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千年瑠璃の目覚め

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千年瑠璃の目覚め

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第6章 疑問を解く糸口、異変の前兆

 
 立候補者たちの多くが、そのトライアルを終えた。
 誰も、千年瑠璃の応えを得られずにいる。
 テラスでも、待ちくたびれたような不満げなざわめきとともに、あの不穏な噂が思い出したかのように人々の口の端に上り出す。
 千年瑠璃死亡説は本当なのではないか。
 だから、誰も選ばないのではないか……と。


 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が、パートナーのナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)とともに、石柱の前に立った。
「何か外で起こっても俺が警護してるから大丈夫だぜ。思ってる通りにやってくれよな!」
 ナディムの言葉に、リースは頷いた。そして、石柱を見上げた。
「は、初めまして、千年瑠璃さん……私、リース・エンデルフィアと、いいますっ」
 ぺこりと頭を下げ、再び石柱を見上げる。瑠璃色にけぶる石の中、繊細な造形によって美を謳われる女性の姿が見える。青という寒色のせいだろうか、寒々しくリースの目には映る。体感的な冷たさを喚起させられるだけではない、孤独だ。様々な色と音に溢れた世界から隔絶され、誰の声も聞こえぬ青色の奥でずっと、眠っている。
「わ、私……ナ、ナディムさんに、もし千年瑠璃さんがナディムさんの国のお姫様だったなら石柱の中から助け出したいから、千年瑠璃さんの契約者に立候補してほしいってお願いされて……」
 ナディムは、リースのパートナーの一人「ペクテイリスのお嬢さん」ことセリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)を、自分の国の「姫さん」と言っている。ドラゴニュートの国の姫なので、花妖精のセリーナが「姫さん」だというのは事実にずれがあるのだが、彼が「姫さん」を慕う心の強さ、彼女を見つけるために費やした旅の道程の遠さは、リースには察せられていた。だからこそ彼の願いは胸を打った。
「でっでも、それだけじゃなくて、私も……
 千年瑠璃さんが石柱の中に閉じ込められたのなら、私も、助けたいって思ったんです……!」
 石の中は寂しいだろう。出来ることなら、外に出てきてほしい。もし、彼女がそこにいることが、彼女の意志でないのなら――
「わ、私よく、イルミンスールの大図書室で色々な魔法の本を読んでて……
 千年瑠璃さんが閉じ籠っている石柱の作り方とか石柱を作るのに使われているものの種類が分かったら、その石柱から千年瑠璃さんが外に出る方法が分かるような気がするんですけど……」
 【召喚者の知識】、【博識】、『司書の眼鏡』、すべての使えるスキルを総動員し、リースは石柱を観察し、分析を試みる。
(私は、この結晶がどんな種族の魔力で出来ているのかとか、石柱を作り出す方法とかに、何か心当たりはないでしょうか?)
 願いを込めて、リースは石柱に【清浄化】をかける。千年瑠璃が閉じこもっている石柱を消そうと。
 ――その時、青色がリースの目の中で、ぐらりと揺らいだ。
「えっ!?」
 石柱には何の変化もない。だが、中に見える千年瑠璃の姿が、まるで水中にいる者のように揺らいで見えたのだ。
(なっ、中は液体っ? けど……そんな様子はない、けど……)
 姿は揺らいだが、目を閉じた千年瑠璃のポーズそのものは変わっていないところを見ると、彼女自身は動いていない。だが、リースはその揺らぎの映像が、スキルを総動員したことで魔力的な視覚が鋭敏化したことによって感受した、超常的なヴィジョンであると理解した。
(この中……この結晶……)

