空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

地下カジノの更に地下

リアクション公開中!

地下カジノの更に地下

リアクション


CROSSLOADER

 カジノでの必死の突入劇の最中、地下は地下で行動を起こすものがいた。
「わたしは『ちぎ』じゃないってばぁ!」
 牢の中、監視役の警備員が監禁されている地祇の人数を数えているときにそれは起こった。
「わたしは18のレディーよ!」
「はいはい。お子様は静かにしていましょうねー」
「だからぁ!」
 芦原 郁乃(あはら・いくの)は不運だった。
 ほんの出来心で地祇に成りすまし、アイスクリームを児童料金で食べようとしていただけなのだ。
 いや、不運ではなく自業自得というのかもしれない。
 それでも、地祇として扱われ抗議もまったく取り成されなかったことに、郁乃は怒り心頭だ。
「あいつら……。目にもの見せてやるわ!」
 同室の地祇らの視線を気にせず、錠前をピッキングで開錠しようと試み、
「まどろっこしい! くうううう! わたしの拳が真っ赤に燃えるぅっ! 破壊尽くせと轟き叫ぶっ!!」
 檻をそのまま拳で突き破ってしまった。
「おらおらおらおら!」
 破壊の衝動にのみ支配された郁乃は、地下牢の壁を殴りつけながら姿を消した。
 その頃、ダストシュートの入り口を見つけ独自に地下に進入していた荀 灌(じゅん・かん)蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)両名は、反響してくる郁乃の声を聞きつけていた。
「こ、この声は……おねえちゃん? でもなんで壁が壊れるような音が?」
「あ〜、荀灌ちゃんはしらないんだっけ?こうなったときの主」
 ため息をつきながらマビノギオンは灌に話しかける。
 その間にも郁乃の声と破壊音は近づいてくる。
「一度ああなると、なかなか止まらないんですよね……。看守が何か面倒なことをやらかしたんでしょう」
「ど、どどどど、どうしましょう」
 そのとき、動揺する灌の目の前の壁が粉々になった。
「お、おねえちゃん!」
 久々の再会に感極まり郁乃の元へ駆け寄ろうとした灌だが、
「でもいつもと違います!」
 禍々しいオーラにあてられ、足が一歩たりとも動かない。
 ふるふると自慢のツインテールが揺れる。
 どうやらおののいて体が震えてしまっているようだ。
「こういうときは近づかないほうがいいですよ」
 マギノギオンは冷静に胸ポケットからホイッスルとレッドカードを取り出した。
「ぴぴー! 退場!」
 郁乃に突きつけられたレッドカード。
 すると、なんと言うことか、郁乃は動きを止め、
「あら、荀灌にマビノギオン、どうしたの?」
 すっかりと普段の様子を取り戻したのであった。

