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琥珀に奪われた生命 後編

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琥珀に奪われた生命 後編

リアクション


3/もたらされたもの
 
 
 多少の暗がりとて、こんな狭い空間でそれだけで命中率を下げるほどやわな鍛え方をして得た射撃能力を、生憎と林田 樹(はやしだ・いつき)は持ち合わせてはいない。
「そらそら! 貴様らごときの身のこなしで吸命の琥珀、使うだけの間隙、衝くことができると思うなよ!」
 手にした銃口が火を噴く度、押し寄せる男たちの手から武器が、そして命奪う琥珀の結晶が撃ち落され、砕かれていく。攻め手を失ってしまえばあとはそれは、煮るなり焼くなりどうにだってできる。彼らは次々に、緒方 太壱(おがた・たいち)の魔法に撃たれ、そして緒方 章(おがた・あきら)のファルシオンに斬り伏せられていく。
 
「楽勝、楽勝!」
「まったくだ!」
 
 さすがに数の差のせいで押し切れはしないものの、それでも食い止めることは三人の技量を以ってすれば充分に容易かった。
 少なくとも──情報を遺跡のコンピューターから吸い出すには、まったく問題ない。そのくらいの時間が当たり前に稼ぐことが出来る。
「ダリル、どう!?」
「どうだ、いけそうか!?」
 築いたバリケードから同じように射撃を続けるルカルカとともに、石室の奥で端末を操作するダリルに問いかける。
「……慌てるな、任せろ」
 ダリルの指先が、パネル上を走る。同様に、視線がモニター上のデータを読み取っていく。
 ハッキング。セキュリティ、第一段階、クリア。第二段階──問題なし。第三段階、これもOK。未来人の科学者たちというから警戒していたものの、内心拍子抜けをダリルは感じる。
 連中、壊すものをつくるのは得意でも、機密を守るためのものをつくる腕は大したことはないようだ。
 エンターキーを叩くと、モニターには迷路のような断面図が現れる。
「出たぞ。この遺跡の見取り図だ」
「うわっ!? ……なにこのうねうねと入り組んで、ややこしいってレベルじゃない構造は……」
 一見しただけではどこになにがあるかなどわからないほど、それは複雑極まりなく。ルカルカが思わず声を上げたのも、それは頷けるほど。
「ちょっと待て、今我々のいる場所と、各階層を行き来する場合の最短ルートとを表示する」
「……そう、願いたいものだな!!」
 うんざりした口調で吐き捨てて、樹はまたひとり、その弾丸でローブの男を撃ち抜く。
 仰け反ったその顔面に、死んでしまうのではないかというほどの勢いで太壱の攻撃が吸い込まれていった。
 
「ああ、そういえば。……ひとつ、確認してもいいか」
 
 操作を続けながら、不意にぽつりとダリルが呟く。
「なあに?」
「──『魂の牢獄』の、在り処だ。判明し次第、『外にいる連中も含めた』全員にその情報を伝達する。それでいいんだな?」
 外で戦っている、涼司たち。そこには、『彼女』も、含まれている。
 それでも、伝えていいのだな? ダリルがルカルカに向けた視線には、再確認をする色が含まれていた。それを読み取れないほど──お互い、ルカルカもダリルも浅い付き合いをしてはいない。
「たしかに、互いの持ち場を尊重すべきだと言い合わせて来たが。彼女がもし、じっとしていられなかったら」
「んー。それはそのときでしょ」
 そうなったら、それから考えればいい。
 サポートに徹して外に残ることを選んでも、こちらに来ることを選んでも。それは彼女の選択なのだから。
 
「だったらお知り合いとしては、手助けするっきゃないっしょ?」
 
 香菜は香菜なりに、一生懸命なんだから。
 

 
「小説? ですか?」
 隣で、綾耶がレモンティを啜っている。ウィルヘルミーナも自身のカップを持ち上げながら、彩夜に訊き返す。
「はい、えっと」
 好きなんです。何の変哲もない大学ノートを抱きしめて、彩夜はやっぱりまだ少し恥ずかしそうに応える。
 これがわたしのやりたいこと、っていうか。書いている間、ほんとうに楽しくって。
 机上に置いたシャープペンシルを手にして、かちかちノックする。
 その顔はけれど、少し翳って。
 
