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学生たちの休日9

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学生たちの休日9
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「それで、イルミンスールからは、接続許可はでたのか?」
 宿り樹に果実の隅の席に座った武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が、天城 紗理華(あまぎ・さりか)に訊ねた。
 現在、武神牙竜たちが研究している物はコーラルネットワークへの接続装置であった。
 以前、イナンナ・ワルプルギス(いなんな・わるぷるぎす)の協力で、カナンでコーラルネットワークに接続するシステムを実稼働させた実績がある。ただし、システムの常設はイナンナ・ワルプルギスから許可が下りなかったのでシステム一式はカナンから龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)が引き上げていた。
 それらを再構築して、コーラルネットワークへの自由な接続システムを作ろうというのである。それによるメリットは計り知れないだろう。パラミタ中の世界樹と意思疎通が可能となるのである。さらに、ニルヴァーナでも、世界樹らしき物が発見されたとの報告もある。もし、それが本当に世界樹だったとして、それともコーラルネットワークを通じて接続することができれば、パラミタ・ニルヴァーナ間での高速通信も可能になるかもしれない。
 現状で分かっていることは、コーラルネットワークとは、世界樹間のネットワークであること。人々の想いを世界樹が受けとめたことがあること。コーラルネットワークで、世界樹同士で生命力の供与ができること。
 資材は龍ヶ崎灯がすでに準備し、プログラム解析は重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)が担当している。全体的な開発は、武神 雅(たけがみ・みやび)が担当だ。
 準備は整ったが、実際に再び接続できるかどうかは試してみなければ分からない。そのための基本的な許可をとりにイルミンスールへとやってきたわけなのだが、話が技術的なことになるため、説明はエリザベート・ワルプルギス校長では無理なので、教師陣からの指定で臨時代理として天城紗理華とアリアス・ジェイリル(ありあす・じぇいりる)がやってきていた。もっとも、二人とも細かいことになると分からないので、本質は伝言係に近い。
「結果から言いますと、実験は不許可です」
「それはどういうことかな。こちらの準備は充分に整っているはずだが」
 武神雅が不満そうに聞き返した。
「その準備が不十分と言うことでした」
「だが、カナンでは実際に接続できていたはずです。システムはそれをそのまま持ってきています」
 コーラルネットワーク自体は、カナンに存在する物もシャンバラに存在する物も同じ物であるはずだと、龍ヶ崎灯が聞き返した。武神牙竜らは、以前カナンにおいて、イナンナ・ワルプルギスの協力の下、世界樹セフィロトを通じて、コーラルネットワークに接続したことがある。それによって、遠く離れたイルミンスール魔法学校から各種の情報を送ってもらい、それを受信したという経緯がある。
「確かに、それは確認している」
 重攻機リュウライザーがうなずいた。データの受理ができたことは確かな事実だ。
「では、お訊ねしますが、そのとき使用されたインターフェースの形状は? それを世界樹セフィロトのどこに接続しましたか? そのときの通信相手は本当に世界樹でしたか? そして、使用したプロトコルの名称は? はたして、それは双方向通信でしたか?」
「それは、どうなんだ?」
 アリアス・ジェイリルに立て続けに質問されて、武神牙竜が助言を求めるように武神雅を見た。
「基本的には、現在使用されているインターネットのプロトコルを使用しました。そうでないと、イルミンスールからセフィロトへ送られてくるデータがデコードできませんから。やりとりしたのは、人名などのデータで、回線としてコーラルネットワークを使用しています。インターフェースは、セフィロトの直下で接続することができませんでしたから、世界儒家にす慣れた場所から無線LANによって電波で直接コーラルネットワークと接続しています」
 武神雅が、以前の状況を説明した。
「まず、根本で勘違いがあるようです」
 天城紗理華が説明を始める。
「まず、コーラルネットワーク自体は、アストラル界を介して世界樹同士が意思を疎通させる物です。かなり特殊な物で、一番近い物が強化人間のテレパシーでしょうか。ただし、そのようなシステマチックな物ではなく、世界樹自体の持つ世界の理に属するような自然の物のようです。そのため、やりとりされるデータは世界樹の思考パターンによるもので、これがプロトコルに当たるようです。ですから、言語パターンの違う人間では、それを解析しない限りデータのやりとりができません。実際、カナンとイルミンスールの間で交わされた通信は、世界樹が発信したものではなく、あなた方のように、それぞれの担当者が発信した人間のデータです」
