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千年瑠璃の目覚め

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千年瑠璃の目覚め

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第5章 疑惑を撒く少女


「千年瑠璃は死んでいるのよ。皆、ケースの中の虫の標本を見るみたいに、石の中の骸を見ているにすぎないのよ」


「どうして、そう言えるんだ?」
 キャスケットの少女が、この宴に紛れ込んでから数回目のその台詞を、ただ行き当っただけの顔も知らぬ客のテーブルに無遠慮にぶち込み、当惑した客たちのひそひそ話を置き残してそこを離れると、立ち塞がるようにそこにいた十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)にぶつかった。
「…あんた、誰?」
 少女の、敵意と警戒心が綯交ぜになったような目が宵一を見上げる。その目は、幼さの残る顔立ちとはいささか不似合いな、意外なまでに深い紺碧の色だった。
「俺は、千年瑠璃の主に立候補しに来た。
 ……けど、なんだかいろんな話が出ていて、何が本当なのか分からない。
 俺は真実が知りたい。君の言う通り、千年瑠璃がすでに故人だというなら、立候補しても意味がないからな」
 宵一は率直に話した。少女の目を真っ直ぐに見た。
 『美しすぎる魔鎧』は魅力的だ。それに惹かれて、契約したいと思って、ここに来た。だが彼女の言う通りなら、求めても意味はないのだから。
「……あたしの話を、信じられる?」
「まずは、聞かせてくれないかしら」
 ヨルディアが、少女の顔を覗き込むように見て話しかけた。
「もしあなたの話が真実だったら、私たち、あなたに協力するわ」
「協力……?」
「皆に信じてほしいんでしょ。それを広めるために、あなたと行ってもいいわ」
 ヨルディアの言葉に、少女は一瞬瞳を揺らし、彼女を見返した。
「話してくれません? あなたが皆にそう話す、理由を」

 ――少女と話を始めたヨルディアから、宵一は意図的に少し距離を置いた。そのほうが、少女が話しやすいと思ったからだ。
 少女の所作は、どこか幼い怯えの影があった。二人がかりで聞き出そうとしては、余計にそれが強まって、彼女は頑なになるかもしれない。そんな風に思ったのだった。
 何より、ヨルディアが彼女の話を存分に聞く必要があった。
 ――【嘘感知】で、その話の真偽を確かめるために。

 ちょうど植込みの陰になって、他の客も給仕も通らない場所だった。他の誰かに聞こえることもないから、誰かにとって都合の悪い話でも心置きなくできるだろう。万が一、彼女の話を邪魔しようとするものが出てきたとしても、自分には彼女を守る心得があるし、少し離れたところで宴客の賑わいをぼんやり眺めている風の宵一も、彼女のために「天神弓【金糸雀】」を取るはずだ。そう考えて、ヨルディアは落ち着いて少女と向き合った。少女の紺碧の目はまだ油断なく見開かれている。
「千年瑠璃が死んでいるというのは、本当なの?」
「本当よ」
 ヨルディアは少女をじっと見る。
「いつ、どうして亡くなったの。そしてどうしてあなたは、それを知ってるの」
「2百年前よ。大剣に貫かれて死んだわ。……何で知ってるかって?」
 最後の少女の言葉に、変に冷たい響きがあった。ヨルディアは、目を瞠った。


