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スパークリング・スプリング

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スパークリング・スプリング
スパークリング・スプリング スパークリング・スプリング

リアクション




第6章


「か……『風が吹いたと思ったら太っていた』
 な、何を言っているのか分からないかと思うが、ワイにも分からねぇ。
 催眠術とか超」
「ああ、スプリングとフトリのヨーグルトのせいじゃ」
 混乱する七刀 切(しちとう・きり)の台詞の流れをぶった切ったのはツァンダ付近の山 カメリアである。
「そ、そんな! 最後まで言わせてくれよぅ!!」
「やかましいわ。今それどころではないというのに」
 風森 巽と物部 九十九率いるダイエット移動術のメンバーに巻き込まれたまま運動を続けているカメリアとウィンター・ウィンター。
 そのカメリアから兄と慕われている切であるが、すっかり太ってしまったお互いの姿に動揺を隠せない。

「そ、そんな、ワイはともかく可愛いカメリアまでこんなに太ってしまうなんて、いったい何があったんだ!
 確かに、ちょっとふっくらしてても可愛い子もいるけど、カメリアは違うんだ!
 カメリアはロリっ娘だからいいんだ!
 ちんまくて! ぺったんこで! ぺったんこで!! ぺったんこで!!!
 着物が似合ってキレイだけど可愛くてロリババァで!! ぺったんこなんだよおおおぉぉぉ!!!」

「じゃから人の話を聞けというに!!!」

 カメリアの突っ込みも、ちょっと精神が遠くに行ってしまった切には届かない。
 そこに、更に茅野 菫(ちの・すみれ)が乱入した。
「あ、カメリアじゃん!何そのカッコ!! やーいデーブデーブ!!」
「な、なにぃっ!? お主じゃって似たような――あ、何じゃその格好は!? ず、ずるいぞ一人だけっ!!」
 菫もまたヨーグルトを食べていたせいで体重は16倍ほどに跳ね上がっていたが、どうも彼女の太り方は特殊だった。

 何しろ、本来であれば腹部に集中するはずの脂肪が胸部に集中し、骨と筋肉が未発達な身体を成長させてしまい、やや身長も伸びてすらりとしたダイナマイトなワガママボディに成長してしまったのである。

「へっへーん、あたしはデブじゃないもんねーっ!! でもカメリアはデブじゃん、でーぶでーぶひゃっかんでーぶ!!」

 しかし、精神の方が肉体に反比例して幼児化してしまったのだろうか、カメリアのデブっぷりがツボに入ってしまったのか、菫はカメリアをからかい続けた。
「な、何だとぅっ!! カメリアは可愛いロリっ娘なんだ、デブじゃないんだよおおおぉぉぉ!!!」
 そこに、カメリアを庇おうとしてズレた主張を重ねる切が加わるものだから、もう手に負えない。
「はぁ……スプリングも捕まえなければならんのに……どうしたらいいんじゃ……」

 と、そこに。

「あらー、どうしたのカメリア、すっかり太っちゃってー!!」
 しばしツァンダの街を開けていた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が帰ってきた。
「わっ、いったいどうしたんだい、カメリア!?」
 驚く二人を見て、カメリアは事情を説明する。
「おお、美羽とコハクか。実は……」

 一通りの事情を聞いた美羽とコハクは、大きく頷いた。

「なるほど……これは放ってはおけないね、美羽」
「ええ……一刻も早くウチの娘を元に戻さなくっちゃ!!」

「おお、お主らがいれば心強い……娘? あ、お主らもしかして!?」

 よく見ると、美羽もコハクもぐるぐる目でした。

「お、お主らも春の嵐でおかしくなっておるのじゃな!!」
 その通りだった。美羽もコハクも街に戻った瞬間に春の気にあてられて、いつかのようにカメリアを自分たちの娘のように錯覚してしまったのである。

