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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 4

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1 チルチルとミチル、旅に出る

 こほ、とリーレン・リーン(りーれん・りーん)が空咳をした。
 いつもならナレーションを買って出てくれる人がいるのだが、今回はだれもいない。それで、だれもいないならとリーレンがやることにしたのだ。
「あ、あー……緊張するなー。
 じゃあいくよ、みんな」
 暗闇に向かって声をかける。返事も気配もないけれど、そこでみんなが待機しているのは知っていた。

「とある森の入り口近くにある村のきこり小屋に、若い夫婦が住んでいました」

 ぽう……と空間に光が生まれ、その中に緑豊かな森と平家が映し出される。
 光は徐々に広がっていき、直径1メートルほどになると平家をクローズアップした。

「2人には、子どもが2人いました。男の子と女の子、兄の名前はチルチル、妹の名前はミチルといいます。
 仲の良い兄妹は母親に追い立てられたベッドの中で、夢中で話し込んでいました」





「なあミチル、明日がクリスマスって知ってたか?」
「ううん。知らない。それなぁに?」
「クリスマスっていうのは、おいしいごちそうを食べて、サンタクロースのおじさんがプレゼントをくれる日なんだ。去年お人形もらっただろ? 覚えてないのか?」
「覚えてない。今日がそのクリスマスなの? お人形さんもらえるの?」
「明日って言っただろ。今日はクリスマスイブだよ。明日がクリスマスなんだ」
「ふうーん。それで?」
「なんかさ、今年はサンタさん、うちには来ないんだって」
「ええっ?」
「パーティーができるお金持ちの家には行くんだってさ。うちはほら、お金ないから」
「そうなんだ…。ねえ、お兄ちゃん。わたしたちもパーティーしたら、サンタさん来てくれるかな?」
「ばかだなあ、おまえは。うちでパーティーなんかできるわけないだろ? ああいうのはお金持ちだけがするんだ」
「でも、そうしたらサンタさん…」
「しかたないよな。サンタさんだって貧乏な家の子に物あげたって無駄だと思ってるんだよ。街の大人みたいに」


「――なんか、あいつすごいこと言ってるな」
 待機空間でベッドの2人を見下ろしながら翠門 静玖(みかな・しずひさ)は眉をひそめた。
「チビっ子のくせにドライっつーか」

「でも……この子たち、この場面をずっと繰り返しているんですね」
 となりで同じように見下ろしていた朱桜 雨泉(すおう・めい)が静かにつぶやく。
 静玖と違って、彼女はかなり2人に同情的だ。
「いつまでもああして来ないクリスマスについて話しているんですわ」

 そう言われると、静玖としても同情心が沸かないわけでもない。
「分かった。俺がなんとかしてやる」
 ひょいと光の中に飛び込んだ静玖はチルチルに同化した。


「お兄ちゃん?」
 むくっと起き上がったチルチルはベッドを抜け出してはだしのまま窓へ駆け寄ると、そこにあった踏み台に上り、父親が下ろしてあった鎧戸を押し上げた。
 とたん、向かいの家の強い明かりが子ども部屋を明るく照らす。

「お兄ちゃん、どうしたの? もう朝?」
 闇に慣れた目をまぶしそうにこすりながら、ミチルが近付いてきた。
 こちらもやはり雨泉が同化していて、静玖の目には2人の姿が二重映しのようにかぶさって見える。

「向かいのお金持ちの家のパーティーのあかりさ。こんなに明るいのは、壁や庭木にライトを巻きつけているからだよ」
「あの木からぶら下がってるの、何? お人形さん?」
「そうさ。あれがクリスマスツリーだ」
「うわあ、すごーい。テーブルの上もごちそうでいっぱい。すごいねえ、お兄ちゃん」
 ミチルは素直に感動して、向かいの家を訪れる着飾った人たちに見とれているが、チルチルは違った。

「何がすごいもんか」
 フン、と鼻を鳴らして腕組みをする。

「お兄ちゃん?(お兄さま?)」

「そりゃあ訪ねる側はそうだろうさ。だけどな、あんな派手なパーティーなんかしたら、それこそ片付けが面倒なんだぞっ! 1日じゅう俺は汚れた壁や床の掃除だし、おまえはずーっと皿洗いしなきゃなんねえ! 自分が汚したのならともかく、他人がしたあと始末でだ! 冗談じゃねえ!!」
 話しているうちにだんだん興奮してきたのか、最後は叫びになっていた。

 ――あのー、静玖さん。何かパーティーにトラウマでも?



