェスティンはドレス姿だというのに腰に手を当て仁王立ちをする。
 雫澄はにこにことその脇に付き添う。
「使用人どもめ。勝手にぺらぺらと喋りおって」
 茜と雫澄、そして黒服の男は、
「えっ?」
 と声を揃え、シェスティンの方を向く。
「よかろう。我をVIPルームに入れぬとは、我を愚弄するか、下郎」
「そ、そうだよ! シェスティン様の言うことが聞けないの、げ、下郎?」
 打ち合わせにはなかった件だが茜は懸命にシェスティンに合わせる。
「応とも。早くこの扉を開けるのだ。我はもう待ちきれんぞ」
 シェスティンは唖然としている男の脇をすり抜け、重そうなドアを開けた。
「さあ、入り口は開かれたねぇ……」
「あたしたちのやることは?」
 雫澄と茜がアイコンタクトを交わす。
 道は出来たのだ。
 一度押し入ってしまえばこちらのものだ。
「ウォーレンさん!」
 2人は無線機片手にシェスティンの手を取りダッシュする。
 途端照明が落ちる。
 視界がすべて奪われる。
 茜は構わずVIPルームを駆け抜け、エレベーターに到達した。
 暗視スコープをつけているわけではない。
 ただ、バラのオーデコロンの香りが一筋の道を作っていたからである。
 直感的に、香りの行き着く先に入り口があると確信したのだ。
 ボタンを押すと自動ドアが開かれた。
 潜伏していた契約者たちがエレベーターに雪崩れ込む。
 乗りあぐねた者もいたが、警備員たちの迎撃に回る。
「早く、セレスティアーナさん! こっちだよ!」
 茜の声を頼りにセレスティアーナがエレベーターに乗り込んだのを確認すると、雫澄はドアを閉めた。
「待っててねぇナギ」
「ねえ、ナギってどんな子?」
 雫澄の呟きに茜が反応する。
「機械いじりが好きな女の子。ピンクの髪を結わえているとても元気なだよぉ」
「そっか。見つかるといいね」
 十数人が乗り込んだ小さな箱は、深い地下を目指して降下していった。