校長室
悪魔の鏡
リアクション公開中!
「と言うわけで、鏡をみせてちょうだいっ!」 この町での噂を聞きつけて鏡を探していた緋柱 透乃(ひばしら・とうの)は、秘法の発見に大喜びの様子だった。 【トレジャーセンス】などのスキルを駆使して悪魔の鏡の行方を探し当てた彼女は、鏡を使わせてくれるよう穏便に話し合う。指を鳴らしていたりするが、彼女にとっては至って平和的だ。いきなり瞬殺しなかったのだから。 「いいでありますが、よく自分の居場所がわかったでありますな?」 鏡の保有者である葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は透乃の来訪にかなり面食らっているようだった。町を混乱の渦に叩き落すためにやってきていたフリーテロリストである吹雪。密かに行動していたのに、自分を探し当てるとは一体何者!? 「戦いが私を呼んでいるからだよ。大丈夫よ、悪用しないから。私は私と戦いだけ」 透乃はそう言う。 自分は強い。透乃はうぬぼれではなく、これまでの実績と戦果からそう判断していた。その強い自分と同じ能力を持つ敵との戦いは心踊るものがある。 「確かに……、自分と戦うって言うのはとてもいい修行なのかもしれませんね」 パートーナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は、興味深そうに鏡を覗き込みながら言った。 彼女らは、特に誰を困らせるでもないし、何の混乱も望んでいなかった。ただ、自分のコピーと戦いたかっただけなのだ。 「……」 吹雪は、断る理由がなかった。透乃たちは鏡を奪い取るために来たのではないらしい。もとよりドッペルゲンガーを量産するのが吹雪の目的だったのだ。 用心しながらも、吹雪は二人に鏡を貸した。 「いくよっ……むむむ……」 透乃は、鏡面を見つめながら念じた。すると、鏡は不思議な光を放ち周囲を照らし出した。 「あ、私もです」 陽子も、連れて来ていた『美脚なボロスゲイプ【宴】【虚無霊:ボロスゲイプ】』と一緒に並んで鏡に映った。 程なく、彼女らの背後に出現する人の気配。 「……」 透乃はにやりと笑う。その視線の先には、自分と同じ不敵な表情をした透乃そっくりの少女が出現していた。 陽子と『美脚なボロスゲイプ【宴】【虚無霊:ボロスゲイプ】』も、だ。 彼女らは、言葉もなく対峙する。会話は不要だった。ニセモノたちも透乃を見て本能的に察知していた。とことの戦い続けるべき相手だ、と。 一拍の間合いを置いて……。彼女らは激突した。 ドドドドドド……! 透乃(偽)は、最初から全力で仕掛けてくる。すぐれた身体能力と強力無比なスキルを組み合わせての猛攻だ。 「くっ……」 透乃は相手の攻撃を受け流しながら、呻いた。強敵だったからではない。予想していたより弱かったからだ。 「なによ、これ……。全然ダメじゃないの」 相手の攻撃をはじき返しながら彼女は落胆のため息をつく。 透乃の強さの秘訣とは。備え持った素晴らしい能力だけではなく、これまで培ってきた豊富な戦闘経験が絶妙に融合されたものなのだ。生まれたばかりのコピーには、その経験が無かった。これは致命的だ。どれだけ透乃の能力があっても、それを上手く生かしきれていなかった。 「無駄足だったようね。早々切り上げましょう」 やる気を失った透乃は、隣り合わせで戦っている陽子に視線をやった。 「……」 陽子も、自分と戦って強くなれればと考えていたのだが、コピーから学ぶものは何もなく、ただ惰性で相手をしているだけのようだった。 できるだけ攻撃を受けないようにするために、状態異常で相手を崩してから大きめの魔法を放ったり動き回りながら鎖を飛ばす。その攻撃を真似てドッペルゲンガーも反撃してくるが、ごくわずかではあるがテンポがまちまちだ。陽子はその一瞬の隙を見逃さない。ドッペルゲンガーにやすやすと大ダメージを与える。 「帰ろっか……」 透乃はちょっとしょんぼりしながら陽子と頷きあう。 役に立たないとわかった以上、コピーに存在価値などなかった。いたぶってやるまでもない。不燃ごみのごとくあっさりと片付けるのみだ。 あっという間に形勢は逆転し、透乃はコピーを追い詰める。その闘気におののいてコピーも必死に反撃してくるが、戦いなれていないため有効打を与えることは出来なかった。 「残念ね、弱い私にさようなら」 透乃はニッコリ微笑む。 「……ん?」 一気に決着をつけようとしていた彼女は、ふと何か思いついたようにちらっと視線だけでそちらを見た。悪魔の鏡が破壊されるとコピーも消滅するということで、誰にもじゃなされないためにコピーが出現すると同時に戦い始めたのだが。 その、放置してあった鏡を拾い上げている人影。 「……」 町中に混乱を巻き起こすために鏡を回収していた教導団の爆弾娘、葛城吹雪。彼女は、透乃と視線が合うとにんまりと笑った。 「……」 透乃もニセモノを倒しながら微笑み返す。戦闘経験豊富で満足させてくれそうな標的がいたではないか。 