「さぁ、行きましょうカメリア!! 事件の原因であるスプリングを追うのよ!!
 あ、これお土産ね」
「――着られんわっ!!」
 美羽がお土産として持ってきた『月の石』と『スペースセーラー服』をとりあえず荷物の中にしまうカメリアだった。

 後で着るんですか、それ。


「……た、助けてくれ……」
 そのカメリアに声を掛けたのが、よく行動を共にしている天津 麻羅(あまつ・まら)であった。
「ど、どうしたのじゃ麻羅、その姿はっ!?」
 ご多聞に漏れず、麻羅もまたヨーグルトの被害者である。その体重は11倍に跳ね上がり、また体型も街の人々やカメリアと同じように太っているのであるが。
 カメリアが驚いているのはそこではなく、普段ならば決して着ないであろう可愛いフリフリワンピースを着ていることである。
 そして、その背中にパートナーの水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が抱きついて離れないことである。
「つ、椿……わしはもうだめじゃ……緋雨が……緋雨が……」
「ひ、緋雨ならお主の背中に張り付いておる、どうしたのじゃ、麻羅!!」
「ひ、緋雨がわしに可愛い服を着せるのじゃ……しかもご丁寧にLLサイズの服を……しかもいちいち抱き心地を確かめに抱きついてくるのじゃ……もう耐えられん……」

「なんじゃ、いつも通りではないか」

「あ、その声はカメリアさん……カメリアさんも激しく太っちゃったのねー……ふふふ……ちゃんとカメリアさんのサイズの服もあるわよ〜♪」
 名前を呼ばれた緋雨は、顔を上げてカメリアと視線を合わせる。
「ひっ!!」
 カメリアは本能的な危険を感じて後ずさる。
 春の嵐の影響を受けてテンションが最大まで上がってしまっている緋雨は、これでもかとばかりに太った麻羅に可愛い服を着せまくり、逆に精神にマイナスの乱調を受けている麻羅は、その精神攻撃に耐えられずグロッキーに陥っているのである。

「椿よ……わし亡きあと、緋雨を頼む……緋雨を立派な鍛冶師に……あとわしの墓には十四代の龍泉大極上諸白を備えてくれ……」

「しっかりしろ麻羅!! 可愛い服の着すぎで死んだ者はおらん!! あとそんな高級純米大吟醸、飲んだこともないわっ!!」


 もうワケがわからない。混乱するカメリアに、さらなる試練が襲う。


「わーんっ!! カメリアちゃーんっ!!!」
「えーいっ、今度はなんじゃーーーっ!!?」

 横一直線に飛んできたのは琳 鳳明(りん・ほうめい)である。

「うえぇ〜ん、聞いてよカメリアえも〜ん!!」
「誰が未来から来た青い猫型機晶姫かっ!!」

 鳳明の話はこうである。
 ツァンダの街を訪れた途端に襲われた言いようのない不安を解消するため、公園で八極拳の練習に励んだ鳳明。
 そうしてちょっと励みすぎた結果として地面にヒビが入り立ち木が枯れ、周囲の住民から苦情が寄せられて皆さんに怒られた、という始末である。

「もう行くところがないよぉ〜!!
 それになんだかすっごく心細くってさぁ〜!! なんか周り見るとカップルさんばっかりだし!!
 そりゃあ私にだって片思いの相手くらいいるよ?
 いるけどここんとこずっと会えてないし、もう嫌われちゃったかなとか、すでに忘れられてるんじゃないかとか、色々考えちゃって!!
 会いたくても会いにいけないし、引越し先まで押しかけたらきっと嫌われちゃうよね?
 迷惑だけはかけたくないし、私いったいもうどうしたら……ううぅ……」
「あー……そりゃあ災難じゃったのぅ……とりあえず理由のない不安定感はじきに薄れるから、大丈夫じゃ、安心せい……の」
 泣きじゃくる鳳明の頭をよしよしと撫でるカメリア。
「うう……うん、ありがと……カメリアちゃんは太っちょさんでもいい子だね……ふえぇ」
「太っちょは余計じゃ……というか、お主が来ているということは、あ奴も来ておるのかっ!?」

