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リアクション
▼第一章 開廷を宣言する
「まずは、このような異例な舞台を設定した理由を、私から説明しよう」
静かな話し声に支配されていた空間は、
役者が揃って羅 英照(ろー・いんざお)が立ち上がったところで、完全な沈黙に包まれた。
彼はそのことを確認すると言葉を続ける。
「集まってもらった君達は既に知っているであろうが、研究所で起きた大量殺人事件の犯人は、複数いるのだよ」
彼の発言を補足する意図で、同じく裁判官として参加している金元 ななな(かねもと・ななな)も、
「ムム、なななも報告書を読ませてもらいましたけど……
内部でセキュリティを落とした犯人と、その後で外部から悠々と侵入した犯人。
少なくとも2人以上いるのは明らかだよね」
現場となった研究所の管制室に、セキュリティが内側から破られた痕跡があった。
つまり室内へ立ち入り、管理用の機器を直接操作した者がいたということだ。
しかも、その操作に使える時間的な猶予も少なかったとなれば。
「内部での犯行が可能だった人物は、
もともと研究所にいた、生き残りの5人だけということになるであろう」
元より犯人と疑われやって来たはずの5人だったが、
シャンバラ国軍参謀長である羅英照に改めて指摘されると、応えるものがあったようだ。
「た、確かにそうかもしれないけど、あたしは違うわよ!
ずっと機構の解析に加わってた研究員だし、やるならもっと秘密裏にやるはずじゃない。
アメリーだってやってないでしょ?」
「え? えっと、うん、やってないけどぉ……
でも、ここで騒いでも、仕方ないんじゃないかなぁ……」
案の定、反論してなかなか収まらないレベッカを、なだめるアメリー。
一応、彼女達の関係ではアメリーが上司にあたるものの、2人の性格上こうなってしまうようだ。
まだ静まらないレベッカを横目に、
羅英照は表情ひとつ変えず(もともと表情が窺いにくい出で立ちだが)に、
「……話が逸れたな。とにかく、今回の事件には内部犯と外部犯がいるのだよ。
これからの裁判で君達に突き止めてもらいたいのは、そのうちの内部犯のほうとなる」
内部犯は先ほど彼が説明した通り、生き残りの5人の誰かである事が判明している。
対して外部犯のほうは、既に逃亡していて、この場にいない可能性が高いのだ。
「もっとも、そう見せかけて潜んでいる線も否定はできないが、
どちらにせよ内部犯を突き止めれば、芋づる式に特定できるであろう」
内部犯を突き止める事は、外部犯へ繋がる手がかりとなる。
つまり近い場所から洗っていくという方針である。
それに、公にはしていないものの、
教導団は犯人達の後ろにさらなる黒幕がいるとも踏んでいた。
その行方を追えなくならないよう、慎重に事を進める必要性もあるという訳である。
「さて、さしあたって懸念しているのは、時間がかかりすぎてしまうことだ。
内部犯を突き止めるのが遅れるほど、外部犯を捕捉することが難しくなるであろう。
そういった経緯があるからこそ、犯人の特定に特化した、このような場を設けたのだよ」
確かに異例な場。
検察官もいなければ弁護士も存在せず、
裁判というにはあまりに要点が押さえられていない。
例えるなら、ある家庭で冷蔵庫のプリンが突然消えてしまい、
誰が食べたのかを突き止めるために、家族会議が開かれた時みたいな……そんな雰囲気。
ただ、そんな幼稚な例えに反して、理には適っている。
プリン消失事件の対応にしても同じだが、
正式な手順で訴訟から始めれば、時間がかかりすぎてしまうのだ。
「……ジン、後を任せるぞ」
と、羅英照は一通り説明を終えたところですっと下がり、
後ろで控えていた金 鋭峰(じん・るいふぉん)に場を譲った。
金鋭峰は頷くと、交代するように前へ進み出て、
「彼の説明で、現状は把握できたものと思う。
それらの事情を踏まえて、諸君には改めて事件現場の情報を洗ってもらいたい。
議論の過程で外部犯が浮き彫りになることもあろうが、当面の目的は内部犯の特定なのだよ。
そのつもりで頼むぞ。―――それでは」
溜めてから一声。ついにその時が幕を開ける……。
契約者達は各々の推理を携えて、事件の真相に挑む。
「これにて開廷を宣言する!」
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