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花換えましょう

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花換えましょう
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 ■ 花換えの祭り ■
 
 
 
 さくら、さくら。
 頭上を覆う花の天蓋。
 晴れやかに華やかで。けれど不思議と静謐な。
 そんな桜に見守られながら、今年も花換えまつりが始まろうとしていた。
 
 
「はーい、巫女さん福娘さんする人はこっちに集まってねー」
 秋月 葵(あきづき・あおい)が大きく手を振り回して誘導する。
「福神社には着替え場所がないから、本社に行くよー。後から来た子たちにも、本社の方に来るようにって伝言お願いね」
 先に立って葵は歩き出した。
「牡丹、着替えは向こうでするようですよ」
 白雪 椿(しらゆき・つばき)に促され、白雪 牡丹(しらゆき・ぼたん)は思わず椿の服の裾をつかんだ。
「あの、椿は……巫女さんになったことがあるのですよね? 出来ましたら、い、一緒に……」
 そのお願いに椿は慌てる。
「で、ですからそれは手違いで……」
「でも……」
「福娘さんは女性の方がするお仕事ですよ。牡丹ならきっと大丈夫ですから……ね?」
 不安いっぱいの目をしている牡丹を、椿は安心させるように励ました。
「あ、あう……」
「牡丹が着替えてくるのをここで待っていますから」
「はい……」
 ようやく頷くと、牡丹は葵に追いつこうと足を急がせた。
 
「着替え……」
 葵の呼びかける声に、皆川 陽(みなかわ・よう)はごくりと唾を飲み込んだ。
「なんだオマエ、ここまで来て臆病風に吹かれてやんの?」
 ユウ・アルタヴィスタ(ゆう・あるたう゛ぃすた)は呆れた顔で陽を見た。
「人としゃべるのが苦手だからって、バートナーのテディに任せて全部やってもらって、それでいいや、とか思ってるとか、馬鹿なの? アホなの? 見てて頭痛いんだけど」
 ずけずけと言うユウに、陽は違うよと首を振る。
 確かに人としゃべるのはとても苦手だし、いつもテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)にやってきてもらったけれど、陽自身はそれで良いとは決して思っていない。
 自分を変えられるものなら変わりたい。だから陽はユウの提案にのって、花換えまつりの手伝いをすることにしたのだ。
「やるって決めたことだから、頑張ってやってみる。けど……ちゃんと巫女に見えるようになるのかな? 男だってばれたら、神社の人に迷惑かけたりしないのかな……」
「オレがちゃんと女装出来てるんだから、オマエも出来るに決まってんだろ!」
 陽とは正反対に、ユウは自信満々だ。
「その自信はどこから来てるのかなぁ……」
 陽は自分とユウを見比べた。似たようなもやしっ子タイプの男だからという意味だろうか。そう思ってみれば、ユウの背格好は確かに自分に似通っている。
「女装だいすき! 得意! 巫女ならオレにまかせろー! 超ラブリー巫女に仕上げてやんからね! 完成した自分の巫女姿に新たなる世界を開けちゃうといいよ!」
 ユウは有無を言わせず陽の腕を掴むと、ずんずんと歩き出した。
 
 
 
