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第5章 夕暮れのカフェ

「あれ、今、やってるんだよな?」
 店に入った大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は、何となく奇妙に感じて、出てきた従業員に思わず訊ねてしまった。どこかくたびれた……まるで“閉店後”のような空気が、店内にうっすら流れているような気がしたのだが、気のせいだろうか。
「大丈夫ですよ! いらっしゃいませ、ようこそ『カフェ・マヨヒガ』へ!」
 接客に出てきたネスティ・レーベル(ねすてぃ・れーべる)は、そんな黄昏時のくたびれた空気とは全く無縁の元気な笑顔で、剛太郎とパートナーのコーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)を迎えて、テーブルに案内する。

 夕暮れ時。カフェ・マヨヒガは、ツァンダ郊外に佇んでいた。
 結果から言うと、店は転移を免れた。
 襲撃してきた鏖殺寺院メンバーは、自称「ゲレオン大佐」を含めてほぼ全員が捕縛され、シャンバラ政府に引き渡された。その引き渡しにかかった手間、避難させた客へのお詫びとケア。後始末には結構手間がかかった。
 剛太郎が感じたのは、その「疲れの余韻」の空気だったのかもしれない。
 実際、ここまで「カフェのお手伝い」をしてきた契約者たちは、かなり「お疲れ」であった。遅めに入ってきたネスティと、パートナーの太陽の東月の西 三匹の牡ヤギブルーセ(たいようのひがしつきのにし・さんびきのおすやぎぶるーせ)は、彼らの分も元気に接客すべく頑張っていた。――ブルーセに関しては、苦手な接客ということで、ネスティの倍も決意と頑張りが必要になっているが。
 地下の作業はあらかた終わっており、携わったメンバーの何人かは、空いている席で休んでいた。暑かった地下の作業へのお礼にと、鈴里と萱月の好意で、冷たい飲み物やデザートが振る舞われた。永夜がバニラアイスに尋常でなく感動し、卵の味が強くてバニラの粒が見えている…などと大真面目に観察分析していたり、セレンフィリティとセレアナが飲み物を楽しみながら「あまり簡単に(上着)ぬぐのはどうかと」「だって暑かったんだもん」などと喋っていたりした。
 地下といえば、咲耶とアルテミスは結局、エースの手でキュウリの蔓から助け出され、腕にきゅうりの実のついた蔓を巻きつけたまま這う這うの体で逃げた。そのため、エースの記憶には二人はしばらくの間「キュウリのお嬢さん方」として残ることになったとかならなかったとか。

 襲撃に関わった鏖殺寺院メンバーは、指令官だけが本部に戻り、事の次第を報告した。
 その結果、鏖殺寺院は、カフェ・マヨヒガからは手を引くことを決めた。
 店の客の子供に渡して店内の集音に使った盗聴器は、カレンデュラによって床に叩きつけられた後もわずかに生きており、その結果、イーリーが話した機晶回路と時空転移の関係を、司令官は逃走中に受信機で聴いた。あの店が時空に転移するのは一種の暴走現象だという。惜しいが、確立された技術でないのなら現時点では盗みようがない、と彼らは結論付けた。
 O.S.C.の三人は、逃走中に司令官から離れ、無線で司令室に連絡した後、当初の予定通り教導団の制服に着替えて校舎に戻った。しかし、現場からの逃走は何とか成功したものの顔がバレることへの対策が不十分であったことが災いし、ヒラニプラにて尋問され、厳しい懲罰を受けることになったのだった。

「ちょっと古風な感じですけど……落ち着く感じで、いい店ですわね」
「そうだな」
 注文したサンドウィッチとコーヒー、ミルクティーがテーブルに運ばれてきて、剛太郎とコーディリアはしばらくの間、ぽつりぽつりとそんな話をしながら、食事を楽しんでいた。口数が多くならないのが、却ってデートっぽくて良い。予想していたより人も少なくて騒がしくない(思いっきり大騒ぎがあった後だからなのだが)のもよかった。二人はかなりリラックスしていた。
「しかし、なんだ」
 そんな風に剛太郎が切り出したのは、サンドウィッチをあらかた平らげた頃だった。
「コーディリア……その格好って」
 彼女が好んでいるゴスロリ調の服を見ながら言う。
「貧乳や寸胴を誤魔化すために着るのでありますか?」
「え?」
 ティーカップを持ったまま、思わぬ言葉にコーディリアが固まる。
「いや、だって正直服で飾られても体型は変わらないし、顔が幼いのはいいけど体型まで幼いのは残念で」
 そこまで言って、剛太郎はハッと我に返った。その童顔が可愛いコーディリアの、こめかみに青筋が走っている。自分は今何を言ったのだろう。何で言ってしまったんだろう。言わなくてもいいことを。思っていても言うつもりはなかった(!)ことを。
 憤怒を静かに湛えた顔のまま、コーディリアはカップに残っていたミルクティーをぐっと飲み干した。そしてガチャンッ、とそれを皿に置くと、
「パワードインナーを下着代わりに何日も着て平気で悪臭振り撒いてる人に、服装についてとやかく言われる覚えはありませんわっ!!」
 思っていても言わないようにしようと思っていた(!!)不満が爆発した。
 その勢いと内容に一瞬、言葉が喉で詰まってしまった剛太郎の目の前に、
「はあ〜いお待たせしました〜。当店自慢のチョコレートパフェでございま〜す♪」
 元気いっぱい笑顔で接客!! と心に決めて業務に励むネスティが、満面の笑顔でどんっ、と大きなパフェのグラスを置いた。