校長室
学生たちの休日9
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★ ★ ★ 「相変わらず、空京って言うのは騒がしい街だな」 サングラスをかけたシニストラ・ラウルスが、表通りを歩きながらぼやいた。否応なしに、緋王輝夜のシャウトが耳に聞こえてきていた。こういうとき、耳のいい獣人というのは逆に不便なものだ。 「あら、にぎやかでいいじゃない」 シニストラ・ラウルスの腕につかまりながらデクステラ・サリクスが楽しそうに言う。 二人とも、目深に帽子を被って、顔などはわかりにくいように一応変装はしている。 「まったく。仕事でなけりゃ、もっと静かな所でのんびりしている物を……」 「単なるタクシー代わりの仕事じゃない。でも、まだ時間はあるから、のんびりしようよ」 「やれやれ……」 早くクライアントが来てほしいものだと、シニストラ・ラウルスが溜め息をついた。それまでは、いろいろとデクステラ・サリクスのわがままにつきあわされそうだ。 ★ ★ ★ 「あっ、しまった。そういえば私、今日は先約があったのをすっかり忘れていました。すみませんが、ここから別行動を取らせていただきます」 「お、おい、月琥……」 唐突に瀬乃 月琥(せの・つきこ)に言われて、瀬乃 和深(せの・かずみ)が戸惑った。 だいたい、今日買い物に行こうと言いだしたのは瀬乃月琥だ。それが先客があったと言いだされても、瀬乃和深としては戸惑うばかりである。 「せっかくですから、デートのつもりで楽しんできてください」 止めるのも聞かずにその場を去ろうとする瀬乃月琥が、すれ違い様に瀬乃和深の耳許でささやいた。 はめられた! 唖然とした瀬乃和深は、そのまま瀬乃月琥を捕り逃がしてしまった。後に残ったのは、瀬乃和深と上守 流(かみもり・ながれ)の二人きりである。これでは本当にデートのようではないか。 「さて、どうしたものですか……」 取り残された感じになってしまい、戸惑っているのは上守流も同様であった。 「うーん、このまま帰るのも馬鹿らしいぜ。とりあえず、少し散歩でもするか」 そう言うと、瀬乃和深は上守流を伴って歩きだした。 二人とも、最初は瀬乃月琥の買い物につきあうつもりだったので、これといった目的もない。できることと言ったら、手っ取り早いのはウインドウショッピングだ。 ちょっと周囲をキョロキョロとしながら、瀬乃和深と上守流はならんで歩いていった。 「ブティックがあるなあ。なんだかぴらぴらした服がならんでるぜ。流は、ああいうのは着ないのか?」 「着てほしいのですか」 「ううむ……」 予想もしていなかったきり返しに、瀬乃和深は展示されていたゴスロリ衣装を二人で着ている姿を想像してみた。上守流が普段は着物姿なので、なんだかもの凄く新鮮であると同時に、やたらと気恥ずかしい。 「何か想像していませんか?」 「い、いや、何も……。さあ、次の店でも冷やかしに行こうぜ」 そう答えると、瀬乃和深は歩きだした。 ★ ★ ★ 「なんだか多い……」 「えっ? リーダー、どうかしましたかあ?」 ボソリとつぶやくココ・カンパーニュに、チャイ・セイロン(ちゃい・せいろん)が聞き返した。今日は、買い出し係として二人で空京に来ている。いや、実際にはジャワ・ディンブラ(じゃわ・でぃんぶら)も一緒だったのだが、まさかドラゴンの姿のままで街中を歩くわけにも行かず、公園で留守番だ。 「カップルが多い……」 「まあ、それわあ、別に珍しいと言うほどのお、ことでわあないのでわあ?」 確かに、チャイ・セイロンの言う通りだ。都会であれば、石を投げればカップルに当たる確率は、それほど低くはない。だが、今さらそれがなんだというのだろうか。 