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狼の試練

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第3章 試練の戦士たち 2

 しばらく先に進んだところで、ついにリーズたちは開けた場所に出た。
「おい、誰かいるぞ!」
 前方で警戒に当たっていた夏侯 淵(かこう・えん)が声をあげる。
 リーズよりもさらに赤の色を濃くしたような、灼熱の長髪。小生意気そうな顔立ちをした、快活な少年である。ただ、そんなちみっこい姿をしているものの、これでも立派な英霊である少年だった。ダリルと同じく、ルカのパートナーだ。
 ポニーテールに纏めた赤髪が、軽く揺れていた。
「カルキノスっ、来るぜ!」
「おお、任せろ」
 のし、とリーズたちを守るように前に出たのは、竜だった。
 二足歩行の竜。ドラゴニュートの一族――カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)
 淵と同じくルカのパートナーである、厳つい目つきのドラゴニュートは、敵を睨むように見据えた。
「むっ、あのトラップの山をくぐり抜けてくるとは……。やるな」」
 そう言って、開けた空間の中心にいたのは、一匹の獣人。
 小柄な体つきをした、どこか軽薄さも見える獣人だった。
「しかも、ドルパンをこんなわずかな時間で倒してくるとは」
「倒したというより、自滅したんだけど……」
 リーズが思わず言うが、獣人は聞いていないようだった。
「だが、奴は我が『狼の試練』の戦士たちの中でも最弱の男! まだまだ第二、第三の戦士がお前たちを待ち受けているぞ!」
「……見事なぐらいの三下台詞だぜ」
 カルキノスが、やる気を失ったようにつぶやく。
 それも致し方ない。なにせ、さあ戦闘だ、とやる気に満ちていたところでコレである。興を削がれたといって、間違いない状況だった。
 しかし、敵は待ってくれない。
「俺の名はダイパー! 知恵の戦士ダイパーだ! 当時、クオルヴェルの集落で最高の盗賊王と言われた俺の力、とくと知るがいい!」
 ダイパーと名乗った獣人は、そう言うとなぜかリーズたちから距離を取った。
 首をかしげる一行を見て、にやりと笑う。そして、彼は次にごそごそと腰から何かを取り出した。
 スイッチ。紛れもない、赤いスイッチだった。
 ぽちっ。
「げ」
 その声は誰が発したものか。リーズ一行が立っている床が、ばかっと大きな口を開ける。
 落とし穴のトラップ。
 そう気付いたときには遅く、リーズたちは真っ逆さまにそこに落下してしまった。
 尻餅をつきながら、リーズが起き上がる。
「いたたた…………このぉっ! 卑怯じゃないのよっ!」
「ふふふ、なんとでも言え。俺は知恵の戦士ダイパー。我が知恵の前にひれ伏すがいい」 ダイパーの偉そうな声を聞きながら、リーズと同じようにセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が憤慨した。
「知恵っていうか、こんなのセコい悪知恵じゃないのよっ!」
 金髪碧眼。セミロングの髪を、頭の横で一本に束ねている。黙っていると品の良さも感じさせる愛らしい顔。丸みをおびた大きな瞳で、幼さも残しているところが可愛らしい。 しかしそれも、いまは激怒で歪んでいた。
「「さっさと引き上げなさい!」」
 二人はぴったりのタイミングでハモって訴える。
 だが残念なことにそれは、相手の逆鱗という火に油を注ぐような行為にしかならなかった。
「そこまで言うなら、絶対に貴様らを引き上げたりはせんっ!」
「あんたは子どもかっ!」
「でぇえい、黙れ! 食らえっ! 生ゴミクラーッシュッ!」
「げっ」
 あろうことか、ダイパーは頭上から生ゴミを投下してきた。
 臭い。汚い。えげつない。三重苦揃った生ゴミの嵐が、一行をべちゃべちゃのぐちょぐちょにした。
 仲間たちは基本的にわーぎゃーと騒いで逃げ惑っているが、そんな中でも、
「まさかこんな試練があるなんてねぇ。思いもしなかった」
「まったくです……」
 大して動じていない二人の青年がいた。
 永井 託(ながい・たく)御凪 真人(みなぎ・まこと)の二人である。