 その言葉を待っていたかのように、鳳明のパートナーである南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)が姿を現した。
「ふふふ……そのとおり」

「ひ、ヒラニィっ!?」
 その姿を見たカメリアは驚きの声を上げる。
 何しろ、久しぶりに見たライバルが一気に10倍くらいの体重になった姿を見たら驚かないほうがどうかしている。
 ヒラニィは同様に太った姿のカメリアを指差し、笑う。
「うはははは! カメリア!! お主すっげぇデブだなっ!! 日頃の不摂生が腹に出たかっ!?」
「お……お主もヨーグルトを食べていたのか……!?」
 だが、ヒラニィは黙って首を横に振る。
「いいや、わしはヨーグルトなど食べてはおらん!!」

「……はい?」

 あっけに取られるカメリアをよそに、ヒラニィは続ける。ヨーグルトを食べてはいないのなら、推定体重10倍くらいに見えるヒラニィにはいったい何が起こったというのだろう。

「いやぁ、春から夏にかけて食べ物が美味くてなぁ。
 ほら、わしっていつも何かしら食ってるだろぉ?
 まるで夏休みの大学生のように食っちゃ寝を繰り返してはすっかり太ってしまってなぁ。
 気付いたら体重もすっかり300kgのうなぎ昇りよ、うわははははは!!!」

「不摂生が腹に出とるのはお主の方じゃろうがっ!!!」

「返す言葉もない……こうなったらダイエットかのう……うう……」
 上ってしまったテンションの裏返しか、今度は逆にテンションがだだ下がりするヒラニィの肩を、カメリアがぽんと叩く。
「そうじゃなぁ……ヨーグルトの方じゃったらなんとかなるんじゃろうが……天然太りの方はのぅ……」


「とぅっ!! スーパーボディプレスっ!!」
「うわぁーっ!! 危ないでスノー!!」
 危ないというか、上空からのボディプレスにすっかり押し潰されたのはバナナを食べていたウィンターである。
 ボディプレスをかけたのは茅野 菫。今までは重くなった身体を移動するために空飛ぶ魔法で飛んでいたのだ。
 それをウィンターの頭上で解除したものだから、自然とその重量で押しつぶされることになったのだ。
「な、何をするのでスノー!?」
「何じゃないでしょっ!? 聞けば街で激太りが増えてる原因はスプリングだっていうけど、元はと言えばウィンターが悪いんじゃん!!」
「う……や、やっぱりそうなのでスノー?」
 菫の一言にウィンターは考え込む。
 先ほどライカにも言われたことだが、仲直りするにはどうすればいいのだろうか。ただ単に謝ればいいのだろうか。

「うわっ!?」
 それはそれとして、普段の16倍にもなった菫のボディプレスである。地面にヒビが入り、その周囲がちょっと揺れた。
 そのせいでライカのパートナー、アギオス・プライ(あぎおす・ぷらい)がバランスを崩して地面に倒れる。

「な、何をする!! 危ないではないか!!」

 抗議をするアギオスだが、菫は魔法を解除したせいで動けない。
「ふーんだ、そんなところでぼーっとしてるほうが……って何それ、あんた」
 菫が言葉を詰まらせたのも無理はない。
 何しろ、アギオスは何故か両目に眼帯をしていて、一見すると前が見えていないように見える。

「……何で両目に眼帯? 見えるの、それ」
 それに対して、アギオスは声高に宣言した。
「ふはははは!! 何しろ花粉がひどくて目が痒くてかなわんのだ!!
 だがこうすれば花粉など敵ではない!! この俺様の頭脳に驚いたか、愚民どもめ!!
 さあこのヨーグルトと春の嵐とやらを利用してこの俺様の世界制服を実行に――ってあれっ!?」