「ぐふっ……」 透乃の攻撃でニセモノが断末魔の悲鳴を上げてその場に倒れるが、もうそんな物に興味はなかった。この欲求不満を新たな敵にぶつけるのみだ。 「ひゃっは!?」 吹雪は透乃の殺気に気づくと、鏡を抱えて回れ右して全力で逃げ出した。 「まだまだいくよっ!」 透乃が吹雪を追いかけ始める。 「あ、待ってください。私も……」 陽子も、自分のニセモノを早々に倒して透乃を追う。『美脚なボロスゲイプ【宴】【虚無霊:ボロスゲイプ】』だけは、成長しない個体であるため能力だけではなく駆け引きや経験も全く同一で互角の戦いをしている。ニセモノを倒すのに苦労していた『美脚なボロスゲイプ【宴】【虚無霊:ボロスゲイプ】』の後始末を手伝っていたら少し出遅れてしまった。 「出でよドッペルゲンガー!」 吹雪は、街中を駆け抜けながら、鏡の力を使い次々と町の人々のコピーを作り出していく。 「面白いじゃない。これくらいいてちょうど良いよ」 透乃はたちまちにしてコピーに取り囲まれたが、むしろ大歓迎だった。相手は多人数くらいでちょうどいい。襲い掛かってくるドッペルゲンガーたちと激しく殴りあう。 ダダダダ! 傍に止めてあった車を一瞬でスクラップにして、敵に攻撃を加え続ける。 周囲にいた街の人々が逃げ惑うが関係なかった。 「もっと出してよ!」 透乃はコピーたちを軽く蹴散らしただけだった。やはり彼女にとっては能力値のみのハリボテだ。出現したコピーたちを片付け終わった透乃は、騒動の中心人物である吹雪を追った。彼女の後を追えばもっと敵と戦える。 「なぜ自分が女達に追われているのでありますか! この世は理不尽であります!」 執拗な追跡に、吹雪は世間への呪いの言葉を吐いた。 自分は天に誓って悪い事は何もしていない。吹雪はそう確信していた。 ほんの少し、鏡の力を使って街の人たちのコピーを作っていただけだ。 あんなアベックやこんなカップルがイチャイチャしていた。そんな彼らに対して鏡で相手のニセモノを作って混乱させたやっただけだ。むしゃくしゃしてやったが、反省はしていない。なんか、街の警官隊に連行されていった人たちもいるようだが、よほど日ごろの行いが悪かったのだろう。 そう、リア充は爆発すべきなのだ。 昨年のバレンタインデーでは一部でテロがあったらしいが、今年はあのフリーテロリストたちも鳴りを潜めている。夏に失敗したので懲りたのか、もっと別の面白い遊びを見つけたのか、はたまた恋人が出来たのか……。それは知らないが、この平穏は吹雪にとっては捨て置きがたいことだった。 誰もやらないなら自分が! 天啓が降りた彼女は、非リア充たちの代弁者として町を混乱させるべくあちらこちらで人知れず活躍していたのだ。 「……」 吹雪は少し考える。ほら、やっぱり自分は悪くない。悪いのはリア充と幸せそうな世間なのだ! ここは己の正当性をはっきりと主張してあらぬ誤解を解いておく必要がある。 そう思いながら振り返って、追跡者を確認した。 「……!」 透乃と陽子はまだ追いかけてきている。それどころか、すこしづつ差が縮まっていた。二人とも嬉しそうな笑みで殺す気満々だ。 全く、官憲は何をしているのだ。ああいう殺気だった女達こそ検挙すべきだろう。そんな吹雪を街の人たちが面白そうに見物している。 どいつもこいつも幸せそうな表情をしやがって! 「リア充爆発しろリア充爆発しろリア充爆発しろリア充爆発しろ!」 吹雪は鏡を手にしたまま怨嗟の毒を吐き続ける。次第に増えていくニセモノたち。彼らまでが吹雪に興味を持ったのか、後ろからついてきた。 「……?」 いつの間にか、自分と並んで走っている人がいるのに気づいて、吹雪は目を丸くする。 なんだろう、密林の奥に住んでいそうな部族衣装に仮面を被った男が興味深そうに吹雪を見つめていた。 「うっほ?」 そいつは、吹雪と目(?)があうと現地語(?)で話しかけてきた。 「くぇrちゅいおぱsでrfghjkl;:」zxcvbんm、。・」 「何を言っているでありますか!? さっぱりわからんであります!」 「¥・。、mんbvcx座sdfghjkl;^−9い8うyhgvfで!」 「……も、もしかして、一目ぼれしたから結婚してくださいっていってるんじゃないでありますな!?」 なんとなく意味がわかって、吹雪はぞっとする。シッシッと追い払おうとすると、部族の仮面男は、恥ずかしそうにぽっと頬を染めた。嬉しさのあまりか抱きついてきそうになった。 「うわぁ、当たっていたであります!」 「ふぁskg場:絵rjkgv日kwpyhbあ;ぽい」 「部族の村へ帰って二人で愛の巣を作りたいと言ってるでありますか……? やめるであります! そういうのは、自分の役柄ではないでありますよ! 村へは一人で帰れ、であります」 吹雪はちょっぴり涙目になっていた。かつてないほどの危機感を覚えたが、まだだ。まだ戦える。彼女はそう念じる。 この世からリア充を全て消し去るまで、退場するわけには行かないのだ。 ところで……、彼女は思った。 この男は一体誰なんだろう……?