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リアクション
【十 消耗戦】
ヘッドマッシャーとの戦いは熾烈を極めた、というよりも、お互いがお互いに、ひたすら激しく消耗し合うという不毛な展開へと突入し始めていた。
「こりゃ……回復担当を多めに用意しないと、長期戦になったら確実にこっちが負けるね……」
自らの強力過ぎる脚力が災いし、膝の骨が粉々に砕けてしまった美羽は、ヘッドマッシャー・スティミュレーターと戦い続けているコハクを不安げな表情で見つめながら、悔しそうに呟いた。
悔しいのは、美羽だけではない。
同じく全力での接近戦を挑んだが為に、己の力量によって自らの肘を破壊してしまった詩穂が、美羽の傍らに寄ってきて、同じようにやるせない顔つきで溜息をつく。
「個人個人でばらばらに戦って、どうにかなる相手ではなかった、ってところかな。Pキャンセラーばっかりに気がいってしまって、他を考える余裕は正直、全然頭には無かったもん」
「……だよねぇ。謎が多過ぎる敵を相手に廻すには、役割分担、チームプレイ必須かなぁ」
いってから、美羽は相変わらず苦戦を強いられているコハクに心配そうな視線を向けた。
美羽と詩穂の前で暴れているヘッドマッシャー・スティミュレーターは、実は出現数でいえば、四体目に当たる。
古代遺跡群内ではそこかしこでヘッドマッシャーとの戦いが展開しているが、お互いに連携している訳ではない為、敵が何体出現し、誰がどこで応戦しているのかが、最早把握出来ない状況になっていた。
別の地点では、ヘッドマッシャーを何とか殺さずに捕縛しようという試みもあった。
だが、その結果はというと――。
「まさか……散弾地雷での自爆とは、な……」
全身至る所に弾痕が出来上がり、それこそ血まみれという表現が相応しい菜織は、最早既にただの肉塊となって、深紅の血溜まりを渇いた地面にまき散らしているヘッドマッシャーの屍骸を、残念そうに眺めた。
散弾地雷自爆による被害が最も大きかったのは、コア・ハーティオンであった。
彼は接近戦を仕掛けていた上に、その巨体は体表面積が誰よりも大きい為、最大数の散弾を至近距離からまともに浴びた格好になったのである。
一方のラブは小さな体躯だった為に、奇跡的に一発も浴びずに済んだが、その分コア・ハーティオンの受けたダメージは非常に深刻なものであった。
「よもや、あれ程の覚悟を見せつけられようとはな。だがしかし、自ら死を選ぶ程の任務とは、一体何だというのだ?」
大地に仰臥したまま身じろぎすらままならないコア・ハーティオンは、それでも必死に思考を巡らせようとしていた。
勿論すぐに答えなど出よう筈も無かったが、そうでもしなければ、自ら死を選択したヘッドマッシャーが哀れに思えて、いたたまれない気持ちになってしまう。
「はいはい〜、お待たせしました〜」
と、そこへほとんど無傷の裕輝が、教導団とアヤトラ・ロックンロールの双方から配布された応急セットを配布しながら、コア・ハーティオンや菜織といった面々にもそれぞれ一部ずつ、配り歩いてきた。
裕輝が無傷に近しい理由はごく単純で、ほとんど戦闘に参加しなかったからである。
尤も、そのことを責める者は皆無であった。
無傷で居てくれたからこそ、こうして応急セットの配布に忙しく走り回ることが出来ているのである。誰ひとりとして、裕輝に文句をいうような者など居なかった。
「他のところは、どうなっているか分かりませんか? 敵が複数現れたということ以外、何も分からないので戦局が全く掴めていないのです」
散弾地雷を浴びた面々の中では比較的軽傷で済んでいる霜月が、裕輝に問いかけた。
裕輝は僅かに顔をしかめ、うーんと小さく唸った。
「余所はもっと、大変やったような気ぃしますわ。長引いてる分、皆さん次々に骨折やら神経断裂やらの被害を食らって戦力が減っていって、残った戦力で必死に応戦してるってなところですわ」
「それは酷い……早々に決着がついたここは寧ろ、幸運だった、という訳ですか」
いいながら、霜月は菜織やハーティオンなどの重傷者をちらりと見た。