 両目に眼帯をしたらそれは見えないだろう、という菫の突っ込みを待たずに走り出そうとしてもう一度ひっくり返るアギオス。
 手に持っていたヨーグルトは宙を舞い、ライカのもう一人のパートナー、スティーデ・ゼルニナ(すてぃーで・ぜるにな)を襲った。

「――きゃっ!?」
「む、今の声は天使? だがしかし見えん、見えんぞおおおぉぉぉ!!」
 いったい何が行われているのか、アギオスにはまったく見えない。いったい世界はどうしてしまったというのだろう。先ほどまでは世界は暑い夏の日差しと共に暖かい春の風を届けてくれていたではないか。
「――眼帯取れよタコ」
「おお、その手があったか!!」
 菫の的確な突っ込みがようやくアギオスの耳に届いた。

 そして、ようやく眼帯の片方をはずしたアギオスが見たものは。

「――ア、アギオスさん……?」
 物音に振り返った途端に、顔面にヨーグルトを引っ掛けられて驚き、その場にへたりこんでしまった美少女、スティーデ・ゼルニナであった。
「な、ななななんだその格好はっ!?」
 春の嵐の影響でスティーデはほんのりと顔面が紅潮し、瞳が蕩けたように潤み、ぺたんと座り込んでいる。
 夏の暑さと春の暖かさにちょっと汗ばみ、高揚する精神状態にちょっと息も荒い。
 そこに、白いヨーグルト状の半粘性の液体がひっかけられてちょっとイヤンな絵面になってしまったのである。

 もちろん顔にかかっているのは、ヨーグルトのようなちょっと粘性のある白濁した――ただのヨーグルトなので悪しからず。

「ブハァッ!!」
 だが、その一瞬で色々と邪な感想を抱いてしまったアギオスは鼻血を噴いてその場にぶっ倒れる。
「きゃあっ、アギオスさん、どうしたのですか、さっき何もないところで転んだのが恥ずかしかったのですかっ!?」
「や、やめろ天使!!
 そんな顔で近づくな!!
 まず顔を拭け!!
 そして荒い息遣いで見つめるな!!
 あまつさえ潤んだ瞳で下から見上げるな!!!」
「大丈夫です、ピピピッピーノ神はいつも貴方を支えてくださっています!!」

「ぴぴぴっぴー……何?」
 再度菫が突っ込む。スティーデは守護天使であるが、色々な信仰があるものだな、と菫は遠くで思った。

「さぁ、心を穏やかにアギオスさん。心の内の神はいつも貴方を見守っています。
 重要なのは己の失敗を恥じることではありません。失敗したことを失敗したと思い込んでしまうことがいけないのです。
 それは失敗ではなく、次のプロセス、新たなステップへと進むためのとても大切な課題なのです。神は……」
「や、やめろ!! 妙な電波を発するな!! うわあああぁぁぁ……」

 数分後。

「ふふふ、ははは、はーはっはっはっは!!! この程度の失敗で躓く俺様ではない!!
 世界征服の夢へと向けてまっしぐらに突き進んでくれる!!
 貴様らはそこで見ているがいい、この俺様によって美しく緑色に染められていく世界を!!
 まずは失われていく自然を取り戻すための植林だ!! 汚染を食い止めるためのリサイクルだ!!
 この世界は俺様のものだ!! 無断で汚すことなど許しはしない!!」


 洗脳完了。


「ああ……素晴らしいですアギオスさん。世界の緑化と美化に貢献しようなんて、なんと素晴らしい精神でしょうか……!!」
 感動に涙するスティーデとアギオスは、なんだかステキな彼らの理想に向けて一直線に突き進んでいくのだった。

「あれ、スティとアギオスは?」
 ふと、ブレイズに抱きついてたライカが気付いた。
「アギちゃんだったら笑いながら二人でどっか行ったっすよ」
 のほほんと答えるのはエクリプス。
「そっかー。ま、晩御飯までには帰ってくるよね」
「そっすね」