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空の独り少女

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空の独り少女

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第四章 夢の終わり

 
 「迎え撃て!」
 涼司の声が響き渡った。涼司は剣を抜き放ち、周りの骸を蹴散らしていく。涼司の指示で雅羅達を護るように仲間が動く。

 「雅羅はその女の子の所へ、早く!!」
「はい、御願いします」
「……任されたよ」
 自分から雅羅が離れていくのを確認し、
 「来い、『碧日』!」
 蟲を呼んだ……。
 青緑色の蟲は溶ける様に四谷 大助(しや・だいすけ)と同化し、視線が自然と殺気を帯びる。
「……お前らの相手は、オレだ。ここで殲滅する」
 威圧するよう低い声で、大助が吼える。
「ワンコ……準備は?」
「今するよー!」
 気の抜けた返事を白麻 戌子(しろま・いぬこ)が返す。
「と、言うわけで、君達も早く少女の所へ行くと良いよ」
「は、はい……」
 ネーブル達を庇うように前に立つ戌子が振り返り、早く行った方が言いと視線で伝える。
「あ、ありがとうございます……」

 「来たまえ、『赤月』!」
 戌子の身体に朱色の蟲が溶けていく。
 どちらとも取れない曖昧な笑みから凄惨な笑みへと変わった事に普段から居る者は気付いただろう。
 「狩るよ」
 『光条兵器』の橙色の大鎌が横一文字に振り抜かれる。
「ぉ……」
 喉から息を吐き出す間も無く、骸の胴が二つへと分断される。
「やれやれ、勇敢な相棒を持つと苦労するのだよ。キミもそう思うだろう?」
「……」
 返事の無い文字通り骸と化した者へ楽しそうに語りかける。
(『魔弾の射手』)
 見向きもせず、『魔銃モービッド・エンジェル』が4発の銃弾を放った。頭部を失った骸が黙し、膝を着く。
「其処は立ち入り禁止だよ」

 「『七曜拳』」
 黒い残光を散らし、骸へと『魔拳ブラックブランド』の連撃を撃ち込む。
 連撃は骸の四肢を圧砕し、運動機能を奪っていく。
「……見えている」
(『金城湯池』)
 背後からの短剣の突出しを半身を逸らすだけで避け、振り向き様に裏拳が骸の頭部を吹き飛ばす。
「……邪魔はさせない」
 肉体が『神速』により霞む程に加速し、『雷霆の拳』が骸が身構えるより迅く穴を穿った。

 「……会えたね」
 周囲の状況に呆気に取られる少女に声が掛けられた。
「来てくれたんだね……」
「ええ……」
 雅羅は少女の視線まで屈み込み、優しく笑った。
「私は雅羅。あなたの名前は?」
「唯・フローレシア……」
「宜しく、唯」
「うん」
 黒髪の少女、唯は嬉しそうに笑った。

 「……お姉ちゃんは?」
 唯は雅羅の後ろの控えめなネーブルに興味を持った様だった。
 「えっと、えっとね。私は……ネーブル・スノーレインっていうの。この子が――」
「カッパー!」
 「……カッパの鬼龍院 画太郎さん」
「宜しくね、カッパさん」
「カッパ」
 画太郎は嬉しそうに手を握る。

 「どうして……お城に……いるの?」
「分からないの……」
 先程とは変わって、急に落ち込んだ顔を唯は見せる。
「分からない?」
「うん、気が付いたらお城のこの部屋に居たの。初めは嬉しかったの、だって初めての冒険だったから……。だけど――」
「……だけど?」
「部屋から出ようとしたら、お外に出れなくて……」
 部屋の一角の崩れ、開け放たれた場所を唯は指した。ネーブルには唯が何を指しているのか分からなかった。その先には何かがある様には見えない。
「飛び降りれば出られるかなとも思ったんだ。だけど、端っこまでは行けるけど其処からは透明な壁があって降りられなかったの」
「そう……なんだ……」
 空を寂しそうに唯は見上げた。つられてネーブルも空を見上げる。雲の無い青空が広がっている。
「たまに外からこっちに迷い込んでくる人がいるけど……みんな、お城にも唯にも気付かずに帰ってしまうの……。唯はずっとずっと独りで……」
「だけど――だけどね……雅羅は毎日、毎日此処に来てくれて私に気付いてくれた。雅羅なら私を出してくれるのかなって――思ったの」
「大丈夫……。みんな……、強いから……」

 「帰りたい……」
 唯は雅羅に抱きつき、顔を埋めた。
「ええ、必ず帰らせてあげるわ」

 「涼司くん!」
 涼司の屠った骸の隙間を埋めようと更に骸達が現れた。
(『歴戦の魔術』)
 両手を前面に翳すと加夜の腕から衝撃が突き抜け、骸達を薙ぎ倒す。
「これ以上、此方には進ませない」
 両手に握った『怯懦のカーマイン』が絶え間無く銃弾を吐き出し、マズルフラッシュと共に頭蓋を潰す。

 「加夜、其処から離れろ!」
「はい!」
(……『アナイアレーション』)
 加夜が飛び退くのを視認し、剣を一気に振り抜いた。骸達の身体を一刀の元に両断する。


 ――部屋には次々と骸が生まれ、崩れ、消えていく。何十と骸を始末したか、確認出来ない。
「数が多い……どれだけの人を……」
「囲まれる……」
「っ、加夜!老翁を狙え!」
「はい!」
 
 『歴戦の飛翔術』で軽やかに飛び上がり、祈る様に銃を構える。
「『神威の矢』……撃ちます!」
「無駄な事を……」
 無限とも思われる魔力が盾のように老翁を瞬時に包み込む。
「くっ……」


