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漂うカフェ

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漂うカフェ

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 離れた場所に停めてある、荷運用の大きな馬車。そこに、襲撃部隊の指令官と共に身を隠していたブルー・ビーストは顔をしかめた。
 タイミングが味方しなかったことは、明らかである。契約者たちの迎撃は、鏖殺寺院とて想定していなかったはずはない。あるいはあの時、決行の時を得て隠れ家を出た彼らの、不審の目を和らげるまで自分たちが味方であるということを説得するのに、時間をかけすぎたきらいもないではなかった。
 だが、彼らに何とか近づいて行動を共にする許可を得たものの、ブルー・ビーストを内心落胆させたのは、彼ら襲撃部隊が「一枚岩」ではないという事実だった。彼らによると、彼らとは別に「ゲレオン大佐」なる歴戦の工作員の率いる少数部隊があり、彼らは目的は同じくしながら、大佐独自の判断によって動き、自分たちとは連携するつもりがないのだという。ゲレオン大佐は二年前にカフェ・マヨヒガに潜入・襲撃を(結果は失敗したが)試みた作戦の責任者であり、今回は何としてでも成功させようと、頑迷なまでに強固な決意で独走しているという。そのため、部下は完全に自分の手足として動かせる兵士だけを厳選し、彼の直下の少数部隊というのは事実上、大佐に心酔する親衛隊員のようなものらしいのだ。
 そのような編成を聞いた時から、ブルー・ビーストは悪い予感がしていた。同じ目的で動く人間の意識が統一されていないということは、失敗の可能性が限りなく大きいということを意味する。
『隊長、』
 その時、部下であるブラック・ハンターが、『精神感応』で呼びかけてきた。彼女は今、店に面する通り沿いの、しかし離れた場所、ツァンダの街へ向かう分かれ道の近くに待機していた。
『例の、「大佐の親衛隊」と思しき男たちが、街の方に向かっています。接触しますか?』
『何……いや、どうするか。事態は深刻だ。慎重に、……? どうかしたか?』
『あれは……街の方から来たのはもしや、例の店の機晶姫の一人では……彼らの目的は、あの機晶姫では?』


「店内には一歩も入れるな……せめて客が全員避難するまではな」
 和輝は【親衛隊員】に指示を出し、この日のために厳選されて従業員に成りすましていた【親衛隊員】たちは、事件が起こったことに気付いて恐怖し混乱する一般客の誘導を始めた。
「店の裏の勝手口から、お客を外に避難させよう」
「で、でも、裏にも敵が回っていたら……?」
 終夏とガレットが相談している。そうこうしているうちに、客は席を離れ、店の奥へ通しかけている。
「大丈夫だ、こいつら(親衛隊員)に守らせる」
 和輝が請け合い、その自信ありげな言葉に二人は意を決し、勝手口を開けるべく裏へ向かう。
「鈴里、鈴里!?」
 アニスの必死の呼びかけに、和輝は厨房の方を振り返る。
 気遣わしげな表情でアニスが腕をつかんで小さくゆすっている、その鈴里を見て、和輝はハッとなった。
 微かに顔に、お客を迎える笑顔の影だけを漂わせたまま、固まっている彼女は――「人形」に、見えたのだ。

 ディンスの口からこぼれた言葉は、店の玄関で吹雪の放った『トゥルー・グリッド』の轟音に紛れて、トゥーラの耳には届かなった。
「……え?」
「! !? あ、何!? 何かあったのカモ!? 行ってみるヨ!」
 誤魔化すように、非常事態に乗じて立ち上がったディンスの手を、とっさにテーブルの上でトゥーラが掴んだ。
「無闇に動いては却って危ないです。落ち着いてください」
 トゥーラの手に、そしてその冷静な声に意外な力を感じ、ディンスは飲まれたように動きを止めた。
「確かに何か起きたようです。けど、見てください、従業員の方が奥の方に避難誘導を始めています。今我々が勝手に動いては、速やかな非難の邪魔になるかもしれません。ある程度お客様方が退いたら、我々はしんがりを務める形で避難を手伝いましょう」
「……」
 ディンスは気圧されたように、黙って頷いた。

「怖いよう、怖いよう」
 子供たちは怯えて、「おっきい犬さん」にしがみついて震えている。犬さんことスプリングロンドは、子供をしがみつかせたまま巧みに勝手口の方へ連れて行く。
 その時、ひとりの子供の手から、何かがポロリと落ちた。
「? これ……」
 スプリングロンドを手伝うように付き添っていたリアトリスが、それを拾って覗き込んだ。ブリキ仕掛けのおもちゃの兵隊のようだが、足の所に変な線とねじのようなものが見えた。レティシアもそれを覗き込んだが、驚いたように言った。
「もしかして、これ……『盗聴器』じゃないですかねぇ」
「盗聴器!?」
 二人が子供を見ると、子供は半分べそをかきながら言った。
「それ……ここに入る前に、街で会ったおじさんにもらったの。母さん、お店でお茶を飲む時はよそのおばさんたちとずっと喋ってるから僕ずっと退屈なんだって言ったら、それで遊んでればいいって……」
 その言葉で、彼らは敵の企みの手の一つを知った。何も知らない子供を利用するとは。
「許せねぇな」
 リアトリスの手からそれを摘み上げて床にたたきつけ、カレンデュラが吐き捨てるように言った。気を遣って言葉を発さないようにしていなかったなら、スプリングロンドも同意していただろう。