「捕まるとは不覚をとりましたが、なんとか自力で脱出出来たであります。でも出口はどこでしょうか……」
 エミリー・グラフトン(えみりー・ぐらふとん)は警備員の気配を察知しながら慎重に進む。
「もしあちらさんと遭遇したら……ううん、いけないであります。ネガティブシンキングは禁止でありますよ」
 脱獄したのだから、当然ながら丸腰だ。
 敵と対峙しようものなら圧倒的に不利なのは明白だ。
「お前は何をしているんだ?」
「?!」
 背後から声をかけられ飛びのくエミリー。気配は全く感じなかったというのに、後ろを簡単に取られてしまった。
「おやおや、脱走囚か。これは制裁しないとな」
「こ、こうなったらヒプノシスで……」
「無駄だ。俺のエルドリッジが火を噴く方が早い」
「う……」
 エミリーに銃を突きつけたのは佐野 和輝(さの・かずき)だ。その目はひどく冷徹だ。
「俺はこのカジノを牛耳る幹部マフィアの用心棒だからな。怪しい輩には生殺与奪の自由が与えられている」
 和輝の横には、確かに眼光の鋭い中年男性がいた。
 和輝は引き金に指をかける。
 いつ発砲してもおかしくない。
 エミリーは恐怖に目を固く瞑る。
「大丈夫。きっと天国へいけるぜ」
 ……が、しかし。
 その言葉が発せられてから一向に弾丸が放たれることはなかった。
 エミリーが恐る恐る目を開くと、和輝は精神感応を行っていた。
「……お前はまったく運がいい。いいぜ、見逃そう」
「え、あ、ありがとうであります」
 エミリーはその場を這うようにして逃げ去った。
「さて……俺は依頼を遂行するまでだ。変な色気を出してはならない」
 和輝は牢の檻をこじ開け、ひとりの獣人の子どもを抱え上げる。
「これで依頼はオールクリアだ」
「助かった。君に依頼して正解だった」
「金がもらえるなら何でもするさ」
『救出さっくせ〜ん。たっのしっいな〜』
『早くしろ』
『はいはい。いいじゃん、もっと楽しくやろうよ』
 和輝の精神感応の相手、アニス・パラス(あにす・ぱらす)は箒にまたがりカジノの上空を旋回していた。
「いっくよー! ちゅど〜ん」
 アニスは可愛らしい擬音とは程遠い威力の空中から『歴戦の魔術』が放たれる。
 一条の光線は天井を破り、床を抜け、和輝の目の前に着弾した。
「道がなければ道を作ればいいんだよ。やっほ〜和輝、久しぶり〜」
「早く行くぞ」
「ほ、この子がターゲットなんだね。可愛いね。それじゃ箒に乗っちゃって。脱出するから」
「俺はここで邪魔者を排除する」
「おけ〜。じゃあこれあげる」
 アニスは『式神の術』を用い『キュウベエのぬいぐるみ』を召還した。
「なんだこれは」
 アニスは何も言い残さず箒で飛び立つ。
 後に残された和輝は、『キュウベエのぬいぐるみ』を手に取りまじまじと観察した。
『わけがわからないよ』
「喋った……」

「お宝はないかな……」
 辺りを見回しながら地下を歩いているのは紅 咲夜(くれない・さくや)。小さな体を利用してエレベーターに紛れ込んだのだ。
 目的はただひとつ。
「金銀財宝ざっくざく〜」
 一攫千金を狙うトレジャーハンターとしての使命である。
「カジノだからね〜。こんなひた隠されたところにお宝がないわけないもんね」
 咲夜はあっちへふらふらこっちへふらふら、隠された扉がないか探し回る。
 だが、期待とは反してめぼしいものは何も見つからない。
「あ、ドア発見」
 咲夜は鍵をピッキングし扉を開く。
「……まただ」
「またってなんなの?」
 咲夜が部屋に入り遭遇したのは、お宝でもお金でもなく、水ノ瀬 ナギ(みずのせ・なぎ)だった。
「さっきから鍵を開けるたび子どもが中にいるの。咲夜はお宝探しをしてるのに」
「お宝はないんじゃないかな。ここには僕みたいに誘拐された獣人や地祇しかいないと思うよ」
「なんだ。それなら探索はもうやめようかな。お宝がないなら意味無いもん」
 踵を返す咲夜にナギが慌てて声をかける。
「ま、待って。お礼を言わせてよ」
「なんで?」
「だって、あんたが鍵を開けてくれなきゃ僕はどうなっていたことか。その感じだとあんたはたくさんの人質たちを助けてきたんだと思うんだ。だから、それも含めてお礼」
「ふぅん。あ……」
「なに?」
「ナギだ」
「え、そうだけど、なんで僕の名前知ってるの?」
「途中で聞いた。お友達が探してる」
「そうなんだ! 雫澄たちが来てるんだね!」
「多分ね。じゃあ、咲夜帰るね」
「うん、気をつけて!」
 ナギは咲夜の背中を見送る。
「さあ、僕も早くここを抜け出さなきゃ」
 咲夜についていけば容易に脱出できたのではないか、という考えはナギの頭にはなかったようだ。
「超感覚で耳を澄まして……」
 ナギは精神を研ぎ澄ます。
 すると、姿がみるみる変移し、イルカになってしまった。
「うん、聞こえるよ雫澄の声、……ってこれじゃ動けないよ! 誰か助けて!」
 イルカは、水のあるところでなければ身動きが取れない。