「……お兄さま。この場合気にするところはそこではないような気がします」
 突然の兄の激に驚いて、目をぱちぱちさせているミチルから少し同化を解いた雨泉が言う。
「それに、あまり大きな声を出すと、お父さまやお母さまに気付かれてしまいますわ」

「わりぃ。つい」
 雨泉に冷静に指摘されて、静玖はちょっと赤面する。
「と、とにかくだな、パーティーってのはそんないいもんでもないんだ。だから全然うらやましがる必要なんかないんだぞ、ミチル」
 肩に手を置き、そうさとす。

 そのとき、ドアがコンコンとノックされた。



(本の中とはいえ、まさか夫婦の役をすることになるとはねえ…)
 風羽 斐(かざはね・あやる)はしみじみと隣で眠る女性を見下ろした。
 本物の彼女ではない。
 それでもやはり「妻」といえば斐にとっては彼女なのだった。

 物語の役柄として仕方のないことではあるが、女性と同じベッドにいるのはいささか居心地が悪い。
 上掛けの下で体をずらし、床に両足をつけて靴をさぐる。起こさないよう、細心の注意を払ってしていたつもりだったが、そうはいかなかったらしい。彼女がこちらへ寝返りを打った。

「あなた…? どうなさったんですか…?」
 まだ目覚め切っていない、くぐもった声が問う。
「うん……子ども部屋から話し声のようなものが聞こえてきてね。どうやらまだ寝ていないようだ」
「あの子たちったら……しょうのない子…」
「起きなくていい」
 ひざを立てようとした彼女の肩を、ぽんぽんとたたいた。
「俺が見てこよう。おまえは寝ていなさい。疲れているんだろう?」
「そう……ですか…?」
 つぶやく間にも彼女の目はとろんとして、まぶたが重く垂れていった。ほおが枕に振れる前に眠りに落ちたのが分かる。
 冬物とは到底思えない、薄い上掛けを引っ張り上げ、かけ直してあげるとそっと部屋を出た。

 偽りと分かっている、擬似的な夫婦のいたわりなのだが、それでも斐の記憶を刺激するには十分の行為で。
 ふうと重いため息が出るのを止められなかった。

 ああ、胃が痛い。



 コンコンコン、とノックする。
 返事はない。
 ドアを押し開けると思っていた以上に子ども部屋は明るかった。
 案の定、冬の冷気を防ぐために下ろしてあったはずの鎧戸が押し上げられていて、そこから向かいの家のあかりが入ってきている。

 子どもたちらしきふくらみはベッドの中にあった。
 すうすうとそれらしい寝息も聞こえる。
「騙されないぞ」
 斐はこみ上げてきた笑いを隠して、素知らぬフリでベッドに近付き、腰かけた。
 そしてじーーっと子どもたちの寝顔を見下ろす。
 たぬき寝入りに耐えられなかったのは、ミチルだった。
 上掛けの下でくすくす笑いに肩を震わせる。ぱちっと目を開き、両手を斐に向けて伸ばした。
「ごめんなさい、お父さん」
 口では殊勝なことを言っているが、顔は笑っている。
「悪い子だ」
 首にすがりついてきたミチルの小さな体を抱きしめた一時、この歳ごろのときの雨泉もこんなふうだったのだろうかと斐は思った。
「ずるいぞ、ミチル。バレちゃったじゃないか」
 ほおをふくらまして不服を表している小生意気そうなチルチルもまた静玖に見えて。斐は髪をクシャクシャにする。
「ちょ!? やめろよオッサ――」
「お父さんよ、お兄ちゃん」
 斐の腕の中でクスクスとミチルが笑った。



「本当に、もう寝なさい」
 そう言って部屋を出ていく父親に「はーい」と声をそろえて返事を返す兄妹。
 その様子を、ノア・レイユェイ(のあ・れいゆぇい)は木の後ろからうかがっていた。