「なのに、今はなんだか……少し、物足りなくて」
「……ですよね」
 
 だよねー。セレンフィリティも、綾耶もため息を吐く。
 
「でも」
 その中で、綾耶が続ける。
「完成したら、読んでみたいなぁ。詩壇ちゃんの小説」
 それは、素朴な感想だった。他意も、深い考えもなにもない。
 ただ、単純に読んでみたいと思っただけだったのだ。
「……今、なんて」
 なのに、彩夜は驚いたように目を瞬かせて、彼女のほうを見る。
 え、何。そんなに嫌だった。そんなに不躾だったろうかと、言った綾耶のほうがそのリアクションに戸惑いを覚える。
「あ、その。そうじゃなくって……同じようなことをどこかで誰かに、言われたことがあるような気がして」
 ここではない、どこか。
 ここにいない、誰かに。
 自分は、その誰かに招かれて。そのどこかにここに来る前、いたような気がする。
 ものすごくはっきりしているはずのことなのに、それが誰とどこなのかまるきり、思い出せない。それがまた気持ちをもやもやとさせる。
 故に彩夜は、答えを求めるように抱いていたノートをまた開いた。
 そこに並んでいるのは、文字の羅列。彩夜自身がほんの数瞬前まで一心に書いていたはずなのにその内容が、まったく思い出せない揃った文字の整列だ。
「ここは、こんないいところだもの。書きものだって、捗るわよね」
 セレンフィリティの、言葉。やっぱりそれもどこかで聞いたことがあるように、彩夜には思えた。
 ──『いろんな刺激があって、いろんなところを見られる。いいところだから、きっと小説も、捗る。それを、読みたいな』。そんな言葉を彩夜に聞かせたのは果たして誰だったろう?
「あ。このサンドイッチ、おいしいですよ」
 テーブル上には、皆の気付かぬうちなぜだかサンドイッチの盛られた皿があった。そういえば──なくなりかけていた紅茶も、いつの間にかカップに満ちている。
「──?」
 ウィルヘルミーナに勧められ野菜のサンドイッチを手に取ったセレンフィリティが、ふとなにかに気付いたように動きを止めて、自身の左右を振り返った。
 どうしました? ウィルヘルミーナが、訊ねて。
 
「いや、こうやって……いつも世話を焼いてくれるだれかが、いた気がして」
 
 なのに、どこにもいないのね。それがなんだか、悲しく思えて。苦笑とともに、セレンフィリティはサンドイッチを頬張った。
 世話を、する。世話したいと、思う人。ぽつりと綾耶もまた、彼女の言葉を反芻するように呟いていた。
 

 
 警戒はしていたし、用心もしていた。だが、それと相手の攻撃をかわしきれるかという問題とはそれぞれ、別問題であって。
 
「煉っ!」
 
 生物兵器の、猛毒持つ牙が脇腹を掠め、抉っていった。
 
「来るなっ! ……大丈夫だ、致命傷でじゃあないっ……!!」
 
 脳内を、激痛が駆け巡っていく。歯を食いしばり、堪えながら。桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)は駆け寄る香菜を、押しとどめる。
 でかぶつを相手に、固まるのはまずい。まして彼女には『M−リーフ』と戦う皆への、後方からの援護という任務があるはず。前線に巻き込むわけにはいかない。
 声を張り上げ、その場から後ずさり、離れて。手にしていた剣──カラドリウス・アウラー(からどりうす・あうらー)を地面に突き立てて、回復を試みる。
 大丈夫だ。この程度の毒、どうってことない。やられるものか。
 だが、回復のために時間は必要だった。最前線に立つことが不可能となった彼に代わり、ローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が前に出る。
 ローグの手には、矛となって握られたコアトル・スネークアヴァターラ(こあとる・すねーくあう゛ぁたーら)
「くそ、硬い!!」
 けれど『G−ブレイド』の表皮は、その突きを弾いて。
「こっち、こっち!!」
 レティシアと申し合わせ、ヒットアンドアウェイに徹していなければ──彼女が攪乱をしてくれていなければ、ローグはその一撃で押し潰されていただろう一撃を、巨大な怪物は振り下ろす。
「大丈夫?」
「……悪いっ」
 その隙に、煉の手を取り、氷の翼をはためかせミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が後ろに下がっていく。レティシアへの支援も忘れない。空に舞い上がる瞬間、カラドリウスを引き抜いた煉の表情が苦痛に歪む。
 それを、運ぶ側も見落とさない。二体の化け物から十分な距離を確保して、そして本人のものに加えて治療を施していくミスティ。
 