「脱出するよ!」
「出来るんですか?」
「大丈夫だよ。何で僕が身代わりに捕まったと思ってるの?」
「フユを逃がすためですよね」
「そう。じゃあなんでフユだけを逃がしたのかな?」
「ええと……」
 ユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)の問いに白鐘 伽耶(しらかね・かや)は首をひねる。
「一番何をやらかすか分からないからね……」
「ああ……」
「でも、一番の理由は強いから! きっと僕たちを助けに来てくれると思ったんだ」
「な、なるほど! 納得です!」
 檻に閉じ込められているというのに、ユーリは楽しそうだ。
「でも黙って待っていられないので自力で脱出しまーす!」
「結局フユちゃん意味がありません?!」
「悪いやつは『魔法少女ぼーいずめいど☆ゆーりん』で成敗してあげる!」
「わあ、頼もし……」
「えい!」
「あ、鍵壊した! お、怒られたりしませんか?」
「大丈夫だよ!」
 威風堂々のユーリと戦々恐々の伽耶。伽耶はユーリのスカートのすそを掴んで付いていくので精一杯のようだ。
「出口ってどっちですか?」
「分からないけどどうにかなるよ」
「ええ……」
 すると、通路の向こうから巨大な影が2人に向かって近寄ってきた。
「あれ……」
 伽耶の顔が引き攣る。その巨体が、地面を揺らしながら、一歩、また一歩と迫る。
「おや、ここにも人がいるのである」
「本当だ。ねえ、よかったらあなたたちも一緒に逃げない?」
 現れたのはコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)ラブ・リトル(らぶ・りとる)だった。
 コアの陰に隠れてしまっていたが、地祇を数人連れている。
「君たちも逃げ出してきたんだな」
「うん。退屈でさぁ」
 コアの言葉にユーリが答える。そのあっけらかんとした様子にコアは驚いた様子だったが、
「それが正解である。このままでは非常に危険なのでな」
「何かあったの?」
「どうやらこのカジノの実体は人身売買のシンジケートのようなのだ。私はいずれ重機として売り払われる予定だったらしい」
「へえ。じゃあ僕はメイドさんとして一生ご主人様にご奉仕することになったのかな」
「でもひどいわよね。獣人でも地祇でもないあたしを捕まえるなんて」
「ラブのせいなのである……」
「ごめんごめん、冗談よ。今度はばれないようにやるからさぁ」
「そういうことではないのだ」
「え、そう? まあ、今はそんなことより出口を探すのが先決よ」
「だな。君たち、共に地下を往こうではないか」
 コアの大きな手をユーリと伽耶は握る。
 ところで、ユーリたちの話題に上がっていたフユ・スコリア(ふゆ・すこりあ)はと言えば、一度牢から逃げたものの、ユーリらの救出のために元来た道を遡っていた。
「せっかく逃がしてくれたけどやっぱり心配だよ……! すぐ行くから待っててね!」
 ただ懸案事項がある。
 2人を助け出したとして、肝心の出口の場所はつかめていない。
 途中で敵に捕まってしまっては元の木阿弥だ。
 不安がフユの心に充満する。
「待って」
 突然、駆けているフユに声をかける者がいた。
「出口の場所、知りたい?」
「え? 知ってるの?!」
「うん、さっき見つけた」
 マリス・マローダー(まりす・まろーだー)はおもむろに正面を指差す。
「あっちにあるよ」
「あっちのどこ?」
「突き当りを右に行ったところ」
「ホント?!」
「うん、ホント」
「ありがとう!」
 フユは礼もそこそこにユーリの元へ走り去っていった。
 後姿を見送ったマリスは、何が可笑しいのか、くつくつと笑い出した。