あれだけの被害で幸運だったといわざるを得ないというのは、余程のことである。
片腕のヘッドマッシャー・スティミュレーターとの戦いは、他と比べると楽だったかどうかと問われれば、或いは否と答えた方が良いかも知れない。
このヘッドマッシャーは、ザカコの罠を次々と派手に発動させながら現れた、最初のヘッドマッシャーであった。
それだけにスティミュレーターとしての能力発動に対し、まるで勝手が分からず、脱落者の数が最も多い相手でもあった。
「こちらが仕掛けた罠も、大概突破されたでありますっ」
吹雪が、ザカコとヘルに対して律儀にも報告してきた。
ふたりに加え、淵までもが、この局面に至っても尚マイペースを貫いている吹雪に、つい苦笑を漏らしてしまった。
「いえ……もうそれは結構です。それより、接近戦を挑んでいる方達の状況は、如何でしょう?」
ザカコもヘルも、遠隔攻撃での防衛ラインを敷いていた為、スティミュレーターの能力による被害はほとんど被っていない。
一方の吹雪は若干事情が異なり、イングラハムが事実上の肉の盾と化して捨石としての役割を全うしてくれた為に、吹雪とコルセアは大した攻撃を受けることもなく、何とかやり過ごせていたのである。
「しかし、他の地点ではもっと被害が甚大らしい。次から次へと、攻撃を受けていない箇所が重傷を負うなど、普通では考えられん」
淵は腕を組み、渋い表情で唸った。
スティミュレーターの正確な情報は、まだどの地点でもほとんど伝わっていない。その為、攻撃方法不明による骨折や神経断裂による被害が深刻な状況を導き出している。
このままでは、戦局悪化は避けられない。
「伝令兵というか、状況を見ながら巡回するひとが必要ですね。お願いして良いですか?」
ザカコに頼まれた吹雪は、背筋をぴっと伸ばして敬礼を送る。
「はっ、了解でありますっ」
その隣りで淵は、乗ってきた小型飛空艇に跨った。仲間達のもとへ戻ろうというのである。
「俺も皆が気になるからな……後でまた会おう」
淵はいささか、心配そうな表情を浮かべた。
そんな淵の予感はある意味、的中していたといって良いかも知れない。
ジェニファーに扮したジェライザ・ローズと、彼女を守る為の防衛ラインを構築していたルカルカ達は、最後に現れたヘッドマッシャー・スティミュレーターとの戦いに、押され気味という程でもないのだが、何とも表現しづらい苦戦を強いられていた。
何よりも、ルカルカが早々に離脱したのは痛かった。
コントラクターとして相当に高いレベルを誇るルカルカの身体能力は、スティミュレーターの能力によって自身の神経と内臓に恐ろしい程の負担を与え、戦闘開始からおよそ一分程度での離脱を余儀なくされたのだ。
逆にダリルとカルキノスは、地球人としての脆さを持ち合わせていない為、未だに迎撃を続けてはいる。
しかし援護に駆けつけた唯斗もルカルカ同様、戦闘に参加してから程無く離脱してしまった事実を鑑みると、今後仮に増援が来たとしても、この状況が変化することは中々に考えにくい。
「……オブジェクティブを相手に廻すのとは、また随分と勝手が違いますな」
淡々とはしているものの、言葉の端々に悔しそうな響きを漂わせる唯斗がルカルカの傍らで静かに囁いた。
同じ闇に生きる者同士の戦いということで、己の力量がどこまで通用するかという課題を持って臨んだ唯斗だったが、このスティミュレーターはそんな唯斗の思いをまるで嘲笑うかのように、白昼堂々と攻撃を仕掛け、派手な戦闘を各所で繰り広げている。
しかも、戦う相手の能力を過大に暴走させるという厄介なカウンター攻撃まで伴っており、唯斗が想定した戦いなどは全く出来る余地が無かった。
「オブジェクティブの時もそうだったけど……もしまたこいつらと戦うことがあるのなら、時間をかけて研究していく必要がありそうだね」
いいながら、ルカルカはふと、疑問に思った。
これだけの強敵が襲ってくることを予測しながら、何故ジェニファーはこの地から離れることをあれだけ頑なに拒んだのか。
ルカルカには何か、重大な秘密が隠されているように思えてならなかった。
