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はじめてのお買い物

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はじめてのお買い物

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 ふらふらしていて実に危なっかしい、というのが、隠形の術で影からルシアを見守る紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の思いだった。
 未だ騒ぎ続けているエースとクマラの後をついていくルシアは、角という角を目にするたびに、曲がりたそうにふらりと身体が傾いたり、道行く先に見える高層ビルをおのぼりさん丸出しで見上げながら歩いたりするものだから、いつか車道にはみ出そうで気が気でない。海京にいる時からこんな調子で、はじめてのお買い物とあってルシアがハイテンションになっているのがよく分かる。が、見守っている側としては、もう少し落ち着いてくれと思う。
 とはいえ、ここまでは順調だし、こうやって後をついていっているなら、デパートまでは問題なく行くことができそうに思える。
 海京からずっと見守ってきた唯斗が一息つくと、まるで測っていたようなタイミングでルシアに近づいていく人影が見えた。


「これはこれは美しくも可愛らしいお嬢さん。もしやお一人ですか?」
 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)にとって、ナンパとは挨拶である。挨拶なのだから、しなければ当然失礼にあたるし、することが礼儀なのだ。
「よろしければ、ほんの一刻、私めにあなたとの一時をお許し下さらないでしょうか? 具体的には、そこでお茶でもいかがでしょう?」
 にっこりと笑いかけるエッツェルの身体は異形そのものであり、その見た目の不気味さから、どれだけ美麗賛句を並べ立てようと、警戒されたり恐れられ逃げられたりする。さて、このお嬢さんはどういった反応をするでしょう、半ば楽しむようにエッツェルはルシアの様子を伺っていた。
 ルシアはエッツェルに対して目を丸くしながらも、すぐにくすぐったそうに笑った。
「ありがとう。えっと、これがナンパなのかな? でも、ごめんなさい。私、これから空京のデパートメントストアに行くところなんだ」
 ルシアの反応に、興味を引かれたエッツェルが楽しそうに、
「これは物怖じしないお嬢さんだ。自分で言うのもなんですが、私のことを怖がったりはしませんか?」
 質問に、ルシアがきょとんとした。それから顎に指を当てて、考えながら話しだした。
「あのね、私って月から来たんだ」
 エッツェルは無言で先を促す。
「それって珍しくて、ちょっと驚いたりもするでしょ?」
 頷く。
「でも、それで別に怖がったりはしてないよね」
 もう一度頷いた。
「私も同じ。あなたのことは珍しいと思ったし、驚いたけど、なにもされてないうちから怖がったりはしないわ」
 言って、「あ、ナンパされたっけ」と笑った。
 そして、ルシアの言葉を聞いたエッツェルは肩を震わせ、くつくつ、と笑い声を立てた。ルシアがなにか変なことを言ったかしら、と不思議そうに見つめている。
「なるほどなるほど、これはぜひとも一時を共にしたい。私にデパートまでのお供をさせていただけませんか?」
 「別に構わないけれど」と言いかけたルシアが、ふと、なにかに気を取られてエッツェルから視線を切った。
「あれ? あれれ?」
 ほんの一瞬、戻した次の瞬間にはエッツェルが影も形もなく消えていた。


「邪魔をするとは、ひどいですね」
 目にも留まらぬ間にルシアから離され、物影に連れ込まれたエッツェルは、別段驚きもせずその原因である唯斗に抗議していた。
「どーせ悪い虫が出てくるだろうとは思ってたけどな。残念だったな、ルシアには俺がついてるんだ」
「言うに事欠いて悪い虫とは心外ですね。いいですか、初対面の相手には『はじめまして』と挨拶をするでしょう? 誰だってそうします。私だってそうします。ただそれだけのことですよ」
「うるさい黙れナンパ師」
「ルシアさんをずっとストーカーしてきたと思しきあなたに言われたくはありませんね」
「ストーカーじゃない、忍者だ。忍者は常に影の存在。見守るのも影からになるのは仕方のないことだ」
「一般的にはそれは尾行と呼ばれると思いますが」
 どこまでも続きそうな言い合いを、唯斗は「見解の相違だな」と投げやりに言い放って打ち切った。
 それよりもルシアだ。視線を戻す。


