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【第二話】激闘! ツァンダ上空

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【第二話】激闘! ツァンダ上空

リアクション

「それとですね。実はアカーシ博士と雪姫に見てもらいたいものがありまして」
 リフトから降りるイーリャに手を貸した後、ルースは軍服のポケットから取り出したデータディスクを、機体の整備に使用するコンピュータに挿入する。
「それは?」
 端末のキーボードを叩くルースの背後から画面を覗き込み、問いかけるイーリャ。それに対し、ルースはキーボードを叩きながら振り返らずに答えた。
「あの黒い機体と交戦した機体が収集した戦闘データです。今回の戦闘であの黒い機体と交戦した機体は複数存在しますが、そのどれも大破せずに済んだもんで。おかげで無事だったコクピットのコンピュータからデータを回収できましたよ。で、これがそのデータですよ――っと」
 説明を終えると同時にデータを表示し終えると、ルースはイーリャと雪姫に席を譲るように端末の前から立つと、横へと退く。代わって端末の前に座ったイーリャと、相変わらず横から覗き込む雪姫がデータに目を通し終えたのを見計らってルースは二人に問いかけた。
「戦闘中、あの黒い機体が何度も見せた瞬間移動みたいな技――あれが一体何か……見当は付きそうですかね? これも軍人の勘なんですが、どうもワープや何やらの類とは違う気がするんですわ」
 問いかけられたイーリャはルースを振り返ると、殆ど考える時間も要さずに答えた。
「流石はマキャフリーさんですね。その通り――これはワープではありません」
 頷きながらそう答えると、イーリャは画面に表示されている複数のウィンドウのうち、まずは戦闘時の映像が再生されているウィンドウを指差した後、今度はその隣にあるウィンドウ――計測された各種数値の列挙されたウィンドウを指差した。
「敵機が瞬間移動を行ったこの瞬間、確かに巨大なエネルギー反応が観測されていますが、ワープの際に発生するエネルギーではなく単純な運動エネルギーです。加えて空間の歪みも観測されていない」
 そう説明されたはいいものの、ルースにしてみればより一層困惑することになっただけだ。
「空間の歪みはないが運動エネルギーはある……しっかし、自分で言っといて何ですが、これがワープでないとすると一体全体何なんでしょうね?」
 困った顔でぼやくようにこぼすルースにイーリャは研究者らしい理路整然とした口調で説明し始めた。
「この機体が行ったのは特徴である超高機動性を活かしての瞬間的な急加速と急減速、もとい最初から最高速度での発進と最高速度からの完全停止です――たった一瞬の加速で最高速度まで到達し、ごく短距離を移動した後に急制動をかけ、またも一瞬で減速。そして即座に停止する。相手の背後に瞬間移動したり、相手からの攻撃を紙一重で避けたのはこの移動方法をごく短距離で行ったことによるものでしょう。魂剛のアンチビームソードが斬ったにも関わらずすり抜けたのは、一瞬で超加速して移動したことによる残像を斬ったからかと」
 そこまで説明したところで、イーリャは一度言葉を切ると、僅かに俯いて小さく首を振った。
「いえ……その言い方も正確ではありませんね。正確には……矛盾を承知で強いて言えば『既に最高速度に到達した状態から発進する』という方がまだ正しいのかもしれません。レースなどで用いられるロケットスタートですら、スタート時から最高速度に達するまでは僅かながら『過程』を要しますが……この機体の機動性にはその僅かな過程も存在しない……その可能性は高いと思われます」
 イーリャの説明の巧さも相まって、ルースはすぐに事実を理解した。そして、それと同時に驚愕に息を呑む。ややあってルースは驚愕のあまり若干興奮したような声を出す。
「ちょっと待ってくださいよ……未来人には驚かなかったオレですがね。いくらなんでもこれに驚くなと言われても無理だ。軍用機に限らず航空機は発進からトップスピードに至るまで『加速』という『過程』が絶対に存在する……いや、何も航空機に限ったことじゃない、んなこと言ったら車両や船舶だってそうだ。その逆――制動にしたって、『減速』の『過程』が確かにあって、そんでもって『停止』って結果が存在する……動くにしろ止まるにしろ、『原因』と『結果』しか存在しないなんてあり得ませんぜ」
 そんなルースにに向けて、イーリャはゆっくりとした声で一言一言はっきりと発しながら告げる。
「もちろん。物理法則の中で行われている運動である以上、極少……いえ、極々少というレベルの微細な『過程』は存在するのかもしれません。ただし、もはや殆ど存在しないのと同義ですが」
 未だ驚愕と興奮が冷めやらぬ様子のルースに向けて、イーリャは対照的に平静さを保ったまま結論付けた。
「――即ち、『過程』が存在せず、『原因』と『結果』だけが存在する0か1……いえ、0か100の超絶的な機動。それこそが、この機体が行う瞬間移動の――正体です」
 イーリャからの説明を受けた後、余りの驚愕でしばらく絶句していたルースだったが、ふと何かを思い出したような顔になる。
「どうかしましたか?」
 ルースの変化を見て取ったイーリャが問いかけると、ルースは難しい顔をしながら口を開いた。
「いえね、たった今アカーシ博士から『『原因』と『結果』だけが存在する0か100の機動』って言葉を聞いて思い出したんですが……以前、教導団でも次世代のイコンを開発しようって動きが起きた時、いくつもの新案が出されたんですが、その中の一つにこれと同じようなコンセプトの案が出されてたんですよ」
 今度はイーリャが驚愕で絶句する番だった。一方、ルースはまだ難しい顔をしている。
「ただし、その時点では試作品の試作品の試作品、そのまた試作品あたりだかが完成した段階だとかで、あくまで参考程度ってレベルの公開だったんですわ――ただ、もしアカーシ博士が言うように、あのテロリストどもの機体が数十年先の未来から持ち込まれたものだとしたら、ちょうどその頃には完成品が出来上がってる頃だろうな……なんて思いましてね」
 聞きながら、イーリャ自身は気付かないうちに声が震えだしていた。驚愕の事実を語るルースに向け、イーリャは震える声で恐る恐る問いかける。
「……その理論を提唱した開発者の名前……わかりますか?」
 震える声で問いかけられたルースは、難しい表情をより一層強めた。
「それに関してさっきから思い出そうとしてるんですが、なかなか思い出せなくて申し訳ない。なにせ、当時としては参考までの公開だった上に、余りにも無茶な理論な上に完成予定時期が数十年先とも言われてたこともあって、みんな話半分に聞いてたようなもんだったんで……まぁ、後できちんと調べればわかるかもしれませんが――」