 託はぼさぼさの赤いショートヘアに、ものぐさそうな眠たげな瞳。こんな騒ぎにもかかわらず、お茶でも飲んでいるかのようにのほほんとしている。
 真人は眼鏡をかけた端整な顔立ちに、焦げ茶の髪を無造作にならしていた。彼は託に比べれば、まだ感情の起伏がそれなりにあるのだろうか。みなの様子を見ながら、困ったように苦笑していた。
「ちょっと真人っ! ぼさっとしてないで、あのバカ落とすの手伝ってよ!」
「あ、ああ、はいはい」
 セルファに叱られるまま、動き出す。
 穴の上でニタニタと笑っている獣人に向けて、彼女は落ちてきた生ゴミをぶん投げていた。その手伝いを真人をする。しかし、それなりに深さのある穴だ。そうそう当たることはないのだった。
 続いて、獣人は何やら薄平べったいものを用意した。向こう側が透けて見えるそれは、窓枠のないガラスに見えた。
 キラリと獣人のツメが光る。
「ま、まさか……」
「そのまさかだっ! くらえええぇ!」
 ツメの切っ先をガラスにひっかけると、獣人は容赦なくそれを引いた。力強くゆっくりと傷跡をつけられていくガラスが、甲高い音を発した。
「うぎゃあああぁぁっ! やめてえええぇっ、耳がっ、耳があぁっ!」
 仲間たちが耳を押さえてもだえる。
「ははははっ! どおーだ、俺の知恵はっ!」
 ダイパーは偉そうに言うが、やはり実に卑怯なやり方だった。
 しばらくガラスの音でリーズたちを苦しめたダイパーは、満足した様子で次の攻撃に移った。今度は頭上からまた何かを投下するつもりらしい。
「くらえっ!」
 降ってきたそれに触れると、ねちょ、という怖気を誘う音がした。
「こ、これって……」
「スス、スライムウゥゥっ!?」
 粘着性のモンスター。いちどくっついたら中々離れない厄介な生物。特に女性から嫌悪の対象として扱われるモンスターが、一行にへばりついてねちゃねちゃと動き始めた。
 その動きを見て、シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)が嬉しそうに目を光らせた。
「これは……なんと……っ!」
 彼女の声には驚きとともに歓喜も含まれていた。心なしか、頬もにたりと緩んでいる。何故かというとそれは――粘着性モンスターどもが、女性陣の服の中にその身体を伸ばしていたからだった。
「きゃあああぁっ、中に、中に入ってくるぅっ!」
「こ、この、エロモンスターっ!」
 リーズもセルファも、顔を真っ赤にして叫び、スライムをひっぺがそうとする。ただ、やはりそこは粘着性モンスター。触っても触っても、滑ったりべとべととくっつくだけで、なかなか引き剥がすことはできなかった。
「ぬっふふっ、これは、まさに神が与えた天命っ。千載一遇のチャンスってやつね! ミモリ! カメラの準備はいいっ!?」
「ふふふっ、シオン様。了解ですわ〜♪」
 シオンに答えたのは、どこかズレたお嬢様のような空気をかもしている少女だった。
 黒髪を後頭部で束ね、キランと光る緑の瞳で楽しげにリーズたちを見つめている。天寺 御守(あまでら・みもり)は、おおよそそんな感じでシオンに同調していた。
 ロングウェーブのかかった銀の長髪を揺らして、シオンがリーズらに近付く。その目は明らかに常軌を逸していて、今にも襲いかかるエロ狼の目だった。
 そんな彼女に声をかける勇敢な青年もいる。
 ぼさぼさの黒髪。知性を感じさせる赤い瞳と顔立ち。眼鏡を掛けた優男風の青年――月詠 司(つくよみ・つかさ)は、自らのパートナーの暴挙を止めようとした。
「あ、あのー、やめたほうがいいんでは……」
「ツカサは黙っててっ! それともなに……? 一緒にやるっていうの?」
 良いアイデアでも思いついたかのような、いたずらっ子の笑みでシオンが言った。
「い、いえっ、これっぽっちもそんなつもりはありませんよっ!」
「なーんだ、残念。でもま、こっちはこっちで楽しむけどねっ♪」
 そう言って、シオンはスライムに襲われる女性陣の波へと飛び込む。
「あ、ちょっ、シオンさん、どこ触って……あんっ」
「だれか! ちょっとっ、あ……そこ敏感だからあぁっ!」
 いったい何をしているのか。
 女性陣のあえぎ声や生々しい艶やかな声が響く。
 男性陣は呆然とし、穴の上からそれを見下ろしていた獣人も、馬鹿な吸血鬼がいたものだと言わんばかりに呆れた目で見ていた。
