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悪魔の鏡

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悪魔の鏡
悪魔の鏡 悪魔の鏡

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「案の定、とんでもない騒ぎになっているな」
 ヒラニプラで事情を聞いた夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)は、盗まれた鏡を探しに空京の町へとやってきていた。
 すでに、あちらこちらで騒動が巻き起こり混乱しているのが見て取れる。
「おかしいですね。この辺りだって聞いたのですが」
「……逃げられたな」
 パートナーのホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)とともに、待ち行く人々に聞き込みをしていた。羽純のニセモノが街で霊感商法をしているらしい。大急ぎで捕まえにきたのだ。
 せっかく目撃者の証言が得らたと思いきや、そこには誰もおらず立ち去った跡だけが残っていた。彼女らがやってくるのを察知していたらしい。
「ドッペルゲンガーも満更バカではないらしい。……地道に捜索を続けるぞ」
 甚五郎たちは、待ち行く人々に丹念に聞いて回る。
「え〜と、すみません、街でこの人見かけませんでしたか?」
「……ん?」
 ホリィの呼び止めに振り返ったのは、偶然通りかかった東 朱鷺(あずま・とき)だった。彼女は、自分の分身がどこからともなく現れ、街中で実験と称して手当たり次第に【呪詛】を掛け捲ってるとの噂に様子を見に来たのだった。
 何とうらやましい、朱鷺自身だって普段は実験できない呪詛を沢山使ってみたいのだが……もとい、けしからん! 街の人々に迷惑をかけるなんて!
 このままでは悪い噂だけが先行し葦原明倫館の評判にもかかわる。部屋に閉じこもっている場合ではなかった。捜索を急がないといけないのだが……。
「……」
 ホリィに尋ねられた朱鷺は羽純を見つめて首を捻り、もう一度羽純を見つめなおす。
 今この娘はなんと言ったのだ? この人見かけませんでしたか? すぐ傍にいるじゃないか……? 
「隣を見てみなさい。彼女がいますよ」
 それでも心優しい朱鷺は、ホリィに丁寧に教えてあげる。もしかしたら、ちょっと可哀相な子じゃないか、と思ったからだ。
「いえ、ココにいるこの人じゃなくて、霊感商法しているこの人です」
 残念そうな目で見つめられたホリィは、強く言い返す。先ほどから、聞き込みをするたびに街の人たちから可哀相な子扱いされていて大迷惑だった。それもこれも、すべてニセモノがうろついているせいだ。
「霊感商法ですか。それはお困りでしょう。この朱鷺が陰陽にて手伝って進ぜましょう」
 ニセモノの霊感商法何するものぞ。今こそ、本物の陰陽師の力を見せるときなのだ。朱鷺は、【八卦術・八式】で5匹の神獣の幼生を召喚すると、命じる。
「さあ、行くのです。そして朱鷺のニセモノと霊感商法を探し出してきなさい! 抵抗するようなら少々手荒にしてもかまいません」
 5匹の神獣は、合点承知つかまつると頷くと朱鷺に襲い掛かってきた。
「……な、何をするのです!? ……え、朱鷺を見つけたから捕まえている最中? ……ち、違います! この朱鷺ではなく変な朱鷺ですよ!」
 朱鷺は、勘違いした神獣をなだめながらも振りほどく。
「……」
 同じ状況の朱鷺を、ホリィと甚五郎がちょっと残念そうな目で見ている。
 朱鷺はすぐに態勢を立て直して、納得のいかなげな神獣をあやしながら言う。
「あ、いや……、これは失敬。ですが、陰陽を見誤ってもらっては困ります! 本物の力を見せるのはこれからです」
 おのれニセモノめ。この朱鷺を慌てさせるとは少しはやるようだ。だが、そう何度も出し抜けると思うな! 
「この街で朱鷺に似ている人を探し出してきなさい! ……いや、ですから朱鷺ではなく、朱鷺に似た人です! ……散れ!」
 今度は命令どおり神獣が散っていったのを見計らって、彼女は得意げに言う。
「あとは任せておいてください。さあ、行きましょう」
「……どうしておぬしが仕切っておるのだ?」
 甚五郎は眉を顰めるものの、成り行きでともに行動することになった。彼らは、力をあわせて街の捜索を再開する。
「悪霊退散、悪霊退散……!」
 幸いな事に術者の名前もわかっていることだし【呪詛祓い】の成功率は高いはず。朱鷺は片っ端から怪しい霊力を祓っていく。呪詛祓いも普段は使う機会が少ないので良い実験になりそうだった。
 程なく、神獣の一匹が戻ってきた。朱鷺にそっくりの変な朱鷺を見つけたという。
「ふふ……、さすがです。でかしましたよ。早速捕まえてあげましょう!」
 朱鷺は、悪霊を祓いながら現地に急行する。
 街中を走って……。彼らは立ち止まった。
「さあ、悪霊に呪われたくなければ、この壷と印鑑を買うのです!」
「この葦原明倫館が誇る天才陰陽師の朱鷺に任せておけば、あなたに取り付いた悪霊も瞬く間に消えうせるでしょう!」
 羽純そっくりの女の子が、朱鷺そっくりの女性と『行列のできるお祓い所』を作り人を集めていたのだ。
「……手を組んでいやがった。面倒くさいことさせやがって」
 甚五郎が、ニセモノの羽純を見ながら指を鳴らす。
「……朱鷺の名前出してしまっているではないですか。後で取り繕うのに大変ですよ!」
 朱鷺も頭を抱えながら、ニセモノに近づいていく。
「……よう、俺にはどんな悪霊が取り付いているんだ? 一度見てくれよ」
 甚五郎は、ニセモノ羽純の胸倉を捕まえると、にやりと笑って聞いた。
「……!」
 ニセモノ羽純は、甚五郎の姿を見ると慌てて逃げ出そうとする。
「そなた、悪霊が取り付いておる。わらわが祓ってやろう。……こうやってな!」
 羽純がすかさずニセモノに飛び掛った。
「お、おとなしくするのです!」
 ホリィも協力して、じたばたと騒ぐニセモノを捕まえることに成功した。
 本物の羽純は、ふんっと忌々しそうに溜息をつくと、ニセモノが隠し持っていた悪魔の鏡を取り上げる。
「……教導団からは、鏡は破壊するように言われているんだよな」
 鏡を受け取った甚五郎は、少し残念そうに鏡を見ていた。せっかく面白そうな鏡だからと大枚をはたいて骨董屋から買ったのにパーとは。
「どいてろ。ガラスが飛び散るぞ」
 だが、彼はためらうことなく鏡を叩き割る。
 バリンと亀裂が走り、悪魔の鏡は砕け散った。
「これでよし、と……」
 ニセモノの羽純が消えていくのを見届けてから、甚五郎は溜息をつく。ニセモノに悪霊を祓ってもらおうとやってきていた街の住人たちが、何が起こったのか理解できていない様子でざわめいている。一人一人に説明するのが大変だ。
「被害者の方に名乗り出て頂いて、被害額を返金しなくてはなりませんね。他にも残っているといいのですが」
 それまで黙って様子を見ていた、パートナーのブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)が、ニセモノの羽純が溜め込んでいたお金を見つけて数え始める。ちょっと上乗せして、穏便に事を収めてもらおう。
 自分たちだって、いわば巻き込まれた被害者なのに、その余分のお金はどこから出すんだろう……。
「教導団から手当て……出ないよな……」
 やれやれ、ひどい損害だ。これからは骨董屋で物を買うときにも注意を払わねばならない……。甚五郎はそんなことを考えていた。

