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第3章 その1


「なんだよ、こんなの聴いてないって!?」
「偶然って怖いですね……仕方がありません、戦いましょう!」

 皇祁 璃宇(すめらぎ・りう)は、紅 射月(くれない・いつき)の身辺調査をおこなっていただけだった。
 パーティーに参加して、楽しそうに笑んでいる姿を。
 なのに、魔ウミウシの群れに出くわしてしまったものだから、相手せざるを得なくなる。

「覚悟なさい!」
「紅様には指一本触れさせないよ!」

 武器を構え、背中合わせに立つ2人。
 とにかくも標的は1体に絞って、猛攻を浴びせる。
 しかし、一方的な攻撃を許し続けるはずもなく、射月がその一撃を喰らってしまった。

「なに、これ、力、入らな……んぁっ!」
「紅様っ!
 くそ、邪魔だよっ!」

 媚薬性のある攻撃に、射月は平静さを保てなくなる。
 顔も紅潮し、軽く喘ぎ声まで漏れ始めた。
 魔ウミウシが障害となり、なかなか辿り着けない璃宇。

「ぐっ……」
(可愛くてカッコいい自分を、見せたかったのに……これじゃあ……ダメじゃんっ!)
「うわぁぁぁあっ!」

 叫び声は、自分の決意を新たにするために。
 ぼろぼろになりながらも、射月の元へと転がり駆けつける。

「紅様っ、璃宇が分かるかっ!」
「ぁ……はぁっ……ん……り……う?」
「気づいたっ、よかった!」
「ごめ、ありがと……」
「こいつは璃宇が片づけるから、紅様はゆっくりして……」
「いえ、僕もまだ、やれます!」

 眉間にしわを寄せる璃宇の言葉を、射月は遮った。
 自分だけが、逃げるわけにはいかないから。

「璃宇をよくも……許しませんっ!」

 残る力を振り絞り、【轟雷閃】を繰り出した射月。
 急所を突いた一撃に、魔ウミウシの活動は停止した。

「……僕にあまり恥をかかせないで貰いたいですね、下種が。
 璃宇、すまなかった」
(その気持ちが嘘偽りなく、僕にはあまりに……眩しかった。
 今までなら、付き合う『だけ』なら出来ていた筈なのに……)
「いえ、なにも……紅様っ!?」
「今まで誰かに、本当に必要とされる事なんてなかった。
 こんな僕など……誰も、好きになってくれる人などいないと思っていたのに……」
(僕は真剣に向き合いたい。
 けれど僕は……これが恋愛感情なのか、 まだちゃんと分かっていない。
 でも貴方となら……彼を忘れるためではなく、彼と堂々と、一番の友人として歩むために……)

 塊を見下ろしつつ、武器を収める。
 言いながら、射月は璃宇を抱きしめた。

「いつもの姿も可愛らしいですが、素の貴方も可愛らしいですよ。
 メイクしない方が僕は好み、ですかね」
「あ……ありがとう、ございます」
「ん?」
「いえ、あの、ちょっと恥ずかしくて……」

 戦闘を経て、いつもの完璧キュートメイクがすっかり落ちてしまった璃宇。
 耳許で甘く囁き、射月はその唇へと口吻た。

「うぅ、ちょいと人に酔ったかね……」
(どこに行っても脆弱ですね、この人)
「大丈夫ですか?
 ちょっと外の空気を吸いに行きましょうか」
「そうだな……庭にでも出て休むか」

 まだパーティーは始まったばかりだというに、まさかの人酔いは久途 侘助(くず・わびすけ)
 香住 火藍(かすみ・からん)は内心あきれながら、庭へと歩を進めた。

「あ、このお菓子とか美味しそうじゃねぇか!?
 ってあれ、侘助?」

 お菓子をつまもうとしたソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は、隣にいたはずの人を見失ったことに気づく。
 会場内をくるっと見渡すも姿はなく、それならと庭を目指した。

「タキシードなんて着てきたからかねぇ、やっぱ普段着でよくないか?」
「何言ってんですか、パーティですよ。
 相手に失礼があってはいけません」
「くそう、面白くないぞ」

 侘助が首許を緩めたのは、ベンチにかけるとほぼ同時。
 きちっと決めてきた蝶ネクタイを外せば、やっと楽になったと溜息を吐く。
 しかし、それを決してよしとはしない火藍にそっぽを向いた……その視線の先に。

「お、コウモリが飛んでいる……」

 なんとなく、ソーマを想い出して伸ばした手に、かぷり。
 噛まれた。

「可愛いな……って、何だか余計くらくらする。
 あ、そうかこいつら吸血コウモリか」
「なに噛まれているのですか、逃げますよ!」
「うぅむ、どうにも邪険にできなくてな……ぁ」
「ちょ、さすがにヤバイって!」
「ごめんな、俺の血はソーマ専用だから。
 また遊ぼうなー」

 相手が複数体になったことで、生命の危機を感じた侘助。
 空いていた手で【光術】を放ち、コウモリを逃がした。
 刹那、侘助の意識は飛んだ。

「から〜んっ!
 侘助知らない〜?
 って侘助っ!?」
「あ〜ソーマ〜っ!」

 ぐったりしている侘助を認め、全力疾走のソーマ。
 事情を聴き、火藍から侘助を引き受けた。

「膝枕、なんて、された事はあってもした事はないんだからな。
 有難く思えよ……しかし。
 逆の立場ってのも、悪くは無いな」
「そ……ま?」
(ソーマの声が聞こえるなんて、幸せだな……)

 自分の上着をかけて、ソーマは侘助を休ませることに。
 呼ばれた名は、無意識のうちだった。

「ふ〜ん……吸血コウモリが居たんじゃのんびりできないでしょ。
 2人の仲を邪魔されないように、僕達が退治してあげよう。
 ね、クナイ」
「仕方ありません。
 まずはその件をクリアしてからですね」
(ほぅ……北都なら直ぐにお菓子に齧りつくかと思ったのですが。
 それよりも心配の種があるようですね。
 私としては北都と楽しい時間を過ごしたいのですが、
 北都の気持ちが別の方へ行っている状態では無理でしょうから……)

 清泉 北都(いずみ・ほくと)の言葉に、首を縦に振るクナイ・アヤシ(くない・あやし)
 ゆるりと刻を過ごすためにも、やらないわけにはいかないと。

「ごめんねぇ、この場からいなくなってくれるかなぁ」
「本気ではやりません。
 翼の一部でも損傷すれば、危険だと察知して逃げてくれるでしょう」

 北都は【超感覚】でコウモリの羽音を聴きとり、【歴戦の魔術】で撃ち落とす。
 一方クナイも【禁猟区】を以て敵の位置を察知し、【サイドワインダー】で攻撃。
 どちらも威嚇のため、威力は抑え気味に……そして敵は去った。

「どういたしましたか、北都?」
「あ……いや、なんでも……」
「そうですか?」
(あの時の事を想い出しているのでしょうか?
 妙な所で堅い部分のある北都ですから、あの時の再現は無理でしょう……けど)
「せめてキスだけ。
 してもいいですか?」
「キスだけ、だからね」

 北都の様子がおかしい気がして、声をかけるクナイ。
 口に出さずとも、考えていることくらいお互いに理解できるから。
 どちらからともなく、キスを交わした。