「うまく話が動き始めたようだねぇ」
 父親が出て行ったとたんまたもや鎧戸を上げて窓に貼りついたチルチルとミチルの姿に、そう確信したノアはかぶっていたマントフードを目深に引き下ろす。

 そろそろ自分の出番だ。

 ほかのリストレイターたち同様、ノアも『青い鳥』の筋は全く思い出せない。
 ただタイトルから、青い鳥が出てくる話なのだろうな、とは思ったが、残念ながら青い鳥という生き物をノアは知らなかった。
 ここは本の世界で、ノアにはクリエイター権限があったが、知らない物は作れない。だからノアは無難に魔女になることを選択したのだった。

「こういったおとぎばなしにゃ魔女ってのが必要不可欠だろう?」

 ぶかぶかの黒いマントフードで足のつま先まで隠れるようすっぽり全身をおおい、老婆となって腰を曲げ、杖をつき、少し足を引きずって歩く。あわれっぽく、同情を買えるように。そうすれば純真な2人はノアのことを疑わず「自分の代わりに青い鳥を探してきてほしい」という依頼を引き受けてくれるだろう。

 そう考えて木の後ろから出たときだった。

「クケーーーー!」

 どう聞いても人間が鳥の鳴き真似をしているとしか思えない、雑な鳴き声をあげながら、鳥のようなものがノアときこり小屋の間にばっさばっさと舞い降りた。



「『青い鳥』といったらこれっきゃないねーー!!」

 本の中に入って早々、七刀 切(しちとう・きり)は断言した。


 『青い鳥』というからには、青い鳥がこの本の中には存在するんだ。
 青い鳥こそこの童話の中での最重要キーアイテム。
 なら、青い鳥になって何が悪い?


「青い鳥にワイはなるッ!!」

 ――ちょっとちょっと切さん。なるといってなれるもんじゃ……



「え? なになに? クリエイター権限のしばり?
 HAHAHA、経験豊富なワイを舐めるんじゃありません。これが初めてのリストラじゃーないんですから」

 ――って……えっ? まさか?



「そう。何を隠そう、ワイは知っている、青い鳥を!」
 ふっふっふ。

 自信満々そう言うと、切は力を溜め込むようにぐっと身を縮めた。そうしてぴくりとも動かなくなったが、全身がみなぎり、張りつめているのは見てとれる。


「……ふううううううううっ!
 はあああああああああ!
 うおおおおおおおおおおおお!」



 全身針金のような緊張をまとった彼の口から吐き出される(無駄に)雄々しい気合い。
 それと同時に光り始める体。
 内側から発せられている光はだんだん強まって、あっという間に切の全身を白光でおおってしまう。


「とりゃああああああああああああっ!!」

 力強く両手を突き上げたかに見えた次の瞬間。光は天空に上がって八方に弾け飛ぶ。
 そして光の中央から現れたのは、まさしく青い鳥だった。


 長い翼、長い尾羽。
 青白く輝く羽毛におおわれ、三対の鶏冠が額の中央から立ち上がっている。
 真っ赤に燃える両眼と硬く鋭いくちばし。
 体長約2メートル弱。

 ――版権の問題でちょっと名前は出せないけど、ゲーム界ではわりかし有名なあの鳥を想像してください。
 まず間違ってないです。



「クケーーーーーッ!(これで勝つる!)」
 高々と上がる勝利宣言。
 かくして青い鳥になった切は、粉雪舞い散る夜空を飛んで、チルチルとミチルの住むきこり小屋の横へ舞い降りたのだった。


「ねんがんの あおいとりが やってきたぞ。
 さぁさぁ2人とも出ておいで〜。青い鳥さんだよ〜。この青い鳥さんは、なんと冷凍ビームだって撃てちゃうんだゾ☆」

 うなれ! 冷凍ビーーーーム!

 カーーーッと開いたくちばしの先に収束した力が白いビームとなって夜空を走る。
 消えていった白光に満足そうにうなずき、きっとこの雄姿に見とれているに違いない子どもたちの姿を窓から覗こうとした、その瞬間。


「轟雷閃!!」


 地を裂き走った雷撃が切扮する青い鳥を吹っ飛ばした。