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愛を込めて看病を

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愛を込めて看病を
愛を込めて看病を 愛を込めて看病を

リアクション

「ああ、フリッカ……来てくれた、んですね」
 と、フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)は熱にうなされながらつぶやいた。
「もちろんよ。風邪で熱を出したなんて聞いたら、いてもたってもいられないでしょう」
 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)はそう言って、彼の額に手を当てた。
「わざわざ、すみません……」
「いいからフィル君は大人しくしていて。ちゃんと治るまで看病するからね」
「……はい」
 フィリップは申し訳なさそうな顔をしながら、両目を閉じた。
 すぐにフレデリカは濡れタオルを用意して、彼の額に乗せてやる。それから、氷枕も用意して、枕と取り換えてやった。
 しんしんと雪の降る、寒い日のことだった。

「……ん」
 フィリップが眠りから覚めると、食欲をそそるようなにおいがした。台所の方からは包丁の音が聞こえてくる。
 はっとして起き上がったところで、フレデリカが顔をのぞかせる。
「フィル君、まだ起きちゃダメよ!」
「でで、ですが、フリッカ……!」
 と、ベッドから出ようとする。
 フレデリカはすぐに彼の元へ駆けよると、ぴたりと額同士をくっつけた。
「ほら、まだ熱があるじゃない」
「っ……」
 フィリップの肩を押して、有無を言わせずにベッドの中へ入っているよう促す。
「もうすぐで野菜スープが出来上がるから、それまで大人しくしているのよ?」
「野菜スープ、ですか……」
「もしかして食欲ない? 栄養をつけてもらわなくちゃと思ったんだけど」
 と、心配そうな顔をする彼女を見て、フィリップはあわてた。
「あ、いえ、いただきますっ。ふ、フリッカがせっかく作ってくれたんです、し……」
「分かったわ。でも、無理して食べなくてもいいからね?」
 と、フレデリカは台所へ戻っていく。
 再び部屋に一人きりになったフィリップは、無意識に息をついていた。

「そ、それくらい自分で食べられますって」
「ダメよ、フィル君は病人なんだから動かないで」
 フレデリカの差し出したスプーンに、フィリップはおずおずと口を開けた。
 まるで新婚の夫婦のように、幸せな時間だった。
「フィル君、他に何かして欲しいことはない?」
 食事を終えて、フレデリカは尋ねる。
 布団の中へもぐりながら、フィリップは返した。
「いえ、大丈夫です。お腹も、もう一杯ですし」
「そう? 私はすぐそばにいるから、何かあったら言ってね」
 と、優しく微笑むフレデリカ。
 フィリップは両目を閉じて眠る体勢に入ったが、すぐにもぞりと身体を動かした。
 目を開けて、そばにいる彼女へ手を伸ばす。
「あの、フリッカ……手を、つないでくれませんか?」
「……ええ、いいわよ」
 フィリップは彼女の手をぎゅっと握りしめた。どうやら心細かったようだ。
 彼の手を包むように、フレデリカは両手で握る。窓の外は雪、音のない静寂が世界を包む。
 フィリップが眠ってしまうと、フレデリカはうとうとし始めた。意識が途切れがちになり、ついには眠り込んでしまう。
 ――次の日の朝、ちゃんとベッドで眠らなかったフレデリカは熱を出し、彼と立場が逆転してしまうのだった。

   *  *  *

「風邪をひいたって聞いて、お見舞いに来たよ。具合はどう?」
 と、永井託(ながい・たく)は優しく問いかけた。
 ベッドの中で休んでいた南條琴乃(なんじょう・ことの)は、あわてたように起き上がりながら言う。
「わぁ、ありがとう! でも、ただの風邪だから大丈夫だよ」
 そう言った直後に咳をする琴乃。
 託は彼女の肩へ手を置くと、横になるよう促した。
「ダメだよ、ちゃんと寝てないと。熱もあるようだし、ちゃんと治してもらわなきゃ」
「うぅ……ごめんなさい」
 と、琴乃はしぶしぶとベッドへ潜る。
「あ、枕替えてこようか。琴乃、ちょっといい?」
 と、託は彼女の頭からふにゃふにゃになった氷枕を取り上げた。
 すぐに新しい氷枕と取り替えてくる託を、琴乃は申し訳ない気持ちで見ていた。
 外には雪がしんしんと降り積もり、寒々しい光景を作り出している。
 琴乃の枕を替えると、託は尋ねた。
「食欲はあるのかな? 台所におかゆが置いてあったけど」
「あ、食べる。ちょうどね、お腹が空いてたところなの」
「……無理はしちゃダメだよ?」
「む、無理じゃないもん。早くよくなって、遊びに行きたいし」
 と、琴乃は窓の外を見た。元気な子どもたちは今頃、雪遊びに夢中になっているだろう。
「そうだねぇ。風邪を治したら雪合戦でも雪だるま作りでもスキーでもスケートでも、何でも一緒にやるから、ね?」
 と、託は彼女をなだめるように言う。
 琴乃は嬉しそうに、うんとうなずいた。