 永くに続くかと思われた戦闘に変化が訪れた。
 「馬鹿な……」
 キオは目を剥いた。
 銃弾が自らの身体に突き立っている。
「何故……」

 「見つかった様だな……」
 涼司は安堵した顔で下を見つめた。

 ――時を戻し、城の地下。
 「お、あったよ!ダリル!」
 はしゃいだ様にルカが手を振る。
「こいつか……」
 身長の倍以上はある装置をダリルは見上げた。装置――紅黒いクリスタルは重い音を上げ、ゆっくりと自転運動を行っていた。
「これが老翁の力の源……?」
 マジマジとクリスタルを見つめる。クリスタルは紅い魔力光を零している。
「ああ、桜さんの調べた王の手記にそう記されていたらしい。異世界の少女の夢。夢は魔力の塊であり、夢の少女を捉え続けることで高い魔力を得る研究をしていたと」
 「このお城が空に浮いていられるのも?」
「こいつのお陰らしい」

 「これの破壊が涼司からの依頼だが――」
「壊しちゃおっか♪」
 ドゴっと『疾風突き』により刀がクリスタルに突き刺さった。
「……魔力を失うと城が落ちるぞ」
「さ、先に言ってよ!」


 「終わりだな、魔導師」
「馬鹿な……」
 力を失い地へとキオは墜ちた。
 驚愕の目で自らの身体を見る。腹部は赤く染まり、止め処なく溢れる血液は足元に血溜りを作っていた。
「くっ……」
 血液を止めようと全身に魔力を巡らせるが、
「魔力が……」
 老翁からは先程の力強い魔力は感じられなかった。
「それは――」

 「「!」」
 城自体から轟音が聞こえた。崩壊が始まったのだ。
 「少女は世界から解放された!城から出るぞ!」
 涼司の声で全員が階下へと走り出て行く。

 「雅羅さん、我々も脱出しましょう」
 マクフェイル・ネイビー(まくふぇいる・ねいびー)が揺れる部屋を見回す。
「ええ、でも唯が……」
「私にお任せを」
 軽い仕草でヒョイと唯を抱きかかえる。
「ふぁ」
 恥ずかしさからか少し間の抜けた声が出てしまう。
「門を潜るまで私がエスコートさせて頂きます。さあ、脱出しましょう」
「は、はい。御願いします」

 「城が崩れ始めてるぞ!」
  外の世界への出口である城門から紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は城門をみやる。
「雅羅さん達は上手くやったみたいですね」
 紫月 睡蓮(しづき・すいれん)も崩壊する城を視認し、頷く。
「……そのようだが」

 城はゆっくりと崩落を始めていた。
「雅羅、こっちだ」
「!」
 大助は雅羅の手を取り走った。
 時折、落下する障害物を『雷霆の拳』が神速で潰す。
「ありがとう、でも……」
「あの子は大丈夫だ、マクフェイルが傍に付いてる」

 「怪我はしていませんね?」
「大丈夫だよ」
 唯に向かって落ちてくる瓦礫を『ディフェンスシフト』でマクフェイルが払いのける。
「少し動きますよ!放さないで下さい」
 唯を抱き、力強く加速する。
「頭を伏せて!」
 『バスタードソード』を抜き、転倒する家具を切り伏せる。
(『チェインスマイト』)
 加速した剣が落石を弾き飛ばした。
「直ぐに城から出してあげますからね」

 「ぐぅ……まだ……我には……」
 崩れゆく城から出ようと壁に手を掛けた時、
「!」
 ドッと老翁の服の袖に矢が突き立った。
「何……」
 確認しようと片方の腕を伸ばし、
「!」
 穿つ音と共に掌に矢が突き刺さった。
「ぐっ……」
 矢は次々と何処からか超速で飛来し、服と共に老翁を壁に縫い止める。
「っ……馬鹿な……動けぬ……」

 「貴方は逃がしません……お仕置きです!」
「誰に言っているんだ?」
 明後日の方向へと弓を射る睡蓮に唯斗は不思議そうに声を掛けた。
「ふふ、内緒です」

 「崩壊が始まっている割にやけに瓦礫が少ない……」
 城を駆け抜けながら、北都が呟いた。
「それは――」
 崩れ掛かっていた巨大な破片を紫電の矢が粉砕した。
「あれだね……」
 納得した様に北都が上を見上げた。

 「当りです!」
 『アルテミスボウ』を構え、楽しそうに睡蓮が矢を番える。
「『サイコキネシス』による矢の軌道修正と加速補正を掛けて威力強化と簡易ホーミングを付与、上手くいきました!」

  ――門が微かに見える位置にまでネーブル達が到達し、崩落がいっそうの激しさを見せ始めた。
「っ、壁が崩れる!」 
 だが、壁は数秒と待たずして消し飛んだ。
「門まであと少しだ、走れ!」
「あれ……は?」
 門の上から声が聞こえた。

 唯斗の半永久射撃術が崩落し障害となる物を瞬時に粉砕する。
 槍を交互に投げつけ、着弾と同時に手元に槍を再召喚し投擲を続ける唯斗独自の戦闘スキル。
「走れ!ここは俺達が道を開く!」
 封鎖を防ぐために『偽典銃神槍壱式』と『偽典銃神槍弐式』を矢継ぎ早に投擲し続けている為、唯斗の声に余裕は無い。

 「は、はい……」
 ネーブルの止まりかけた脚が再び走り出し、門をくぐり抜けて行く。