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 セレアナは、まずは軽く相手の出方を窺う形で仕掛けた。神速と軽身功の相乗効果によって、まるで飛ぶように一息に相手との距離を詰めようとした。
 いきなり男が前に出てくる。なんの攻撃動作もなしに、間合いに踏み込んでセレアナの空間を殺してくる。セレアナが繰り出そうとした左の拳がほぼ潰された。構わずそのまま当たるとも効くとも思っていないそれを突き出す。模範的な動きで受け止められて軽い音がした。顔を狙った右の拳が空を切って受け止められた左を振り払う。右に逃げた男がここに来て初めて攻撃の意思を見せる。水月を狙った肘打ち。後ろに重心を置いて身を捩る。
 決められたやり取りのような攻防が過ぎ去った。さらに軽いやり取りを二度、三度と繰り返した。
 時には捌き、時には往なされ、慎重に攻める。互いに有効打はなく、演舞のような繰り返しに終始する。
 繰り返す中で、セレアナの攻め手に少しずつパターンが生まれる。当たり前のように男が対応してきて、まさしく演舞となって繰り返す。
 セレアナが口の端だけで笑った。
 あえてパターン化していた攻撃から動きを変える。左の肘から右の掌底に繋いでいた連携を、左の肘で止めて、相手の受け手を空振らせた。体が開いた。
 今だ。
 開いた体に則天去私を叩き込まんとする。もはや「当たる」とも「かわされる」とも思っていない。必殺の拳だった。
 その一瞬、男の目が鋭くなったのを確かに見た。
 体が開いたのが誘いだったと気付いたのは、すでに拳を繰り出した後だった。だが、どのみち必殺のタイミングには違いない。肉を斬らせて骨を断つ、首筋に吸い込まれるような手刀から目を逸らさず、相手に拳を吸い込ませる。
 一瞬が永遠に感じた。
「……引き分け、かしらね」
 ピタリ、とセレアナの拳が止まった。
「そうだな」
 ピタリ、と男の手刀が止まった。
「これ以上やったらお互い怪我じゃ済まなそうだし、なにより、そんなことになったら俺が殺されてしまいそうだ」
 言って、男は二人の戦いを見守っていたセレンフィリティに目を向けた。
 セレンフィリティは銃を構えて男に狙いを定めている。セレアナになにかあれば即座に発砲できるように。
 それに、
「本当にやってる。もう終わった? 見れなくて残念だな」
「所長、見世物じゃないですよ」
 さらに、セレンフィリティが連絡を入れておいた探偵アルバイト組が合流する。
 男は両手を上げて、
「これで俺が通り魔じゃないって信じてくれないだろうか?」
「まぁ、ね」
「セレアナ、まさか本当に戦って分かったとか少年漫画みたいなこと言うの?」
 セレンフィリティが呆れた声を上げた。


 春美と同じように、噂と全然違うやん、というのが、通り魔らしき男に対してのカリギュラの感想だった。
 なるほど獲物にトンカチを選んだのは利口だ。これなら単純に相手を叩くだけだから技量は問わない。力任せに振り回して叩けば人間一人怪我させるのは難しくない。裏を返せば、男にろくな技量なんてないことを示していた。現に、通り魔らしき男は春美に押されっぱなしだった。
「チェストー!」
 春美のバリツがまたしてもヒットする。フットワークを生かした上半身の打撃は軽いが、それも懐に入り込むまでの布石である。
 春美は姿勢低く、振り回すトンカチを掻い潜ってガラ空きの懐に潜り込んだ。
「とどめよ、ライヘンバッハ☆スピンキーック!」
 低い姿勢から繰り出された春美の蹴りが、相手の鳩尾の辺りに綺麗に入った。体が吹き飛ぶ。受け身を取ることもできずに、背中を地面に打ちつけた。
「これで決まり! エクセレント!」
 春美はウインクを決める。気絶して伸びている男を覗き込んで、
「って、やり過ぎちゃったかな。お話聞きたかったんだけど……どうしよっか、お兄ちゃん」
「そやなあ、とりあえず調査を行ってる連中に身柄を引き渡そか」