「リース……?」
 他の立候補者同様、傍目には何の収穫もなく辞したかに見えるリースに、ナディムは怪訝な目で近寄る。リースの表情はどこか固く強張り、動揺しているのかはたまたスキル疲れからか足取りがふわりとしていて、決して知り得たものが何もなかった訳ではないことが、ナディムには分かった。
「ナ、ナディムさん……あの」
「大丈夫か? 千年瑠璃を解放する方法……分からなかったのか?」
「……。解放、してはいけないのかも、しれません……少なくとも、何の策もなし、には……」
 驚くナディムに、リースは自分が感受したヴィジョンを、時々言葉に迷いながらも訥々と説明し、こう付け加えた。
「断言はできないけど、あの結晶、まるで……薬液を満たした中に、重篤患者を収容する…医療用の巨大カプセルみたいに、思えたんです、あの時……」


 リース達がテラスから退出したのとほぼ入れ違いに、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)とそのパートナーたちが旧・謁見の間に入ってきた。
 エヴァルトは、千年瑠璃の身を守るため、彼女の眠る結晶を【アブソリュート・ゼロ】によって覆い、強固な防壁で守りたいとモーロア卿に打診していた。モーロア卿の返事は、「トライアルの間は、立候補者たちに千年瑠璃を隔てなしに感じてもらいたいので待っていてほしい。その後でまだ千年瑠璃が残されているようなら」ということだった。
 そんな悠長なことでいいのか、とエヴァルトは少々不服にも思ったが、トライアルが終わっても確かに宴は続くのだろうし、トライアルの間は契約者たちも含め、腕に覚えのある勇士たちがこの広間にいるということになっているのだし、他にも手を尽くした警備計画が施されているようだと分かったしで、ここはとりあえず主催者の意見に従った。そのトライアルも、残る立候補者はあと少しと見て、広間に再びやって来たのだった。未だ、千年瑠璃が誰かを選ぶという兆しはない。このままいくとアブソリュート・ゼロの出番となりそうだ。
 何やら、錯綜する情報で彼女の真意、真の姿は見えてこない。
 殺害予告はもちろん、死亡説の噂も、耳に入ってきた賓客たちの囁きで知ってはいた。死亡説が本当なら、殺害予告に対して何の手も打たないという一見不可解な卿の判断も頷けるものであり、そうすると死亡説は真実味を帯びてくるが、そう単純に信じる気にもなれない。ハッタリの可能性もある。
 何が真実かは未だ判然としないが、取り敢えず、彼女を守ろう。
 エヴァルトは心の中で彼女に言葉をかける。
(さらに重ねて氷の中に閉じ込める非礼、先に詫びておく。
 ……すまんな、命を守るためだ。貴女も、せめてもう一度くらい自由になりたかろう。その前に死ぬのは無念だ)
 一方。
「おおっ、これが『美しすぎる魔鎧』っ!! ……って、でも人間形態かぁ。そりゃ、すげぇべっぴんさんだけどさぁ。
 魔鎧形態で見てみたかったなぁ」
「これがあの、伝説のヒエロ・ギネリアンの作品……
 ヒエロは魔鎧職人として目標とすべき人物ネ! けど、これでは肝心の魔鎧形態が分からないネ」
 
ベルトラム・アイゼン(べるとらむ・あいぜん)
ゲルヴィーン・シュラック(げるう゛ぃーん・しゅらっく)が、間近で千年瑠璃を見て興奮している。ただ、どちらも魔鎧形態が見られないことにがっかりしてもいた。
「確かに美しい人だケド、あくまで人間形態……きっと、そっちも美しいんだろうとは思うヨ。でも実物見ないとネ。
 主候補も、そっちをきっと見たいと思うんだケド……」
「他の、なんとかっていうシリーズもの?それ全員集合してさ、みんなで『魔鎧戦隊!〇〇レンジャー!』とか言ってみてほしいよなー!」
「オオ、それは燃えますネ!」
 やれやれ、という顔で横目で見ているエヴァルトをよそに、好き勝手言っている2人である。
「モーロア卿は、どうしてこの人が千年瑠璃だと思ったのカナ?
 そして、本当に千年瑠璃なら、どうして魔鎧でなく人間形態で眠っているのカナ?」
 ゲルヴィーンが、首を捻る。
「主候補にアピールするなら、絶対絶対魔鎧姿のほうでショ……人間形態でなきゃいけないワケが、あるのカナ?」