「いいなあ……」 「まあ、リーダーもお年頃……」 「ちがわい!」 「危なあい!! リーダーに叩かれたらあ、潰れちゃいますからあ」 照れ隠しにはたこうとするココ・カンパーニュから、あわててチャイ・セイロンが逃げた。 「だいたい、なんで今頃お、そんなことを……」 「だって、便利じゃないか」 「まあ、それはそうですけどお」 なんだか、彼氏の判断基準がずれているような気がするのだが……。まあ、最近のアルディミアク・ミトゥナとアラザルク・ミトゥナの姿を見ていれば、人肌恋しくなったのも分からなくはない……かもしれない。 「それでしたらあ、合コンでも開いたらよろしいのでわあ?」 「それだ!」 何気ないチャイ・セイロンの言葉に、ココ・カンパーニュが反応した。 ★ ★ ★ 「ビューティーコンテスト?」 街角のポスターを見つめて、ドラゴニュートのお嬢さんがミニシルクハットの角度をちょっと直した。 「ちょっと出てみようか……」 興味を持ったのか、彼女はじっとポスターを見つめ続けた。 ★ ★ ★ ちょいちょい。 いつも通り、空き時間をシャンバラ宮殿の高層エントランスに詰めて、自主高根沢 理子(たかねざわ・りこ)護衛を務めていた酒杜 陽一(さかもり・よういち)は、前列のソファーの背もたれからにょっきりとのぞいた不審な手に手招きされた。 すわ不審者かと慎重に前に回り込むと、エントランスの長いソファーにべったりと寝そべるようにして高根沢理子がいた。 「り、理子さん!? こんな所で何をしているんですか?」 驚いた酒杜陽一が、思わず同じようにソファーに寝そべって身を隠しながら高根沢理子の所まで匍匐前進をしていった。 「しっ、気づかれるわよ。ここまでは無事に逃げてきたけれど、敵は手強いわ」 「はあ、敵ですか……」 いったい誰のことだろうかと、うすうす分かりながらも酒杜陽一が口に出して言った。 「そこでお願いがあるんだけれど……」 「敵を引きつけて、騒ぎを起こせばいいんですね」 「その通り。分かってるじゃない。私がちょーっとだけ下町で羽をのばしてくる間だけでいいんだけれど……」 「お任せください」 ソファーに寝そべって顔つきあわせながら、高根沢理子と酒杜陽一が悪巧みを続ける。相変わらず、高根沢理子は、仕事をセレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)に押しつけて脱走する癖があるようだ。 「そこまでよ。話は全て聞かせてもらったのだ!」 突然の声に、酒杜陽一と高根沢理子がぎょっとして振り返った。 見れば、背もたれの陰からセレスティアーナ・アジュアがすっくと立ちあがる。 「確保するのだ!」 仁王立ちになって、セレスティアーナ・アジュアが命令した。即座に、前列のソファーの陰から皇 彼方(はなぶさ・かなた)とテティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)が飛び出して酒杜陽一と高根沢理子を押さえ込む。 「男の方はポイしてしまえ。さあ、理子、観念して書類のハンコ押しに専念するのだ!」 「いやだあ、ハンコ1000枚なんて、なんて罰ゲームよ!」 酒杜陽一をポイした皇彼方とテティス・レジャに両脇を固められた高根沢理子が叫んだ。 「公務であろうが! 問答無用で連行!」 容赦なくセレスティアーナ・アジュアが命令する。 「ああ、理子様!」 他のロイヤルガードに行く手を阻まれて、酒杜陽一がむなしく高根沢理子の名を呼んだ。もともと高根沢理子の戯れなのでお咎めもないが、ここで追いすがって暴れたりしたら確実に鉄格子の中で一晩頭を冷やすことになりそうだ。 「つ、次こそは……」 なんだか、連続ドラマの敵幹部のような台詞をつぶやく酒杜陽一であった。