 着替えを終えた順に、巫女姿の皆が福神社へと戻ってくる。
「ノルンちゃん、あんまり急ぐと転びますよ」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)に注意されて、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)は前のめりに急いでいた歩調を緩めた。けれど口では、一応反論しておく。
「子供じゃないんですから転んだりしません」
「はいはい、そうですね〜」
 明日香は目を細めて、そんな『運命の書』ノルンに頷いてみせた。
 ノルンが着ているのは、明日香が持参してきた衣装だ。大きい巫女服を調整したものではないから、ノルンの小さな身体にもぴったりとあっている。
 明日香は肌着である襦袢は自前で用意して、巫女装束は神社で借りている。花換えまつりまでの間も、福神社の掃除等で巫女としての手伝いをしてきたから、すっかり巫女姿にも慣れたものだ。
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は自分の福娘姿を物珍しく見下ろす。軍人として常に殺伐とした緊張感の中にある彼女にとって、巫女服に千早というこの姿は新鮮に映る。ささやかではあるけれど、人に幸福をお裾分けする手助けが出来る。そういう建設的と思える仕事が、ゆかりには嬉しかった。
「アルコリアさんは綺麗な黒髪だから、巫女装束似合いますねー。良いなー」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)の長い黒髪に触れる。
「歩ちゃんだてかわいいー、お持ち帰りするのー」
 アルコリアは歩をむぎゅっと抱きしめると、可愛くてたまらないという様子ですりすりと頬を寄せた。
 巫女服には着物とはまた違った魅力がある。普段あまり着る機会のない衣装だけに、それを着た相手が新鮮に目に映る。
「えへっ、着替えてきましたよ〜♪」
 緋色のリボンでまとめた髪を揺らしながら、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が弾むように駆けてくる。
「布紅おねえちゃん、ボクもみんなといっしょにがんばって、お祭りを大成功にするから、元気になってくださいです!」
 満開の桜に負けない笑顔で、ヴァーナーは布紅を励ました。
「はい……心配かけてしまってすみません。もうだいじょうぶですから」
 たくさんの人が手伝ってくれているのだから、自分も落ち込んではいられないと布紅はちょっと微笑んでみせた。
「此処で開催出来て良かったな。琴子にはめいっぱい感謝しておけよ」
 白鞘 琴子(しらさや・ことこ)がした貼り紙で、神様が困っているなら巫女として捨て置けないと柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は、パートナーの片倉 小十朗(かたくら・こじゅうろう)と共に参じたのだ。
「琴子先生にもそれに応えてくれたみなさんにも、どちらにも感謝でいっぱいです」
 布紅の答えに、そういえば、と氷藍は辺りを見回した。
「その琴子はどこにいるんだ?」
 当然準備に動いているだろうと思ったのだが、琴子の姿は見えない。
「確か……空京神社に行くと言ってました……」
「そうか。合同の祭りだからな。けど、やるからには空京神社よりも盛り上がる勢いで開催したいもんだ。よし、頑張ってお客さん達呼び込もう!」
 力強く氷藍に言われ、布紅はまばたいた。
「呼び込み……?」
「皆と協力すればきっと人も沢山集まるだろ? なぁに、俺はこれでもれっきとした巫女さんだぞ。一応ツァンダにこっそり神社も構えてるんでな。安心して任せてくれ」
「ご自分の神社があるのに、ここのお手伝いに来てくれたんですか? なんだか申し訳ないです」
「お前みたいな頑張り屋の神様は捨て置けないんだよ。巫女って、人と神様の結び目であるのと同時に、神社を助けるのも大事な役目だからさ。今日は小十朗と共に精一杯お前のお手伝いするからな」
 氷藍は伴ってきた片倉 小十朗(かたくら・こじゅうろう)を示した。
「それはまぁ……拙者も一応神職者の家系の出でございます故、助力を惜しむものではありませぬが」
「ということだ。さてと……いくぞ小十朗!」
 氷藍は小十朗の先に立ってずんずんと歩いていった。
 
 常勤の巫女のいない福神社だから、これだけの数の巫女姿があるのはこういう催し物の時だけだ。巫女をするのははじめて、という者もいて、かなり混然としているのは否めない。
「布紅さーん、活きの良い巫女さん連れてきましたよー」
 自分のパートナーが本職の巫女だったことに思い当たり、如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)神威 由乃羽(かむい・ゆのは)を連れてやってきた。本職ならば、巫女としての仕事にも慣れているだろうし、多少は役に立ってくれるのではないかと考えたのだ。
 良い案だろうと、佑也は元気いっぱいに挨拶したが、由乃羽は乗り気でない様子で呟く。
「どうしてあたしが余所様の神社で巫女をしなきゃならないのよ」
 うちの分社でも建ててくれるなら、と言い出す由乃羽に佑也は頭を下げる。
「そこを何とか。いつもお賽銭あげてるんだから、たまには俺の頼み事を聞いてくれてもいいだろ?」
 常に小さな賽銭箱を持ち歩いている由乃羽だけれど、なかなかお賽銭を入れてくれる人はいない。お願いするとお賽銭を入れてくれる佑也にそう言われると、由乃羽も弱い。
「あーはいはい、分かったから頭上げて」
 面倒そうに引き受けると、由乃羽は布紅に今日はよろしくと挨拶した。
「じゃああたしは着替えてくるから」
「え、なんで?」
 普段から巫女服を着ているのだからそのままでもいいだろうにと佑也が言うと、由乃羽は分かってないのねと呆れる。
「郷に入っては郷に従え。神社ごとに作法や禁忌も微妙に違うものなのよ。今日はここを手伝うと決めたら、ここのやり方にあわせるものなの。巫女服も同じよ」
「そうなんですか……」
「そうよ……ってどうしてカミサマが感心してるのよ」
 口を挟んできた布紅に思わず答えてしまった後、由乃羽は調子狂うわね、とぼやく。
「まあ、着替えてきたらいろいろ教えて貰うことにするわ。きっちりね」
 本社へと歩き出した由乃羽を、佑也は本当に連れてきた良かったのだろうかと不安な目で見送った。
「布紅やっほー、ルカ達今年も来たよっ」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)が、福娘の恰好をしてやってくる。今年もお願いしますと挨拶を返す布紅を、ルカルカはじっと見た。
「布紅も、ちょっとだけいつもより煌びやかな髪飾りとかつけてみる?」
「ありがとうございます。でも今日は社の中で福を祈ってますから、飾りはなくていいです」
 いつもと同じに福の神の仕事をしているからと、布紅はぺこりと頭を下げて社の中に入っていった。
 