 
 さて一方、朱鷺はというと。
「……これはイタチごっこですね。流石は朱鷺の偽物ですね。朱鷺と術の速度が一緒です」
 ニセモノを捕まえようとするも、相手も同じ術を使ってくるので攻めあぐねていた。スタイルも詠唱時間もお祓いの呪詛も同じとあっては、すでに周りで見ている人たちにとっては、どちらが本物なのかわからなくなっていた。
「ですが、ここまでです。本物の力見せてあげましょう」
 朱鷺は封印(?)を解いた。いや、封印なんてあるのか知らないが、まあそんな感じだ。
 最大級の術を構成する。
「食らいなさい! これが本物の呪詛です。……レッツゴー陰陽師!」
 どーまん、せーまん! 
 朱鷺の呪詛が炸裂した。
 邪悪を闇に葬る清めの光が降り注ぎ、ニセモノを包み込む。
「……」
 まばゆい閃光が晴れた時、ニセモノはその場に倒れていた。
「これが本物の力です!」
 朱鷺がビシリと決めると、見ていた野次馬たちからも拍手と喝采が沸く。
「お疲れ様。さあ、ちょっと事情を聞かせてもらいましょうか」
 背後には、にっこり微笑んだ李梅琳が警官隊を引き連れて立っていた。
「あなたの引き起こした無差別呪詛実験について」
「ちっ、違います。あれは朱鷺のニセモノの仕業で……」
 そういう朱鷺を、梅琳が素早くスタイリッシュに連れて行く。
「待つのです。朱鷺は何も悪くありません……」
 後に残された神獣たちが、去っていく彼女を残念そうに見つめていた。