「この……!!」
 
 猛毒の牙を振るう異形は、しかしフルーネ・キャスト(ふるーね・きゃすと)の真空波をもものともしない。
 距離を詰められた彼女を、ローグは抱え。回り込むようにまた、攪乱と離脱、そして攻撃を繰り返す。
「んー、やっぱし大きいの──大技、必要みたいですねぇ?」
 援護と、攻勢。レティシアとローグは役割を交互に変えていく。だがそれでも、今のままでは決め手がないということも事実であり。
「や、ああああああぁぁっ!! ああ、もう!! 少しくらい、傷つきなさいよっ!!」
 それは、渾身の乱撃──ソニックブレードを『M−リーフ』へと浴びせかけるセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)にしても同じこと。
 とにかく、相手の装甲はこちらの武器のほうが参ってしまいそうなほど、硬い。なにか、楔となる一撃でもなければとても、刃が通らない。
「だったらっ!!」
 
 援護を受けながら、セルファが、涼司が次第合流し。そして、『G−ブレイド』に立ちむかうレティシアたちともひとつになっていく。
 狙いは、そう。二体の生物兵器をひとところに集めるために。
 決め手となる大技へ、両者を確実に巻き込むために、だ。
 立ち直った煉と、セルファと。ローグの同時攻撃が猛毒の牙持つ異形の足元を穿つ。
 そのすぐ横。ベアトリーチェの放った氷が、有翼の生物兵器の、右の羽根を凍らせる。
 
 二体は、ともにバランスを崩す。
 
「……今よ! 真人!!」
 この一矢を、それらへと浴びせんがためのすべては布石。
「──了解」
 これが、御凪 真人(みなぎ・まこと)の最大火力。
「い、けえええぇっ!!」
 全力全開、フルチャージのポジトロンバスターが、二体めがけ放たれる。
 無論皆は射線から、退避していた。故に一切の遠慮はなく。まさしく真人のありったけが、二体を呑み込んでいく。大地を砕き、揺らしていくのだ。
 それほどに、太く、眩しい。雷光の輝き。
 
「やった!」
 
 だからこそ、レティシアは快哉を上げていた。この威力なら、と彼女のみならぬ誰しもが思っていた。
 
「いや……違う! 立て直しが思った以上に早い!?」
「嘘でしょ!?」
 
 そのまま、想定通りの照射を浴びせられ続けていたら、たしかに二体を一度に葬ることもできたかもしれない。
 だが、二体はじっとはしていなかった。
 装甲を焼かれ、爆煙に巻かれて全身を撃たれながらも。そこからの離脱を図りそして成し遂げる。
 一方は上空へ、もう一方は射線の外へ。
「そんな!?」
 全身を焦がしながら、たしかに二体は健在であったのだ。
「まだです!! まったくのノーダメージということはないはず!!」
 全力を出し切った真人が膝を折りながら、皆に向かい叫ぶ。同時、香菜と美羽からの援護射撃が生物兵器たちに着弾し、爆風にそれらを包み込む。
「これで多少脆くなってくれているといいんだが!!」
「違いない!!」
 
 煉と、ローグも遅れをとることなく、大地を駆ける。
 そのときだ。
 彼らの、彼女ら全員の持つ通信機へと、乾坤一擲というべき吉報が遺跡内より、もたらされたのは。