「着替えてはきたけれど……」
 これでいいのかしらとメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)は自分の着た服娘の衣装を身体をねじるようにして確認する。
 出雲 阿国(いずもの・おくに)は落ち着かない青い鳥の様子を、笑ってたしなめた。
「あまり動くと烏帽子がずれてしまいますわよ。ちゃんと似合っていますから、安心してゆったり構えて下されば良いのですわ」
「似合って……る、のかしら」
 青い鳥はちらっと志位 大地(しい・だいち)に目をやった。
 そもそも阿国に福娘役の手伝いをすすめられた時、青い鳥はそれを断った。それを大地が、衣装が似合ってそうだから見てみたいとか何とか言うものだから、つい……「そ、そこまで言うんなら、やってあげなくもないけど……」なんて引き受けてしまったのだ。
「千雨さん、本当に似合ってますよ」
 青い鳥の視線を受けて、大地は何のてらいもなく答えた。
「そ、そうかしら」
「ええ。やはり日本古来の衣装を着こなすには、体型も重要なんだと実感できますね。いや、実に似合ってます」
「……なんだか含みを感じるんだけど」
「気のせいですよ。大役に緊張しているのでしょう」
 大地は青い鳥の疑いの眼差しをさらりと流し、阿国に頼む。
「阿国さん、千雨さんのことよろしくお願いしますね」
「出雲大社出身のわたくしに任せておけば間違いないですわ」
 阿国は大地と視線を合わせ、にんまりと笑った。
 
 
 当日準備で大わらわなのは、巫女や福娘ばかりではない。
「エレノア、生地はだまにならないようによく混ぜるんだよっ」
 パートナーのエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)に生地作りを手伝ってもらいながら、布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)は懸命に桜餅を作っていた。
 最近物いりで、お小遣いも底をついてきた。花換えまつりで手作りのお菓子を販売すれば、祭りの参加者にも喜んでもらえるし、お小遣いも稼げて一石二鳥。そう考えて、2人で桜餅を売ることにしたのだ。
 桜餅には、つぶつぶした道明寺粉で作った丸っこい道明寺風と、楕円の生地を焼いたものに餡をはさむ長命寺風がある。どちらにしようかと考えて、佳奈子は今回は長命寺風のものを作ることにした。
 佳奈子は小豆を煮て、焦がさないように少しずつ水分を飛ばしながら練り上げて粒あんを作った。水気が少なくなると鍋をかき混ぜる手も重くなるから、艶良く練り上げるのは結構な労働だ。
 エレノアは佳奈子の指示を受けて、白玉粉と水をよくかき混ぜてから、薄力粉と上白糖を入れて混ぜた。食紅は入れすぎるとたちまち真っ赤になってしまうので、ほんの少量ずつ、慎重に色を見ながら生地を綺麗なピンク色に染める。それを薄く楕円に広げて焼き、裏返して反対側も焼き上げる。
 丸めた餡を焼き上がった生地ではさみ、桜の葉の塩漬けでくるめば桜餅の完成だ。
 なかなか形や大きさが揃わないけれど、それも手作りの良さのうち。
「何とか上手に出来たかしら。たくさん売れるといいわね」
 私も売って歩くからと言うエレノアに、がんばろうねと佳奈子も笑顔で答えた。