「あ、こんなところにいた! 勝手に動き回らないでよね!」
 コア一行に追いついたフユは、膝に手をつき肩で息をする。
「この子もあなたたちのお友達かしら?」
「うん、フユっていうんだ」
「よろしくなのである、フユ」
「は、はい。じゃなくて! それどころじゃないんだよ!」
「どうしたのだ?」
 フユはその場で落ちつかなそうに足踏みをする。
「出口の場所が分かったの!」
「本当?」
 ラブの疑問にフユは首肯を繰り返し、マリスの案内どおりに通路を進んだ。
 目的地には一枚のドアがあり、まさしく出口を示しているようであった。
「これだよ、これ!」
 フユは興奮した様子でドアノブを回した。
 ――――カチリ
 すると、ドアノブに似つかわしくない、まるでスイッチを押し込んだような音がした。
 コアは咄嗟にフユを抱き、背中を向ける。
「伏せるのである!」
 その言葉と同時にドアから破裂音が鳴り響き爆風が吹いた。
「くっ……」
 間一髪でコアの陰に身を縮め、熱線を直接浴びた者はいなかった。
「罠であったな……」
「そんな……」
「振り出しに戻ったわね……。怪我がなかっただけよかったと思いましょう。コア、ありがとう」
「礼には及ばないのだ」
「体は大丈夫?」
「なんのこれしき」
「なかなかえげつないことするなー」
 フユはコアの腕の中で呆然としていた。
「だま……された……? みんなの命を……私が……」
「大丈夫です、フユ。皆さん怪我していないみたいですし、結果オーライです」
「そうよ。気にしないほうがいいわ」
 伽耶とラブがフユを慰める。
 しかし、本当に元の生活に戻られるのだろうか。
 皆の心を徐々に絶望が侵食しているのは確かだった。

「ボクこう見えて裏社会に顔広いんだよ? ここの待遇はなんなの? ご飯はまずいしベッドもない。この筋では有名なボクをこんなところに閉じ込めておくなんて、君の命に関わらなければいいんだけど」
 偶然鳥籠檻の前を通りかかった警備員に声をかけ、あの手この手でディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)は脅しをかけている。
「大体他のファミリーに話は通してあるの? 通してなかったら戦争になるんだけどな」
 警備員は顔をしかめる。獣人の戯言と思っているにしては反論が出ない。
(非合法的にも非合法なんだね……。よし、もう一押し)
「よかったらボクが仲介役を取り持ってもいいんだけど。大丈夫。キミのファミリーに最大限利益が行くように便宜図るからさ。とりあえず一番偉い人のところに連れて行ってよ」
 警備員は、訝りながらもインカムで連絡を取る。
 そして数分後。
 ディオネアは支配人室、通称『玉座』へ通されたのだった。
(まずいよ……大ピンチ……)
 とどのつまり、裏社会の事情通でもなんでもない一介の探偵助手であるディオネアに危機が迫っていたのである。

「……この声は、ディオネア?」
 バニーガール姿の霧島 春美(きりしま・はるみ)は、超感覚でウサギの耳をぴょこぴょこ動かしながら小さな音声を拾っていた。
 そんな折飛び込んできたのはパートナーのディオネアの脅迫文句だったのだ。
「でやあ!」
 度々遭遇するマフィアはシャーロック・ホームズが得意としているバリツで軽々といなしていく。
 マシンガンは恐れるに足らない。
 一対一なら一撃必殺の打撃技を繰り出せばいい。
「まだ捕まっている人はどれくらいいるんでしょうか」
 倒れたマフィアを踏みつけながら、春美は神経を集中させる。
 更なる人質の居場所を突き止めるだけではない。
 パートナーのディオネアの声も聞き漏らさないように……。
「やばいことになっていませんか?」
 ディオネアはマフィアに連れられ、どこかへ連れて行かれたようだ。
「行く先はどこでしょう……。場合によっては助けに行かなければなりません……」
 春美は目を閉じる。
『なんて素敵な部屋なんだろ』
『はは、ありがとう。どうだね、ソファの座り心地は』
『最高だよ! 横になったらすぐ眠ってしまいそうなくらい! でも『王様』の座っている椅子はもっと凄いね』
『ああ。しかし羨んでも無駄だ。これはわし以外は座ることは許されぬ』
『なるほど。まさしく『玉座』だね』
 その言葉を聴き、春美ははっとした。
「そこが、黒幕の居場所ですね! よくやりましたワトソンくん!」
 春美は聴覚で得た『玉座』の位置を報告するために、地下を走った。

 ついに最終決戦が幕開けするのだ。