「おいダリル、このままじゃ厳しいぞ!」
「……さっきエースとメシエを呼んだ。もう少し待て」
果たして、ダリルの言葉の通り、エースとメシエが他の増援を引き連れて、この戦線に到着した。
「うわっ……こりゃ予想外の展開だな」
到着するや、エースはルカルカ達が苦戦を強いられているという光景に、少なからず衝撃を覚えた。
これまで数々の修羅場をくぐってきたこの友人達が、これほどまでに追い詰められているというのは、中々目にすることが出来ない。
だが、驚いてばかりも居られない。
ダリルから状況連絡を受けていたメシエが、エースに代わって連れてきた増援部隊に指示を出す。
「接近戦担当は、短時間で交代要員と入れ替わるように。援護の射撃・魔術要員は、絶え間ない攻撃を」
メシエのいう接近戦担当は、カイ、グレゴワール、セレアナ、九十九の四人であり、援護の射撃・魔術要員はシャノン、セレンフィリティ、グラキエス、和深などが充てられた。
どの面々も、これだけの大規模な連携が必要になるなど、予想だにしていなかった。
「俺とグレゴワールで最初に攻める。月見里とセレアナはいつでも飛び込めるよう、準備を頼む」
カイの言葉に、三人は無言で頷いた。
いずれも、表情が厳しい。これ程の切羽詰まった戦いになるのは、予想を遥かに上回っていたのだろう。
ともあれカイは、グレゴワールと並んでダリルとカルキノスの両名と入れ替わる格好で接近戦へと入っていった。
一方、援護要員は接近戦担当の入れ替わりのタイミングでの援護が最も難しいことを、即座に理解した。
「射撃は誤射が怖いわね……魔術で、お願い」
ジェニー・ザ・ビッチに対抗するかのようなビキニ姿のセレンフィリティだが、その表情や言葉はまさに真剣そのものである。
そんなセレンフィリティに要請を受けたシャノンとグラキエスが、それぞれの魔力を解放して、ダリルとカルキノスが後退する瞬間を守るように、ヘッドマッシャーへの遠隔攻撃を確実に仕掛けてゆく。
「今よ、入れ替わって!」
「抜けたらすぐまた、援護を入れる」
シャノンとグラキエスの呼びかけに、まずダリルとカルキノスが頷き返し、次いでカイとグレゴワールがスイッチしてヘッドマッシャーとの間合いを詰めていった。
「セレアナの時は、あたしがしっかり守るからね」
「……頼りにしてるわよ」
セレンフィリティとセレアナのやり取りを、九十九は少しだけ、羨ましそうに眺めている。
自分にはそういってくれる相棒が、この場には居ないのだ。
すると、セレンフィリティとシャノンが残念そうな表情の九十九に、揃って苦笑を向けた。
「大丈夫よ、ちゃんと守ってあげるから」
「そんな情けない顔、しなさんなって」
そこまで自分は物欲しげな顔をしていたのか――九十九は少しばかり、己が恥ずかしかった。
増援の登場で戦局が少しばかり改善されたのを見て、エースは革製ビキニ姿のジェライザ・ローズに素早く身を寄せて、小さく囁きかけた。
「九条先生は、ここから少し離れた方が良いかも。メシエと一緒に、退がってくれないかな」
「あ……それもそうだね」
ジェライザ・ローズは素直に頷き、メシエと共に戦場から僅かばかり遠ざかった。
ところが、そこで再び重大な異変が生じた。
全身に凄まじいばかりの悪寒を感じたジェライザ・ローズが、慌てて背後に振り向く。
そこに、まさかの五体目が。
ジェライザ・ローズやメシエのみならず、その場に居た全員の表情が凍りついた。
対する五体目のヘッドマッシャーはマスク越しの苦しそうな呼吸音の中で、かすれた声を静かに響かせた。
「別人か……だが、まあ良い」
そのひと言に、ジェライザ・ローズは激しく動揺した。
敵は、ジェライザ・ローズがジェニファーの影武者と知って尚、攻撃を仕掛けてくるというのである。
即ちそれは、ヘッドマッシャー達がこちらの予測とは異なる行動原理で襲いかかってきていることを意味しているのだ。
ヘッドマッシャー達の狙いは、デバイス・キーマンたるジェニファーではなかった、というのだろうか。
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