 ルシアが気を取られたのは街頭販売だった。
「フハハハ! 道行く少女よ! 我が発明品の数々、とくと見ていくがいい!」
 歓迎の声はドクター・ハデス(どくたー・はです)の高笑い。通行人が思わず振り返るくらいに高らかな声を上げるハデスは、なるほど街頭販売に向いているかもしれなくて、ルシア以外にも数人が得体の知れない発明品を興味深そうに眺めていた。
 高笑いで人を集めるだけ集めたハデスの傍らでは高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が、
「まずはこちらの商品をご紹介しますね。こちらの丸型全自動掃除ロボット、一見して旧式のボディですが、秘密結社オリュンポススペシャルとしてなんと、機関銃とミサイルまで搭載されています! これで泥棒を始めとする侵入者もお掃除することができます! わー、素敵! これはお買い得ですね!」
 言っている本人も無理があると思っているのか、咲耶の口調は棒読み気味だった。案の定売れ行きは芳しくない、というか一つたりとも売れていなくて、ハデスの高笑いと反比例して咲耶の口上はどんどん投げやりになっていく。すでに立派な兵器と成り下がっている掃除ロボットを、咲耶は恨めしげに睨む。
「やはり、実際に稼働させるしかあるまい」
「やめてください兄さん、テロでも起こすつもりですか」
 が、ルシアはというと、興味津々な顔をして商品を覗き込んでいた。
「これは普通のシャープペンシル?」
 ルシアが手にとった、見た目にはごく普通のシャープペンシルに見えるそれを、ハデスは得意げに解説する。
「それはシャープペンシル型ロケットだ。我がオリュンポスの科学力によって、成層圏まで到達するだけの性能を誇っているのだ」
「シャーペンを成層圏まで飛ばす必要はありませんけどね……」
 咲耶の疲れきった声をよそに、ルシアは次の発明品を指さす。
「これも普通のノート型パーソナルコンピュータとは違うの?」
「それはこの俺手ずから組み立てた特製ノートPCなのだよ」
 そう言ってハデスがPCを起動させると、「フハハハ!」という高笑いがPCから響き、さらに目の前のハデスが「フハハハ!」と寸分違わぬ高笑いを上げた。起動音がハデスの高笑いだった。
「兄さんは本当に発明品を売るつもりがあるんですか……」
 咲耶は頭を抱えるが、なにが受けるか分からないもので、ルシアは「すごいすごい」と拍手をしていた。
 「そうだろうそうだろう」、鼻高々なハデスが、デモンストレーションとしてシャープペンシル型ロケットに火を入れた。嘘か真か成層圏まで到達すると言うだけあって、ロケットは思わず一歩下がるような勢いでカッ飛んでいく。
 ルシアが飛んでいったロケットを見上げ、痛くなってきた首を戻した時には、ハデスと咲耶、それにハデスの発明品の数々が跡形もなく消えていた。
「忍者だ」「oh、ジャパニーズ・ニンジャ……」などと囁き合う通行人たちを眺め、ルシアは首を傾げた。


 忍者は実に忙しい。すわデビットカッパーフィールド的イリュージョンか、という鮮やかさで、ルシアの元から胡散臭い街頭販売を消し去ったのは、エッツェルの時と同じように唯斗の仕業だった。
「これは営業妨害である! 売りつけるまであと少しだったものを!」
 唯斗に食って掛かるハデスに対し、唯斗はうるさげに手を振る。
「そんな怪しげな代物はいらん。ルシアには普通にデパートで買い物をしてもらうんだからな」
「過保護ですね」
 唯斗に短くコメントしたエッツェルは、ハデスの傍らの咲耶に目を留めると、「おや」と口端を上げた。
「これはまた可愛らしいお嬢さん。お暇でしたらいかがでしょう、お茶の一杯でも私にご馳走させてはくれませんか?」
「お前は誰でもいいのか」
 唯斗の言葉を、エッツェルはかぶりを振って否定した。
「誰でも、ではありませんよ。誰しも、なのです」
「俺にはなにが違うのか分からん」
「見解の相違というやつですね」
「我がオリュンポスの改造人間を勧誘しないでもらおうか」
「ちょっと兄さん、改造人間って呼ぶのはやめてくださいって、いつも言ってるじゃないですか!」
 なんともやかましかった。まったく、忍者は実に忙しい。