 彼女のパートナーが作っていったと思しきおかゆを温め直し、託は手近な皿へと移した。
 大人しくベッドで寝ている彼女の元へ持っていき、声をかける。
「琴乃、おかゆだよ」
「あ、ありがとう」
 身体を起こした琴乃が皿へ手を伸ばそうとすると、託は言った。
「まだ熱いからダメだよ」
 と、スプーンですくったおかゆに息を吹きかける。
「はい、あーん」
 少々恥ずかしがりながらも、琴乃は口を開け、託に食べさせてもらう。
 しかし、やはり食欲はないらしい。少しずつしか琴乃は食べていくことができなかった。
 辛いのを隠してもぐもぐと口を動かす彼女を、託は不謹慎にも可愛いと思ってしまった。今はそれどころではないというのに。
「半分も食べられたなら、大丈夫そうだね。あとはゆっくり寝ていれば治るよ」
「うん」
 ベッドに横たわった琴乃は、ふうと息をついた。
 すると、託がそっと手を握ってきた。
「ちゃんと傍にいるから、今はゆっくりお休み」
 と、優しく微笑む託。
 琴乃は安心したように両目を細めて、ぎゅっと彼の手を握りかえした。
 すぐそばに好きな人がいる、それを感じられるだけで風邪などあっという間に治っていく気がした。

   *  *  *

「ぅ……んん………ん?」
 芦原揺花(あはら・ゆりあ)は目を覚ますなり、気配を感じてはっとした。
「あ、おはよう揺花、気分はどう? 身体はもう平気なの?」
 と、声をかけてきたのは揺花の曾祖母にあたる人物、芦原郁乃(あはら・いくの)だった。
「え……ええぇぇ!?」
「いつの間に来ていたのかと戸惑う揺花。驚きのあまり身体を起こすと、郁乃の手が肩を押した。
「ほーら、ダメだよ、まだ寝てないと。はい、早く横になる」
「う、うぅ……」
 勢いに負けて、布団に戻る揺花だが、まだ頭の中はパニック状態だ。
「さ〜て、熱下がったかな?」
 と、郁乃は揺花の額に自分の額をくっつける。
 すぐ近くにあるのは郁乃の顔。少しでも動いたら唇が振れてしまいそうだ。ドキドキと高鳴る鼓動を抑えつつ、揺花はぎゅっと目を閉じた。
「う〜ん? まだ少し熱いみたいだねぇ」
 と、郁乃は額を離した。
 揺花は少しむすっとしながら、小さな声でつぶやく。
「うぅ……い、郁乃さんのせいだよっ」
 熱は下がるどころか、上がってしまったみたいだ。自分が風邪をひいていることなど忘れるくらい、揺花は目の前にいる郁乃のことばかり考えてしまう。
 すると郁乃は、何かひらめいたように尋ねた。
「……あっ、これ食べられる?」
 と、差し出すのはすりおろしたりんごの入ったパックだ。
「も、持ってきてくれたの?」
「うん。これなら冷たくて栄養もあるし、食べられるんじゃないかと思って」
 と、スプーンを手にしてパックを開ける。
 そして様子を見ている揺花の口元へ、すくった一口分を近づける。
「ほら、あーん」
 ぎこちなく口を開ける揺花。
「おいしい?」
「うん。おいしい」
「よかった」
 と、郁乃は安心したように微笑む。
「……いろいろ、面倒かけちゃって、ごめんなさい」
「何いってんだか。いいのいいの。こういうときは甘えちゃっていいんだよ」
 と、郁乃は揺花へ優しく言った。
 揺花はほっとして、満面の笑みを見せる。
 りんごを食べられるだけ食べたところで、郁乃は言った。
「ふふっ、聞き分けのいいかわいい子にはサービスしなくちゃね」
 と、ふわりと毛布を剥がして、ベッドの中へ入り込む。
「え、いいの!?」
「うん。今日は特別、だからね?」
「……えへへ、あったかい」
 と、揺花は郁乃に抱きついて、嬉しそうにする。
 その様子があまりにも可愛くて、郁乃は彼女の頭を撫でずにはいられなくなった。
 揺花は嬉しそうにくすくす笑い、郁乃も満たされる。
 しばらくすると、揺花は静かに眠りへ落ちてしまった。
「……揺花?」
 声をかけても起きる気配はない。郁乃は小さく息をつくと、少し体を起こした。
「……はやく元気になるおまじないだよ」
 と、額に軽く触れるだけのキスをする。

 数分後、揺花の部屋を訪れた秋月桃花(あきづき・とうか)は、扉を開けるなり固まった。
「……郁乃様」
 ベッドの中で眠る郁乃と揺花。幸せそうに抱き合って眠る彼女たち。郁乃が揺花を妹のように、娘のように思って溺愛しているのは知っていた。しかし、桃花の心に湧き上がってくるのは、紛れもなく嫉妬だ。
「あぁ……これが寝取られというものなのね……」
 隣にいた荀灌(じゅん・かん)はびくっとして、おそるおそる彼女を見た。
「い、いえ……ご家族ですから、ほ、微笑ましいスキンシップじゃないかな〜……って、聞こえていませんね」
 桃花はすでに感情を抑えきれなくなっている。
 どうしたものかとおろおろする荀灌だが、どうしようもなかった。
「荀灌ちゃん……」
「っ、はいぃ……!」
「桃花はどうしたらよいのでしょう?」
「っ、え、えっと……あ、あのぉ」
 桃花はにっこりと満面の笑みを彼女へ向けた。荀灌の頬がひくひくとひきつる。
 ――その後、桃花に引きずられていった荀灌は、口を貝のように閉ざして、何があったのか一切語ることはなかったという。

