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亡き城主のための叙事詩 後編

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亡き城主のための叙事詩 後編

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 十七章 昔話の結末

 砕け散った魔剣は光り輝き、夜のような男の幻を生み出した。
 しかし、それは人間と呼ぶにはあまりにも拙い幻想だった。

「……城主様」

 その幻を見上げながら、フローラは呟いた。
 城主の幻は少しだけ怒りながら、口を開く。

「まったく、貴方はまた人様にご迷惑をかけて」
「で、でも。それは城主様にお会いするため仕方なく――」
「言い訳は聞きません。……皆様にはうちの者達がご迷惑をおかけしてようで、申し訳ありません」

 城主の幻は契約者達に丁寧に頭を下げた。
 そして、自分の透明な手をまじまじと見ながら呟く。

「しかし、これがあの魔剣の力ですか。
 死んだはずだというのに、幻としてもう一度現世に少しだけ生き返らせる。
 ……いや、これも生前の記憶を多くの人に刻みつけ、凝縮することにより思いの形を投影する。正確には生き返ったとはいえませんね。――っと、時間ももうあまりないようだ」

 城主の幻は消えゆく自分の手を見て、慌ててフローラに顔を向ける。

「貴方に一つ、伝えなければいけないことがあるのです。
 どうせ、私がこの魔剣によって生み出されたとしたら、貴方様方は自暴自棄になっていたのでしょう?」

 まるで見ていたかのように正確なその言葉に、フローラはうっ、と唸った。

「……はあ、そんなことだろうとは思いましたよ。
 いいですか、フローラ。私に拘る必要などどこにもないのです」
「で、ですが――」
「うるさい。人の話は最後まで聞きなさいと教えたでしょう」

 有無を言わさぬその物言いに、フローラは黙る。

「私は刻命城の者達のことを自慢に思っていたのですがね。
 強く、気高く、多少のことではへこたれない強い子達だと。これでは、少し考えを改めなければいけませんね」
「そ、そんなことは――」
「なら、私を失った悲しみなど乗り越えてください」

 城主の幻は一歩前へ進み、フローラの頬を撫でる。

「あまり、心配をかけさせないでください。
 私は貴方達に過去を振り向いて立ち止まることなど教えず、ただ前を向いて進みなさいと言いましたよね?」
「……はい……」
「よろしい。それに刻命城の者達には満月の後の少しばかり欠けた月が似合うとも言いましたよね。その理由は?」
「……満月の次に出る月は、十六夜の月に似ているからです……!」
「そう、その通りです。十六夜の月の別称は既望(きぼう)――」

 城主の幻は微笑みながら言葉を続けた。

「貴方達はそんな悲しみにくれるよりも、希望を見つけて前を向いているほうが幾分も似合っていますよ」

 そして城主の幻は、窓から差し込む夜明けの光の粒子となって消える。
 フローラは城主の幻がいたところを見上げながら、嗚咽混じりの声で小さく呟く。

「……ありがとう……ございました」

 共に凍り付いていたフローラの涙腺が熱を帯びた。

「ありがとうございました……!」

 フローラの頬に一筋の涙が伝う。
 今はただ泣けばいい。ただ、この涙が枯れたときにもう一度立ち上がるため。
 彼女はまるで子供のようにわんわんと泣いた。

 ――――――――――

 フローラの部屋の扉の外。廊下で征服の従士は静かに泣いていた。
 その身体を縛っていた縄はすでに解かれている。
 チンギスは彼女に問いかけた。

「……貴様は、あの城主とやらと話をしなくても良かったのか?」

 征服の従士は目尻の涙を指の腹で拭いながら、答える。

「いいさ。あたいは一目見れただけで十分だから。……でも、そうか。希望かぁ。忘れてたねぇ」

 征服の従士は懐かしむように目を細めた。
 チンギスはそんな彼女を見て、うんと頷いたあとに剣を引き抜いた。

「戦いは終わった。そろそろ答えを聞こうか。
 貴様の生き様は失くなった、だが我様が気に入ったから生き様をくれてやる……我様のモノになれ!」
「へ?」

 あまりにも急な展開に征服の従士は涙目のまま素っ頓狂な言葉を洩らした。

「何度も言わせるな、面倒くさい。あと、応じなければ首を刎ねる!」
「い、いや。ちょ、ちょっと待ちなよ! そんないきなり言われても心の準備が――」
「いきなりではない。何度も言ったであろう? さあ、どうする!?」

 目を獣のようにギラつかせ、じりじりとにじみ寄ってくるチンギスに、征服の従士ははぁと深くため息をつき、返事をした。

「分かった、分かったよ! あたいはあんたらについていくよ」
「ほう……その言葉。もう撤回出来ぬぞ?」
「ああ、望むところだよ。……主が前へ進めっていうんなら、あたいは今まで出たことがない外に出てやろうじゃないか」

 征服の従士のその返事に、チンギスは剣を収め、顎に手を添えながら言い放った。

「ふむ。では、名前をつけなければならないな。新しい主は我様なのだから、征服の従士としているわけにもいくまい」
「ちょ、ちょい待ち! 我のモノになれってのは、侵略王の配下になるってことなのかい!?」
「無論、そのつもりだが」
「はぁ、本気かい。……まあ、いいさ。
 あたいの主は死んだんだ。まずはそれから受け止めないと。そういう意味では、新しい主ってのは丁度いいかもしれないし」

 征服の従士の言葉に、チンギスは満足そうに頷く。
 そしてしばらく考えてから、口を開いた。

「では、これからの貴様の名は――」

 呟いたその言葉は小さく、二人の間にしか聞こえない。
 その言葉を聞いた彼女は小さく吹き出した。

「はは、存外いい名前じゃないか。
 どうやら、侵略王にはネーミングセンスがあるらしいね」
「む? 貴様は早速主を侮辱するのか?」
「違うよ。そんなつもりではないけどね。
 ……そうか。それが、これからのあたいの名前か――」

 ――――――――――

 フローラの泣き声が響く部屋で、玉藻 御前(たまも・ごぜん)はしみじみと呟いた。

「ふむ……あそこで命を絶たせんで正解じゃった。迷惑をかけたのう、セリス」
「別に構わない。……しかし、お前はあの魔剣のことを知っていたのか?」

 セリスの問いかけに、御前は答える。

「少し聞きかじった程度じゃよ。わらわほど生きていればそのような情報は嫌でも耳に入ってくるというものじゃ」

 そう言いながら、御前は窓の外に目をやった。
 見れば外にかかっていた霧は薄くなり、夜明けの光が窓から差し込む。

「まあ、向かう先を大体把握している者としてより良き方向に終らせる責務があるからの。
 ……最終的に犠牲となる者を助けるようにおぬしらに依頼しといて正解じゃった」

 御前は少し微笑みながらそう呟く。
 近くにいた武尊は御前に声をかけた。

「それにしても、愚者殿の行動と正体が気になるの。
 魔剣をフローラ嬢に渡して当座の目標を与え、成就可能に成ったら魔剣を引き離す……まるで、彼女に生きる目標を与え続けてる様だの。……もしや……」

 武尊の言葉に、御前は何も答えず、ただ微笑むのみだ。
 続いて、ヴェルザ・リ(べるざ・り)が御前に問いかけた。

「愚者はもしかして……こちらへ戻ってきた奈落人の類、なのか?」
「……どうかのう?」

 御前は答えをはぐらかして、窓の外を見つめながら呟いた。

「ふっ……死んでいるのはいったい誰なんじゃろうな……確かに愚か者じゃ……」