 俄かに、宵一のいる方が騒がしくなった。



 宵一たちがキャスケットの少女と接触するほんの少し前。
 庭園を警備で回っていた夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)とパートナーの
草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)
ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)は、歩きながらちょうどテラスの近くまで来た。幸い、今のところ不審な人物はいない。特に貴賓の客がいると言われるテラスを、一同は注意深く見渡したが、そこにも異常はない。席を与えられた貴族らしき賓客たちはのどかな様子で談笑し、千年瑠璃を一目見たいその他の客が押し寄せてはいるが皆旧・謁見の間の方に視線が釘付けで、何かが起きるという様子はない。
「何やら物騒な予告も届いているというが、それでも入場制限無しなのは……やばい奴らでも千年瑠璃が選ぶ相手ならOK、って事なんだろうなぁ」
 テラスの様子を見ながら、甚五郎は呟いた。
「そこまで広く、主を募りたいのかのぅ」
 羽純も彼に倣ってテラスの方を見た。
「そうなってくると、こちらが出来るのは、千年瑠璃に直接の危害を加えようとする輩を捕まえるぐらいなのか……」
 腕組みをして、甚五郎が唸る。
 千年瑠璃の眠る石柱の前で、立候補した主候補が剣技を見せているのが見える。
「何だ何だ、全然なってないなぁ、あの演武! まるで剣にキレがないぞ!」
 呆れて声を上げる甚五郎の隣で、羽純が気付いた。
「? ホリイ?」
 見ると、テラスを覗き込む人波の中に、ホリイの後ろ姿がある。
「ふわ〜〜、きれ〜ですね〜。同じ魔鎧としても少し憧れますね〜」
「……ホリイ……」
 もともと甚五郎がこの宴の警備の仕事を受けたのは、ホリイが千年瑠璃を見たいと言ったことが発端だった。
(「以前、ワタシの製作者に話を聞いたことがあったんですけど……すごく有名な、すごく綺麗な魔鎧らしいんですよ〜」)
 それにしても、すっかり野次馬と同化してしまっている。
「ホリイ!」
 甚五郎が呼ぶと、やっとホリイは振り返って、思い出したようにあわあわと言った。
「あ……えと、警備の仕事もしないとですね、そうですねちゃんと仕事しないと」
「あれが、千年瑠璃か……、すばらしい!! さすがはヒエロ・ギネリアンの作品だな!!」
 いきなり、テラス中に響き渡るような無遠慮に高い声がして、ぎょっとした人々が迷惑そうな視線を、声の主に送る。
「! あ……あの人は……!」
 ホリイの顔色が変わった。
 またタイミング悪く、その人物が何かに呼ばれたかのように、硬直して立ちつくすホリイの方にいきなりクルリと振り向いた。
 紅い服に仮面を着用した、その人は。
「……シャーズナブル・トロバジーナ……!」
「ホリイ! ホリイじゃないか! こんなところで会うとは」
「いやああああこないでええええ!!」
 猛ダッシュで、ホリイは逃げ出した。


 その結果。
「……何だ?」
 魔鎧ホリイと製作者シャーズナブルの再会からの必然的勃発トラブルが、ホリイが闇雲に逃げてきた先、すなわち宵一の目と鼻の先で起こっている。
「ホリイ、君にふさわしい色は金色だと何故解らんのだ?」
「いやあっ、金色なんてごつくていやですうぅぅ!」
「君はまだ、自分の中の輝きに気付いていないだけなのだよ」
「一生気付かなくていいですうぅぅ」
 通り過ぎる客や給仕の好奇の目を浴びながら続けられる、「奇怪な仮面のオッサンに女の子がいじめられている」ように見える光景に、さすがに放っておくわけにもいかず、口を挟んだ。
「おい、何やってるんだ? おかしなトラブルはパーティの客に迷惑だ、つまみ出されるぞ」
「おかしなトラブル? 自分の作品と語らっていただけだが……」
「ワタシの望まない悪趣味なカラーリングを押しつけてくるんですう〜」
「……。誰なんだ、アンタ?」
「私はしがない魔鎧職人だ。ソレ以上でもソレ以下でもない」
 しがないと言いながら、鮮やかな紅の衣服に包まれた体躯をしゃんと伸ばして、どこかカッコつけているように見える魔鎧職人の横で、ホリイがげんなりと、
「まだ大人になる前の女の子の魔鎧を作ることに血道を上げてる奴です……」
「…………。なんか危ない匂いがしてきたなオイ」
「私は未成熟の少女の可能性を愛しているだけだ」
「……その道ではかなり有名な奴なんです……」
「きっぱりはっきり危ないんだが」
「……!! 見える、見えるぞ! 私には少女が見える!!」
 魔鎧職人の目が、ヨルディアとあの少女が話している木陰の方を向いているのを見て、宵一は慌てた。あの少女がこのよくわからないロr(以下自重)魔鎧職人の餌食になってしまうのではないかと、慌てる。
 そこへ、
「何見てんだよ! やめろ!」
「ホリイ! 無事かっ!!」
「何をしている!? ホリイから離れんか!!」
 全速力で逃げてきたホリイを追って、甚五郎と羽純も追いついた。本気で怯えるホリイの様子に、二人も殺気立つ。
「私は製作者だ。ソレ以上でもソレ以下でも」
「この人、パーティの場にいちゃいけないです〜!」
「偏見だ!」

