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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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「【シェーンハウゼン】……。敵部隊の大将はクレーメックかぁ……」
 合戦の行われる平原に見事な足並みで鶴翼の陣を張り、規則正しく展開している信長軍の動きを見て、ルカルカは苦笑を浮かべた。
 同じシャンバラ教導団の仕官同士、長い付き合いだ。性格から手の内までお互い知り尽くしている。何をしでかすかわからない未知の敵よりも遥かに戦いやすかった。
「相変わらず、現実的で堅実な用兵よね。兵力も統率力も確かにすごいんだけど、でも無理して正面から戦う必要ないのよね……。というか、スルーしても問題ないかも。信長さえ倒せれば事件は解決なんだからさ」
「わっちは戦うつもりでありんすよ。相手は、何の小細工も弄せずに正面から挑んできた。それに答えなければ、侍ではないでありんす」
 本陣から出撃したハイナは並んで馬を走らせながら答える。自分は安全なところにいて命令を下し戦況を見守るだけというのは性に合わないといわんばかりだった。
「宮本武蔵を読んだことがありんすか? 一乗寺下り松での吉岡残党との戦いで、一人で百人斬りをやったシーンはカッコよくて痺れたでありんす。あれこそ、真の侍。わっちもやってみたいでありんす」
 馬にまたがったまま、大太刀と脇差を同時に抜き、両手で二刀流の構えをとるハイナ。その眼差しは、大軍を率いる武将ではなく歴戦の剣豪であった。
 そのまま勢いに任せて敵陣に向かって進路を取る。
「さあ、諸君いくでありんすよ! 今こそ大和魂を見せるときでありんす。……敵の滅ぶるそれまでは、進めや進め諸共に! 死する覚悟で進むべし!」
「危ない台詞、やめて!」
 ルカルカは全力で遮る。戦いが始まる前に終了しそうだった。色々な意味で。
「ねえ、ちょっと落ち着こう、ハイナ。もう武蔵とか大和魂とかよくわからなくなってるわよ。戦国関係なくなってるじゃない」
「生粋の大和男子と生まれたならば、校歌の次に覚えておくべき歌もありんす。同期の桜は、咲いて会うでありんす!」
「アメリカ出身の女子じゃない、あなた。その辺にしておきましょう。……でもまあ、いいこと聞いたわ。武蔵の一乗寺下り松か……」
 ルカルカはパチンと指を鳴らす。参謀のダリルだって同じことを考えただろう。
「全軍まとめて相手にする必要ないわ。丁寧に揃えたクレーメックには悪いけど。あの兵力、ちまちま削っていくとしましょうか……」

 ○

 さっそく【シェーンハウゼン】と戦うための部隊が集められた。必要なのは敵を押しつぶすほどの突撃力。
 第一弾攻撃を任せるには、アブナイくらいに血気にはやった部隊が適している。
 そういうわけで……。
「邪教徒どもが36000人も跋扈していると聞き、神に代わって成敗にやってきた。イスラムを崇拝する共和制ローマには恐るべき神罰が下るであろう」
 小高い丘のふもと。その男は平地に陣取る【シェーンハウゼン】を敵意むき出しの目つきで見つめていた。
 彼は、このゲーム世界の中だけでなく、パラミタにおいてもテンプル騎士団の上級騎士だった人物の英霊だという、筋金入りのキリスト教徒のグレゴワール・ド・ギー(ぐれごわーる・どぎー)だった。
 彼を含め、兵士たちは全員、胸に描かれた真っ赤な十字の描かれた白い鎖帷子の鎧を纏っていた。鋼鉄製の兜をかぶり、白いマントと大きな縦にも真っ赤な十字が刻まれている。
 それは【テンプル騎士団】のいでだちだった。
 十字軍以降、中世最強と呼ばれるほどの実力と信仰心に裏打ちされた信念を持つ宗教騎士団。
 キリスト教こそが全て。教会こそが絶対正義。キリスト教に逆らう者、都合の悪い者は全て滅ぼすべし! その神の使徒たちが、この世界に英霊として出現したのだった。
 そんな彼らにとって、キリスト教の宿敵であるイスラム系古代ローマなどあってはならない存在なのであった。
 バチカンのあるローマは、聖地エルサレムと共にキリスト教のものである!
 ローマでは、後に帝国期に入ってしばらくしてからキリスト教が国教となり大きく広まっていくのだが、【シェーンハウゼン】の指揮する重装歩兵が主役の共和制の頃は、イスラム系の土着宗教が主流だったのである。
 実のところ、キリスト教だってイスラムの分派なんだが、それはさておき……。
「諸君、これは聖戦である! 邪教徒どもにすみやかな死を与えることがテンプルの騎士による神への献身であり、奉仕であり、神が望み給うたことである!」
「わ〜、頼もしい。本物の狂信者キタわ!」
 グレゴワールを眺めながら感嘆の声を上げたのは、今回依頼を受けてハイナ軍へとやってきていた高崎 朋美(たかさき・ともみ)だった。
「ふふ」
 朋美は、普段は大人しくて引っ込み思案の純情娘なのだが、今日は違った。1000の兵士を率いる強力な武将の一人なのであった。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
 朋美が連れてきた兵士たちが一心にに念仏を唱える声がハイナ軍の本陣に響き渡る。
 全員が、信仰深い老人ばかりであった。いずれもうじきあの世へ旅立つ。何が起ころうとも特に問題はなかった。
 朋美は、どういうわけかやたらと巨漢で屈強極まりない老人たちで構成された兵士たちをながめながら、決意表明をする。
「仏敵信長とその軍勢を一人でも多く倒して任務達成よ。冥土の土産に魔王の首を持って行きましょう!」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
「……」
 なんだこれ? 一向一揆か何かなのか? それとも信長に恨みを持つ比叡山や本願寺の一味なのか?
 ハイナの陣営に微妙な空気が流れていた。助っ人としてやってきたのは狂信者と狂信者。敵もさぞ嫌なことだろう、と誰もが無言で語っていた。
「よ、よろしく頼むでありんすよ」
 出迎えに戻ってきていたハイナは異様な集団の迫力に押されて、引きつり笑いを浮かべる。
「父と子と聖霊との御名によりて、これより血を捧げる! Amen!」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
 やがて……。
 彼らは、ハイナ軍の面々に見送られながら、出撃していった。あの世に向かって……。



