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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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幕間二
「料理史に残る傑作に違いないこの一皿を見れば、ティーと鉄心はきっと驚くはずですの」
 自宅で留守番中のイコナは腕によりをかけて料理を作って待っていた。
 魔導書であり料理本でもある彼女は当然のことながら料理好きであり、自分の料理を人に食べてもらうのも当然ながら好きだ。
 ゆえに、たとえティーと鉄心がただ買い物にでかけただけであっても、イコナは腕によりをかけて料理を作って二人の帰りを待ったかもしれない。
 しかしながら、今回のイコナはいつにも増して力が入っていた。
 先日起きたパワードスーツ製造工場へのテロ事件で自分を庇い重傷を負ったティーの怪我が癒えてきたというのもある。
 だが、それ以上にイコナは不思議な予感が脳裏をよぎるのをどうしても無視できなかったのだ。
 教導団施設への襲撃という危機的状況に際し、緊急出撃の指令を受けて出て行った二人。二人を見送るイコナは胸騒ぎを禁じ得なかったのだ。
 ――何となくだが嫌な予感がする。
 ――もしかしたら二人が帰ってくることは……。
 そうした胸騒ぎを振り払うべく、イコナは料理を作ることを決め、先程からただずっとそれだけに打ち込んでいた。
 そして、イコナの脳裏によぎった予感は嫌な胸騒ぎだけではなかった。
 ――自分が腕によりをかけて料理を作って待っていれば、きっと二人は無事に帰って来てくれる。
 根拠など全くないが、なぜか微塵も疑いようのない予感が心に湧き起ってくるのだ。
 だから、イコナは腕によりをかけて料理を作ることに打ち込み続けた。
 ただひたすらに、二人が無事に帰ってきてくれることを願って。
 一心不乱に料理を作っていたせいだろうか、ついイコナは近くにあったグラスに気づかず、それを肘で払い落としてしまう。
「あっ……」
 イコナが気づいた時には既にグラスは床に落ち、澄んだ音を立てて細かく割れていた。
 大慌てで箒と塵取りを持ってきたイコナは、やはり大慌てでグラスの破片を片付けていく。
 グラスの破片を塵取りに入れ終え、あらかた破片を片付けていくらか落ち着きを取り戻したせいだろうか。イコナはふと塵取りに溜まったグラスの破片を見つめ、意図してずっと意識しないようにしてきたことをつい考えてしまう。
 それを引き金としてイコナの心にとめどなく溢れてくる不安と恐怖。それらはいくら意識して抑えようとしても到底抑えられるものではなく、遂にイコナは泣き出してしまう。
 ひとたび涙がこぼれれば、心に渦巻く不安と恐怖と同様、涙もとめどなく溢れてくる。イコナはそれを拭うこともせず、滂沱のような涙を流してしゃくりあげながら泣き続ける。
「いやですの……ティーと……鉄心が……帰って……こない……なんて……」
 袖口で押さえても一向に治まる気配のない涙で服を濡らしながら、それでもイコナは箒と塵取りと小脇によけると、再び台所に立った。
 ――自分が腕によりをかけて料理を作って待っていれば、きっと二人は無事に帰って来てくれる。
 根拠も理屈も何もない、ただそんな気がするというだけの予感に従い、イコナは際限なく溢れてくる涙を流しながら一心不乱に、そして一生懸命に料理を作り続けるのだった。