 結局、全員でボコボコにして、会場からつまみ出した。



「ごめんなさい……彼女を逃がしてしまったわ」
 木陰に戻ると、ヨルディアがすまなそうに宵一に謝った。
「未発達の少女の敵がどうとか聞こえてきたから……」
 逃げ出したのは驚いたらしい彼女の自発的な行為だったが、「少女の敵」がいるならこの場からは離れる方がいいかもしれないと一瞬思ってしまったら、あっという間に見失って追えなかったのだと話した。
「まぁいい、探すさ。で、どうだった。彼女の話、真実か?」
 宵一の問いに、ヨルディアは渋い表情で一瞬言葉に詰まった風だったが、
「結果から言うと……感知には引っかからなかった。彼女の言っていることは真実……もしくは真実だと彼女は『信じてる』」
「そ……う、か……」
「ただ……気にかかるわ。何故、彼女がそこまで断言できるのか。それを聞き出せなかった」
「どういうことだ?」
「まるで……彼女、千年瑠璃が死ぬのを、その時……自分の目で見てたかのように……」

 ――大剣で貫かれて死んだわ。




 再び一人になったキャスケットの少女は、城の外郭に添って歩いていた。
 本来客が来る場所ではないので、夜の外郭周辺は暗い。時折篝火が置かれているくらいだ。だが、少女は暗闇も臆することなく、すたすた歩いている。
「……もうこうなったら、衆人環視のもとで全部暴いてやるしか……」
 独り言を呟きながら。
 時折、城を形作る石の外壁を見上げる。
「侵入は……無理、か」 
「キャッ! ♪」
「!!!」
 背後から脅かされ、少女は声も出ないほど驚いた。
「びっくりした? 悪ぃ悪ぃ」
 軽い口調と共に、【ザクロの着物】で身を隠していた南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が姿を現した。
「……」
 少女は呆気に取られているらしかった。
「なぁ、嬢ちゃんだよね? 千年瑠璃は死んでるって、言って回ってるのって」
「……」
「でさ、城ん中入りたいの?」
「……だったら、何?」
 切り込むようにいきなり懐に入ってきた光一郎の変に調子のよい感じに、少女は振り切るのも面倒だと思ったのか、開き直った調子で訊き返してきた。
「じゃ、俺様がエスコートを務めようかな、と」
「え?」
 光一郎としては、少女のその行為の意味が知りたかったし、また少女が何をしようとしているのかに興味津々だった。少しヤバい匂いはするが、その“知りたい”欲を満たすためにも、何とか彼女に近付きたいと思っていた。
「つーかさ、知ってる? 千年瑠璃に殺害予告が出てるってこと」
「殺害…予告?」
「『千年瑠璃は生かしておくに値せぬ、大罪の外道なり。宴の夜、我らの手で必ずや裁き、葬る』っつー、脅迫だな」
 少女の表情がやや陰り、唇が強く引き結ばれた。
「…ふん。すでに死んでるものを殺すだなんて、マヌケねそいつら」
「まだ、その脅迫してる奴らは捕まってないらしいよ。警備も相当なもんだろーな。それ承知で、城ん中入る?」
「……。入るわ」
 きっぱりと、少女は言い切った。その目にはそれまでなかった剣呑な色の真剣さがあった。
「よっしゃ、じゃ、忍び込みますか」
「本当に……一緒に来てくれるの……?」
「もちろんっスよ。あ、その格好じゃドレスコード引っかかるし、なんとかしねーと」
「それ、別の人にも言われた。着替えさせられそうになって、逃げちゃった」
「着替えはお嫌?」
「……このリボンは外せないから、正装は似合わないと思う」
 虹色の光彩にぎらぎら輝くそのリボンは大きくふっくらと結ばれ、ラフすぎる衣装にもやや不釣り合いな程少女趣味なフォルムだ。
「オッケーオッケー。外さなくていいから、上からこれ、かぶっちゃって」
 光一郎は機嫌よく、【ホワイトマント】を差し出した。

 ――「南臣さんらしいな……」
 遠くからそれを、見回り中の鬼院 尋人(きいん・ひろと)が見ていた。
(けど、何か分かったんだろうか……この宴に絡まった思惑を解く鍵が)
 最初から、今回の古城での宴はそれ自体がすごく胡散臭い気はしていた。
(妙な騒動にならなければいいけど)
 もし何か分かるなら、自分も話を聞いてみたい。そう思い、女性は基本的に苦手な尋人だったが、彼女と浩一郎の方に歩き出そうとしていた。