 戦場に視線を移そう。
【シェーンハウゼン】の展開する鶴翼の陣には、満遍なく優秀な指揮官が配置されていた。
 まずは、彼らを軽く紹介しておこう。
 左翼に配置されているのは、第三軍団長にして左翼司令官のマルクス・クラウディウス・マルケルス と、第七軍団長の ガイウス・クラウディウス・ネロ、そして、第三十八軍団長の マルクス・リヴィウス・サリナトルであった。
 右翼には、第二軍団長のティベリウス・センプローニウス・グラックス、第五軍団長のガイウス・フラミニウス、第十一軍団長のルキウス・エミリウス・パウルスといったそうそうたる顔ぶれが一同に会している。
 それぞれ3000ずつの兵員を配下に持っている。
 
 その中の一人。
 右翼前方の第十一軍団を率いていたルキウス・エミリウス・パウルスこと、シャンバラ教導団のエミリア・ヴィーナ(えみりあ・う゛ぃーな)は、ハイナ軍が真っ直ぐにこちらに進軍してくるのを確認して、配下の兵士たちに防御体勢を取らせた。
 ルキウス・エミリウス・パウルスは、ローマ共和政期の政治家かつ軍人でスキピオ・アフリカヌスの岳父にあたる人物らしい。カンネー会戦時の執政官の一人で、会戦には慎重な姿勢をとったが、同僚執政官がハンニバルの巧みな誘導戦術に嵌って出撃を命じたため、やむなく戦闘を決意し激闘の末に戦死を遂げた。
 今回の戦いでは慎重を期したいところだった。
 第十一軍団は敵と遭遇しやすいとの予想から、通常よりも柄の部分が長い槍を装備させ、騎馬の突撃に備えていた。勢い良く突っ込んで来ようものなら、串刺しか槍での足払いで翻弄してやるとしよう。
 ルキウス・エミリウス・パウルスもまた、このバグゲームに疑問を抱いてはいなかった。この世界に現れたからには、ただ総司令官とともに、敵と戦うのみである。
 その彼が、シャンバラ軍が真っ直ぐにこちらにやってくるのを見て、小さく呟いた。
「まさか、敵は……本当に騎馬による突撃の威力のみで突破するつもりなのでしょうか。もっと策を凝らさないと苦しいことになりますわよ」
 小さく手を掲げると、その動きに呼応するように、背後で兵員たちがビシリと構えを取るのがわかった。これまでの訓練どおり、一切無駄のない挙動た。
 この手を軽く振り下ろすだけで、彼の指揮する兵士たちは隊列を乱すことなく忠実かつ勇敢に敵と激突するだろう。相手がどう出てこようとも対応できるよう、万全に準備は整っている。騎馬の威力にモノを言わせて突っ込んでくる敵を迎え撃ち、優位な陣形に誘導するのが彼に課せられた任務であった。
 鶴翼の陣は、正面からの攻撃に対するには強力だが、側面や背後から攻撃を受けると途端に不利になる。もちろん、敵もそんなことくらいは知っているであろうし、兵力で劣るシャンバラ軍が一発逆転するためには、その戦法を選ばざるを得ないであろうということは容易に予想できた。
 もちろん、そんな手をやすやすと打たせるほど、古代ローマの英雄は甘くはない。敵の動きに細心の注意を払い十分に警戒し、迅速に指示を下し動けるよう考えられていた。
 そのために、彼は司令官であるにもかかわらず見晴らしがよく軍を自在に展開できる左翼最前列を拠点に選んだのだ。
「第十一軍団、総員戦闘配置につきました。いつでも戦えます」
 各部隊長から、副官を通じて伝令が的確に伝わってくる。
「ありがとうございます」
 ルキウス・エミリウス・パウルスは頷く。
「では、みなさま、始めましょう。くれぐれも無理なさらないで下さいませね」
 ドドドドドドド……! と地面を揺るがす勢いでシャンバラ軍の騎馬隊が襲い掛かってきた。
 十分にひきつけてから、ルキウス・エミリウス・パウルスはゆっくりと腕を振り下ろす。
 同時に、開戦を告げる狼煙が打ち上げられた。遠く後方にいる総司令官のクィントゥスだけにではなく、【シェーンハウゼン】の全軍にも戦闘開始の合図は伝わっただろう。
 ドッ! と彼の配下たちも動いた。
 まずは、第三軍団の先頭の兵士たちが、ハイナ側の敵とぶつかり合った。剣戟と打撃の音が交差する。
 雌雄を決する大決戦が今幕を開いたのだ。