「つまり、世界樹語を翻訳できなければ、世界樹に意志を伝えることは不可能と言うことか? だが、世界樹は、私たちの想いを受け取ってくれたじゃないか」
 過去の出来事と矛盾していると、武神牙竜が聞き返した。
「それは、世界樹がパートナーを通じて、人の思考を伝えてもらったからです」
「だったら、パートナー以外の言葉だって伝わるはずだし、逆もまた可なのではないのか?」
「世界樹のパートナーが、伝えてくれたからこその奇跡です。確かに、パートナーが世界樹の思考を説明してくれれば、意味は分かります。けれども、それは世界樹の考えていることが分かるのであって、世界樹の言葉が分かるという意味ではありません」
 天城紗理華が淡々と武神牙竜に答えた。
「カナンの場合、イナンナ様がインターフェースとなってそちらのデータのやりとりをされています。イナンナ様の巫女たちが御神託を得て、データを変換していたわけです」
「も、もしかして、もの凄いアナログだった!?」
「やりとりが人名データ中心のレポートだったはずですから、データ量からしてそういうことになりますね」
 つまりは――。
 収集されたデータをエリザベート・ワルプルギスに伝える。それを、エリザベート・ワルプルギスが世界樹イルミンスールに伝える。それを、世界樹イルミンスールがコーラルネットワークを利用して世界樹セフィロトに伝える。それを、世界樹セフィロトがイナンナ・ワルプルギスに伝える。イナンナ・ワルプルギスから信託を得た巫女たちがそれをデータに打ち込んでいく。打ち込まれたデータを無線LANで武神牙竜たちのパソコンに送る。武神牙竜たちがそのデータを見る。
 ――ということになる。
 それでも、通信施設のない当時のカナン・シャンバラ間で通信ができたのであるから、効果としては充分なものではあるのだが。
「つまり、現状で人が科学技術でコーラルネットワークに接続する方法はないのか?」
「そういうことになりますね。世界樹にインターフェースやコネクターは存在しませんし、どこでもいいから端子を突き刺せばいいというわけでもありませんから。電波を思念波に相互変換する技術があって、なおかつ、コーラルネットワークの存在するアストラル界にそれを送り届ける方法があればどうにかなるかもしれませんが。それ以前に、そのようなアクセスがあれば、ユグドラシルとアガスティアが全力で排除に働くと思います……」
 全ての世界樹が人に対して協力的であるとは限らない。いや、むしろ、イルミンスールでさえ、平時の介入には強力な拒絶反応を起こすとさえ考えられた。
「でも、できたのだから、また世界樹のパートナーに接続してもらえば……」
「あなたは、エリザベート校長に、常時そのシステムとやらに接続した生きた部品になれとでも?」
 世界樹のパートナーの協力が必要であるのなら、イルミンスールの場合は、エリザベート・ワルプルギスが常時そのシステムに接続している必要があることになる。
「そこまでは……」
「同じことです。それに、世界樹に簡単に意志を伝えられると言いますが、なんのためにそうするのですか? おそらく、ユグドラシルであれば、自分を都合よく使役するための方便だと思うでしょう。扶桑とイルミンスールの件を全ての世界樹は知っていますから、人の願いは世界樹の存在を危うくすることがあると考えています。それゆえ、世界樹はパートナー以外の思いには懐疑的です」
「しかし、かつては、俺たちの想いは届いたはずだ」
「正確には、世界樹のパートナーを含む人々の思いですね。あくまでも、パートナーが介在しての、総意としての思いです。主体はパートナーであり、全体であり、個々ではありません。それゆえ、世界樹は常時の意思疎通はパートナー以外とは望んではいないと言うことです」
「うーん、まだまだ研究の余地はあるというわけか」
 武神牙竜が、腕を組んで考え込んだ。
「根本から考えなおさないといけないでしょう。世界樹に思いを届けると言うことがどういう意味であるのかを。むしろ、世界樹の思いを聞くことの方が大切なのではないでしょうか。人々の思いという言葉は耳に心地よいものですが、それが個人からの強制的な要求とどこが違うのかを明示できなければ、世界樹は聞く耳を持たないでしょう。また、世界樹の声を聞こうとしない者に、世界樹は語りかけてはくれないでしょう。しかも、コーラルネットワークに接続すると言うことは、自分たちが世界樹と対等の存在だと声高に宣言することにもなりますから、全ての世界樹に対してその立場を示して認めてもらわなければ無理だと言うことです」
 コーラルネットワークに参加できるのは世界樹だけである。すなわち、コーラルネットワークにダイレクトに接続するのであれば、その者は自分が世界樹そのものであるか、あるいは、世界樹とまったく同等の高位の者であると他の世界樹に認めさせなければならない。ハードルは、絶望的に高い物であった。
「わたしたちが、世界樹を利用しているのではないと証明できなければいけないわけですね」
 武神雅の言葉に、天城紗理華がうなずいた。
「しかも、言葉だけではなく。――以上で、イルミンスール魔法学校としての教師陣からの伝言は終わりです。コーラルネットワークに関する何らかの提案があれば、また書類で提出してほしいとのことでした」
 杓子定規に、天城紗理華が告げた。イルミンスール魔法学校の教師たちとしては、無理なことは書類審査で即刻落としてしまおうというのが見え見えだった。