   *  *  *

 雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は風邪をひいていた。
 今はパートナーと離れているため、部屋には雅羅一人しかいない。大人しくベッドへ入っていると、静寂が耳をつんざくようだった。
 こんな時、何も起こらないことだけは幸いだと思えたが……寂しいものは寂しい。

 やがて夕方になると、部屋に来客があった。
「雅羅、お見舞いに来たけど具合はどう?」
 白波理沙(しらなみ・りさ)だ。
 雅羅は嬉しく思いながらも、体調の悪さを隠しきれずに答えた。
「まぁ、わざわざ来てくれてありがとう。朝に比べたらだいぶ良くなったわ」
 と、言った直後に咳をする。
 理沙は彼女を心配そうに見つめ、ベッドへ入っているように促した。
「動かないで、雅羅は大人しくしていて」
「あ、ごめんなさい……」
 と、雅羅はしぶしぶとベッドへ戻る。
「いいのよ、あなたは病人なんだもの。少し良くなったからって無理せずにゆっくり休むのよ」
「ええ……」
 やはり一人でお見舞いへ来て良かったと、理沙は思った。パートナーたちを連れて来ても良かったが、雅羅のことを思うと騒々しくするわけにはいかないと判断したのだ。
「雅羅、何かして欲しい事があれば言ってね。こんな時くらいは、遠慮なく頼っていいのよ」
 と、理沙は優しく微笑みながら言った。
 申し訳なく思いながらも、誰かがそばにいることが雅羅には嬉しかった。心なし、気もゆるんでいた。
「ありがとう、理沙」
「だって雅羅が風邪をひいたのに、放っておけないでしょ? 何かあったらって、ずっと心配してたのよ」
 と、理沙は冗談めかして言う。
 雅羅は口元を少しつりあげ、笑ってみせた。
「あ、そうだ」
 と、理沙はふいにはっとする。
「お土産にプリンを持ってきたのよ」
 嬉しそうに雅羅は聞き返した。
「まぁ、お土産まで持ってきてくれたの?」
「ええ。プリンには栄養もあるし、食欲がなくても食べやすいだろうと思って」
 理沙はプリンを取りだすと、プラスチック製のスプーンと一緒に雅羅へ差し出す。
「どうぞ、雅羅。ちゃんと休んで栄養も取って、早く元気になってね」

   *  *  *

 ルミナスヴァルキリーの一室で、リィナ・コールマン(りぃな・こーるまん)フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)へ尋ねた。
「体調を崩したと聞いたけれど、熱などはあるのか?」
「崩したと言っても、風邪をひいただけよ。これくらい、すぐに治るわ」
 と、フリューネはどこか困ったように言う。
「風邪をあなどってはいけない。しかも今日は雪が降っていて寒い、きちんと暖かくしなければ」
「そうは言われても……空賊は待ってくれないわ」
 フリューネはこんな時でも休もうとしなかった。しかし、彼女はいつもと違って弱々しく、身体の具合が悪いのは一目瞭然だ。
 医者であるリィナは、呆れた様子で言った。
「しかし、今日くらいは休むべきだ。君は女なのだから、少しは身体に気を遣った方がいい」
「……だけど」
 難航する説得を、部屋の外でレン・オズワルド(れん・おずわるど)は聞いていた。
 事前に市場で買ってきた食材を取り出しながら、リィナとフリューネのやりとりに耳を傾ける。体調を崩したフリューネのために、レンは病人食を作るつもりだった。

「分かった、今日だけ休ませてもらうわ」
 ついにフリューネは自身の不調を認め、休むことを決めてくれた。
 リィナは医者として彼女を診察すると、すぐにベッドへ寝かせてやった。部屋の温度を調節したり、寝苦しくはないかと気を遣ったりして、一度部屋を出る。
 台所ではレンが一人で食材を切っていた。
「きちんと暖かくしていれば大丈夫だろう」
 と、リィナは彼の隣でタオルを冷水につける。
「……そうか」
 タオルを絞り、リィナは再び部屋へと戻っていった。
 レンはかまわずに、包丁をトントンと鳴らし続けた。

「フリューネ、鍋焼きうどんができたぞ」
「うどん……?」
 リィナの持ってきた料理を見て、フリューネは身体を起こした。
「君にはあまり馴染みがないかもしれないが、うどんは消化もよくて暖まるんだ」
「……ありがとう」
 台所に誰がいるのかはフリューネも気づいていた。しかし、彼は一切姿を現さず、ただ料理を作ってくれた。
 リィナに見守られながら、フリューネは鍋焼きうどんへ手をつける――。