 すると、男性陣の中からついに行動を起こす者が現れる。それまでスライムの女性陣への猛攻をわなわなと怒りに震えて見ていた、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だった。
「おまえらあああぁぁっ! エッチなのはいかんだろおおおぉぉっ!」
 瞳が炎を宿し、髪がごおぉっと燃え上がる。もともと白みがかった銀の長髪であるせいか、白髪鬼のような凄みがあった。
「うらあああぁっ!」
 怒りに任せてエヴァルトは剣を振る。スライムを八つ裂きにした。
「あーあ、面白くなってきたところだったのになぁ」
 みんながパニクる様子を楽しげに見ていた託は残念そうにつぶやく。別にエッチなのが好きなわけではなかったが、まあ、面白かったのだろう。
「行人っ! お前も手伝え!」
「お、おおっ。任せとけ!」
 エヴァルトに呼ばれて、天使の羽を生やした青年が加勢した。
 託のパートナーの那由他 行人(なゆた・ゆきと)だ。ツンツンした無造作な金髪。どこか子どもっぽい無邪気な顔。実際、最近まで子どもだったのだからそれも仕方ない。元々は十歳程度だったらしいが、ここ最近で急成長したらしかった。
 エヴァルトに続いて、両手持ちの太刀――ブレイブ・ハートを振るいスライムをなぎ倒していく。分裂したスライムは物理攻撃だけでは消滅まではもっていけないが、仲間の魔法がそれを補ってくれた。
 スライムの処理が終わる。となれば、次は――
「ひっ……」
 ギロリと睨まれて、ダイパーはひるんだ。
「行人、手を貸せっ! あいつは絶対に許さんっ!」
「手、手を貸せって言ったって、どうするんだよ?」
「よじ登るっ!」
「はあ!?」
 行人は何を言ってるんだと目を見開く。
 だが、そんなことはお構いなしに、エヴァルトは彼の肩に飛び乗った。
「うわっ……っ」
 行人が驚く間もなく、エヴァルトはその肩を利用して跳躍。半分以上を稼ぐと、そこからは壁に張りつき、ついにはそれをよじのぼって穴から這い上がった。人間の限界を超えるとはこのことである。お色気嫌いによって、彼は人間離れした驚異的な動きを見せた。
 そして、勢いに任せて獣人を斬り裂く。
 呆気にとられていた獣人はそれを避けることが出来ず、ダメージを負って穴の中に落下してきた。
 スライムを撃破したいま、そこは彼にとって敵の巣窟と変わらない。
 ギロリと(特に女性陣が)獣人を睨みつけた。
「ひ、ひいいいぃぃっ! このぉっ!」
 逃げ惑う獣人だが、最後の抵抗とばかりにナイフを手に突撃してくる。
「淵、頼むぞ」
「任せとけって」
 ダリルの指示に従って、淵がそれを受け止めた。しょせんは子どもの暴走と変わらないような攻撃だ。彼にとってそれを防ぐことは造作もない。そして、カルキノスが魔力を集中砲火する。
「ざまぁねえぜ」
 丸焦げになった獣人を見て、カルキノスはそうつぶやいた。


 穴からようやく脱出して。
 意外にも、戦意消失して気絶してしまった獣人を介抱したのはダリルだった。
(へぇ……)
 カルキノスはそれを見て、わずかに驚いた。
 彼がこうして、被害者の身を案じるとは。これまでのダリルを知っているカルキノスにとっては、昔では信じられない光景を目の当たりにしている気分だった。
 それでも、戦闘の際の容赦のなさは変わらない。
 それがダリル・ガイザック。ルカの剣の花嫁だった。
「少しずつ変わってるのかね」
 横に来た淵が言う。
「どうだかな。それならば、良いが」
「こいつもルカの影響じゃないか?」
 冗談でも口にしたように笑う淵とカルキノス。
 そんな二人を知らずに、ルカがダリルへと駆け寄ってきた。なにやら少し話し込むと、ダリルが彼女を叱りつける様子が見て取れる。ぶーっと口を尖らせて、ルカはすねてしまった。
「いったいなんだ?」
「弁当でもせがんだんじゃない? お腹すいたーってさ」
「……まったく、あいつは」
 カルキノスは呆れて、ため息をついた。
 しかし、ダリルの横顔を見ていると少し嬉しそうにも見える。
 ああ、そうか。自分もダリルも、淵も、彼女と一緒にいることで少しずつ変わっていっているのかもしれない。
 そう考えて、カルキノスは今度は、自嘲する意味でのため息をついた。